「ねぇ、敢。この事は誰にも言ってはだめだよ」 静かで、しかし真剣な声で彼は言った。 『彼』は学校の同級生で、自分と一番仲の良い友達だ。二人は学舎の裏で話すのが習慣で、この時もまた二人で話していた。 皆はどうして『彼』と自分が仲が良いのか不思議がっていたけれど、そんな事はどうでも良かった。 『彼』には親に言えない事も話せた。『彼』は決して自分を否定しなかった。 そして誰より信頼している『彼』が真剣な顔をして自分に言っている。 どうして、と理由を訊くよりも前に『彼』の言う事は正しいのだと思った。 「うん。うん、解かった」 自分が頷くのを見ると彼はほっとしたように笑った。 「じゃぁ、秘密だ。二人の秘密。ねぇ、敢」 「うん」 まだ幼い彼らにとって『秘密』というのは甘い響を持っていた。 自分に彼の言う事を否定する理由がないし、『秘密』はとても楽しい事のように思えた。 「敢、い〜さ〜むっ、起きてっ!!」 揺り起こされて敢は目を醒ます。目の前に居るのは清花だ。 「もう、どうしたの?いつもは私より早く起きてるくせに」 「…夢見た」 敢がぼーっとした顔で答える。清花はその言葉に興味をそそられたようだった。 「どんな夢?」 「う〜ん、昔の夢」 表面には出さなかったが、目が醒めて目の前に居るのが清花だということに、少なからず落胆し、そんな自分にショックを受けた。 昔の思い出は暖かく、優しく、そして切ない。決して戻らない時間。 今に不満がある訳ではないのだけれど、ついさっき見た夢が夢でなければいいのにと思う自分がいる。 『彼』も、よく寝坊した自分を家まで来て起こしてくれたものだ。 「昔?村に居た頃の?」 「うん。学校に行ってた頃のかな」 「ふぅん」 清花は嬉しそうに笑う。彼は何が嬉しいんだろうかと首を傾げる。それに気づいて清花はくすりと笑う。 「敢、すごく優しい顔をしているもの。こんな風に話してくれるのは嬉しいわ」 「そんなものかな?」 「そうよ」 清花はくすくすと笑う。 「敢は昔のことを余り話したがらないもの」 「うん…」 昔の、清花と出会う前の事を思い出すのは辛い。もう戻っては来ない時間だ。 それに。 「今が一番大切だからね」 敢が笑って言うと、清花も微笑む。 「そうね、私も今が一番大切だわ」 「それじゃ、朝食を作ろうか」 敢は立ち上がって言う。 今回、敢達が拝借していた小屋には干草が積まれている。 カルミナ、否、クロアナで唯一の牧草地帯に入ったのである。カルミナの北西にある牧草地帯では、鶏、豚、肉牛、乳牛、羊など、広大な土地で様々な動物が養われている。 アルカの森を西に抜け、ムツ丘を越えると、この牧草地、タクテスに着く。其処ではいろいろな牧場が点在し、干草の積まれた小屋が建っている。 このタクテスだけは、未だにフロレアとの国交が続いている。この世界で唯一の牧草地帯では馬も育てている。騎馬の調教ではフロレアの方が勝る。そうして、この戦乱の中で牧草地帯ではずっと取引が行われている。 朝食は雑炊のようなものだ。 味は余り良いとは言えないが、お腹がいっぱいになるし、栄養もたっぷりある。 旅人は大体こういう食事を摂る。 「今回の仕事はどんなものなの?」 食事を摂りながら清花は敢に尋ねる。 「うん。どうやらアルカの森から迷い出てきた邪光がいるらしくてね、家畜に被害が出ている牧場主から依頼があったんだ。牧場で働いている人も何人か怪我したらしい」 「それでその邪光を退治して欲しいって?」 「そういうことだね」 本来、邪光は森に住む生き物である。普段は森に住むほかの生き物や、森に迷い込んだ人間を食べているが、冬場など、獲物が少なくなる時期になると森から出て来たりすることがある。それ故にこれから冬を迎えるこの季節は依頼が多くなる稼ぎ時でもあるのだ。 食事を終えると早速出発する。 依頼して来た牧場主の家に着いてみれば先客があった。 「あっれぇ、アンタも依頼されて来たの?」 やけに親しげに声を掛けてくる。見覚えがあった。緑の髪。異色児。斎。 「うん、そうだけど…」 お互いに思わず連れに目をやる。 以前会った時には連れていなかったので気になってしまうのも仕方がない。清花を見ている斎を呆れたような目で見てから、斎の連れは敢に目を向けて軽く頭を下げる。 「初めまして、斎のパートナーで智(さとる)といいます。この馬鹿が気に入ったようなんでいろいろ聞かされてますよ、敢さん」 「僕はまだ名乗ってない筈なんだけどなぁ」 敢は苦笑しながら言う。 「解かりますよ。俺達はね」 そう笑って言いながらまた智は斎に呆れた目を向ける。随分綺麗な顔立ちをしている。紫の髪は矢張り異色児の証だ。今気づいたが、斎も智も揃いのペンダントをつけている。斎は緑の、悟は紫と青の二つ、石がついている。 智のペンダントが二つというのはおかしい気もするが、問い掛ける程の事でもないだろう。 そんな事をつらつらと考えていると、未だにぼーっとしている斎を智は殴りつけた。後頭部を思いっきり。 「ってぇ!何すんだよ、智!!」 「ちょっと美人の女の人が居たらすぐに見蕩れる。お前、そのうち空に殺されるぞ」 「マジっぽくてヤだなぁ、それ」 斎は溜息を吐く。空というのは女の子の名前なのだろうが、それにしても物騒なことを言う。 「随分乱暴なんだなぁ」 敢は少し驚きながら言う。 「そうか?こんなもんだろう」 「いーやっ、お前、俺に対してはすっげぇ乱暴だ!!」 「お前相手に限定するからに決まっているだろう。空だってそうじゃないか」 「うっ…」 斎は空という名前に弱いらしい。言葉に詰まる斎に敢は言う。 「それにしても遠慮がないよね」 「そりゃ十年も付き合ってりゃなぁ」 「友達ならこんなもんだろう」 斎と悟は互いの顔を見ながら言う。何となくそれが羨ましく思う。 「僕も、仲の良い友達が居たけど、そんな風には出来なかったなぁ」 そう、『彼』とはそんな風にはなれなかった。喧嘩一つしたこのなどなかったのだ。あの、別れの時までは。 「居た?過去形?」 斎が疑問を口にする。痛いところを突かれて苦笑する。 「馬鹿斎、アレだよ、アレ!」 「え?あっ、ああ!そっか、悪い!」 行き成り謝られても答えられない。どんな風に納得したのかが解からない。アレとは何だろうか。こちらが反応に困っていると、智は苦笑する。 「否、ごめん、こっちのことだから」 納得はし兼ねたが、追及するというのもいただけない。隠したい事のようだ。 「まぁ、いいけど」 「それにしても、彼女、美人だよなぁ」 「馬鹿!」 斎がまた言うと、智がまた斎を叩く。 「でも本当に、綺麗な人だね」 「ありがとう。敢と仲良くして頂けたら嬉しいわ」 「良い彼女だね。一人身には羨ましいよ」 智は微笑みながら言う。 「その、空っていう子は?」 「斎の彼女」 「へぇ…」 「そう、だから一人身は俺だけ」 肩を竦めて見せる智に、決まり悪そうに斎は彼を睨みつける。 「一番誠と仲良かったのはお前だろ」 「それは今関係ないだろ。誠は恋愛対象に入る訳がないんだから。空が中立に手伝いに行って会えないからって八つ当たりするなよ」 また解からない名前が出てくる。気にしても仕方がないので敢は清花と目を合わせて肩を竦めた。ただ、この二人は矢張り遠慮がない。 「僕も、そんな風に彼と喧嘩出来れば、まだ友達で居られたのかな…」 喧嘩をしても許し合える様な仲だったなら。随分感傷的になっている。らしくない。 斎と智ははっと敢を見る。少し落ち込んでいる敢に智は溜息を吐いた。 「あのさ、俺が言う事じゃないのかもしれない。まだ会ったばかりだし、大きなお世話だと思うかも知れない。だけど、俺にとっては他人事っていう気がしないから言わせて貰う。友達って言うのはなろうと思ってもなれるものじゃないし、やめようと思ってやめられるものでもないよ。どちらにしろ一方的な想いだから、君が友達だと思っていれば友達なんだと思う。相手も友達だと思っていれば言う事はないけどね。俺達は八年前、大切な友人と離れ離れになってしまったけれど、ずっと友達だと思うその気持ちは変わらなかった。空がね、久しぶりにその友達に会って、変わらず友人であることを確かめたばかりなんだけれどね。友達と呼べる関係というのは人が思うより強いものだよ。まして、今でも君が懐かしく思うような相手なら」 「……」 思わず、今朝の夢を思い出す。本当に、そう思ってもいいだろうか。 「っと、長話をし過ぎたな。すみません、ご主人。依頼をお聞かせ願えますか」 「あ…」 「すっかり忘れてたねぇ」 にっこり笑って依頼人に言う智に、斎も敢も、清花でさえすっかり忘れていた存在を思い出す。 牧場主は苦笑を浮かべ、暑くもないのに汗を流している。汗を拭きながら視線をそれぞれに彷徨わせた。 「お、お知り合いの方でしたか。そ、それで依頼の方はどちらが受けてくださるのでしょう?知人に邪光ハンターを紹介してくれるように頼みはしたのですが、流石に二組も雇う訳には…」 「それなら大丈夫ですよ」 牧場主の戸惑いを見て敢は笑いながら言う。 「二組ともお雇いください」 「し、しかし」 続けて言う智に、牧場主は驚きの声を上げる。 「邪光を討ち取った方にお金を渡せば良いんですよ」 清花は微笑みながら言う。 「どっちも文句は言わねぇからさ」 最後に斎が言えば納得したようで、主人も頷いた。 「はい、それではよろしくお願いします」 そこで清花の上着の裏に隠れていたキキが表に出てきた。 「うわっ、じ、邪光がっ!」 主人は驚いて尻餅をつく。キキは主人の悲鳴に驚いて低く唸る。 「へぇ、邪光の子供か。おいで」 斎が呼ぶとキキはぱっと彼の肩に飛び移る。警戒心などは欠片もないようだ。 「あら、何だか口惜しいわ」 清花の声に斎は笑う。 「俺は昔から動物に懐かれやすい体質だからな」 「単純で馬鹿だから警戒されないだけだろ」 「どういう意味だよ、それは!」 智の言葉に斎は怒鳴る。智はにやにや笑う。 「そのままの意味だろ」 「お前なぁ…」 最早反論もしない。 この二人は本当に仲が良い。こんな言い合いをしても言葉遊び以上の意味はないのだろう。 「じゃぁ、今度こそ依頼をお聞かせください」 智が言うのに主人は頷いた。 「十日ほど前からです。邪光が牧草地帯に現れ初めたのです。家ばかりではなく、近隣の農家にも既に被害が出ています。私は農家の代表としてお頼みするのです。もう羊が三頭、牛が四頭、馬が八頭も殺されてしまいました。特に馬が少なくなると私達は冬が越せるだけのお金が手に入らなくなるのです」 確かに、それは困るだろう。羊も牛も大切な収入源なのだろうが今は軍馬の需要が高い。今の農家はそれで生計を立てているのだ。言い替えれば、戦争が終われば彼らの生計は成り立たなくなる。またどうにかして稼ぎになるものを見つけていかなければならないのだ。 戦争が生み出した利益。皮肉なものだ。クロアナ唯一の牧場といえど、生産性が低くては成り立ってはいかない。何が正しいのか解からない世界。戦争があるから彼らの生活は保たれている。 「これ以上被害が出るまでに何とかしてください」 「解かりました」 智は頷いた。 「被害のあった場所を教えていただけますか」 「はい」 主人は立ち上がり、棚の二番目の引き出しからこの辺一帯の詳しい地図を取り出した。そして筆で被害のあった場所に丸をつけた。 「まず始めに、十日前がこの辺りです。その三日後に此処。さらに四日後に此処で、つい昨日には、此処です」 主人が印した場所を四人は覗き込む。 最初はムツ丘から直ぐの所だ。それからタクテスの東の端に引いてある用水路を南に辿り、カルミナの白の背後に広がるレム湖から流れる大河、リクロ川を西に移動していっている様が見て取れる。そのまま行けばリクロ湾に出る。さらに川を渡り南に行けば漁師町に着くが、それはないだろう。これだったら簡単に追い詰めて行ける。 しかし。 「妙だな」 「うん」 智の言葉に敢が同意する。 「どうしたの?」 清花は解からずに尋ねる。それを智が説明する。 「邪光は森に生きる物。食べる物が少なくなって森を出たにしても、森からこんなに離れるなんておかしい」 「森に何かあったのかな」 「いや、それならもっと沢山の邪光が出てきている筈だ。襲われた動物の数からいっても一匹、せいぜい二匹くらいだ」 敢の言葉に斎が首を振る。 「多分一匹だろうな」 「それにしても…」 「今から追いかけて追いつくかな」 タクテスは広い。端から端まで歩いたとしたら、一ヵ月半はかかる。邪光は随分な速さで移動しているから追いつける可能性は低い。 「馬をお貸し願えませんか」 智が主人に申し出る。主人はすぐに頷いた。 「人数分用意させていただきましょう」 快く良いと言ってくれた主人に礼を言う。それだけ必死なのだろう。 邪光に何が起こっているのかは解からないが、行ってみなければ始まらない。敢たちは清花を主人の家に残して三人で馬に乗る。 清花は馬に乗れないのだ。 「気をつけてね、敢」 「うん」 別れの言葉はそれだけでいいだろう。邪光に追いつくのに何日かかるかは解からないが、三人は出発した。 すぐに出発したものの、秋の日は短く、直ぐに日が暮れた。 三人は馬を止め、火を起こした。日が暮れてから馬を進めるのは危険だ。 「さて、これからどう向かう?」 智は二人を見ながら言う。 「邪光の進んだ道をそのまま辿るか、それとも道を読んで先回りするか」 「個人的に言うなら、先回りを奨めるよ、僕は」 「同感だ」 敢の言葉に斎も頷く。 「じゃぁ、何処を目指して行くかだな。邪光の進む速さを考えると今頃は此処に居るだろうけど…」 「うん、だけど、かなりの速さで数日間走り続けているのだから、そろそろ疲れが出ていてもおかしくはない」 智もそれは同感らしく、頷いた。 「じゃぁ、明日、この地点まで行って、二手に分かれるってのはどうだ?そして先に進むか後ろに戻るか、決めた方に進む。当たったら狼煙を上げよう。見つけた方は先に殺しても構わねぇけど、恨みっこなし。狼煙を上げるのはどちらも無駄に体力を使わなくてもいいだろ」 斎の意見に二人は賛意を示す。 「だけど、僕狼煙なんて持ってないよ」 「じゃぁ俺たちのをやるよ。火種も」 「ありがとう」 決まるのが早い。意見が合うのだろうが、不思議なほどだ。 あとはどちらがどちらに行くかをコインで決めて、早めに寝る事にした。夜遅くまで探すよりも朝早く起きて探す方が効率も良い。 野宿をするのに抵抗のない男三人は、それぞれ見張りを決めて交代で眠りに着いた。 翌朝、三人は予定通りに進んだ。 敢は逆に戻り、斎達は先に進む。 暫く進んでみても何も見えない。今日一日何も見つからなければ馬を掛けさせて斎たちと合流してみる事にしている。 「外れかな」 呟いてみる。答える声がないのが少し寂しいかな、と思ってしまう。一人になるのが寂しいなんて昔なら考えられなかったことだ、と苦笑する。 そんな今が幸せではあるのだけれど。 「会いたいな…」 彼に。夢の中の彼に。馬に乗り続けているのもいい加減疲れてきた。だからだろうか。思考が過去に戻るのは。懐かしんでしまうのは。 ザッ…っと風邪が吹いた。風が気配を運んでくる。 敢はさっと馬から飛び降りた。馬の尻を叩いて走らせる。上手く農家に戻ってくれるだろう。そして斎達に貰った狼煙を上げる。意外な場所ではあるが仕方ない。 さっと剣を抜いて構える。 敢はかなりの距離を戻ったから、此処まで来ると森に戻り始めていたのだろうか。 さっと邪光が飛び出してくる。驚いた事に、子供連れだった。 まだ幼い邪光。 敢は一瞬戸惑った。何故子供連れなのだろうか。子供を大切にする邪光は決して森の外に出すことはない。森の外は身を隠す場所が少ないから。 邪光がさっと動いた。 敢は急いで間合いを取る。 邪光は警戒しているようだが、積極的に攻撃しようとしてくる様子はない。子供がいるからだろうか。それにしても矢張りこんなところに居るのはおかしい。 敢は邪光を観察しながら思う。 よく見てみれば、子供の邪光は濡れているし、少し衰弱しているようだった。 「ひょっとして…」 呟いた時、馬の蹄の音が聞こえた。 智と斎が来たのだ。それにしても早い。 「どうした?まだ倒してなかったのか?」 斎が驚いたように尋ねる。 「子供連れなんだ」 「え?…ああ」 智は聞き返した後、邪光を見、納得したらしい。 「子供が川に落ちて、此処まで流されて来たんだと思う」 「ああ…成る程ね。リクロ川は結構流れが速いからな。でも数日の間、よくそれで溺れなかったな」 敢の言葉に頷き智は感心したように言う。 「誰かの悪戯で板切れにでも乗せられたんじゃないのか?子供は比較的警戒心が薄いし、仲間の血の匂いに弱いから」 「もしそうだとしたら、かなり悪意のある悪戯だな」 「実際はどうか知らないけどな。どうする?殺すには忍びないよな」 「ああ…」 斎の言葉に智は溜息とともに頷く。 当の邪光は訝しげにこちらを見ている。心が解かる訳ではないからそう見えるだけだが。 「仕方ねぇな。俺が森まで送ってくよ」 斎が言う。 「送っていく…って大丈夫なの?」 「大丈夫だって。俺、こういうの得意なんだ」 「そうだな。任せるか。夜までには戻って来いよ」 「りょーかいッ」 そう言って斎は邪光の傍まで馬を走らせる。何をしたのかは解からないが、斎が手振りで着いて来るように示すとそれにしたがって邪光は走っていく。 「凄いな…」 「こういうのだけは得意だからな」 敢の呟きに智は答える。 「でも、夜までに戻るなんていくらなんでも無理なんじゃ?」 少なくとも一昼夜はかかるだろうと思って尋ねると、智は笑う。 「大丈夫さ。風が味方してくれる。それにあいつならそれくらいは簡単だね」 「へぇ…」 よくは解からないが、可能だというのだろう。 随分と凄い人間と知り合いになったのかもしれない、と思った。 農家に戻ると清花が笑顔で迎えてくれた。それだけで幸せだと思ってしまう。 斎も、言った通りに夜までに戻ってきた。 主に事情を話せば神妙な顔をして頷いた。 「それで、お金はどちらに払えばよろしいでしょうか」 「いや、いりません。受け取る訳にはいかない。俺達は依頼通りに邪光を殺した訳ではありませんから」 代表して智が断りを入れる。しかし、主は納得しなかった。 「そういう訳には参りません。あなた方がいらっしゃらなかったら、また邪光は森まで戻る際に牧畜を襲ったでしょう。しかし、そうはならなかった。間違いなくあなた方は邪光から私達を救ってくださったんです」 主人は熱弁を振るう。これでは受け取らないでは済ませられないだろう。 敢達は顔を見合わせる。 「半分ずつ、ということにしないか?」 智が提案する。敢はそれに首を振る。 「そっちが全額受け取るべきだ。僕じゃ邪光を森に戻すことは出来なかった」 「最初に邪光を見つけたのはお前だろ。それに俺達じゃ邪光の子供には気づかなかった。だから半分」 斎に言い切られ、敢は苦笑して頷いた。 「それで構いませんか?」 「ええ…私は払う金額が変わらないので構いません。では、もう夜も遅いですし、今夜はこちらに泊まっていってください」 主人の申し出に、今度は皆有難く礼を言った。 流石に暖かい布団が懐かしかった。 敢は眠りの淵で夢を見た。 懐かしい、暖かい夢。 もう二度と戻っては来ない日々の夢を見た。 |