翌日の昼、みんなであの屋敷の前に集まった。 「ところで、兄貴たち仕事は?」 「俺は休暇とって来た、適当に理由つけて休んだんだよ」 「俺も似たようなもん」 「おまえらも学校サボリだろうが」 少しそんな話をしていたが、すぐにそんな話も出なくなった。 「ねぇ、兄貴たちはどうやってこっちに来たの?」 これは、私が一番不思議だった事だ。 「ああ、俺がここまで来る道を作ったんだ。俺がこの中でも一番力が強いからな」 「へぇ、そうなんだ」 航兄って、この中で一番強いんだよね。柔道四段、空手三段だもん。能力も強いんだ。 「王家の人間は小さい頃からそういう教育受けてるからな」 「みんなそれなりに強いってことだよ」 ふ〜ん、それじゃぁ、沙耶も強い力を持ってるのかな? 「そろそろ行くか」 「うん」 航兄はなにやら呪文を唱え始めた。 「我が守護たる地の神、天の神、時空の神、我の願い聞き届け、我の望む路を開きたまえ!」 そう言うと、目の前に黒い霧のようなものが現れた。 「これが…異世界への道?」 「ああ、行こう」 その霧はだんだん大きくなって私たちを飲み込んでいく。そして、霧は私たちをのみこんだ後、だんだん消えていこうとする。 「司先輩!」 いきなりそんな声がして、なにかが司兄に飛びついた。 「司先輩、今日はどうしたんですか?学校来ないから心配してたんですぅ。あれ?ここ何処ですか?」 …いつの間にかクロアナについていたようで、森の中に立っていた…とんでもないおまけもついてきたようだけど…。 「岬…由宇」 ついて来てしまったのは、岬 由宇(みさき ゆう)、私とクラスメートで司兄が好きらしい。 「おい、とんでもないのがついて来ちまったぞ、どうすんだよ!!」 優兄は誰へとでもなく怒鳴った。 「何ですかぁ?ここ、何処ですか?さっきまで学校にいましたよねぇ?」 呑気な口調が緊張感をなくす。私はがくんと肩を落とした。 「どうすんだよ、なんて説明すんだよ…このまま連れてくわけにもいかねぇし…」 「帰すにしても…帰るかな?」 航兄も苦々しい顔をした。 「説明…するの?」 「仕方ないですわ。信じてもらえるかどうかは別として」 美也は正論を言った。信じてもらえるかどうかなんて全然解らない。でも、こういう状況でほっておくわけにも行かないだろう。 「…というわけで、ここは君が居た世界とはまったくべつの場所なんだ」 航兄がそう説明すると由宇はきょとんとした顔をして言った。 「ってことはぁ、これからお姫様を助けに行くんですかぁ?」 「いや、彼女を助けるのは後になる、最初にこの世界の状況を把握しておきたいからね」 「へぇ、じゃぁこれから、ずーっと司先輩と一緒に居られるわけですね」 なんか、呑気な口調に腹が立つ、ぶりっこしててなんだか嫌だ。 これじゃぁ、美也より質が悪い。 「一緒にいるって言うか、すぐに帰ってもらいたいんだけど…」 「えー、面白そうなのに、何で帰んなくちゃいけないんですかー?」 「面白いとかそういう問題じゃなくて、危険なの!!だから、これ以上人手が増えるのは足手まといなんだよ!!」 優兄も彼女の乗りが気に入らないらしく、かなり怒っているようだった。 「司せんぱーい、お兄さんって怖いですねぇ」 由宇は、ぶりっ子しながら司兄に甘えた。この状況だと、みんな溜息をつくしかなかった。 優兄はもう、切れていた。 「おい、こいつ殴って言いか!?」 っと、私に同意を求めてきた。 「ダメだって、いくらなんでも女の子殴るのは…」 私は優兄を制した。けど、気に入らないのは私も同じだった。 「司兄も、なんか言いなよ」 「迷惑…」 すごい一言だった、一気に由宇のテンションは下がって泣きはじめた。 「ひ、ひどいですぅ、そんなぁ、私は、先輩と一緒に居たいだけなのに…。ひぃっく」 「とにかく泣かないで、ここは危険なんだ、帰ってもらえないかな?君を危険な目に合わせるわけにもいかないし、ご両親も心配するから…」 航兄は何とかしてなだめて帰らせようとしている。 「わーん!!」 泣き喚く由宇にみんな振り回されていた。みんなが何を言っても聞こうとしない我儘な由宇に私は、ついに我慢が出来なくなってきてしまった。 パシッ! 「…」 一瞬、みんなが沈黙した。 「みんなが迷惑してるのわからないの!?いい加減に我儘はよしてよ!!みんながあなたをちやほやすると思ったら大間違いだからね!」 私が一喝すると、由宇は不満そうな顔をした。 「司先輩、高梨さんが私のことぶったぁ!!」 「うるさい!人に甘えるのもいい加減にしなよ!!」 「岬さん、もう、帰れって言うのは無駄だってことはよーっく解ったから、我儘言うのは出来るだけ抑えてね」 航兄は見かねて由宇に此処にいることを許した。 「航兄!」 「解ってるよ、箕郷も心配だから言ってるんだろう?」 「う…ん」 航兄にそんな事いわれると何も言えなくなる。なんでも見透かされて笑っていられると、怒る気が失せてしまう。 「仕方ないか、もういいよ、でも、あんまり迷惑かけないでね!」 「はーい」 さっきまで泣いていたのに、なんでこうもすぐに機嫌が変わるものだろうか…。またみんな溜息をついた。 「で、これからどうするの?」 「そうだな、ごちゃごちゃしているうちに日も暮れてきたし、今日は此処で野宿かな」 「えー、野宿ですかぁ?お布団は?枕は?お風呂はぁ?」 由宇はまた文句を言った。 「そんな物あるわけないでしょ!文句言わない!」 「ぶー、仕方ないなぁ」 あんたに仕方ないなんていわれる筋合いはないんだけどな。 「とにかく、火をおこさないとな」 「みんなで手分けして薪を拾ってくるか」 こういう時、行動力のある男手があって助かる。 今度は由宇も文句を言わずに薪を拾いに行った。薪を拾ってきたら火をつけるのは簡単だった。優兄がライターを持っていたから、それを火種にして火をつけた。 「ご飯はどうするんですかぁ?」 由宇はお腹がへったとでも言うように、お腹のあたりを抑えて言った。 「缶詰とか、非常食はいろいろ持ってきたから今日はそれを食べよう」 私は、持っていたリュックを降ろして缶詰を出した。 「あ、私もそういうものなら持って来ましたわ」 美也もそう言って缶詰を出した。広げてみると意外と種類があるし、そう簡単に飽きたりはしないだろう。 「さぁ、食べよう」 「いただきまーす」 みんなはそう言ってぱくぱく食べ始めた。食べてみると意外とおいしい。これならしばらくやっていけそうだ。 夜も更けてきて、由宇はもう寝てしまっていた。 「なんか、今日はどっと疲れたなぁ」 私は寝ている由宇をみて愚痴をこぼした。 「予想外なことが起ったからな」 「俺は、箕郷のきれっぷりで結構スカッとしたけどな」 「私も楽しかったですわ」 美也と、優兄はくすくすと笑った。 「美也も優兄もからかわないでよ」 すると、優兄は急に真面目な顔になって言った。 「箕郷、もう、兄って呼ばなくていいんだぞ」 「え?」 「事実上俺たちは兄妹じゃないんだからな、俺もお前に兄って言われるたびに変な感じがしてたしな」 優兄の言ってる事が解からなかった。今までずっとそうやって接してきていたのに、これからもずっとそうだと思っていた。 「そうだな、俺もその方がいいな」 航兄もそんな事を言った。 「なんで?今まで通りでいいんじゃないの?」 私はどうしてそんな風になるのか解らなかった。 「いや、今まで通りでいいんだけどね、もう呼び捨てにしてくれたらいいんだよ」 「なんで?」 「う〜ん、その方が楽なんだよ。兄貴って呼ばれるのも悪くはないんだけどね。呼び捨ての方がいい」 「楽?司兄も?」 私は司兄の方を見た。さっきから何も言わないで見ているだけだ。 「俺は……俺もその方が良い」 「ふ〜ん、なら…そうする」 私は俯いて頷いた。 「んじゃ、よし、決定」 「決定って…」 優兄…いや、優の言葉に私は苦笑した。 「それじゃぁ、もう寝ようぜ」 「うん、おやすみ」 みんな、あっという間に寝入ってしまった。私も今日の疲れがどっとでてすぐに眠り込んでしまった。パチパチという、焚き火の音を聞きながら…。ただ、司だけは一人焚き火の日を眺めながら座り込んでいた。 翌朝。 「おはよう!」 気持ちの良い朝だった。森の空気をいっぱい吸い込んで目を覚ました。 「おはよう」 「おはようございまーっす」 由宇は朝起きたと思ったらすぐ司にべっとりくっついた。 「今日は早くこの森を出て、此処が何処か確かめないとな」 航がみんなを仕切る。 「優も今日は早いんだ?」 私は優の方を見てにやりと笑って見せた。 「なんだと、俺はいつも早いぞ!」 優は意地を張って威張って見せた。 「いっつも起きるの一番遅いくせにぃ」 「うるさいんだよ、こら」 等と言って、じゃれ合っていた。 「ほら、箕郷も優も出発するぞ」 「はーい」 なんだか、今日の私はご機嫌だった。 こんなに朝の寝覚めが良い日は初めてだった。わくわくして、どきどきしていつもより気持ちが弾んでいた。 「箕郷、張り切ってますね」 「箕郷は前から冒険とか好きだったからな」 「ほんと、昔から元気で、憧れちゃいます。私」 「そうかな、俺は君みたいに落ち着いてる方が好きだけどね」 「え?」 美也は赤くなって顔を伏せた。 それをみて航はにっこり微笑んだ。 「君は君のままでいいんだよ」 「はい…」 耳まで真っ赤に染まった美也を私は可愛いと思った。 「おい、箕郷、あんまり走るなよ、気をつけないとそこの林からトラかなんかが出てくるかもしれないぞ」 優はまた私をからかってくる。 「もう、優は意地悪なんだから!」 「そう言えば、高梨さん、いつからお兄さんたちのこと呼び捨てにするようになったんですかぁ?」 由宇はぶりっ子しながら聞いてきた。 「いつでもいいじゃない、何でそんな事聞くの?」 「別にっ!」 由宇はいじけたように言った。 私はちょっといい気味だと思った。 「でも、昨日は気づかなかったけど、この森、凄く綺麗だね。向こうの世界じゃ絶対に見れないよ」 「そうだな、クロアナじゃ、向こうの世界みたいな開発なんて全然してないからな」 私がこんなにはしゃいでしまうのもこんな森にいる所為だろう。 「箕郷、前見て歩けよ」 司が腕をつかんで注意してきた。 「う、うん」 私は思わず真っ赤になってしまった。つかまれた腕が凄く熱く感じた。私はおもわず腕を抑えた。それでも、気持ちの高揚は抑えられずに、結局司の注意は無意味になった。 「きゃっ!」 いきなり足を取られた。 草の所為で崖があるのに気づかなかったのだ。 落ちる! そう思って目を瞑った時だった。 ふっと身体が浮いたような感じがした。 「女の子が降ってきた…」 それから私は優しく抱きとめられた。 「怪我はない?」 「あ、はい、ごめんなさい」 「よかった」 ふと顔を上げると、目の前には私と同い年ぐらいの綺麗な男の子が優しそうな顔をして微笑んでいた。年に似合わない、落ち着いた雰囲気の男の子だった…。 |