結姫は皆と天照が隠れている場所に向かう。案内は鳴女だ。 辺りは暗い。スサノヲの力が強いので、天照の力が弱まってきているのだと鳴女は言った。 「鳴女さん」 結姫は他の皆が聞こえないようにそっと鳴女に声を掛ける。 「あたしは、初代天照様の生まれ変わりなんだよね?」 「はい」 「だったらスサノヲは、あたしを殺したら満足じゃないのかな?」 「!?」 結姫の言葉に鳴女は目を見開く。 「結姫、何を…」 「だって、そうじゃないの?スサノヲが殺そうとしたのは今の天照様じゃなくて、初代の天照様なんでしょ?だったらあたしが殺されればスサノヲは満足するんじゃないかな」 結姫はそう言ってにっこりと笑う。 鳴女は、次の言葉が出てこなかった。 「天照様が死んでしまったら、太陽がなくなってしまう。皆死んでしまう。そんなのは嫌だから、だから、あたしがスサノヲに殺されたら、皆そのままでいられるでしょ?」 「しかし…」 「いいの、あたしは皆が無事でいればそれでいいから。隆臣に天照様を殺して欲しくないし、この世界が滅びてしまうのも嫌だから」 「結姫…」 「その前に隆臣達と話し合えたら良いんだけどねっ」 結姫のその言葉に、鳴女は哀しげな顔をした。 天照を裏切ったスサノヲと伊斯許理度売命を追い詰めたと思った。 「もう逃げられないぞ、スサノヲ!!」 天手力男命が鋼鉄砕を振り回し、スサノヲに浴びせ掛ける。スサノヲは何とかそれを受け止めるが、後がない。ガッと一撃がスサノヲの頭を直撃する。 「スサノヲ様っ!!」 伊斯許理度売命がスサノヲを庇って前に出る。 「イシコリっ、本当にオレ達を裏切るのかっ!!?」 「何と思っても構いませんっ!この方を傷つけるのは許さない!!!」 天宇受売命の問いに、伊斯許理度売命はきっと睨みつけて言う。 その今まで見た事も無いほど好戦的な伊斯許理度売命に皆戸惑う。あの穏やかな少年だとは思えないほどにそれは迫力があった。 「それならっ、お前も一緒に倒すだけだっ!!」 天手力男命が伊斯許理度売命に向かって鋼鉄砕を振り下ろす。 「イシコリっ!」 スサノヲが、伊斯許理度売命を庇って間に入った。スサノヲはもう一度頭に鋼鉄砕を受け、倒れこんだ。伊斯許理度売命も、他の皆も目を見開く。 「スサノヲ様っ、何故、このような…っ!!」 伊斯許理度売命は膝を付き、倒れたスサノヲを助け起こそうとする。しかし、問い掛けても答えは返ってこない。完全に意識が飛んでいる。 「スサノヲ様っ」 「スサノヲはもうダメだろう。アレを二発も食らったんだからな。イシコリ、お前も覚悟を決めろ」 布刀玉命の言葉に、伊斯許理度売命はきっと目の前に居る三人を睨みつける。 しかし、三人ももうそれに怯んでも居られない。天手力男命は鋼鉄砕を構えて伊斯許理度売命と、倒れたスサノヲに近づく。 「…な」 「え?」 伊斯許理度売命が発した低い声に天手力男命が聞き返す。 「この人に近づくなっ!!!」 その怒声と共に天手力男命が持っていた鋼鉄砕が砕けた。否、鋼鉄砕だけではない、神殿の壁や、あらゆる色々なところが崩れる。 「何っ!?」 天手力男命は驚いて目を見開く。 「イシコリの力だ、イシコリの声に共鳴して彼が作った物が壊れているんだ。タヂカラオ、お前のそれもイシコリが手を加えたものだろう」 布刀玉命が冷静に言う。 「じゃぁっ、どうするってんだよ!!あいつ、ここらの物には大体手を加えてるぞっ」 天宇受売命が叫ぶ。 「大丈夫、崩れるのはイシコリが手を加えた部分だけだ。大したことはないっ」 布刀玉命は慌てながらも冷静に判断する。 どうすれば最良なのだろうか。 「崩しますよ」 「え?」 「此処にあるものを全部崩します」 「何…?」 伊斯許理度売命の言葉に布刀玉命は目を見開く。 「オレが、此れぐらい予測していないとでも思いましたか?この建物の屋根部分はほとんど手を加えてあります。皆、崩れる、皆、これで壊れる。何もかもやり直してやるっ!!今スサノヲ様が死んだとしても、何度でも生まれ変わるっそして、あの光を壊してやるっ!!!」 伊斯許理度売命の声と共に、その一体の建物の屋根が崩れ始める。 皆慌てるが、誰にもどうする事も出来ない。皆、この建物に巻き込まれて死ぬだろう。 皆考える。 どうしてこうなったのだろう。何故、こんな事になったのだろう。 何がいけなかったのか。 誰が悪かったのか。 誰も逃げられない。 誰も逃れられない。 此れが巡りめく運命の災厄の始まりだった・・・。 考えを巡らせるうちに大分歩いていた。 遥か昔の出来事だった。あの時、自分も、スサノヲも、伊斯許理度売命も、皆、あそこで死んだのだ。落ちてきた天井に潰されて。 あの時、何が出来ただろう。伊斯許理度売命の叫びも、自分達の願いも、悲痛なものであったのに。ただ、願うものが違うというだけで。 スサノヲと伊斯許理度売命は、天照を殺す事で、何を得ようとしていたのだろうか。 解からないけれど、それでも伊斯許理度売命は宣言どおり何度でも生まれ変わった。自分たちも生まれ変わった。スサノヲと自分たちは輪廻の間で長い間争ってきた。 それは、変えられない運命だったのだろうか。 「凄い風だな」 泰造が呟く。荒涼とした丘に荒々しい風が吹き荒れる。 「スサノヲが天照様の元に近づいていってるんだろうな」 颯太が泰造に答えて言う。 「自然界のいろいろなモノがスサノヲと天照の側に分かれて争ってるんだ」 「早く止めないとな」 那智が言う。 出来る事は全てしよう。その為に此処に居るのだから。 「ああ」 颯太と那智と泰造は決意に満ちた瞳で視線を交わした。 「あそこです、あそこに天照様が居ます!」 鳴女が声を張り上げて指を差す。 それは、どこかで見た事がある神殿だった。 「あれは、天照様の…」 「はい、天照様はあそこに居ます」 初代天照が住んでいた神殿、天珠宮。白い壁も脆く崩れ去って入るが、面影が過ぎる。この丘も、以前皆がよく集まった丘だ。 「隆臣達はまだ?」 「そのようです」 颯太の問いに鳴女は頷く。 結姫達は天珠宮に近づく。此処はずっと使われていなかった神殿なのだ。今の天照の神殿はもっと別のところに建っていた。悲劇を忘れるかのように、此処は忘れ去られていったのだ。 天珠宮の奥の部屋に、天照様が居るらしい。一部屋離れたところで結姫達は立ち止まらされる。エネルギーを放出している天照に近づくのは危険なのだ。 結姫の胸が騒ぐ。なんだろう、とても懐かしく、そして哀しい。 天井には穴が開いていて、昔の面影はわずかしかない。だからこそ、哀しい。 訳が解からない感慨が浮かぶが、それはきっと、初代天照の心が結姫に伝えているものなのだ。 ふっと風が止んだ。 嵐の前の静けさのように。否、まさに嵐の前の静けさなのだ。 何もかもが一瞬に沈黙した。 「来る…」 鳴女が低く呟く。 「来ます、スサノヲが!!」 その声と共に、今まで吹いていた風とは違う風が辺りに吹き散らす。 穴の開いた天井から、隆臣と圭麻が下りてくる。 ふわっと地面に降り立つ二人を、皆は息を呑んで見つめた。 「スサノヲ様?」 やはり様子がおかしい、と圭麻は思う。 何処がというわけではないのだけれど、何かが違う。 奇妙な変化に圭麻は戸惑っていた。 スサノヲは一瞬圭麻に視線を下ろす。 視線が合うと、圭麻はびくっとする。感情の篭らない瞳。どこかで何かを捨ててきたような瞳。 やっと着いた、以前は何度も目にしていた天照の神殿に二人は降り立った。結姫達はこちらをじっと見ている。当然だろうが。 圭麻と合わせていた視線を、スサノヲはすっと外す。 「スサノヲ様っ!」 思わずその名を呼ぶ。 おかしい。何がどうとは言えないのだけれど。 まさか、という考えが頭の中に浮かぶ。しかし、それは確証はないけれど、確信に近かった。 スサノヲは迷わず天照の方へ歩いていく。 「待って!!」 結姫がスサノヲの前に立ちはだかる。 「お願い教えて!どうしてこんな事をするの?」 「お前には関係ない。どけッ!!」 スサノヲは苛立ちながら結姫を牽制する。しかし、結姫は怯まない。 「どうして?前は仲が良かったんでしょ?なのに何でっ!!」 「五月蝿いっ、邪魔だっ!!」 「絶対にどかないからっ!天照様を殺させたりなんかしない。貴方がどうしても天照を殺さなきゃいけないというのなら、あたしを殺して。あたしが初代天照様の生まれ変わりなんだからっ!!」 その結姫の言葉に、スサノヲはぴくっと反応する。 そして、暗い瞳で結姫を見つめた。スサノヲは剣をサッと抜き、結姫に向けた。一歩、結姫に近づく。 結姫はごくりと唾を飲み込む。皆は何も言えず、呆然とその様子を見詰めた。 予想していなかった展開に、皆どうしていいのか解からなかった。 スサノヲは、結姫への殺意を剥き出しにする。 「スサノヲ様っ、止めてくださいっ!!」 圭麻が慌てて止めに入った。まさかそんな事をするとは思っていなかったので皆驚く。 「離せっ」 スサノヲは圭麻を振り払おうとするが、しっかり腕を掴んでいる圭麻は離さない。 「違うでしょう?貴方は天照様を殺したいんじゃなかった筈だ!貴方は愛していた筈だ、誰より、天照様をっ、愛して…だから、天照様を自由にするために鏡を…っ!!」 圭麻はスサノヲにしがみ付いたまま叫ぶ。皆驚いて声も出ない。スサノヲが天照を愛していたと、突然の言葉に。スサノヲは天照を殺そうとしていたのでは無かったのだろうか。 「鏡を壊してっ、自由になったら一緒に幸せになると…そう言ってたじゃないですか!!」 スサノヲは足を止める。意思のはっきりしない瞳で自分の腕にしがみ付く圭麻を見る。 そうだ。スサノヲは天照を愛していた。二人は愛し合っていた。姉弟だと解かっていても、叶わないと解かっていても、愛し合ってしまった。 だから、天照は考える事を放棄したのだ。その鏡は、ただその輝きを失わないようにするためのもの。 だから、それを壊すために。 「忘れないで下さいっ、何が一番大切なのか。お願いだから、お前まで闇に呑み込まれるな、隆臣――――っ!!!」 圭麻のその叫びと共に、剣が光った。スサノヲの全身を光が包んだ。そして、スサノヲの瞳に意志が戻った。 「け…いま…」 「…隆臣…?」 はっと、圭麻は隆臣を見上げる。姿はスサノヲのままだが、自分を『イシコリ』ではなく『圭麻』と呼ぶ。間違いなく隆臣だった。 「意識が、融合したんですか…?」 圭麻の問いに、隆臣はただ頷いた。その返答にほっとすると共に、がくっと膝を折る。隆臣は慌てて圭麻を支えた。 「無理をするからだ」 隆臣の言葉に、圭麻は顔を上げて笑顔を見せる。 「剣を媒体にしてオレを正気づかせるなんて…馬鹿のする事だろう」 「良いですよ、こういう馬鹿なら」 微笑む圭麻に隆臣はぽんっと頭を叩いた。 隆臣は闇に呑まれかけていた。月読と同じように、何が大事なのか、何を愛していたのかを忘れてしまうところだったのだ。 元に戻った。それだけで…。 良かった、本当に。 「隆臣…?」 目を見開いたまま結姫が問い掛ける。 「ああ」 隆臣がすっと視線を結姫に向ける。 「…どういう事なの?」 訳が解からなかった。どうしてこんな事になったのだろう。 隆臣と圭麻は一体何を考えて、何のためにこんな事をしているのだろう。スサノヲが天照を愛していたというのは本当のことなのだろうか? 圭麻が隆臣を見る。隆臣は圭麻と視線を合わせると、こくっと頷く。 それから圭麻は再び、結姫と、それから颯太達に視線を巡らせた。 「解かりました。話します。遥か昔に、何があったのかを…」 ―――――…遥か昔の真実を…。 |