〜再会の序章〜



 今、箕郷達は『法学貸出所』に向かうために城下町に居た。
 賑やかな街、市場。
「すっご〜い!」
 箕郷は感嘆の声を上げる。
「箕郷や司は此処に来るのは初めてだっけか」
「来た事あるけどあまり覚えてない」
 司が言う。
「何か、物語の世界だぁ。シンデレラとか」
「えぇ、そんな感じですねぇ」
 箕郷の言葉に美也は頷く。
 周りは人、人、人…。ざわざわと賑やかに人々は行き交う。
 テント式の店が道の両側にずーっと並んでいる。
「要、場所は解かるのか?」
 航が尋ねる。
「ああ、裏の世界じゃ有名だか…」
「誠!」
 要の言葉が途中で遮られ、何かが誠に抱きつく。
 女の子だった。青色の髪、瞳。やけに薄着だ。首から水色の石の付いたペンダントをつけている。
「くう…」
 久遠のような声が誠の口から漏れる。
「放せ」
 そう言って首に巻きついた腕を解く。
「やっぱり戻って来てたんだ。斎(いつき)も智(さとる)も心配してたんだよ」
「……そうか」
 長い髪を指に絡めて、ふっと箕郷達に視線を移す。
 そしてにっこり笑う。
「はじめまして、空(そら)っていいます。誠と同じ年で十八歳。くうちゃんって呼んでね」
「は、はじめまして」
 勢いに押されて箕郷も挨拶する。
「行き成りあだ名まで指定するなよ…」
 誠は溜息を吐く。
「いいでしょ、別に。ね、皆の名前は何ていうの?」
 そう言われてそれぞれ自己紹介する。
 一通りそれを終えた後、箕郷は尋ねる。
「誠、昔は此処に居たの?」
「うん。懐かしいな。八年前まではこっちに居たのよ。あ、そうだ誠」
「何?」
 箕郷の質問に答えた後、すぐ誠に話し掛ける。
 八年前…誠が聖達の所に来る前は此処に居た。この、フロレアに。
 他の皆もそう考えているようだった。祐は平然としていたが。
「誠が出て行ったすぐ後、主(あるじ)さん探してたよ。他の人間が逃げるんなら放っとくんだけどね。あそこにいた子全員狩り出してね。それでも見つかんないから死んだことになってる」
「…まぁ、丁度いいか」
 誠はちょっと考えて言う。
「見つからなかったって、お前達、探さなかっただろう?」
「とーぜんでしょ。出てくも出てかないも誠の自由なんだから。あ、これ智の台詞ね」
「はは、あいつらしいな」
 誠は笑う。今まで一度も見た事のないような笑い方で。
「皆、元気か?」
「うん、あの二人、毎日喧嘩してるわよ。あ、そうそう。誠の『石』は智が持ってるから」
「ああ、そうか。……うん、その方がいいな」
 空と話している誠はいつもより嬉しそうだ。誠が本当に心を許しているのだと解かる。
 空は自然に誠の腕に自分の腕を絡ませている。誠は別に嫌そうな顔はしない。慣れているのだろうか。
「あの人に会う決心がついたの?」
「正直言うとまだだよ」
「怖い?」
「悪いか?」
「ううん。それが一番誠らしいよ」
 やけに素直だ。
「皆さん、ヤキモチ妬くのはいいけど、移動してからにしない?」
 祐が言った言葉にはっと全員が反応する。
「何処か行くの?」
 空は祐に尋ねる。
「『法学貸出所』に。くうちゃん?」
「むっ、プレイボーイっぽいわね?」
 祐の仕草を見て空が言う。
「えーっ、嬉しいくせに。俺の力、心を読めるんですよ」
「なっ、なんて嫌味な力!」
「よく言われます」
 そう言うくせに笑顔は変えない。
「『法学貸出所』に行くんだっけ?私も行っていい?一度行ってみたかったんだぁ」
「くう…」
「ね、いいでしょ誠」
 空のその言葉に誠は深々と溜息を吐いた。


 古めかしい文字がうだりくねったように書かれている。
 箕郷には何と書いてあるのかさっぱり解からない。
 多分『法学貸出所』と書いてあるのだろう。
 中に入ってみると店主らしき男性が「いらっしゃい」と挨拶をしてくる。目の前にはカウンター。その上に名簿のようなものが何冊か置いてある。
「ごゆっくりお選びください」
 店主が営業スマイルで決まった言葉を言う。
 名簿を開くと、其処には名前、年齢、顔写真に値段が書いてある。
 由宇は名簿を見ながら呟く。
「レストランのメニューを見てる気分だわ」
 其れを聞いた優が思わず吹き出す。
「おい」
 航が優の頭を叩く。
「お前もちゃんと見ろ」
「へーい」
「ねぇ、誠!」
 空が誠を引っ張る。
「この人…」
 空は名簿の中の一人を指差す。
「ああ…いいかも知れない。『宝(たから)』?」
「お客さん、ちょっと待って下さいっ」
 店主は慌てて言う。
「正気ですか?この男は今まで一度だってまともに仕事をやり遂げたことはないんですよ」
「確かに、気の弱そうな顔してるね」
 麻希が呟く。
 金色の髪に青いたれ気味の瞳。見た目からして弱そうだ。
「この男はね、腕に自信のある人間が粋がって借りてくぐらいで…。それでも失敗ばかりしているんですよ」
「マジ?」
 優が思わず言う。
「でも、この人が一番いいよねぇ?」
 空が誠に言う。
「どうして?」
 箕郷が尋ねる。
「力が一番強いんですよ」
 誠が言う。
「写真見ただけで解かるの?」
「解かりますよ。大体こういうのは写真を撮る時に念をこめますからね。これで彼が成功したことがないというのなら、彼の力に依頼した人間がついていけなかったんでしょう」
 そう話す誠の顔はやけに楽しそうだ。
「誠、楽しいでしょ」
「え?」
「こういうの好きだよねぇ。自分の力によって他人の力を引き出すって言うか、自分の力を理解して高めてくれて、そういう人と一緒に仕事するの」
 空が言う。
「否定はしないけど、別に仕事が好きな訳じゃないよ」
「そう?」
「そうだよ」
 空はにやにや意味深に笑って言う。箕郷はくすくすと笑い声がするのでそちらを見ると、祐だ。
 誠はバツの悪そうな顔をしている。
 それにしても、誠をからかうなんてすごいと思う。空も、祐も。
「それで、お客さん。結局この男にするんですかい?」
「ええ」
「期間は?」
「無期限で」
「それじゃぁ、全部で二百万ですな」
 金を払い、店主が店の奥に入って行ったので其れを待つ。しばらくすると『宝』を連れて店主が出てきた。
「こいつです。確かにお引き渡ししましたよ」
 宝はおどおどしてこちらを見る。
「は、はじめまして。宝です」
 慌ててお辞儀する姿は誠の言っている様な人間には見えない。
「よろしく」
「あの、本当に僕なんかでいいんですか?」
 その言葉を聞いて誠はにっこり笑う。
「君がいいんだよ。俺は誠、十八歳。君には期待しているよ」
「え、あ、僕は十七です」
 後ろで祐がヒュウと口笛を吹いた。誠は少しそちらに視線を移し、にっと笑う。今日の誠はやけに表情が豊かだ。空が居る所為だろうか。
「俺は祐。十六歳。よろしく」
「は〜い。私は空っていうの。十八歳。くうちゃんて呼んでねぇ」
 祐と空はさっそくにこやかに自己紹介する。
 他の皆もおずおずと挨拶をする。この二人の勢いには勝てない。
 その中で聖だけが何も言わない。
「聖?どうしたの?さっきから静かで不気味だよ」
 麻希の声にはっと気を取り直す。
「不気味ってなんだよ」
「いっつも五月蝿いじゃない」
「あのなぁ…。俺は聖。よろしく」
 宝にそれだけ言うと、じっと彼を見つめる。
「なぁ、あんた。気の弱いフリするならもっと解かり難くやってくんない?」
「どういう…?」
「逆にうざいんだよな、解かりやすくて。どうせやるならこいつみたいに解かりにくくしろよ」
 誠を指差しながら言う。
「聖、指は差さないで欲しいんだけど?」
「??」
 皆訳が解からないと言う顔をしながら成り行きを見ている。
 祐はクックッと抑えた声で笑っている。要はある意味呆れていた。
「んだよ。本当のことだろ?まぁ、誠みたいなやり方しろとは言わないけどさぁ」
「聖、依頼は無期限。仕事を成功させれば本性を見せてくれるさ」
 誠は聖に言う。
「とりあえず綺羅の所に戻ろうよ。こんなとこに突っ立ってても邪魔だから」
 祐が皆に言う。
「え…。き、綺羅ってあの!?」
 宝が驚いた声を上げる。
「そう、あの綺羅。とっとと帰りましょ」
 祐はウィンクする。
「誠…。綺羅の処にいたの?」
「ああ。お前は帰るか?」
「ううん。着いてく。心配だから」
「大丈夫だよ」
「放っといて帰ったら絶対斎と智、許してくれないもん」
「はは…」
 空の言葉に誠は苦笑する。
「大体さぁ、急にいなくなるから心配するんだよ。あの人の事は解かってるつもりだけど」
 空はぶすっとしている。
「斎と智もすごく心配してた。私だってそうよ」
「ごめん」
 本当に申し訳なさそうに誠は謝る。まるで叱られた子供みたいだ。
「でも、姿を見て安心したわ。それに前より雰囲気が丸くなった。きっと皆のおかげなのね」
 空のその言葉に誠は照れたように笑う。
「素直になったわ」
「どういう意味だ」
 歩きながらも誠は空と仲良く談笑している。
「な〜んか、ムカつかねぇ?」
「同感だわ」
「ちょっと寂しいかな…」
「此処にお姉ちゃんがいたら大変よ」
 それぞれ感想を述べる。
「ほら、妬かない妬かない」
「お前が一番ムカつく!知ってること教えやがれっ!!」
 聖が祐の首に腕を回し、ぐいっと首をしめる。
「だって、プライベートなことだからね」
 腕を外そうとするが、力が足りない。口は減らない。救いようがない。
 それでも祐は聖の脛を蹴り、腕から抜け出す。
「ってぇー!」
 聖はぴょんぴょんと片足で立って足をさする。
「要、あの宝って、聖が言ってたように…」
「ああ。あれはまだ解かりやすいな。誠までくるとスキがないと解からない」
 麻希の問いに要が答える。
「聖の言ってたやり方って?」
「…そのうち解かるさ」
 要はそれ以上何も言わなかった。


「お帰り、ご苦労だったね」
 綺羅の神殿につくと、にこやかに迎え入れてくる。
「本物の綺羅様ですか!?僕、感激です!」
 宝は手を震わせて言う。
「彼が『法学貸出所』で借りて来た子?」
 綺羅が尋ねるのに誠は頷く。
「はい」
「いい子を選んで来たね。祐、顔がにやついているよ?」
「だめかな?俺はすごく楽しいんだよ。これから先も気になるしね」
 祐が言う。綺羅はその後、空に視線を移す。
「久しぶりだね、くう」
「お久しぶりです、綺羅。貴方は本当にお変わりの無いようで」
「同じ嫌味を誠にも言われたよ」
「当然でしょう?」
 空はふんっと鼻で笑う。
「手厳しいね」
 その後、皆を見回して言う。
「さぁ、皆。食事が出来ているよ。食べてゆっくり休もうじゃないか」
 そう言われたので皆食堂に入る。
「やっぱり綺羅って気に入らないわ」
 並べてある食事を見て。空が言う。
「予定外の私が来たのにちゃんと人数分食事を用意してるんだから」
「仕方ないさ。それが綺羅なんだから」
「見え過ぎるのも良い事ばかりじゃないしね」
 誠と祐が空に言う。ふっと誠の視線が箕郷に行く。
「箕郷、何ぼーっと立ってるんですか?」
「え?ううん。何でもない」
 誠に聞かれて箕郷は慌てて言う。
「そうですか?早く席に着きましょう」
「うん」
 そう言って二人はそろって席に着く。箕郷の逆隣は司だ。
「罪ねぇ…」
 空が呟く。
「まだ解からないよ」
 祐がそれに答える。
「そなの?」
「もう一人、色男に言い寄られてるから」
「え、三角関係?」
「う〜ん。どうだろう。その色男に告白勧めたのが誠だし」
「複雑ぅ〜」
 祐は、はっはっと笑う。
 そして二人も席につく。
 お腹が減っていたので皆よく食べる。
「此処の食事っていつも上等だよね」
 箕郷が言う。
「他に娯楽がないんですよ。綺羅は」
 誠が言う。
「いつも此処に居るからね」
 祐が後に続ける。
「そう言えば、なんで綺羅は此処から出ないの?」
 箕郷の問いに綺羅は金の瞳を細めて答える。
「出られないんだよ。それが決まりなんだ」
「決まり?」
「そうだよ」
 そうして綺羅は微笑む。
「綺羅は代々世界の均衡を守ってきた者が受け継ぐ名だから」
 祐が言う。
「結界に守られている限り滅多な人間は近づけないだろう?綺羅はそれだけ大切な人間なんだ。綺羅が死ねば、世界の均衡は崩れて滅びる」
 祐の言葉に皆静まり返る。
「面倒くさい説明をどうもありがとう」
「本当に面倒くさいと思ってたね」
 綺羅を遠慮なくつっこむ祐。
「そう言えば、皆知らなかったの?私、常識だと思ってた…」
 空が言う。
「知らない。この世界で一番強い力を持ってるって事しか、知らない」
 麻希が呆然と言う。
「一番強い力…ね」
 空が溜息を吐いてちらっと誠を見る。
「だったら、結界に守られてる必要なんてないわよね」
「え?」
「これ以上言わないわよ。話しているだけで気分が悪くなるもの」
 空がそう言ったので皆が誠を見る。
 空が知っているのなら誠も知っているだろうと思ったのだ。
「かーわいそうだよ。そんなに見つめちゃ」
 祐がおどけた調子で言う。
「それに今は、もっと別に大切な事があるんでしょ?」
「亜希を、助けに…」
 護の言葉に皆頷く。
「それじゃぁ、作戦会議を始めようか」
 綺羅の言葉に皆集中する。


 星が黒い宇宙の中で光っている。
 闇色のカーテンに色ガラスの粉をちりばめている。
「誠って夜に外に出るの好きだよね」
 空が誠に話し掛ける。誠は神殿の外に出て夜空を眺めていた。
「あの人を近くに感じることが出来るから?」
「…直球だな」
「変化球よりましでしょ」
「…そうだな」
 誠は木の根元に座り込む。空もそれに習う。
「会うんでしょ、あの人と。大丈夫なの?」
「解からない。もう八年も会ってないからな」
「でも…それでもきっと誠はあの人との過去は切り捨てられないのよ。八年会ってなくても、どんなに会うのを躊躇っても、誠はその運命に逆らえない」
「会いたい…でも、会いたくない」
 誠は夜空を見上げる。
「会えば答えなければいけない…」
「あの人達は知らないんでしょ?あの祐って言うのは別にして」
「ああ」
「いきなり会ったらびっくりするわよ」
「……」
「んじゃ、私はもう寝るからね。オヤスミ」
 空は立ち上がり神殿の中に入っていく。
 辺りには静けさが広がる。誠は自分の膝に顔を埋める。まるで子供のように。
「…寒い」
「何が?」
 その声に誠ははっと顔を上げる。
「聖…」
「なっさけねぇ顔!」
 びっと聖は誠の前に人差し指を突き出す。
「何が寒いんだ?この蒸し暑い夜に」
 聖が尋ねる。しかし、誠は答えない。
「何年お前と双子としていたと思ってんだ?八年だぞ。人生の半分近くお前と一緒に居るんだよ、俺は」
 誠は聖と視線を合わせない。
「それ!気まずい事があると視線を逸らす癖もな。解からないと思ってたのか?」
 聖は誠の顔をぐいっと自分に向けさせる。
「聖、俺は…」
「俺達って全然似てないだろ?顔も性格も」
 誠が何か言う前に聖が言う。
「当然だよな。血は繋がってないんだし。でも、二つだけ似てるところがあるんだ。知りたいか?」
 誠の答えなど求めていないのは解かっていたので無言で答える。
「都合が悪くなると話を逸らす。嫌いな人間には徹底的に冷たい」
「良い所がないな」
「そんなもんだろ?」
 聖は笑って言う。
「俺達は間違いなく兄弟なんだよ。ずっと一緒にいたんだ。そうだろ、兄さん?」
「本当に、似てないな…」
 誠は自分の髪をかき上げる。
「俺には聖みたいな考えは浮かばない」
「誠、お前さ…そうやって泣きそうな顔して笑うなよ」
 聖は誠の隣にどかっと腰を下ろす。
「お前みたいに自分を隠してるとさ、苦しくなるだろう?」
「そんなんじゃ…」
「お前みたいなやり方は納得出来ないな。宝の方がまだマシだ」
 聖は誠の視線を捕まえる。
「平気じゃないのに平気だって自分に言い聞かせる。自己暗示をかける」
「聖、もう…」
「お前、中途な自己暗示は身を滅ぼすぞ。お前が何を考えているのか俺には解からない。だけど、おまえが今のこの状態に苦しんでいるのは解かる。空が現れた時、正直嫉妬したよ。空の前では俺達に絶対見せないような顔をする。それだけ誠の事を知っているのかもしれない。だけど、なんで俺達に気を使う?最近特にだ。何故だ?」
「俺は、何も言えない!」
 誠は叫ぶように言う。
「何も出来ない、誰の味方にもなれない。俺は、何も選べない…」
「誠?」
「俺が何を考えてるかなんてこれから嫌でも解かる。でも、俺は何も言えない。俺は、あの人に会ったら――…」
「あの人?」
 誠は立ち上がって中に入ろうとする。
「おい、待てよ」
 聖が誠の腕を掴む。
「あの人って一体…」
「放せ!!」
 誠は怒鳴って聖の手を振り解く。
「誠!」
「はい、ちょっとSTOP」
 いきなり祐が誠の前に立ちはだかる。
「祐っ!…どけ」
 誠は祐を睨みつける。
「どけない。はい、戻って戻って」
「なっ、んで…」
「聞いてましたとも。最初から最後まで。まぁ、あの人の事は置いといてね」
 祐はにっこり笑って誠に言い聞かせる。
「精神乱されたままじゃ困るでしょ?」
「おい、祐!何考えてんだよ!」
 聖が祐を怒鳴りつける。
「言い過ぎなんだよ、聖」
「ああ?」
「誠は強くない。解かってるはずだろ?」
「…祐。お前、一体何を知ってる?」
「全て。まぁ、とにかく落ち着いて」
 祐は二人を黙らせる。
「誠に関する事はとにかく今は何も聞かないこと。本人が言ったようにそのうち嫌でも解かるからね」
 祐が聖を見て言う。顔はもう笑っていない。
「誠、君はとにかく考えることだ。自分にとって最善の方法を。前にも言っただろう?」
「……ああ」
 誠は祐の声を聞いて大分落ち着いたようだ。祐の声には不思議と人に心に染み込むものがある。
「じゃぁ、オヤスミ」
 そう言って、祐は誠の背中を押して神殿に戻らせる。
 誠はそのまま神殿に入って見えなくなった。
「お前、催眠術でもかけたのか?」
 さっきの誠の様子を見て聖が言う。
「まさか。そんなもの出来たら、もっといろんなところに被害が出てるって」
「そりゃそうだ」
 聖は溜息を吐く。
「焦んない方がいいよ」
「でも、時間がない。それに俺は知らなさすぎる」
「大丈夫。まだ…大丈夫だよ。ちゃんと知ることが出来る。それだけの時間もある」
「未来まで解かるみたいだな」
「そうかもね」
「洒落になんねーよ」
 聖は苦笑する。祐は人の心を和らげるのが上手い。それだけ人の心を見てきたのだろうか。
「聖、箕郷ちゃん呼んできて欲しいんだけど」
「?何で?」
「秘密」
「はいは〜い。そう言う奴だよな、お前」
「よろしく〜」
 祐は箕郷を呼びに行った聖に手を振る。
「さってとっ!」
 祐はぐぅっと背伸びをした。


「何?行き成り呼んで」
 箕郷は理由も解からないまま祐に呼ばれて困惑している。ろくに話した事もないのだから当然だろう。
「ちょっと話があって」
 箕郷を連れてきた聖はとっとと退散したようだ。
「誠と司について」
 にっこり満面の笑みで言われて箕郷はたじろぐ。
「えっ?」
「気になる事いっぱいあるでしょ?司の力の事、誠と綺羅の関係、誠の過去。それから、告白の答えどうしよう―――とか」
「な、なんで…」
「言ったっしょ?人の心が読めるって」
 祐の笑顔は全く崩れない。
「箕郷は、誰が好きなの?」
「そ、そんな事言われても…」
「何で?自分の気持ちなのに解からないの?誰が一番好きか」
 祐はわざと箕郷にこんな事を言う。
「まぁ、そんな事はいいか。でも、気をつけて欲しいな、二人の気持ちには」
「二人の…気持ち?」
「一番大切な事だからね」
 箕郷には訳が解からない。
「どういうこと?」
「さぁてね。ただ、自分の気持ちには正直に生きた方がいいよ。でなければ後悔するからね」
 じゃぁ、オヤスミ。そう言って祐はそのまま部屋に戻る。
 箕郷は其処にぽつんと残された。
 誠と司。どうしてだろう?いつも二人が中心にいる。
 いつでも、何処でも二人は独特の光を放っている。箕郷の脳裏に二人の顔が浮かんだ。
 司の顔は、最近よく見る、照れたような笑顔だった。
 誠は、何を考えているのか解からない、どこまでも遠い瞳をした横顔―――…。
 そう、解かってる。誠は、私を見ていない。きっと、私達の中のだれも…。
 空のことは見ている。真正面から。綺羅も、祐もちゃんと誠に認められている。ひょっとしたら聖や要も。
 きっとそれだけ、誠のことを理解している。
 私は知らない。誠の事を何も知らない。
「どっちが、好き…」
 箕郷の小さな呟きは闇に呑まれて消えた。


 司は部屋で久しぶりに兄弟水入らず。護は気を利かせてくれたらしい。
「やぁーっぱ告白してたんだな」
 優が言う。司は不満そうな顔だ。
「別にからかってる訳じゃないさ。帰ってきたら大分顔が違うからびっくりしたんだよ」
「まだ、言うつもりは無かったんだ」
 司は言う。
「俺は、言うつもり無かった」
「じゃ、どうして?」
 優が聞く。司はベッドに腰掛けて俯いたまま話す。
「誠が、告白…しろと言ってきたから」
「誠が?」
「俺が妬いていたのは解かってただろうからな」
 司は苦笑する。
「しかし…」
 ふっと表情を変えた司を航と優は訝しく思いながら見つめる。
「あいつを警戒していた別の理由が、あいつと話したら消え失せてしまったんだ。不思議と」
「別の理由?」
「あいつは嘘をついている。その事だ。仮面をかぶり、俺達を騙してる」
「ああ…その事か」
 妙に納得する。
「誠は、特別な人間がいると言っていた。その所為かも知れない」
「特別な人?誠に?」
 航は意外そうに言う。
「ああ。誰かは解からなかったけど…」
「確かに、誠にそんな人がいるなんて言われたら、そんなの吹っ飛ぶわなぁ」
「…ああ」
 優の言葉に司は頷く。
 だけど、誠に対する感情が変わった理由は他にもある。
(誠は、死にたがっている)
 そして、そんな誠を縛っているのは、誠の言う『特別な人』なのだろう。
 …――――あの人がいなければ俺は今ごろ生きてなかったから――――…
 誠の声が蘇る。
 誠の『特別な人』に感謝すべきなのだろうか。まだ自分は誠に対する位置を決められていない。
 考え込んでいる司を見て。航と優は顔を見合わせる。
カチャッ
 ドアが開く音がして誠が入ってくる。
 二人はもう一度顔を見合わせて立ち上がる。
「兄貴?」
「俺達はちょっと散歩してくるから…」
「ごゆっくり〜」
 そう言って二人はとっとと部屋から出て行く。
 司は溜息を吐く。誠は訳が解からず扉を見つめている。
 司は誠に視線を移すとふっと違和感を感じる。
「誠、どうかしたのか?」
「え?」
 振り返り司を見つめる。
「別にどうもしませんよ」
 誠は微笑して答え、自分のベッドに腰掛ける。
 こいつといると、嘘を見抜くのが上手くなるんじゃないかと思う。
 そう、この男の嘘に比べれば他の人間の嘘なんて他愛も無いものだ。今もこの男は嘘をついている。幼い頃から嘘をつき続けている人間だ。
「嘘をつくな。もう、お前の嘘なんてすぐに解かる」
 それを聞いて誠は成る程、と思う。
 あそこで祐が引き止めなければ司だけでなく航や優も気付いただろう。
「それじゃぁ、もっと解からないようにしなければいけませんね」
 今が少しでも余裕があることに感謝しなければならない。でなければすぐに問い質されただろう。
「誠、俺はそんな事を聞いているんじゃない」
 しかし、司はそれではぐらかされる程、馬鹿ではない。
 誠を真っ直ぐ見据えたまま問い詰める。
「そうですね。でも、それを問い質す権利は貴方にはない。違いますか?」
「……そうかも知れない。だが、もしお前が、俺達の敵に回るようなことがあれば困るからな」
 誠は苦笑する。
「敵に…そうですね。あるかもしれない。でも今はまだ此処に居たいと思うんですよ、俺は」
 誠はあまり否定するつもりはないらしい。
「敵になる前に死ぬかもしれないな。お前は」
「俺がそう簡単に死ぬと思いますか?」
「さぁな。少なくとも俺には、お前が死にたがっている様に見える」
 司は核心をつく。しかし、誠は動揺しない。なんとなく聞かれることが解かっていた所為かもしれない。
「死にませんよ。俺は、まだ死ねない」
 誠は司を真っ直ぐ見据えて微笑する。
「それじゃぁ、おやすみなさい」
 そう言って誠はベッドに横になる。
 司の位置から誠の顔は見えない。誠は思う。
 今日は悪夢を見るかも知れない。あの、懐かしい悪夢を。
 そして夜中に目が覚める。目が覚めて、そしてあの人を想うのだ。
 ただ、過ぎ去った遠い日を見つめながら――…。


BACK   NEXT



小説 R-side   オリジナルTOP