「箕郷、大丈夫か?」 崖の上から航達の声がした。 「う、うん、大丈夫…」 私は崖の上に向かって言った。 「今、そっちいくからな」 そう言うと、すぐにみんな降りてきた。 「で、あなた達、一体何者ですか?」 唐突にその少年は聞いてきた。 「え?何者って…」 「こんな所に人がいるなんておかしい。ここはフロレアとカルミナの国境近くで戦争の一番激しい場所なのに女の子が三人もいるなんて」 「そんな所に来てたのか…」 「よく一晩無事だったよな、俺達…」 「なにを呑気な…!」 一歩間違えたら死んでいたかもしれない。一瞬に血の気が引いていった。 「あの?一体何なんですか、あなた達」 「え、ああ実は…」 「つまり、あなた達はフロレア王国のいなくなった王子たちだと?」 「ああ…」 話を聞いた少年は少し考えてから言った 「ありえない話ではないですけど、十年も経った今、王子の顔なんて誰もわからないだろうし、誰も信じないでしょうね」 「だろうな…でも事実なんだ。信じて欲しい」 「俺は信じますよ、あなたたちが嘘を言っているようには見えない」 「ありがとう」 少年は優しい微笑を浮かべて言った。 「俺の名前は誠(まこと)。行く所がないのなら俺の住んでいる村に来たらいいですよ」 そこで私達は誠の案内でミグムと言う村に行った。 誠はそこで家族を紹介してくれた。 誠の父親はカルミナ軍の一軍隊長をやっているのだった。 事情を話すと、父親の稔(みのる)さんは協力してくれるといってくれた。 「俺は前から戦争は嫌だったんだ。この戦争が終わるんならいくらでも協力する。まえから胡散臭いとも思ってたしな」 「胡散臭い?」 「ああ、この国の大臣、浩(ひろし)って言うんだがなんか挙動不審なんだ」 稔さんは前から戦争に反対だったらしい。 「あ、あと俺の息子達も紹介しようか。長男の護(まもる)、十九歳、しっかりしてるし、兄弟の中では体力は一番強い。力は水を操る事ができる。それから次男の誠、十八歳、もう会っているから紹介する必要はないと思うが、コイツは頭がキレる。きっと役に立つ。力は風。で三男の聖(ひじり)、十八歳、誠と双子の兄弟なんだが、性格は全然似てないな、生意気だし、馬鹿だしな。力は炎だ」 「なぁ、親父、俺だけ貶してないか?」 稔さんの紹介に聖が文句を言った。 「そう聞こえたんならそうだろうな」 稔さんはにやっと笑って言った。 「っだよ、それは!」 聖は悔しそうに怒った。 「とにかく、此処でゆっくりしていくといい。此処は戦線には近いが、危険じゃない、そこらで野宿する方がよっぽど危険だからな」 「ありがとうございます」 それから、みんなでこれからどうするか考えた。 「今はあまり動かない方がいいな、何の策もないし、沙耶さんを助けるにしてもまたむこうに戻らなくちゃいけない」 「なに先の長いこと言ってんだよ!とっとと国へ帰ればいいじゃん」 「それは無理ですね」 優の言葉に誠が間髪いれずに否定した。 「なんでだよ!」 「ここはカルミナ領内です、あなた達の国へ帰るにはフロレアの関所を通らなければいけません。でも、今は戦争中なので二つの国の行き来は完全に禁止されています。それにあなた達が国へ戻ったとしても誰も信じてくれないってさっき言ったでしょう」 「…納得」 やはり、これからどうしたらいいか見当もつかないのでここでしばらくお世話になることにした。 「ひじきー、ひじき持ってきたよ!まこっちゃんも、護ちゃんも」 いきなり女の子が家の中に入ってきた。 「ひじきって呼ぶなぁ!!」 ひじき…もとい聖がむきになって言い返した。 「あ、お客さん?ごめんなさい、気づかなくて」 「ほら、麻希(まき)勝手に家に入るから。誠さんも護さんも、ごめんなさい」 「い、いえ!全然気にしないでください!」 女の子が二人尋ねてきたのだ。護は赤くなってその人を見た。 「しっかし、ひじきとはなぁ」 優が面白がってからかった。 「ねぇ、いいでしょ?ひじりとひじき、ね?」 麻希と呼ばれた女の子が優に同意を求めた。 「お前ら、人をからかってんじゃねぇ!!」 「ごめんごめん、でも、はいおみやげ。ひじき」 「…」 聖は絶句した。何も言葉が出てこなかったらしい。 「すいません、勝手にお邪魔して」 「いいんだよ、気にしなくても、いつでも気楽に家に来てくれたらいいんだから」 「そうよ、いつでもいらっしゃい、この方たちもしばらく家にいることになったのよ」 稔さんと奥さんの久美子(くみこ)さんは優しく言った。 「ほんと!?ねぇ、お友達になってくれる?私麻希っていうの、十五歳。よろしくね」 「私は亜希(あき)っていいます。十七歳です。よろしく」 二人は自己紹介してくれた。 私たちもそれぞれ名前を言った。 「ほら、そろそろ食事にしましょ、ね?」 「あ、私たちもお手伝いします」 そうして三人でキッチンに入っていった。 暫くしてからいろいろな料理が運ばれてきた。 「今日はみんなの歓迎パーティーよ!ほら、いっぱい食べてね」 「ありがとうございます!」 「さっそく食べよ、ね?」 麻希はそう言って席についたが、亜希だけはもじもじしていてなかなか席につかなかった。 空いている席は誠の隣だった。 「どうしたんですか?亜希、座らないの?」 「は、はい」 亜希さんは赤くなって誠の隣へ座った。 ああ、亜希さんって誠の事が好きなんだ。それで護は亜希さんが好きで…。なんか凄い構図だなぁ。 誠は誰が好きなんだろう? 亜希さんは凄く美人だしまんざらでもないと思うけど。 「ひじき、共食いしちゃダメだよぉ」 ふと見たら聖がひじきを食べていた。それを聞いてみんな大笑いした。 「麻希、いい加減にしろよ、お前!!」 聖は真っ赤になって言った。 「気にしない気にしない」 「あのなぁ…」 聖は溜息をついた。 昼食が終わった所で、誠や麻希に村を案内してもらった。 「ここの村の人はみんな仲がいいんだよ。優しいしね」 「戦争中でもここだけは平和ですから」 「ここにいればとりあえず安心なんだな」 たしかに、とても暖かな雰囲気のする村だった。 皆優しく私たちに接してくれた。 私は、こんな雰囲気の村がすごく羨ましく思った。 私の住んでいた街はこんなに静かではなかった。 翌朝。 朝早く、まだ日も昇っていない頃、麻希達は誠の家に来た。 なんとなく朝早く目を覚ました私は、声をかけようとした。 「ダメだよ、そんな事!!」 「もちろん、俺だって反対だ、なんでお前がっ!!」 みんなが取り囲んでいたのは誠だった。 「大丈夫ですよ、心配する事なんて何もないんだし、これはチャンスなんですから」 (チャンス?) 「でも、心配だよ。城に仕えるなんて!!前から信用できないって、皆言ってるじゃない!」 (城に仕える?) なんなのだろう、誠が城に行く?何処の国の? 「なんでも王女から直々に俺に来て欲しいらしい。傍に仕えて欲しいと。ひょっとしたら何か探れるかもしれないし、それに断る事なんて最初から許されてはいない、命令は絶対ですから」 「前から姫君は誠に御執心らしかったからな。いつかは来ると思っていたけど?」 聖はどこか気楽そうに言う。 「それに俺の身が危険になることはないだろう。大丈夫、ヘマはしないよ。俺は城に行く。そして浩の動向を探ろうと思う」 なんとなく解った。誠は、そのカルミナのお姫様に好かれていて、それで城に招かれたのだ。それで前から怪しいと思っていた大臣の事を調べようとしているんだ!!危険だ。凄く、危険。 (あれ?) 確か、お姫様って言っていた。カルミナのお姫様って沙耶じゃないのだろうか?もう一人…カルミナに姫がいる…? 「こんな所で何してるんですか?」 考え事をしていて急に誠に声がかけられた。 「え?あ、あ…え、と…」 「さっきの聞いてたんですか?」 「うん…」 盗み聞きしていたことを素直に認める。 あんな時間に話していたのだから私には聞かれたくない事だったのかもしれない。 なんとなく話しづらくて沈黙が続く。 「あの、お城に行くって…」 「まだ正式に決まったわけじゃありません、でも誘いが来ているのも事実です。まだどうなるかは解らないけれど、近いうちに城に行くかもしれない」 誠は真剣に話す。どうしてあんなに朝早く話していたのかどうかは解らない。 「お城のお姫様って…?」 「沙良(さら)という姫です。貴方達が会ったという、沙耶姫の妹様で、何故か俺のことを気に入っているらしい。前に親父に着いていって一度お会いした事があるだけなんですけど…」 沙耶の妹…どんな子なんだろう、きっと凄く沙耶に似て美人なんだろう。誠の事が好きなんだ…。えー…亜希さんも誠の事が好きで…もてるんだ、誠って。 「ねぇ、誠って好きな人いるの?」 「は?」 いきなり方向の違う質問に戸惑っている。急にそんな話をされたら誰だって困るだろうが…。 「今は、別に好きな人なんていませんが、それが何か?」 「あ、ううん。なんでもないの!」 誠は、亜希が誠の事を好きだということを解かっているのだろうか。もてるのは、なんとなく解るような気がする、顔はいいし、優しいし、なんだか頼りになりそうだし、年より大人びて見えるしそれに、笑顔がとても綺麗な人。 ああ、司と全然違うな。司が笑った事なんてほとんど見たことがない。 司とは全然違う、でも司だって優しい。ただ表に出ないだけで。 (私は誰が好きなんだろう) ふとそんな事を考えて顔が赤くなってしまった。 「どうしたんですか?箕郷さん?」 「え?ああ、なんでもないの!!」 あわてて首を横にふる。 「あの、それより、私の事呼び捨てでいいよ、私だって呼び捨てにするし、ね?」 「え、あ、はい」 なんとなくさん付けで呼ばれるのは照れくさい。 「あ、それから昨日の事、ちゃんと御礼言ってなかったから、ありがとう」 「え?いや、そんな…」 「本当に、誠がいなかったら、私死んでいたかもしれないし…」 「気にしないでください、本当に」 そう言って、誠はテレ笑いを浮かべた。 「おっまえら、何そんな所でいちゃついてんの」 いきなり声がして振り返ると、そこにいたのは聖だった。 「別にいちゃついてなんかいないって」 「え〜、でも、結構いい雰囲気だったぜ?」 「聖の気のせいだろ」 そんな風に話している誠と聖はすごく仲がいいんだと解った。 「あ、箕郷、朝食出来てるって、一緒に食べよ?」 「え、麻希、解った、今行く」 「誠ちゃんと聖も早くおいでよぉ」 「おう」 「うん」 そうしてみんなで食事をしに一回へ降りていった。 そこにはもうみんな起きて、集まっていた。今朝話していたことなんて微塵も感じさせずに、みんな普通に話していた。 「いただきまーっす」 そう言うと皆嬉しそうに食べ始めた。 今は幸せだと思う。きっとこの村を出た戦争の真っ只中で、いろんな人が死んでいったりしているのだろう。 稔さんだって、一軍隊長をしているって言っていた。それって凄く危険な事なのだ。 それから、誠の事も。城に行って調べるって凄く危険な事だし。どうなるか解らない。 「箕郷?どうした、ぼっとして」 優が声をかけてきてはっとした。 「あ、なんでもないの、ちょっと考え事してただけ」 「ふ〜ん、とっとと食えよ、でないと俺が先に食っちまうからな」 「なによ、意地汚い、言われなくても食べるよ」 そう言って私は食べ始めたけど、今朝の事が気にかかって仕方がない。 「箕郷、一緒に散歩行こうよ」 食事が終わった後、麻希が声をかけてきた。 「え?散歩?」 「そう。昨日は案内できなかったけど凄く景色の綺麗な所があるんだ」 「へぇ、行ってみたいな」 そうして皆で行く事になった。 連れて行かれたのは菫の花畑だった。 「うっわぁ…きれーい!」 「此処ね、私たちのとっておきの場所なんだ、小さい頃はよくここで聖達と遊んだんだよ」 「久しぶりだな、此処に来るの」 「ああ、何年ぶりかなぁ、最近全然きてなかったけど、変わってないな」 一面の菫は、まるで紫色の絨毯のようだった。 其処は、村のはずれの森に奥にあった。 「村の人もあまり此処に来ないからね、知らない人も結構いるよ。街まで行くには別の方向だから」 「ヒミツの場所なんだ、俺達の」 「子供だったよねえ、あの頃は」 「今も子供だろうが、お前は」 そんな風に話をしていると、子供の頃の麻希達が此処で遊んでいるのが浮かんでくるようだった。 「綺麗ね、箕郷ちゃん」 「そうだね、なんか、すっごく落ち着くな、此処」 美也も私も穏やかな雰囲気がして、此処が凄く気に入った。 「箕郷、あんまりはしゃぎすぎんなよ、お前ガキと同レベルなんだから」 「ああ、また優ってばそういう事言う!!」 「優、お前も人のこと言える立場じゃないって」 「おい、兄貴」 私達も皆何だか浮かれている感じがした。 「そう言えば、箕郷と麻希って何かにてる…」 突然由宇がそんな事を言う。 「…………………」 暫くみんなが沈黙した…。 「ふ、ははは、確かに似てるかもな、子供っぽい所なんてそっくり!」 「そうだなぁ、ほんと、似てるわ」 聖と優が笑い出して、ほかのみんなも同様に大爆笑した。 「ちょっと聖!!なにそれ!?」 「もぉ、みんなして笑わないでよ!!」 私と麻希は抗議したが無駄だった。司すら笑うのを必死で堪えているようだった。 「腹いてぇ…」 「皆、笑いすぎだよ!!」 「良いんじゃないか?明るくてさ」 「可愛いよ、うん」 航や護は笑いながらも一応誉めた。 「「笑いながら言っても説得力ないよ!!」」 同時に私と麻希は同じことを言った。 「息ぴったりじゃん、お前ら」 「ひじきに言われたかないね、人のこと言えないぐらい子供じゃん」 聖はむきになって言い返す。 夢のような時間だった。私達は、これから起こる事を何一つ気づかずに…。 「今日は楽しかった、ありがとう、麻希」 「いいよ、箕郷。また明日ね」 あっという間に夕方になった。あまりに楽しくて時間がたつのが凄く早くて。 「お姉ちゃん、帰ろう」 麻希が振り向いた瞬間。 「おねえ…ちゃん…?」 亜希はすぅっと目の前から消えかかっていたのだ。後ろの景色が透けて見える。 「亜希!!」 護が亜希の腕を掴もうとしたが、そのときにはもう亜希は完全に消えてしまっていた。 亜希のいた場所は、ただ寂しく穴が開いてしまったようだった……。 |