「邪光狩り?」 男は今教えられた事を反復する。 「そうそう。邪光が繁殖してて危険な処があってね。政府が邪光狩りを行うってんで邪光ハンターを募集してるんだよ。アンタも行ってみたらどうかね」 仕事を探して途中立ち寄った村の人間に尋ねてみればこの返答である。 男は少し考えて言う。 「場所は?何処で募集してるのかな」 「この村から北へ暫らく行った所だよ。行くのかい?」 「うん。気が向けばね」 ありがとう、と言って男は立ち去ろうと背を向ける。 「そうだ。アンタ名前は?」 「敢」 男は背を向けたまま手を振って立ち去った。 「邪光狩り?」 清花は今敢が言った事を聞き咎める。 「この子は大丈夫なの?」 「大丈夫だよ。其処に近づきさえしなければね」 小さな小屋で二人は話している。邪光の子供、キキは何となく雰囲気を察しているようだ。 「稼ぎ時だからね。僕は行くつもりだよ。狩りのエリアは決まっているから、此処から出ないでじっとしていればいいよ」 「ええ」 清花はほっとしたように微笑む。 「決行日は明日みたいだからギリギリだったみたいだよ」 「明日?そんなに早く?大丈夫なの?」 「大丈夫だよ。僕の腕は信じられないの?」 ちょっと落ち込んだように見せかけて言う敢に清花はくすっと笑う。 「いいえ、信じてるわ」 「じゃぁ心配要らない」 二人は一頻り笑い合うと夜更けの森を眺めた。 「がんばってね」 「うん。またこいつの仲間を殺すことになるね」 敢はキキの頭を撫でて言う。人を襲うのだから仕方ないと言ってしまえばそれまでだけれど、それで納得するのは嫌だった。けれど、殺さなければ殺されてしまう。邪光に反抗できるだけの力をもった人間はあまりいないのだから自分がやらなければいけないという事も。 「それでも、貴方がやらなければいけないのよ」 清花は敢の手を握る。敢はくすっと笑う。 「そうだね」 二人は微笑を交わし、静かに触れるだけのキスをした。 清花が其処に居るだけでいくらでも勇気付けられる。 いつだって彼女が其処に居れば。 「明日は早いからもう寝よう」 「ええ、がんばってね」 「うん」 そして一時、暖かな時を。 翌朝、其処には腕に自信のありそうな男達がたくさん居た。大きな鎌や、防具など見た目だけは立派そうなのが大量に。この中のどれだけの人間があてになるだろうか。 その割に敢は剣一本だけと他の人々よりかなり劣って見える。体もさほど大きい方ではないから、どう見たって他の人間より見劣りしてしまうのだ。 「おい、あの若造が今回政府が出してきた責任者らしいぜ」 前の男達の噂に敢は自然と耳を傾ける。 「ああ、ありゃぁ軍を総指揮してるって奴だよ。大臣のお気に入りらしいからな」 「一月前に一軍がカルミナから抜けちまったからなぁ。中立側の綺羅の方に行ったんだろ。大分軍も勢力が落ちたって話だぜ」 「何とか保ってるのはあの総指揮様のおかげってか?」 「強ち間違いでもないらしい」 敢はその「総指揮様」の顔を見て溜息を吐いた。よく知っている顔だ。嘗て同じ学校に通っていた。彼女よりも自分の事をよく知っている人間。軍の総指揮官、忍(しのぶ)。 よりにもよって彼が此処に居るとは。 見つからない事を願うしかない。髪は下ろしているから顔は見えないだろうし、この人だかりだ。きっと大丈夫だろう。 …多分。 邪光を狩るのはこの森一帯となっている。清花達がいる森は此処とは逆にある。貰える金額は狩った邪光の右耳を持ち帰り、その数によって決められる。 まぁそれよりも、この中の何人が生きて帰って来れるかが問題なのだが。 期限は本日日没まで。 忍が集まった人々の前に立つ。黒い髪と紅玉の瞳がその整った顔立ちに悠然とした迫力を加えている。その瞳と表情がその冷酷さを表していた。 国章のついた薄緑色のマントを羽織り、きっちりとした赤い軍服を着ていた。祭儀用の物だろう。戦場で使う軍服は濃紺だった筈だ。 「邪光を殺す方法は問わない。ただ我々はお前達の誰が死んでも責任はとらない。もし殺せなければ人の物を盗むのもいいだろう。まぁ、返り討ちにされるのが関の山だろうからな。邪光を殺す事が出来るものはそれだけの実力があると考えろ。死んでもいいならいくらでもやればいい。我々はそれを問うたりしない。立証できないからな。それじゃぁ行け。自分が一番良いと思う方法で金を手に入れろ!!」 忍の言葉が終わると男達は歓声を上げ、森に向かって走り出す。敢もそれに続いた。忍の言葉はかなり酷い言葉だが、男達をやる気を出させるには十分だった。 全てが公認となったのだ。政府は一切関与せず金を出すだけだと。 流石、というべきなのだろう。人のまとめ方を心得ている。 「忍様、どうですか、成果は得られそうですか?」 忍の部下の一人が話し掛ける。忍はちらっと部下に視線を投げかけて、溜息を吐く。 「どうかな」 力に自信のありそうな輩ばかり集まっているが、邪光を倒すのに必要なのは力ではない。技術だ。過半数が死ぬと思っていいだろう。 忍はふっと一人の男に視線を移す。他の者と違い、地味で体力はなさそうだ。しかも、細身の剣を持っているだけ。 「あの男、すぐにやられそうですね」 部下が忍の視線を追い、そう言う。 「そう思うか?」 「だって、そうでしょう。体力だってなさそうだし、防具もつけてなくて剣一本だけなんて」 「なら、賭けてみるか?俺はあの男が一番良い成績を持ち帰ると思うが」 「まさか」 「じゃぁ、お前はあの男が戻ってこない方に賭けるんだな?」 忍は妖しげな笑みを浮かべて言う。 「……何を賭けるんですか?」 「そうだな。今日の夕食にしておこうか」 忍は悠然と微笑みながらその男を見送った。 森の中は凄然としていた。 最初は意気込んでいた者達も、この静けさに緊張する。 無謀な挑戦者の悲鳴が聞こえる。さっそく邪光の手に掛かったのだろう。 「馬鹿だねぇ」 敢は溜息を吐く。此処にどれくらいの邪光が居るのかは知らないが、どんなに大勢の人間が集まっても、それだけの力量がなければ返り討ちにされてしまう。 そこに数匹の邪光が襲い掛かってくる。何人かは逃げ、何人かは邪光に向かっていく。敢はすぐに数を数えた。一、二、三・・・七匹。邪光も一匹ずつ力が違う。それを知る前に向かっていくのは無謀でしかない。人は簡単に殺されてしまう。邪光を見て腰を抜かしているのが三人程、硬直して動けなくなっているのが二人程。 敢はもう一度溜息を吐いた。 邪光の一匹が腰を抜かしている男に襲い掛かっていく。敢は剣を抜く。 「うわぁああああ」 腰を抜かしている男はもうだめだと思ったのか悲鳴を上げる。 敢はその邪光に向かい、剣で切りつける。邪光は敢に標的を変える。自分に向かってくる邪光の攻撃を高く跳んでかわし、その勢いで邪光の目に剣を立てる。邪光はそれに恐ろしい叫び声を上げ暴れる。敢は振り落とされそうになりながら邪光から一旦離れる。 邪光は敵意を剥き出しにして敢に向かって炎を出す。それを軽々と避けると、敢は一気に邪光の首を切り落とした。真っ赤な鮮血が邪光の首から吹き出す。 周りに居た人々は硬直して動けずに居る。あの男の何処にそんな力があるのだろうか。 敢は殺した邪光の右耳を切り取り、配給された皮袋に入れる。 残りは六匹。相手は確実に敢一人を狙ってくる。 敢は邪光の攻撃を的確に避け、あっという間にその六匹も倒してしまう。 その場に居た者は呆然とその成り行きを見ている事しか出来なかった。 「すげぇ…何者だよ、あいつ…」 その誰かの呟きに回りが反応する。 「あいつ、一度だって自分の力を使ってねぇ」 「そういやそうだ」 「どんな邪光ハンターだって力を使ってなきゃ倒せないってのに」 「あの細腕で邪光の首を刎ねやがった」 ざわざわとその場にどよめきが起こる。 敢はそれを無視して森の奥へと進んで行った。邪光の血で全身を赤く染めながら。 どこかで血を洗い流さないと、とそんな事を考えながら森の奥へ。 森の奥には泉が湧いていた。しかし、やはりそこにも邪光がいる。水場には自然と動物がいるものだ。 十数匹の邪光がそこで休息をとっていた。ちょうどいい、今の邪光は油断している。敢はそのまま邪光に切りかかる。邪光はさっと避けるが、敢の動きも速い。剣で一匹の邪光の首を切り落とし、すぐさま向かってくるほかの邪光もあっという間に殺してしまう。 すべて殺し終わってふぅっと敢は息を吐く。 そして、一匹ずつ邪光の耳を切り取る。 そこまでし終わってから、泉の中に敢は足を踏み入れた。邪光の耳を詰めた皮袋は肌身離さず持ち、そのまま水の中に潜り込んだ。 一通り身体が綺麗になったな、と思うと、ふと人の気配を感じる。 「誰?」 声を掛けてみれば、あっさりと気配の主は敢の前に現れる。 「すごいもんだな、こんなにたくさんの邪光、一人で殺したのか?」 半分呆れて、半分感心したように敢の目の前に現れた男は言う。 緑の髪に綺麗な青い瞳をしている。少年と言える年だろう。ちゃんとした防具を着ているし、剣も大したものだ。けれど、それ以上にその瞳を見れば解かる。彼が強いということが。 (異色児か…) 「そうだけど、それがどうかした?」 敢はおどけて言ってみせる。 「何匹殺した?」 「うーーん、十八かな?今のとこ」 「へぇ、俺は十五」 「君も相当なもんじゃないか」 「負けてるけどね。俺は斎。一応ライバルだからね、宣戦布告ってことで、じゃ…」 そう言うだけ言って斎と名乗った少年は手を振って去って行く。 「何だかねぇ」 敢は溜息を吐いた。 宣戦布告などとは物騒だな、と思いながらも、何だか自分と性質が似ている人間だな、とも思った。 ―――世界から外された人間 「ダメだな、まだまだ」 敢は首を振り、次の獲物を探すべく、森の中を歩き出した。 日暮れの頃、敢は最初の場所に戻った。 そこでまたしても斎という少年と会った。もう換金は済ませたようだ。 「何匹?」 今度は敢から尋ねる。 「三十四」 「僕は四十二」 「何だ、俺の負けか」 「勝負してたつもりはないんだけどね」 「そうだけどな、じゃ、俺はこれで。またどっかで会うかもな。邪光ハンターなら」 「そうかもね…」 斎は手を振り、その場から離れていった。 敢は換金するために、役人の元へと向かった。 皮袋を差し出せば、役人の驚いたような声が上がる。 「四十二匹!?すごい、今までで最高の数だ!!」 役人が数を数え終えて、敢に金を渡すと、そこに忍が現れた。 敢は少し動揺する。忍はじっと敢を見詰めた。 「賭けは俺の勝ちだな?」 くすっと笑って換金を行っていた役人に言う。 「はぁ…」 役人は曖昧な笑みを浮かべた。 忍の部下なのだろう。少し親しげな雰囲気が感じられる。忍がこの部下を気に入っているのは一目で解かる。 そして忍がまた敢に視線を移す。 「お前、名前は?」 「…………………」 「…………………」 「…………………」 沈黙の後、くるっと向きを変え、敢は走り出した。 「……顔を隠している程度で俺がお前の事を解からないとでも思っているのか、敢」 忍は溜息を吐きながら言う。 敢は振り返ることなく、そのまま走り去る。 「忍様、捕まえますか?」 「いや、いい。また縁があれば会うだろう」 忍はふっと笑みを浮かべた。 |