綺羅の元を発って三日が過ぎてようやくフロレアの城下町、フォルティナに着いた。 賑やかに市が開かれている町並みは航達四人は此処に来てから始めて見るものだった。 「すっげぇ、人がいっぱいいるな」 優はあたりを見回して感嘆の声をあげる。 あたりには、果物や肉、魚等の食材はもちろん、陶器の皿や、アクセサリー等を飾っている店もある。それをたくさんの客が見て回っている。 「こんなにぎやかな町に来るの、此処では初めてだもんね」 由宇はなんだかうきうきしている。そう、女の子は買い物が好きなものだ。それは美也も例外ではなかった。 「あ、これ可愛い」 由宇は一つの店の前でなにやらアクセサリーを見ている。その姿を見て、優は溜息を吐くしかなかった。 「おい、俺達は買い物しに来たんじゃねーんだよ!」 優は由宇の服の襟首を掴んで引っ張る。 「ちょっと、放してよぉ!」 「うるせぇ!ぐだぐだ言ってんじゃねぇ!!」 由宇の我侭に付き合うのはこりごりだった。最初から我侭でしょうがなかったのだ。 「兄貴、なぁ、内情を調べるって一体どうするんだ?」 優は由宇の襟首を掴んだまま航に聞く。「はなしてよ〜」と由宇が言っているが、優は完全に無視している。 「う〜ん、人から話を聞くのが一番だけど…」 航は少し考えると、すたすたと歩いていって、果物の売っている店の前に立ち止まった。いかにも威勢のよさそうなおばさんが店番をしている。 「りんご、4つほどもらえますか?」 「はいよ」 航の行動を美也も、優も、優に襟首を掴まれた由宇もぼうっと見ていた。 「見ない顔だね、旅の人かい?」 おしゃべり好きのおばさんは、航を見て話し掛ける。 「ええ、今日着いたばかりなんですよ、俺の住んでた村は国境近くでなんだか安心できないんで」 「そうかい。最近は戦争の所為で税金も値上がりして困ったもんさ」 おばさんはいかにも話し易そうで見目も良い航を前にぺらぺらと話し出す。 「あんたはまだ若いから知らないかもしれないけどね、大体こんな戦争無意味なもんさ。最初から言いがかりなんだから。お城の王子様三人が行方不明になったのはカルミナの人間が誘拐したからだってね。本当にどうだかわかりゃしないよ。どうも王様にそう進言したのが、大臣の孝(たかし)って話でさ、税金の値上げも皆あいつの所為さ、ほんと困ったもんだよ。戦争で若いもんもとられて行っちまうからね」 凄い勢いのトークに航は大人しく聞いていた。こういうおばさんはいろいろなことを話してくれるので結構助かるのだ。内情を調べるなら町の人々に話を聞くのが一番。噂好きのおばさんなんて格好の情報提供者だった。 「そうなんですか。それじゃぁ、りんご、ありがとうございました」 航はそう言っておばさんにお金を渡して優達の所に戻ってくる。 「すげぇ…流石だな、兄貴…」 もう、優は何て言っていいか解らない。だけど、昔から航はこういうことにそつがないのだ。 なんだか、いろいろとさっきの話で解った。税金のこと、大臣のこと…。 「いろいろ、町の人の不満も高まってるみたいだな。もう十二年も戦争していると…」 「そうだな…んじゃ、この調子で情報集めるか?」 「そうだな。二手に分かれようか」 「ちょっと待て!ひょっとして俺こいつと組むんじゃねぇだろうな!!」 優は由宇を掴んだまま指を差す。 「嫌か?」 「え…嫌ってゆーか…ああもう!わぁったよ!俺がこいつとくみゃいいんだろ!?行くぞ!」 優はそのまま由宇を引っ張って行ってしまった。 「あれで結構いいコンビですよねぇ」 美也はほわんと笑って言った。航も笑って頷く。 「そうだね。それじゃぁ行こうか」 そうして航達も情報収集に行った。 「ふあぁ。つっかれた!」 優は航達と合流して近くの店に入って食事をとることになって、その店でどっかり椅子に座って溜息をついた。 「あれから結局、あんまり大したことは解らなかったな、けれど、やっぱり大臣が怪しいな…。確かカルミナでも大臣が怪しいって言ってたな…」 「結構裏で組んでんじゃねぇの?」 「あ、それからもう一人、謙(ゆずる)って言う軍人がいるらしいんですけど、その人がいるからこの国は持っているって噂でした」 「でも、結局噂で確証はないんでしょ?」 いろいろと話をしていた三人に由宇が鋭いことを言う。 「まぁ…そうだね。けど俺達は噂を集めるぐらいしかできないからね…」 そう、それ以外にどうすることも出来ない。しばらくこの町に滞在して人々の噂を頼りに情報を集めるしかないのだ。けれど、これ以上の情報が入るとも思えない。 「俺達は楽な用事を貰ったんだよな…多分」 優が机に突っ伏して呟く。 「そうだな、危なくない事を頼んだんだ、綺羅は。美也や由宇は力もないし、俺達も此処の環境にはまだ慣れてないからな…十二年ぶりともなるとな…」 「じゃぁ、箕郷は?」 由宇が聞く。 「さぁな、何か考えがあるか、楽しんでるんだろ。まぁ、誠や司が一緒にいるから大丈夫って言えば大丈夫だし、大丈夫じゃないって言えば大丈夫じゃないからな」 「それはもう一つのチームも同じでしょ?何考えてるのか解かんないわ」 「仕方ないさ、もう決まったことなんだし。大丈夫だろう」 「だといいですけど…」 自分達はまだ楽なんだと、それは皆解かっていた。愚痴を言っているなんて情けないだろう。自分達は平和だ。 「んじゃ、どっかで宿でも取るか」 食事を終えた優が立ち上がる。 「そうだな。もう四、五日滞在して、他に解かったことが無ければ綺羅の所に戻ろう」 「そうだな」 そうして、航達はそれ以上の情報も得ることなく綺羅の所に戻る。けれど、航達の得た情報は十分重要なことだった。 孝と謙…これから問題になる、大事な人物…。 城の中でも豪華な一室に二つの人影があった。そこは大臣の部屋。 趣味の悪い飾りが所々にされており、高価そうな壷や陶器が所々に置かれている。窓際の高そうな机に、そこに座るべき人間が座っていた。 「謙…あの者達に放った殺し屋はどうなったのだ?」 大臣、孝が傍に控える謙に問い掛ける。 謙は漆黒の瞳と髪に人目を惹く容姿、趣味が悪いとさえ言える上下とも真っ黒な服も、彼の姿をより一層引き立てた。 「はい、あの男は、我々を裏切り、あの者達に寝返ったようです」 「ふん、殺し屋と言えば、絶対に雇い主を裏切らぬと言うのが鉄則であると言うのに…フロレアでも有名な奴というから大金を払ったのだぞ、全く」 謙の言葉を聞いて孝は不機嫌極まりないと言った様子で言う。 「ふん、こうなったら直接我々の部下を送ってやる!絶対に許さんぞ、わしを敵に回したらどれだけ恐ろしいか眼に物見せてやる!謙、お前はもういい、下がっておれ!!」 謙に怒鳴り散らし、八つ当たりをする。謙は孝に解からないように溜息を吐く。謙はそのまま大臣の部屋を後にした。 「それでは、失礼します」 謙は孝の動向を見ると、馬鹿馬鹿しくなる。だから殺し屋などもよせと予め言っておいたのに、それも聞かず、勝手に不機嫌になっている。 謙は齢二十一でありながら軍の総司令官を任されている。周りからやっかみ等もあったが、そんな事を謙は全く気にせず、手柄をたてるものだから、周りの人間も次第に謙を認めた。 気に入らない人間にも頭を下げて、やっとこの地位に辿り着いたのだ。くだらない事で大臣の機嫌を損ねるわけにもいかない。 「まぁ、あれぐらいで殺されていては話にならないからな…」 謙は不敵な笑みを浮かべる。 「そろそろ『約束』の『答え』も聞かせてもらわなければいけないからな。わざわざ俺が眼を止めて、八年も待ったんだ。会った時には『答え』を聞かせてもらわなければな」 そう、八年待ったのだ。その間に自分はこの地位に立った。自分は『約束』を果たしたのだ。 「会う時が楽しみだな…」 漆黒の闇に溶けてしまいそうな姿。妖しげな笑みを浮かべて待つのは八年ぶりの再会。 その時を心待ちにして……闇の中に消えていった。 |