story06 〜侵入〜



「三日後に、また神王宮に行くぞ」
 突然の隆臣の言葉、けれどそれは誰もが予想していた事だった。近々また神王宮に行かなければいけないと。
「じゃ、今日から移動か?」
 泰造が隆臣に尋ねる。隆臣は頷く。
 再びこの小屋に戻ってくるかどうかは解からないが、狭いながらも結構な愛着が湧いていた。また此処に集まりたい。今度は椅子を二つほど増やして。
 三日後、と決めたのはほとんど勘に近いものだった。けれどその日は連絡しなくてもきっと圭麻は自分達の前に姿を現して中に入れてくれるだろう事も予想がついていた。
(繋がっている…)
 そう、繋がっているのだ。始めから。何処かで。
 それが何処かは解からないけれど、もしそれを喩えて言うなら「運命」というものなのだろう。この仲間と共に居るのも、圭麻と出会ったのも。全て定められた事。
 そして、此処からは切り開くところ。
 圭麻が心の奥底で何を考えているのかは解からないが、それでも自分は圭麻を信じるだろう。決して敵にはならない奴だと。
 そして、五人はその小屋を出て行った。



 三日後の夜。
 雲が空を覆っていたので辺りは薄暗い。
 神王宮の警備がどうなっているのか解からないので、迂闊に近づく事は出来ない。
「颯太、どんな様子か解かるか?」
 隆臣が颯太に尋ねる。颯太の能力なら解かるだろう。
「ああ」
 颯太は頷き、一度瞳を閉じる。解かる筈だ。見る時の感覚を思い出す。ゆっくり瞳を開いて、しっかりと勾玉を握り締めた。
 勾玉から熱が伝わってくる。
「見えた」
 はっきりと神王宮の様子が見える。それはどう喩えたら良いのだろう。ただ、はっきりと頭の中に映し出される映像。不思議な感覚。
「正面に居る兵は二人。裏にも二人兵が居る。それから、中には見回りの兵が5人居るみたいだ」
 神王宮の出入り口は二つ。正門と裏門。それ以外の出口はない。高く丈夫な壁が周囲を囲んでいて、誰であろうと中に入るのは不可能だった。その入り口を通らない限りは。
 一気に二人の兵を倒す事も出来るだろう。しかし、大騒ぎになっては拙い。どうするべきか。
「どうやって中入るんだ?」
 那智が尋ねる。
「どうするかな…強行突破って手はあまり使いたくは無いんだけど」
「今回は圭麻、協力してくれないのかな?」
 溜息を吐く颯太に、結姫は言う。
「そう頼ってばかりも居られないだろう。あいつにもあいつの都合があるし、連絡をとってる訳でもないし…」
「あいつなら協力してくれるだろう。今日来る事ぐらい予想してそうだからな」
「隆臣、その妙な自信の根拠は何だ?」
「勘だな」
「ま、そう言われるとそんな気もするしな」
「ひょっとしたらもう手は打ってるかも知れないよなぁ」
 泰造が考えながら言う。
「確かに」
 颯太は苦笑する。油断できない奴だから。結構用意周到に準備して、何かしら考えていそうだった。
 それに、此処にじっとしていても何も進まない。
「行ってみるか」
「馬鹿正直に正面からか?」
「正面は後回し。とりあえず壁を調べる。何か落とし穴があるかも知れないからな」
 颯太の提案に、皆頷く。かなり可能性は低いが、状況をもっと詳しく知るにも役立つだろう。
 五人は、横道を通って高い壁の前に出る。やはり想像していたよりも高く、四メートルはある。よじ登るのは不可能だろう。壁に手をつき、周囲を見ながら調べていくが、僅かなヒビすら見当たらない。暗闇の中ではほとんどヒビなど見えないだろうが。
 昼間調べに来るべきだっただろうか。しかし、昼間に神王宮に近づくのはあまりにも危険すぎる。自分達の目が利くという事は、周りにも同じ事だ。前科者な自分達が近づけばすぐに見つかって捕らえられるだろう。そんな危険は冒せない。
 そうこう考えていると、上からコツン、と小さな石が落ちてくる。皆が上を見上げると、壁の上に人影が見える。
「圭麻!」
「静かに。今ロープをそちらに下ろします。上って来られますね?」
 圭麻が確認すると、皆頷く。
 するするとロープが下りてくる。それを伝って壁を攀じ登っていく。結姫や颯太は少々苦労したが、何とか上りきることが出来た。
 どちらかと言うと降りるときの方が大変だっただろう。泰造や隆臣、那智なんかはすんなりと下りていたが、やはり颯太と結姫だけはなかなか踏み切れないで居る。
 下りは不安定になるのでロープなしだったのだ。のぼりの時は壁の近くにある木にロープを結び付けていたが。
「おい、早く下りて来いよ。そんな所に居たら見つかるぞっ!!」
 那智が小声で二人を促す。
 それでも二人が戸惑っていると、那智はちっと舌打ちをして、颯太の腕をロープで引っ掛けて引っ張る。颯太はそれにつられてどさっと落ちた。落ちたのが低木の上だったので怪我はなかったが。
 あとの問題は結姫だ。圭麻は皆が下りてから自分も下りるつもりだったので今は結姫の隣に居る。
「下りないんですか?」
「下りるよ、下りるけど…」
 下を見て結姫は恐がる。確かに、四メートルほどある壁から下りるのは恐いだろう。圭麻は溜息を吐いた。これじゃ埒があかない。
「隆臣、受け止めてくださいね」
「え?オイっ」
「え、きゃっ」
 圭麻はぽんっと結姫の背中を叩き、下に落とす。隆臣は慌てて結姫を受け止めた。隆臣は結姫を抱きかかえてほっと溜息を吐く。
 結姫を落とした当の本人はひょいっと壁の上から下りてくる。
「行き成りすぎだぞ」
「でも、ちゃんと受け止められたじゃないですか」
 結姫を下ろしながら言う隆臣に、圭麻は悪びれもせずににっこりと笑う。この笑顔を見ると脱力感が隆臣を襲う。もうどうでもいい、という気分になってしまうのだ。
「後は解かりますよね?」
 圭麻が確認に声を掛けると、皆頷く。圭麻が味方だと知られる訳にはいかないだろう。もし今回失敗したら、助けが得られなくなるのは必至だ。
 だから、圭麻は先に行き、月読の元へ行くだろう。自分達は圭麻から地図をもらったし、大体の見取り図は頭の中に入っている。
「月読は何処に」
「以前と同じ場所です」
 颯太の問いに圭麻は答える。そしてさっと踵を返して夜の闇に消えて行った。
「さて、オレ達も行くか」
 隆臣が言う。皆それに頷き歩き始める。

 颯太は現在の位置を頭の中で素早く計算し、皆を誘導する。勾玉の力を使い、先に兵が居ないかも確かめながら。
 慎重に歩きながらも、以前歩いた廊下に出た事が解かった。もうすぐ月読が居る部屋に着く。
 奥の間に着くと、以前も開けた事のあるドアを再び開く。
 月読は中に居た。一瞬驚いたような顔をし、それから忌々しげに5人を見つめる。
「月読、覚悟しろ」
 隆臣は剣を抜く。月読の傍には圭麻が居た。こちらの様子をじっと見ている。隆臣は月読に向かって行く。護衛の人間を切り倒し、月読の目前まで来る。
 これで終わる。
 そう思い、剣を振り上げた瞬間、圭麻が叫んだ。
「危ないっ!!」
 月読の傍らに居た圭麻は慌てて飛び出し、隆臣を突き飛ばして庇う。二人は一緒に倒れたが、何が起こったかは隆臣にも解かった。じゅぅっと何かが焼ける音と、焦げ臭い匂い。
 月読がその手に持っていたのは小さな金属で出来た箱だった。小さな穴が開いていて、そこから高度の熱を放射する。月読はそれを隆臣の心臓に向けていた。当たれば、間違いなく死んでいただろう。
「月読様、何を考えているのですかっ!貴方の目的は彼等を殺す事ではなく、捕まえる事だった筈。こんな事をしては死んでしまいますっ!!」
 圭麻は、暗に家臣として隆臣を庇った事を含めながら月読を止める。此処でぼろを出すわけにも行かなかったし、隆臣達を見殺しにする訳にも行かない。
 それでは己の目的は達成されないのだ。
「それがどうした?」
 月読は冷たく笑う。
「それにしても、お前が作ったこの機械は実に役に立つな。こんな小さなもので愚かな者を殺す事が出来るのだからな」
「月読様!一体、どうなされたのですか!?」
 少なくとも、圭麻の知っている月読はこんな事を言う人間ではなった。善意的という訳ではないが、自分の手の中にある物なら可愛がる人間だった。自分にとって必要な者は見失わない人間だった。なのに、今はどうだろう。必要とする筈の隆臣達を殺そうとし、今、その小さな機械は圭麻に向けられている。その機械を作った、圭麻本人に。
「圭麻、その者を庇うと、お前も殺す事になるぞ」
「オレは、人を殺すためにそんな物を作ったわけではありません!!」
「おい、やめろ!」
 月読に言い返す圭麻を、隆臣は止める。そんな風に言っていては本当に圭麻が月読に殺されてしまうだろう。
 しかし、圭麻にはどうしても納得がいかなかった。あの機械は高度の熱を放射し、金属の加工に用いる為に作ったのだ。
「お前は、裏切り者、という訳だな。そうだろう?私を殺そうと計った人間を庇うなどとは!!」
 月読は、誰の目から見ても奇異だった。何か思い込みをすればそのままに突き進んでしまう危うさがある。まともに取引の出来る相手ではなかった。
「月読、貴方は、闇に…」
 圭麻は呟く。
 月読は、己の欲望に自我が負けてしまったのだ。圭麻はそう悟った。自分の闇に呑まれて、何が何かも解からなくなってきているのだ。
 圭麻の月読に対する瞳は、怒りでも悲しみでもなく、哀れみだった。
 哀れな男だったのだ、月読は。
「退かないのなら、殺す事になるな」
 月読は笑う。
 もう、狂ってしまった。何時からだろう。何時から闇に呑まれ始めていたのだろうか、この男は。ひょっとしたら、最初からだったのかも知れない。
 五年前のあの時には既に狂っていたのかも知れない。
「もし、お前達が死んでも何とかならん訳ではないだろう。あの剣さえあればな」
 月読は高らかに笑う。高慢に。
「あの剣?」
 颯太は呟き繰り返す。何の事だろうか。剣というのは己の記憶の中には無い。過去の記憶にも。
「馬鹿な…」
 圭麻は悲痛に顔を歪める。
「あの剣は、貴方には扱えない…」
「黙れ!!」
 ついさっきまて高笑いしていた月読は圭麻に怒鳴りつける。
 闇に完全に呑まれてしまっている。心の闇。微かに胸が疼いた。ずっと昔の傷…。
「おい、圭麻。もういい、逃げよう、本当に殺されるぞ」
 隆臣が圭麻の肩を掴んで言う。
「ダメです。オレは行けない…行けないんだ」
「何で」
「オレにはオレの目的があるんです。その為には、今此処を離れる訳にはいかない」
「だからって殺されたら意味ねぇだろうが!」
「その目的が達成できなければ、生きていても意味が無いんですよ、オレは」
 圭麻は哀しげな笑みを浮かべる。
「だから、みなさんには生きていてもらわなければいけないんです」
「圭麻…?」
 隆臣は訝しげに圭麻を見る。一体何を考えているのだろうか。圭麻の目的とは、一体何なのだろうか。気になるが、問い質す事は出来ないだろう。
 圭麻は再び月読に視線を戻す。
 隆臣としゃがんだままだった圭麻はゆっくりと立ち上がる。
「こそこそと、内緒話はもう終わりか?」
 月読は揶揄するように圭麻に問う。
「オレが何を言おうと、貴方がオレを殺そうとするのには変わりないでしょう?」
「よく解かってるな。せめて、苦しまないように殺してやろう」
 月読はその機械を圭麻に向ける。自分の作った機械で殺されるなど、馬鹿みたいなものだろう。此れは己の過ちだ。考えが足りなかった所為だ。
 皆、固唾を飲んでその様子を見る。誰にも、止める事が出来なかった。
 月読は機械のスイッチを押す。
「だめっ!!」
 叫び声と共に、圭麻と月読の間に何かが割り込んだ。
 それは、そのまま倒れてしまう。
 圭麻は驚きに目を見開き、叫んだ。










「伽耶様っ!!!」



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