探し求めるのは、たった一つのもの。 手がかりは、歌の中に。 「ったく、何で俺がこんな事…」 ぶつぶつ聖は文句を言いながら、城の天井裏を徘徊している。 「こんなの、絶対あいつの方が得意に決まってんのに」 この文句の対象となっている男は何か思うところがあるらしく、姿を消したまま帰ってこない。 その上、そいつの命令を忠実に従っている自分が、情けないような、腹立たしいような…。 なんで自分が此処にいるかと言えば、間違いなく、あのいけ好かない男の所為なのだ。 目的は本当に亜希が此処にいるか確かめることと、城内の地図を見つけること。確かに、あの男の人選は間違っていないだろう。あの男以外の人間を選ぶとしたのなら。 なぜなら、他の二人の亜希への入れ込みようは尋常ではないのだから。亜希を見つけた途端に助けに行こうとするに決まっている。 何の策も練らずにつっこむのは危険すぎる。 だからこそ綺羅も「亜希を探せ」と言ったのであって、「見つけたら助けろ」とは言わなかったのだろう。 解かっている。解かっているのだけれど。 自分だけが何故こんな危険なことをしなければならないのか。不毛すぎる…考えていること自体が無駄だ。 「とにかく、とっとと終わらせるか」 低い天井なので歩腹前進で進んでいく。 音を発てないように、一部屋一部屋確認していくのだ。面倒な作業だし、みつかったらお終い。ジ・エンドだ。 ふと見た部屋。書物がぎっしり置いてある。書斎のようだ。 (ラッキー。運がよければ此処で城内の見取り図が見つかる) 聖は下に下りる。てっとりばやく探さなければ。見つかる可能性も高まっていることは明白だ。 聖は書斎を見渡して、ある程度の目星をつける。 こういう時のカンが当てになることは知っている。父親に何度かついて戦場にも行ったのだ。 運の良さは人一倍あるのだ。 直感が告げる場所を探し始める。はたして、それがあったのだ。けれど… 「無用心すぎるな…まるで」 わざと見つけさせたような。その言葉を実際に発しはしない。 罠かもしれない。一応中を確認したが、間違いなく、この城の地図だ。多少の不安はあるが、これを手放すのも惜しい。 「早くずらかるのが一番だな」 これは誰が見ても明らかに泥棒なのだ。あとは、亜希の確認―――。 ふっと人の気配を感じる。聖はさっと物陰に隠れた。 見回りの兵らしい、。聖は心の中でちっと舌打ちする。 此処で見つかっては終わりだ。 扉が開かれる。 中を荒らしたような後を見つけて兵は部屋に入ってくる。ばら撒かれている書物の確認をする。 「なっ、城の見取り図がない!?」 男は慌てて部屋を出て行く。その間に聖は天井裏に戻る。 「なに!?見取り図が無いだと!?もしカルミナの連中に渡ったらどうするつもりだ?もし持っている者があるのならすぐに名乗り出ろ!!誰かに盗まれたというのなら、そいつをすぐに見つけだせ!!」 いきなり、聖でもびくっとするほどの怒鳴り声が聞こえてくる。 中年、というよりは初老の男だ。 (ってことは、この地図は罠でもなんでもないってことだな) 妙に落ち着いてしまっている聖はそのまま話に耳を傾ける。 「王様。それは恐らくあの娘の仲間の者ではないかと…」 王、という名を聞いて聖はこいつが航達の父親か…などとどうでもいいことを思ってしまった。 「なるほど。確かに考えられぬことではないな。大臣、お前にその件はすべて任せてあった筈だが、あの娘はちゃんといるのであろうな?」 「はい」 これではっきりした。確かに亜希は此処にいるのだ。そうするとあの美女が言っていたことも嘘じゃないということになる。 王はともかく、大臣の顔を見て聖は嫌悪感を覚えた。 見るからに人の悪そうな顔をしている。人を見かけで判断できないというのは嘘だ。 あの笑みも、しぐさもすべて、こいつは悪人だと示しているようなものだ。聖にはそれが解かった。 (これはあながち大臣が黒幕っていうのも、考えられない話でもないな) 「絶対に信用のおける者に見張らせておりますからね」 また別の男の声が聞こえる。若い男の声。 「謙か」 王が男の名を呼ぶ。 「軍の総司令ともあろう男が、小娘の世話などとは思ったが、今はお前に任せて良かったわ」 「光栄にございます」 謙は深々と頭を下げる。 (軍の、総司令!?) 聖は目を丸くする。総司令というにはあまりにも若すぎた。聖とそう年が変わらない、二、三歳上ぐらいだろう。 (嘘だろ!?) 漆黒の瞳、髪、服まで真っ黒。趣味が悪いとさえ言えるのに、そんなのも気にならぬほど青年には似合っていた。 まるで、体の一部のように。 そうでなければいけないように。 人目を惹く容姿。闇を纏ったような……。 「!!」 思わず声が出そうになって、慌てて口をおさえる。 目が、合った。 気づいている。聖のことに。 背筋に悪寒が走る。危険だと、本能で解かる。口の端に笑みを浮かべる青年が。 要とは比べものにならない。別に、相手に戦う意思があるわけじゃない。それでも。 ただ、視線が合っただけ。 ただ、それだけ。 なのに、危険だと。危ないと。 足が竦みそうになるのを抑えて聖は城の外に出た。 「どうしたの?聖?」 真っ青な顔で掠り傷をいっぱい作って戻ってきた聖に麻希が尋ねる。 「俺、もう一生分の運、使い果たしたかもしんね…」 傷は別に誰かにやられた訳ではないのだ。足が思うように動かず足を滑らせただけなのだ。非常に情けないことだが…。 「とりあえず、治療するから、傷見せて」 聖は言われるままにし、麻希が傷に手を翳すと傷がすっと消えていく。痛みとともに。 「サンキュー」 軽く礼を言う聖に麻希はもう一度尋ねる。 「それで、何があったの?失敗した?」 「いや、城の地図も手に入れたし、亜希があそこにいるのも間違いなかった。ただ…」 「ただ?」 「何かあったのか?」 麻希と護が尋ねる。要はいないようだった。 「ちょっとヤバイかも知れねー。王の方はまだいいけど、あの大臣と軍の総司令…確か謙とか言ってたな」 「その人達が何か?」 「何か企んでる節があるな。特に謙って奴、俺のこと気づきやがった」 「大丈夫だったのか?」 聖の雰囲気でかなり危険な人物であることは間違いないだろう。 「あいつ、たぶんワザと俺の事見逃したんだ」 「え?」 「地図もあからさまに見つけやすくしてあった。大臣と共謀しているのか、単独かは知らねーけど、まるで俺達をおびき出そうとしてるみたいだ」 これは冗談じゃない。聖の顔は真剣だった。 「罠かもしれないって事か…」 「それでもっ、お姉ちゃんを助けに行かなきゃ…」 「そりゃ行くに決まってるだろ。ただ細心の注意をはらわないとな」 「それは同感だな」 「要」 何時の間に帰ってきたのか要は入り口の壁に背をもたれ掛けていた。 「大臣はただのバカだ。欲望は計り知れないけどな。それよりは謙だ。俺にお前らを殺すように依頼してきたのもあいつだしな。あいつはまだ21だ。その年齢で軍の総司令というからにはかなりの実力を持っているだろうな」 「げ…。お前差し向けたのもあいつかよ」 聖は要の言葉にあからさまに嫌そうな顔をする。 「俺が負けるのも解かってたみたいだしな。あいつが俺に別れ際に言った言葉は『せいぜいがんばるんだな』だからな」 「うっわ、ムカつくなそれ」 「性格が良いとは言い難いな。俺達のことを知っていたのかどうかは知らないが、注意は怠らない方がいい」 「まぁ、情報は掴んだ訳だし、後は綺羅の処に戻るだけだよな」 「ああ」 なんだか妙に二人だけで話が進んでいる。 「そういやお前、何処行ってたんだよ?な〜んで俺だけこんな危険な目に合わなきゃいけなんだよ」 「何処に行っていようと俺の勝手だろう」 「なんだと!?俺は死にそうな思いまでしたんだぞ!!」 「目が合っただけだろう?」 「あのなぁ!!」 「喧嘩はダメッ!!」 麻希が仲裁に入る…というか二人に怒鳴りつける。 本当にこの二人は仲が良いのか悪いのか解からない。 「とにかく、向こうも地図がなくなっているのは気づいているだろうからすぐに追手が来るかもしれない。明日の朝早く出発した方がいいだろうから、今日はもう休もう」 護の言葉でひとまず皆自室に戻ることになった。 ちなみに、此処は要の住んでる家だったりするので、追手がすぐ来ることも解かり切っていた。 夕方すぎ、麻希は街の河原に出て夕日を眺めていた。 「こんなとこに一人で来て何やってんだよ。寂しいヤツだなお前」 「聖…嫌味言いに来たわけ?」 「いんや、告白しに来たの」 聖があまりにも明るく当然のように言うので一瞬何を言っているのか解からなかった。 「え?」 「告白しに来たんだ」 聖も今度は真面目に言う。 「俺は麻希が好きだ」 麻希は暫く思考が停止していた。が、暫くして、 「ばっかじゃないの!?」 「はい?」 「何で今更そんなこと言うの?私も前は聖のことが好きだったんだよ!なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!?」 「……マジ?」 「冗談でこういうこと言うと思う?」 聖は首を横に振る。 「つー事は何?もっと早く言ってれば俺にも望みがあった訳?俺の五年の片思いって一体…」 聖はその場にガクッとしゃがみ込む。 「あ、違うか」 「え?」 聖は顔を上げて麻希を見る。 「好きだった分は無駄じゃないよな。それに麻希があいつを好きだって言うんなら、もし俺がそれまでに告白して付き合っていたとしてもきっと結果は変わらないよな。それはきっと必然なんだし、過去にあったことを後悔しても仕方ねーんだよな。だから、これから努力すりゃいーんだよな。麻希、俺って諦め悪いんだぜ?誠の事にも一年かかったからな」 そこまで一気にしゃべる。麻希は唖然としている。そして溜息を吐く。 「勝手にすれば?」 「おう」 聖はにっと笑う。そして聖は走って帰って行った。 「本当に馬鹿みたいに元気なんだから」 「馬鹿なんだろ」 「え。要!?」 麻希は後ろから声がしたので振り返る。 「いつからいたの?」 「最初から。あいつに連れてこられたんだよ」 要は、はぁっと溜息を吐く。 「まぁ、あいつに先越されたのは仕方ないか。感謝しておくべきだろうな。俺はお前を誰かに渡すぐらいなら、俺がお前をもらう」 「え…それって」 麻希は驚いて要を見る。要は微笑する。 「俺に言わせたかったらしいな」 「…お人好しなんだから」 「最初から解かり易い奴だったからな。俺もつられた」 要は妙に楽しそうだ。 「ねぇ、一つ聞いていい?」 「何を?」 「私と誠ちゃん、どっちが大事?」 「………」 「ちょっと、なんで黙り込むの!?」 「どっちもどっちだからな」 夕焼けの中、そこには麻希の怒鳴り声が響いていた。 日は街の向こうに消えていこうとしている。 紅く染まった町はどことなく無機質で作り物のように見えた。 窓から見える限られた景色。 それは絵に描いた風景のように鮮やかで、簡単に握り潰してしまえそうな気がする。 聖が亜希が城にいるのは間違いなかったと言っていた。 早く助けたいという衝動がある。けれど、それは無謀なことだと自分でも解かっている。 だから… 「とにかく無事なら、それでいい」 早く逢いたい。けれどそれで他の皆に迷惑をかけるわけにはいかない。 だから、助けに行くまで無事でいてほしい。 「兄貴」 部屋の戸をノックする音が聞こえる。聖だ。 護は部屋の明かりを点けて聖を部屋に入れる。 「どうかしたか?」 「麻希に振られてきた」 にっと笑って聖は言う。 「そうか…」 明るく言うがショックだろうと思う。ずっと長い間想っていた事は護も知っていた。 「まぁ、諦めるつもりもないけど」 「え?」 「最初から告白してもダメなことは解かってたしな。それで諦められるなら好きとは言えないだろ?もしかしたらまだチャンスがあるかも知れないじゃん。まずはそういう風に想ってるって認識して貰わないと何も始まらないしな」 護は目を見開く。聖がそんな風に考えているとは思わなかった。 「だからさ、兄貴も亜希が戻ってきたらさ、告白してみろよ。兄貴は俺よりも絶対望みがあるんだからな。目標持ってやった方が気合も入るし」 聖はごく真面目に言っている。本当に自分のことを心配しているのが解かる。 「そうだな、考えてみよう」 聖は護が何を思っているのかよく解かっているのだ。 「好きな相手に他に好きな奴がいるなんてパターンよくあることだし、もし向こうがうまくいったらそれは仕方ないしな」 「聖、お前麻希と要を…」 「今ごろ仲良くしてんじゃねーの?」 でも諦めた訳じゃないからな。と付け足す。 「お前は強いな」 護は嘆息する。 「ぐだぐた悩んでたって仕方ないからな。好きなもんは仕方ないんだし」 「そうだな、俺も想いを伝えないことには何も変わらないからな」 「そうだぜ。兄貴なんていーじゃん。両想いな訳じゃないんだしさ」 「そういえば、誠は誰が好きなんだろうな」 その言葉を言った途端、聖は硬直する。 「どうした?」 「いや、何かあいつが誰かを好きになるなんて考えられなくて」 「まぁ、それは言えてるな」 「あいつ、誰かを好きなったことなんてないんじゃねーの?もてるのにな」 義兄弟になって八年になる。けれどいまだに誠のことはよく解からない。何を考えているのか、何があったのか。 知りたいことはいっぱいあるのに、何も解からない。 何も、知らない。 「俺達が此処にいるのだって、誠が航達を連れて来たからだもんな」 「そうだな…。あの人達に会えて良かったよ。仲間が出来て」 知り合えて。 「誠のことも、以前より解かる様になったしな」 「前より人間味が薄れたよなぁ」 強さが、綺羅に匹敵するほどの強さが。 あの笑顔もすべて。 嘘だと思えるほどの、完璧さ。 「それでもあいつは俺たちの兄弟だからな」 「血は繋がってないけどな」 ふっと二人で笑う。 「あいつら、大丈夫かな。誠達」 「大丈夫だろう。箕郷もいるしな」 「司も?」 「そうさ」 「あいつ誠のこと敵視してるけど?」 「お前ほどガキっぽくはないさ」 「兄貴…」 聖の額にわずかに青筋がたつ。 「それで怒ったらガキだって証明しているようなもんだぞ」 「あ〜〜〜〜〜〜〜。悪かったなガキで!」 聖にとって我慢ほど嫌いなものは無い。怒りたいときに怒る。自分に正直なだけだ。 「解かりやすい奴だな」 「あ〜に〜き〜〜〜…」 聖が情けない声で護を低い姿勢で睨み上げる。 「冗談だ。お前は十分カッコいいしな」 「え?」 突然護の口から褒め言葉が出たので聖は驚く。 「さっき俺に言ったことも、自分の意志がしっかりしていないと言えない事だしな。お前みたいに真っ直ぐな奴、そうはいない」 「それって、単純ってことじゃねぇの?」 「違うさ。お前はちゃんと考えてるし、自分の出した結論に自信を持ってる。俺はうじうじ悩んでばかりだからな」 護は最後の方を溜息交じりに言う。 「自分を貶すなよ。自分に自信を持たないと何もか変わんねぇよ」 「貶してる訳じゃないさ。これが俺なんだよ。亜希が戻って来て何か言えるかどうかも解からない」 「だからっ!!」 「努力はするさ。今のこの状況じゃ、あまりにも情けない」 「……」 護の言葉の全てを理解することは出来なかった。それでも、亜希に気持ちを伝えるつもりでいるのだろう。 「夕飯、どうする?」 「何処かに食いに行くか」 「さんせー」 取り合えず、今は夕食を食べよう。 静かな、広い部屋。 此処は客室だろう。飾り物の綺麗な皿が、絵が、飾ってある。 今日は客が居るわけではない。この家の主人が壁に掛かっている一つの絵が気に入っているため、よくこの部屋を使用するのだ。 なら何故自分の部屋に置かないのかと聞けば彼は、 「この部屋にはこの絵が一番合ってるからね」 といい、そして 「それに、此処に置けば来た人に見せびらかせるだろう?」 それを聴いた人は苦笑するしかない。 しかし、決して嫌な印象を与えない。それが彼の最大の長所であろうが。 そしてそれほどにその絵は見る者を惹きいれる力があった。 度々、大金を積んでその絵を譲って欲しいという者もいたが、彼は決して譲らなかった。 それは何処にでもありそうな絵だった。 けれど、二つと同じ絵はない。 そして、その絵に惹きつけられる理由が何なのか、皆解からない。 絵の所有者の彼以外は。 青い空に在る、緑とも白とも青ともつかない、風の天使。 それは、たった一人の人間の魅力を凝縮したものだった。 誰もが惹き付けられずにはいられない、それほどの…天使。人である前に魅力ある生き物であった。 其の絵を描いた者はそれ以上の物を描けず、失望し、自ら命を絶った。 それは全て運命だった。 そう、彼が用意した必然。 全て解かった上で描かせたのだ。彼を。風の天使を。 『約束』の為に。 『答え』を待つ為に。 彼の姿を忘れぬために。否、忘れる筈がないのだ。だから。 彼の様子を知る媒体だった。 何かあればすぐに解かるようになっていた。 自分にだけは。 他の者には決して解からない、自分にだけ解かること。 「貴方は、本当にその絵が好きなんですね」 声をかけられ、彼は振り返り、微笑する。そこにいたのは、青銀の髪の美女。銀の瞳を彼に向けている。 「これは特別だからね」 「今朝、城に誰かが侵入したそうですが?」 「ああ。赤い髪の元気の良さそうなのがね」 「やはり、貴方は解かっていて何も言わなかったのですね?」 「誰がやったかは大臣でも解かることさ」 彼は彼女に近づき、優しく頬に触れる。 彼が執着するものはこの世に二つしかない。彼女と、そう、風の天使。 彼が天使を欲するのは全て彼女のため。彼女の、運命を変えるため。そして… 「意地の悪い…」 彼女は苦笑する。 「最初から解かっていたことだろう?」 そうして彼は彼女に口付ける。彼女は自分の瞳を閉じる。 自然な行為だった。 「目的のために手段を考慮するつもりはないからね」 彼の笑みは純粋に楽しんでいるように思えた。 「けれど、もうちょっと人の気持ちも考えては…」 「俺は誰かの気持ちを考えて損をするつもりはないからね」 彼女の言葉をさえぎって彼は言う。 「貴方のような人を大切に想っている彼の気が知れないわ」 彼女は溜息混じりに言う。 「静香は俺の事を大切に想っていないのか」 「今更何を言うのです?私はとうに貴方に捕らえられているというのに」 そう、その漆黒の瞳に。 其の言葉に彼はくっと笑う。 静香と呼ばれた女性は其の様子を見つめていた。彼はふっと真面目な顔になって言った。 「もうすぐだ」 たった一言。それだけだった。 けれど、それが何を意味しているのか、静香にはよく解かった。 これから何が起ころうとも、静香は彼についていくだろう。 理由は一つ。 彼を、愛しているから。 |