朝が来た。何も無い朝。日常的でつまらない一日がまた始まるのだ。 私は目を覚ました。 「ん、あぁ〜」 大あくび。朝日の光を浴びて、思いっきり伸びをした。 「今日も学校かぁ、サボりたいな」 いつものように、そういう愚痴をこぼしていた。現実より、夢の方がどれだけスリリングだろう。一日中眠っていたい気分だ…。 私の名前は、高梨 箕郷(たかなし みさと)。 十六歳。ごく普通の女子高生だ。髪は短く、眼はパッチリしていて、それなりに整った顔立ちをしていると思う。身長は百五十四センチ。彼氏いない暦十六年。顔だけしか見えていない男には全く興味なし。活発な性格で、友達も割と多い。っとまぁ紹介はこれぐらいにしないとね。 私はとっとと着替えてキッチンに向かった。 「あ、箕郷、おはよう」 「航兄、おはよ!」 航兄は一番上の兄。本名は高梨 航(たかなし わたる)。二十四歳。これでも警察庁の刑事さん。さらっとして茶色がかった髪、切れ長の目にきゅっと締まった口元がカッコいい。身長は百八十センチ。性格もしっかりしていて優しくて正義感が強くて、私はこの兄が大好きだ。 「今ご飯の用意するから、優兄と司兄起こしてきて!」 「ああ」 そういって、航兄は他の兄貴達のいる二階に上がっていった。 朝食はご飯とお味噌汁と目玉焼き。それから洗濯物を洗濯機に放り込む。 すると、眠っていた兄貴達が起きてきた。 「ふあぁ、ねむっ、もうちょっとゆっくり寝たいよなぁ」 「箕郷、おはよう。優兄は朝弱いな」 「司兄、どうしたの?今日は遅いね」 「ああ、起きてたよ、勉強してただけ」 さっき大あくびしたのは優兄、高梨 優(たかなし まさる)。二十歳で高梨家次男。新聞記者をやっている。 身長は百八十二センチ。すこし、やせ気味かもしれない。 茶髪で少し長い。これも結構カッコいいしモテル。性格が明るい。頭は良くない。身体が先に動くタイプだ。 それから、もう一人の兄、高梨 司(たかなし つかさ)十七歳、高梨家三男。私と同じ高校の二年生。さらさらの黒髪を真中で分けていて、切れ長の目、鼻が高く、こちらもカッコいい。身長は百七十五センチセンチ。頭はかなりいい。性格は、クールというか、何を考えてるのかわからない。でも、顔がいいせいかもてる。 つまり、うちの家系の人はみんなカッコいい。 両親といえば、私が六歳の頃、交通事故で亡くなって、今じゃ兄貴三人と四人暮らし。 航兄が成人するまでは、親の残してくれた貯金と保険金で何とかなった。最近じゃその貯金も底についてきてるけどねっ。 「ほら、さっさと食べてよね。電車の時間、間に合わなくなるから」 「うっさいなぁ、頭に響く…」 「また飲んできたんだ!まったく…」 「仕事だよ、仕事!」 「仕事で酔いつぶれちゃ、意味無いだろ」 優兄は、夜酔って帰ってくることが多い。 まったく、誰がベッドまで運ぶと思ってんのよ! そりゃぁ、運ぶのはいっつも司兄だけどさ。 「いちいち腹立つなぁ、高校生コンビが!!」 「んじゃ、俺行ってくる」 「あ、航兄、行ってらっしゃい」 「あ、俺ももう行くわ」 そう言って、航兄と優兄は仕事に出かけた。 疲れる朝だ。優兄が一番手がかかる。手がかかり過ぎないやつも怖いけどね。 「ほら、俺たちも行くぞ、箕郷」 そうだ、コイツだ。手がかかり過ぎないやつ…。まぁ、こっちとしては楽だけどね。 「うん」 「遅刻するぞ」 「まってよ、カギ鍵!」 毎日この調子だ。スリリングといえばスリリングだけどね。つまらない。 いっそのこと、素敵な恋でもできればいいんだけどね。 いつも全力疾走。疲れる。 「ほら」 司兄が手を出して引っ張ってくれた。そうすると、凄く嬉しくなって、このままでもいいと思えてくる。それが、司兄の優しさだから…。 (あ、これじゃまるで恋人同士みたいだけど、勘違いしないでね) ピィー―――!!! 警笛が電車が出発するのを告げる。 「はぁ、間に合った」 息をついたのもつかの間、ここは満員電車だ。すぐに押しつぶされそうになる。 (やだなぁ、ぎゅうぎゅう詰めだよ) ? (あれ、急に楽になった) 気が付いた見ると司兄が支えてくれていたのだ。 「大丈夫か?」 「う、うん」 顔が紅潮していくのが解った。 (な、何赤くなってんのよ私っ) それを見て解かってても無表情なのが少し癪だ。 学校。 「せ、セーフ!!」 「今日も危なかったわね。箕郷」 「美也。もう、うちの男共の面倒見るの大変なんだよぉ」 「あ、航さん元気?今日はお仕事なの?」 「うん。今日は帰ってこれないみたい。なんか、難しい事件なんだって」 私に声をかけてきたのは斎藤美也(さいとうみや)。十六歳。クラスメートで親友。長髪で眼が大きくて、すっごく可愛い子。おっとりしてて、すごく優しい。もてるけど誰とも付き合わないのは、航兄が好きだからみたい…。美也が私の家に遊びに来た時、たまたま非番だったから家にいた兄を一目ぼれしたらしい。しかも、かなりお金持ちのお嬢様。 その後はつまらない授業だ。適当にしとけばいい。 「ふえぇ、もう、疲れたぁ」 「ねぇ、今日『クルム』に行かない?あそこの特性アイス奢るわよ」 「え?行く行くっ」 折りしも今は夏の真っ盛りなのだ!奢りなんて気前がいい!! 「そういえば、今日も司さんと一緒だったわね」 「そうだけど…」 一瞬今朝の事を思い出して赤くなった。 そのことに気づいたのか、美也は。 「司さんのこと好きなの?」 「え!?な、何いってんのよ!!兄弟だよ!私たちっ!!」 「そう?でもどうせだったら、兄と妹の悲しい恋ってのいうの良いわよねぇ」 な〜んて、うっとりした顔をしている。 ちょっと抜けてるところが時々困る。 「あ、箕郷!もう帰るの?」 廊下で美也と歩いていると友達の水原 幸恵(みずはら ゆきえ)と吉浜 郁(よしはま かおる)が話し掛けてきた。 「え?ううん。これから美也と『クルム』に行って、特性アイス食べるんだ」 「え〜、いいなぁ」 羨ましそうに郁が言った。 「二人も一緒に行く?奢りますわ」 「え?行く行くっ」 美也が気前良くそう言うと、さっきの私と全く同じように返答した。 「じゃぁ、今から一緒にいこ!」 真夏の暑い最中、喫茶店『クルム』に入ると、冷房が効いていてとても涼しかった。 「ふあぁ、涼しい」 「外はもう地獄だよねー」 そんな話をしながら私たちは一番窓際の席に座った。 「ご注文は?」 すぐにウェイターがやってきて、注文を取りに来た。 「ストロベリーサンデー、四つ下さい」 「かしこまりました」 ストロベリーサンデー、この店の特性アイス。 それは、結構値段が高くて、めったに食べられないのだ。 たまに食べると凄くおいしくて、ほっぺがとろけそうになる。ホント、これを奢ってくれるなんて、美也って本当に気前が良いよね♪ 「箕郷、今日も司先輩と登校してたよね?」 「うん、そうだけど?」 幸恵が、とりとめも無く聞いてきた。 「あんまり、一緒にいないほうが良いよ?先輩のファンに目をつけられてるみたいだよ、箕郷」 「はぁ?なんで、私たち、兄弟だよ!?」 どうして、みんなそういう事を言うのか解らなかった。 「妹でも、司先輩と一緒にいるのは許せないって」 そう言ったのは郁だった。 「司先輩、とことん無愛想だからねぇ」 「う〜ん。でも、本当は優しいよ?口数が少ないだけだと思うけど…」 「でも、私は、箕郷が司先輩と同じ家に住んでるってこと自体羨ましいなぁ」 おいおいおい、兄弟じゃ恋愛もへったくれも無いって。 「そうだよ!大体、箕郷のお兄さんたち、皆すっごくカッコいいじゃん!」 「うんうん、航さんも優さんも、すごいいい男だしねぇ」 う〜ん、そんなこと言われてもねぇ。 そんな話をしていると、 「お待たせいたしました」 と、ストロベリーサンデーをさっきのウェイターさんが運んできてくれた。 「わ、おいしそう」 「冷たくて、おいしい」 ちょっとした歓声を洩らして、夢中で食べ始めた。 しばらくして、食べ終わった頃、 「ねぇ、そういえば、こんな噂知ってる?」 「噂?」 郁の問いに、三人は顔を見合わせた。 「学校の裏にちょっとした森があるでしょ?その奥に古い洋館があるじゃない。あそこで、出るんだって」 「え、出るって…」 出るって言ったら、そりゃぁお化けとか幽霊とかしかないだろうけどさ。 「あ、私も聞いたことある!五組の子なんて、そこで人魂見たって!」 「人魂ぁ?」 それは、いかにも信じられないような話だ。そんな噂、あてにならない。 「それは、面白そうね、そのお屋敷、見てみたいわ」 「それじゃ、今夜あたりにでも行って見ない?」 美也がそんなことを言ったもんだから、みんな乗り気になってしまった。なんと言うか、美也って呑気よねぇ。 怖いじゃなくて面白そうだもの。 「でもさぁ、女の子だけじゃ、やっぱり怖くない?」 幸恵がそう言った。そりゃぁそうだよねぇ。やっぱり女の子だもん。 「男子も連れてく?」 「えー。誰連れてくのよ。ろくな男子いないじゃん」 「ねぇ、じゃぁ、司先輩についてきてもらえば!?」 「あ、それいい!!」 おいおいおい。 何を勝手な事を言ってるんだ。 本当はそっちの方が目的ではないかと思えてくる。言って司兄がついてくるとも思えんし…。 「ねぇ、司先輩、連れてきてもらえないかな?」 「えー。でも、司兄、頼んでついて来るタイプじゃないと思うけど…」 「そこをなんとか」 そんなことを言われても困る。妹の私でさえ、司兄の性格をつかむ事はできないのだから。 いつも無表情で、何に対しても冷めているようで、でも、時々優しくて、訳がわからないのだ。 どうやって 機嫌をとったらいいのかも解らない。 今まで、司兄に頼み事をしたことなんて無いのだから。甘えられる雰囲気を持っていないのだ。ようするに。 「とりあえず、聞いてみるけど、知らないからねっ。司兄が嫌だって言ったら、中止ね中止!!」 「OK。いいよ」 「私は、航さんの方がよかったんですけど…」 美也は、よほど航兄のことを気に入っているようだ。 「ただーいま」 自宅に戻り、大きな声で言ったが返事は返ってこない。司兄の靴はある。 (いるんだったら、返事ぐらいしろよっ) 「司兄、いる?」 「なんだ?」 司兄の部屋に行って、さっそく頼んでみる。 「ねぇ、今日美也たちと学校の林の奥にお屋敷があるじゃない?あそこで、幽霊やらお化けが出るって言うからいこうってことになったんだけど、一緒についてきてくれない?」 私は、顔の前に手を合わせて頼み込んだ。顔を上げてみてみると、いかにも呆れたような顔をしていた。 「なんで俺が…」 「えっと、つまり、女の子だけじゃちょっと心細いじゃない?ね?だから…」 「別に良いけど…」 「ホント!?良かったー」 OKをもらえるなんて思っても見なかった。 「お前達だけで行かせたら、兄貴達にシメられる」 「…」 反論できないなぁ。航兄と優兄はとことん私に甘いのだ。いわゆるシスコンってやつだよねぇ。 「とりあえず、美也に電話してくるね」 そう言って、私は電話に向かって、司兄がOKしてくれたことを伝えた。 美也の反応はこんなものだった。 「あら、よかったわ。できたら航さんも来て頂けたら良いのに」 「無理だよ、今日は帰ってこないだろうから」 そう言っているときに、玄関から足音がした。 「あ、誰か帰ってきた、それじゃぁね」 「ただいまぁ」 思った通り、それは優兄だった。 「おかえりっ」 「はぁ、腹へったぁ」 「今、ご飯の用意するよ」 「早くしてくれぇ」 そう言って、優兄は二階へ上がっていった。 私が中学に入るまで、家事は全部航兄がしてくれていたのだ。 航兄が警察官になって、時間が不規則になったので、私が家事全般をするようになった。 今日はさっさと食事の用意を終わらせて上にいる兄貴達を呼んだ。 「兄貴!夕飯の用意できたよ!!!」 「おー」 そういう声がして、すぐに二階に下りてきた。 みんなでご飯を食べ初めて、私は優兄に言った。 「優兄、ちょっとお願いがあるんだけど…」 「ん?なんだ?」 「あのね、学校の裏の林におっきいお屋敷があるじゃない、今日友達とそこにいこうって事になったんだけど、航兄には黙っててね」 航兄は過保護だから、そういう事には厳しい。ばれたらこってりしぼられるだろう。 「女だけで行くのか?襲われたりしねーだろうな」 「大丈夫、司兄についてってもらうから」 「司が…?」 優兄は驚いたように司兄を見た。 「なんだよ…」 「いや、まさかお前がついて行くとは思わなかったからさ」 「俺が行かないって言っても、兄貴が無理やり連れてくだろ」 「ま、そりゃそうだけどさ。いっちょまえに妹の心配してんのかと思ってさ」 「…」 司兄は何も言わなかった。言っても無駄だろうと思ったんだろうけど。 「なんか、面白そうだな、俺もついてこうかな」 「優兄も?きてきてっ、郁たちも喜ぶよ!」 私は喜んだ。何もしゃべらない司兄より、優兄のほうが断然いい。これから気味悪い場所に行くというのだから、優兄ぐらい明るい人がいた方が良い。 司兄だけじゃ、余計に暗くなりそうだもんね。 「じゃぁ、俺、もう行かなくていいよな」 司兄がそう言った。 「なーに言ってんだよ。そのお嬢さんたちは司をご所望なんだろ?行かなきゃいけないだろう。そりゃぁさ。箕郷はしっかりガードするからさ、お嬢さんたちの面倒しっかり見ろよ♪」 「…」 優兄のいい加減な言い方に司兄は反論する気も起きなかったのだろう。それ以上は何も言わなかった。表情を変えない鉄仮面だから、内心どう思ってるのかはわからないけど。 美也達と約束した時間は十一時だった。 目撃者は、午前零時頃にこの人魂を見たというのだ。その子が言うには…。 友達と遊んでいて、帰りがかなり遅くなり、近道だというので学校裏の林を通ったのだという。 屋敷の前を通った時に二階の一番右側の窓の所に、ぼんやりと光が見えたのだそうだ。それで、誰かがいるのかと思って近づいてみると、 屋敷に近づくにつれて変な声が聞こえる。耳を澄まして聞いてみると、それが女の泣き声だったそうだ。 それで気味が悪くなって、走って家に帰ったのだという。 「で、その屋敷に行ってその正体がなんなのか見てみようって訳か」 「うーん、それは時と場合によりけりだと思うけど…」 優兄がそう言ったので、私は曖昧な返事をした。 そうなのだ、みんな肝試しのつもりで行くのだろうから、いざとなると逃げてしまうかもしれない。そんなことを話しているうちに、待ち合わせの校門前についた。 みんな、もう来ていた。 「おまたせー。ナイトを二人連れてきたわよ!」 私は右腕を横に伸ばした。 「あ、優さんも来て下さったんですかぁ」 「わー、いつ見てもカッコいいですぅ」 なんて郁と幸恵はいきなり兄貴達に甘い声を出した。 「おー、まかせとけっ!」 なーんて、優兄は調子の良いことを言ったので、腹に肘鉄をくらわせてやった。 (まったく、軽いんだから) そう思って司兄の方に目をやると、そっちはそっちで2人にひっつかれている。嫌なのかは解らないが、上手い具合に絡ませられた腕を解いた。 「ほーら!これからお屋敷に行くんでしょ!」 「それじゃぁ、まいりましょうか」 「はーい!!」 私を先頭に、皆で森の奥に入っていった。 後ろの方ではにぎやかに話している声がする。何のつもりでここに来たのだろうかと、疑ってしまうほど明るい声がする。 だんだん屋敷の方に近づいて行く。そのころにはみんなもうだんまりになっていた。 「なんか、薄気味悪いね」 郁はそう呟いた。 ……うう…うぅぅ…… 「え?な、なに!?」 気味の悪い女の人の泣き声が聞こえる。 明らかに屋敷の方から聞こえてくる。 「行ってみよう…」 優兄のそういう声も少し震えていた。 「うわ、気味悪いよ、ねぇ、戻ろうよぉ」 郁は脅えたような声で言った。 「わ、私も帰るっ」 幸恵もそう言った。 「えー、コレからが面白いところなんじゃない。何のためにここに来たのよ」 私は文句を言った。そうだ、わざわざこんな所に来たのだから原因がなんなのか確かめておきたい。 「とにかく、私たち帰るね」 そう言って、郁と幸恵は走って屋敷を出て行った。 「趣味悪いよなぁ、ここ、一体誰が住んでたんだ?」 優兄は屋敷を見回して言った。 玄関を入ったところの正面はすぐ階段になっていた。左側はリビング、その奥はキッチンになっていた。 右側は書斎で、たくさんの本が本棚にびっしり入っていた。 「上の階はそれぞれ客室とかになってるみたいだな」 「ねぇ、階段の下のところ、ドアがあるよ!地下に通じてるみたい」 女の人の声はそこから聞こえてくるようだった。 懐中電灯を頼りに、下に降りていった。 一番下についてみると、牢屋に入れられて一人の女の人が蹲って泣いていた。 「あの、どうして泣いているんですか?あなたは?」 私は女の人に話し掛けた。年は私と同じぐらいだろうか?凄く綺麗な人だった。 腰のあたりまで伸びているウェーブのかかった髪がよく似合う。 「私の名前は沙耶(さや)といいます。ちょっと話が長くなりますが、私が生まれたのは此処とは違う世界なんです」 「ちがう、世界ですか?」 美也は興味ありげに尋ねた。 「はい、この世界とは全く別の『クロアナ』という世界です。私はその世界の『カルミナ王国』の王室の娘として生まれました、そしてクロアナにはもう一つ、『フロレア王国』という国があるんです。その国とカルミナ王国はずっと仲が悪くて、戦争もたびたびありました。そして、何を思ったか、フロレア王国の人間がこの世界に私を幽閉してきたんです。恐らく、父を脅して、フロレア王国をのっとろうとしていうるのだと思います」 「ちょ、ちょっと待って、そんな話信じられないよ」 私は少し焦って答えた。 いきなりそんな別次元の話をされても信じられるわけが無い。まるで、ファンタジーか何かのようだ。 「信じられないのは解ります、でも本当なんです。昔は、そんな争いなんてしていませんでした。カルミナ王国とフロレア王国はとても仲が良かったんです。フロレア王国の王子が行方不明になるまでは…」 「行方不明!?」 私は思わず叫んでしまった。 「はい、フロレア王国には三人の王子がいたんです。そして、私はその中の一人と結婚する事になっていたんです。でも、十二年前、王子達が三人とも急にいなくなってしまったんです。それで、フロレア国王は、カルミナの者が王子達を誘拐したんだと思ったんです。その所為で、戦争が起って…」 「ここに幽閉された?」 優兄が口を開いた。ずっと何かを考えていたようだった。 「その話が本当だとすると、どうやってこっちの世界に来たんですの?」 美也が聞いた。顔を見ているととても楽しそうだ。 「クロアナの人間には不思議な力があるんです。動物と話したり、雨を降らせたり、嵐を起こしたり…。魔法みたいなものです。人によって力の大きさが違いますが、こちらの世界に来れるような力を持った人が いるんでしょう。それか、そういうこちらに来るための機械を発明したのかも…」 「えーっと、まだ信じられないけど、とにかく、此処に閉じ込められているのは確かだし、なんとか助け出せないかなぁ?」 私は腕組みをして考えた。でも、牢屋を開けるかぎも無い、どうしたら彼女を助ける事ができるのだろう? 「たとえ、この牢屋から出たとしても、この屋敷からは出られません。数年前からこちらの世界には出入り禁止になっているんです。この屋敷に来れたのは、全くの偶然で、この屋敷から出ようとしても、私は出ることができません」 「じゃぁ、クロアナの人はみんなこの屋敷から出ることはできないの?」 「いいえ、三年前、こちらの世界に来れなくなる前に、こちらの世界に来た人はなんの問題も無いんです。クロアナで一番の術者、綺羅(きら)が、この世界の住人全部にこの世界から出ることができないように術をかけたんです。だから、術をかけたときにクロアナにいなければ、出入りは自由なんです」 「うう、ちょっとややこしいよぉ」 私の馬鹿な頭にこんなにいきなり信じられない話をされても困るっ! 「そこにいるのは誰だ!?」 いきなり後ろから男が叫んできた。 「おい、部外者が屋敷に侵入した!捕まえろ!!」 男がそう叫んだと思うと、たくさんの男が地下に降りてきた。 「捕まえろ!!」 男達は一斉に飛び掛ってきた。 「司!!」 「解ってる」 そう言うと、優兄と司兄は男達を殴り飛ばした。 「兄貴、強かったんだ…」 私は唖然と見ていた。 「おい、箕郷、ぼうっとしてんな!いくぞ!!」 いつの間にやら、階段までいけるようになっていた。 「逃げるぞ」 「あの、また来るからね」 沙耶にそう言って私は走って階段を上がった。 「あっ」 つまずいてしまった。後ろから男が来て私を捕まえようとする。足がすくんで動かない。捕まる!そう思った時だ。 「箕郷!!」 司兄が男に体当たりをして突き飛ばした。それから私の手を取って、走り出した。その時、私の顔は真っ赤に染まっていた。 屋敷から出ると、男達はもう追っては来なかった。 「本当に屋敷からは出られないみたいだな」 「うん」 「しかし、まさか、こんな事になっているとは…」 「え?」 優兄は慌てて口を抑えた。なんか怪しい。 「なに?なんか隠してんじゃないの!?優兄!!」 「え…いや、あのさ、いなくなったフロレア王国の王子って、あれ、俺たちなんだ・・・」 「え?……ええぇーーーーーーーーっ!!!!」 「それじゃぁ、航さんは本物の王子様なんですね?」 美也が目を輝かせていった。美也のこの非常識なのりには時々ついていけない。 「ほんとなの!?司兄」 「ああ」 冗談じゃないらしい。 「じゃぁ、元はと言えば兄貴たちの所為なんじゃない!!」 「だってさぁ、十二年前って言ったらまだ俺は八つだし、兄貴だって十二歳、司なんて五歳だぜ?そんなころから将来の相手決められてたまるかよ、だから、こっちの世界に抜け出してきて、お前やお前の両親に嘘の記憶入れ替えたんだ。力で」 「そんなくだらない理由でクロアナが戦争になってるなんてそっちの方がまずいよ!!」 全くもって、非常識にもほどがある…。 「おい、お前等ここで何やってんだ!」 いきなり怒鳴り声がした。その声の主は航兄だった。 「わ、航兄!!」 「航さん」 「おい、兄貴、ばれちゃったからな、あの事…」 「あのこと?」 「つまり、俺たちの所為で、カルミナのフロレアが戦争になって、此処に屋敷に王女が閉じ込められてるって?」 「そういうこと…」 航兄は頭を抱えてへたり込んだ。 「あー、どうすっかなぁ」 「どうするって、何とかするしかないじゃない、沙耶さんを助けて、なんとか二つの国の戦争止めさせないと」 「そうだな、また明日、明るいうちに来てみるか。箕郷や美也さんは危ないから来ない方がいい」 「嫌だよ、そんなのほっとけないよ!!」 「私も行きます、私ももう関わっちゃったんですから、お手伝いします」 美也は即答だった。航兄と一緒にいられる機会が増えると思ったのだろう。 航兄は困ったような顔をした。 「でも、一日やそこらで帰って来れるわけじゃない。まぁ箕郷は旅行だとか何とか言って誤魔化せない事もないけど、美也さんにはご両親もいるんだし心配なさりますよ」 「大丈夫です、うちの親、昨日から世界旅行に行ってしまって、三ヶ月は帰ってきませんから」 美也はにっこり笑って答えた。それでも航兄は不安そうな顔をしていた。けど、結局悩んだ末、航兄は溜息をついて、 「仕方ない、かなり危険だと思うけどそれでもいいかな?」 「はい!」 美也は満面の笑みを浮かべた。 「そう言えば、さっきのだと、航さんたちと箕郷は兄妹じゃないって事ですよね?」 「あ、そうなんだ、そっか、兄妹じゃないんだ」 私はなんか複雑だった。どういう反応をしたら良いのか解らない。 「とりあえず、今日は帰ろう。美也さんは俺が送ります。明日、昼頃また此処で落ち合いましょう」 「うん」 そう言って私たちは家に帰った。 帰って布団に入ったが、なかなか眠れなかった。 今日一日でいろんな事がありすぎた。 クロアナのこと、沙耶のこと、それから、私は兄貴たちとは兄妹じゃない…。 頭がパニックになりそうだ。 みんな、ずっと一緒だったのに、兄妹だと思っていたのに、今日一日でそれが変わってしまったなんて…。 明日はクロアナへ行く。きっと沙耶さんを助け出して、クロアナを何とかしなくちゃ。もう他人事じゃないんだから…。 そんなことを考えているうちにいつの間にか深い眠りに入っていた。 まだ、行ったことの無い、クロアナの世界を夢見ながら…。 |