亜希が突然に消えてしまった。 呆然とそれを見つめているしかできなくて、しばらくその場で皆固まってしまった。 「何で…お姉ちゃん…消えちゃったの?」 麻希はその場にへたり込む。 「とにかく…家に戻って考えよう」 護の言葉で皆護の家に戻った。 「ぜんっぜん解かんねぇ!!普通人が急に消えたりするかよ!?」 「これは…誰かに攫われたって考えるのが妥当でしょうね…」 聖の言葉に誠が答える。 「人が急に消えるなんて、誰の能力を使ってやったとしか考えられない」 「そんな、誰に!?どうして…」 「解らない…亜希になにか原因があるとは考えにくい」 「じゃぁ、なんで!?」 「…いくら考えてもこのままじゃ解らない。麻希、とりあえず今日は君は家に帰って…聖、送っていってあげて」 「あ、ああ」 そういうわけで麻希は聖と一緒に家に戻っていった。 「誠、本当に誰がやったか…」 「いえ、はっきりとは解からないけど…ひょっとしたらフロレアの人間に攫われたのかも…」 「フロレアの!?」 その言葉に皆驚きを隠せない。 「麻希の前では言えなかったけど、俺達の父親はカルミナの一軍隊長でしょう?だから…」 「だからってなんで亜希が攫われなきゃいけないんだよ!」 「俺達を攫うより楽だからですよ。亜希や麻希は俺達に一番近い人間だし、女の子だし」 「それで亜希を?何で麻希に言わないんだよ、もし俺達を脅すつもりなら今ごろ亜希の家に…」 外からこちらに誰かが走ってくる音が聞こえる。 「おい!!」 聖がドアをバンッと開けて家に入ってくる。 「これが、麻希の家に…っ!」 聖は手に持っていた紙をみんなに見せる。 それにはこんなことが書いてあった。 【娘は預かった。もしもそちらの軍が我が国に攻めて来るようならばこの娘の命は無いと思え】 「なんて陳腐な文章…」 誠が呆れて言う。 「そんな場合じゃないだろうが!!」 聖は怒って誠に怒鳴る。 「どうするんだ?これ」 優はその脅迫状(?)を手に持ってひらひらさせる。 「軍を出さないってだけなら要求を飲むことも出来ますけど、それじゃぁ、いつまでたっても亜希は帰って来ないし…なんとか助け出すしか…」 「だけど、軍は出せないんだろ?どうやって…」 「そんなの決まってるじゃないか、俺達だけでも亜希を助けに行くんだよ!!」 聖はいきがって言う。 「まぁ、それしかないか」 航は聖の言葉に納得する。 「それならすぐにでも出発しようぜ!!」 「いや、何か準備した方がいいだろう。これからいろいろあるだろうし…武器とか」 「そうですね、この国から離れることになるわけだし、何かと用意もいるでしょう。出発は明後日にしましょう」 「じゃぁ、明後日の早朝に、護、誠、聖、優、司、それから俺の六人で出発…」 航がそう言っている時、 「待って、私も行く、迷惑かけないから、お願い!!お姉ちゃんの事心配だもん!」 麻希がそう言った。 「それなら私も行く!私も連れてって!」 「私も、司先輩が行くなら行きますぅ」 「私も連れてってください」 私と美也、それから由宇もついていくといった。 「だめだ!危険すぎる!!」 「何いってんの、此処に来る時に危険は十分解ってるじゃない!一緒に行く!!」 私の言葉に航は考える。 「良いですよ。一緒に行きましょう」 誠が言う。 「お前、何考えて!」 聖が怒鳴る。 「関所を通るなら女性も一緒にいたほうが怪しまれないってことです」 「だからってそんな危険なっ!」 「女の子一人守れなくて、これからやっていけるとでも?」 何故か誠は冷たく言い放つ。 「そういう問題じゃないだろうが!!」 聖が誠に掴みかかる。 「さっきのだって本当は解ってたんじゃねぇのかよ!わざわざ危険だって解ってるところに女連れてくなんてふざけてる!!お前何考えてんのか全然解かんねぇんだよ、一体どういうつもりなんだよ、誠!!」 「ついて行きたいって、本人たちが言ってるんだから良いだろ」 「あのなぁっ」 聖は誠の言い方が余計に腹が立つらしい。 「大丈夫だろ?それとも自信がないとでも?」 「そんなことあるかよっ!何があろうと守りきって見せるさ!!」 「なら、問題ないだろ」 「お前っ!!」 聖はますます誠につっかかっていく。 「まぁまぁ、言い争っていても仕方ないだろ。誠の言う通りにしよう、彼女達だけを置いていくのも心配だしな」 護がたまらず止めに入った。 「司は、どう思う?」 さっきから黙りこくっていた司に優が言う。 「離れているより傍にいた方がなにかと都合がいいと思うけど」 「よし、賛成!俺はいいぞ、料理も女が作ったほうがいい!」 司の言葉に優がなにやら不順な動機を沿えて賛成する。 「兄貴は?」 優は航にも聞いてみる。 「俺は、もう今更だな…」 顎に手を添えるような格好をして苦笑をもらす。 「だよなぁ、俺らこの3人連れてくるの、もうそれ覚悟の上だし」 優もそう言って笑う。 そう、最初から危険は承知の上だ。そんなこと最初から理解した上でついてきたのだ。戦争中だと聞いていたのだから、それぐらいの覚悟はある。 「それじゃぁ、明後日、早朝に!」 ということでその日はそれだけで皆休むことになった。 深夜。 月がもう頭の真上に上がっている頃だった。 村の中央に流れる一本の川。その川沿いに一つの人影が見えた。 其処にあるのは川の流れる音、風がそよぎ、葉の擦れる音。 俯いて座り込んでいるのは麻希だった。泣いているのか、それはよく解からなかった。 「麻希…」 麻希は声がした方に振り返る。 「そんな処で何やってんだよ、こんな夜中に」 声をかけたのは聖だった。 「ちょっとね、考え事してて、お姉ちゃん…大丈夫だよね?危険な目に合ってないよね?」 「人質危険な目に合わせる奴が何処にいるんだよ。心配しすぎなんだよお前は。それに…馬鹿なんだからそんなこと考えなくて良いんだよ」 「なによ、それ!!」 聖が麻希をからかう。 「そうそう、いつものようにしてりゃいいんだよ、しおらしいのなんて似合わねぇの、お前には。悲しいなら思いっきり泣けば良いじゃん。我慢してるのなんてぜんっぜんお前らしくないぞ」 「馬鹿…」 麻希は、聖の胸を借りて泣く。今まで溜めていたものを全部吐き出しながら。 聖はそんな麻希をそっと抱きしめる…優しく…暖かく。 そして、また別の場所にも月を見上げる一つの影があった。 そっと溜息をついたその影は瞳を閉じる。 暫くして眼を開けるとそっと目前に広がる森へ足を踏み入れる。 空を見上げると三日月。そして満面に広がる星空があった。木の葉の隙間から見える星空もまた綺麗だと思う。 「綺麗だな…」 そう呟いたのは夕方、聖を怒らせた誠。 そうしてまた森の奥へと歩を進めていく。昼間いた、菫の花畑へ。 其処は、人がいた時とはまた違う感じがした。少し寂しげで…。 「?」 其処にはもう先客がいたらしかった。 「箕郷…?」 「あ、誠も来たんだ」 振り返り、箕郷はにっこり笑う。 「なんか、夜の花畑って、不思議な感じがするよね」 「そう…ですね」 そう言って箕郷から目を逸らして言う。 「ねぇ、誠はなんで、あんな風に言ったの?聖が怒るのは当たり前だと思うけど…」 あの時の、まるで聖を挑発するような態度…どうしてそんな事をしたのか。 「解ってます。俺はわざと聖を怒らせた。そうした方が、聖はかえって扱いやすいし同意も得やすいと思ったから、事実うまいこと聖は自分であなた達を守ると言った。聖は勢いでも自分で言ったことはちゃんと責任をとるから」 そう説明するけれど箕郷はまだ納得がいかなかった。 「だからってわざわざ聖を怒らせることは…」 「…別に俺が誰に嫌われようとそれはどうでもいいんです。それに、聖は俺に対して怒るより、自分がうまく乗せられたことを悔しがるでしょう?さっきのだってただの八つ当たりだし…」 「何かずるい性格…嫌われてもいいなんて本気で思ってるの?」 「俺はみんなに対する執着とかは無いし…それに……いつかは此処も出るつもりだったから」 「え?どうして…」 箕郷は驚いてたずねる。自分の世界では普通は家を出るだろうけど、こんな静かで優しい村から出るなんて箕郷にはとても考えられなかった。 「…それは…すみません、今は言えないんです」 誠は眼を逸らしながら言った。 「そっか、別に話したくないんならいいよ」 「すみません」 「別に誠が謝ることじゃないよ。あ、そうだ、あのカルミナのお姫様、沙良はどうするの?」 「ああ。それは明日にでも手紙を出しますよ。友達が誘拐されたのを助けに行かないなんて薄情な人間を雇うつもりもないでしょう?ってね」 「有無を言わさないものがあるね、その手紙…」 箕郷はちょっと呆れたような感心したような風に言った。 「箕郷、お前こんな所でこんな時間に…なにしてるんだ?」 「あ、司…」 そこに、いつの間にか司が立っていた。全然気づかなかった。 「帰るぞ」 「え?あ、待ってよ」 箕郷は司のところに走り寄る。 「あ、誠はどうする?」 司の服の袖を少し掴んで先に行かないようにしてから振り返って言う。 「俺はもう少し此処にいますよ」 誠がにっこり笑って言う。 「そう?じゃぁね」 箕郷は森の出口の方へと歩いていく。 誠は見送りざまに司が自分を睨んで去って行くのを見て、苦笑する。 「何か誤解されたかな?」 口元に手を寄せて考えるようなポーズをとる。これが誠の癖のようなものだった。 「いつから見てたのかなぁ…そりゃ好きな女の子がこんな時間にほかの男と会ってたら嫌だろうけど、でも……」 瞳を閉じて風を感じる。 「でも、俺は人に好かれるような人間じゃないから…」 その声は風に流され誰の耳にも届かず消えていく……。 出発当日。 朝早く出発を整えてみんな村を出ようとしていた。 「俺もこの村から出て行きたいのはやまやまなんだが、俺はこの村から離れるわけにはいかんのでなぁ、みんな気をつけて行ってくれよ」 稔は自分が行けないことが悔しいらしかった。 亜希が誘拐された事を知って悲しんでいた。そして、自分が一軍隊長という重い役についていたことも。 久美子は事実を知って泣いていた。 「皆、本当に気をつけてね、護も聖も誠も健康にだけは気をつけるのよ、元気でね。お弁当、皆の分作ったから途中で食べてね」 名残惜しそうに…三人の息子が急にいなくなってしまうのが寂しいからだろう、そういう風に見えた。 「行ってきます」 そう言って皆出て行った。 歩いていくうちに国境近くへ差し掛かる。 「なぁ、関所があるだろ、どうやって通るんだ?」 聖がこれから行く最初の問題を言う。 「まぁ、それなら何とかなるでしょう…何のために女の子を連れてきたと思うの?」 「え…?」 聖は誠を疑わしそうに見る。 「この国からの亡命者だと思わせれば簡単ですよ」 にっこり笑う誠には何か威圧感があった。 まさに、誠が計画したとおり、関所の者は亡命者だと思いすんなり通してくれた。誠の口八丁のおかげとも言えるが。 「俺、だんだん誠が怖くなってきたぞ…」 優が言う。 「そうですか?」 そうしてにこっと笑う。 「その笑顔が怖いぞ、お前…」 聖も同じく誠に言う。 「お前ってこういう時に本領発揮するのな…」 末恐ろしい人間であることは間違いないのだと其処にいた全員が思っていた。 そして、多少の不安を残しつつも順調に一行はフロレア王国へと足を踏み入れた。 |