story04 〜能力〜



 皆、これからの事を考えていた。
 これから、どうしたら良いのだろう?
 月読を殺すように鳴女に頼まれて、一度失敗してしまった。
 地図はある。
 しかし、前より警備が厳重になっているのは間違いないだろう。二度目というのは何にしても難しいものだ。一度目の失敗が頭をよぎる。
 異常を感じたにしても兵が集まるのが速すぎる。と言う事は…。
 隆臣の口から溜息が漏れた。
 不思議と怒りは湧いてこない。仕方ないな、という気分になる。これが他の誰かだったら、間違いなく半殺しになっていたのではないだろうか。
 乗せられたな、と思うと同時に、次に何を考えているのか楽しみでもある。
 何処かに、敵ではない、という確信がある。あの瞳には自分と同じものが隠れている。しかし、自分の瞳よりも遥かに澄み切っていて、あんな大胆不敵な事を考えるようにはとても見えない。
 深い、湖の底に何かとんでもないものを見つけたような、そんな感じ。澄み切ったものの奥に眠る、そんなものが圭麻の瞳を通して伺える。
 昨日話して、もっと顔を合わせたいと思った。もっと話してみたいと思った。また、神王宮に行くだろう。目的のために。そして、圭麻に会うために。
 それを考えるだけで鼓動が早くなる。早く、早く行きたい。あの男を殺し、そして、圭麻も一緒に天照を守るために…。
 そこで隆臣は皮肉な笑みを浮かべる。守る?自分が天照を?そんな事は有り得ない。それは、奇妙な確信だった。

 圭麻の評判は最悪と言って良かっただろう。
 このお人好し達の意見にしては辛辣である。それだけあの圭麻の言動には許せないものがあったのだろう。確かに、普通なら腹が立つだろう。
「何であんなのがオレ達の仲間だって言うんだよっ」
 見るからに腹を立てているのは泰造だ。感情直結型だから解かり易い。
「確かに、不満はあるな。一体何を考えてるのか理解できない」
 颯太は溜息を吐きつつ言った。
「笑顔で何考えてんのか解からない奴だよな」
「悪い人じゃないと思うけど…」
 那智と結姫の意見もこんなものだ。
「悪い人じゃなきゃ良い人って訳でもないだろ」
 颯太はそっけなく言う。結姫が落ち込んだのを見て、颯太は慌てて話題を変える。
「それよりっ、結局結姫の力は何だったんだ?」
「え?あ、そっか。何なんだろ」
 結姫はきょとんとして呟く。
「鳴女さん、何て言ってたっけ?えーと「治癒」「知恵」「創造」「武道」「栄光」「破壊」だったよな?」
 颯太が確認するように指折り数えていく。
 結姫はどれだろうと。
「栄光だろ」
 隆臣がぼそっと呟く。
「え?」
「「栄光」。どう考えてもそうだろ。「治癒」なんてもんでもないし、「知恵」なんて絶対にありえないし、「創造」ってのも違うし「武道」はこいつからっきしだろ。「破壊」なんてこいつがする訳ないだったら残ってるのは一つしかないだろ」
「成る程」
 隆臣の言葉に颯太は納得する。
「でも、「栄光」って具体的にどんな力なんだろうな。あの突風は一体なんだったんだ?」
「うん…何かが、答えてくれた感じがしたんだけど…何だったんだろう」
 颯太と結姫が考え込む。
「自分の力を自覚すれば解かるって鳴女さん言ってたよね?それじゃぁ、まだあたし、ちゃんと自覚できてないってことなのかな…」
 結姫がそう呟いた時、ふわっと風が吹いてきた。
『そんな事はありません』
「え?」
 突然の声に結姫は思わず訊き返す。
 他の皆にもその声は聞こえていた様だった。思わず辺りを見回す。
『貴女の力はとても難しいものだから、簡単に頭では理解できないのでしょう』
「誰…?」
 結姫達の目の前に現れたのは、小さな人の形をした生き物。空中に浮いているのに目を見開いてそれを見つめる。
『私は風の精霊。先日も、貴女に呼び声に反応して力を貸したのです』
「風の、精霊…?あたしが呼んだの?」
『はい。貴女に呼ばれて。貴女は精霊や、他の生き物たちと会話する事が出来るのです。いろいろな精霊が貴女の呼びかけに答え、力を貸してくれるでしょう』
「他の皆とも会話できるのは何で?」
『貴女が呼んだからです。貴女が呼べば、宝珠を持つべき人間は私達の姿を見、声を聞くことが出来ます』
 それが、結姫の力。
「すっげー」
 那智が感嘆の声を上げる。
「オレ、精霊なんて昔話の中でしか居ないと思ってたぜ」
 無邪気というか単純に那智はすごいと思っている。そういう素直な反応が皆の妙に緊張した心を解した。正直、途方もない力だ。精霊を呼び、操る事が出来るなんて。
「オレ達もそれぞれそんな力があるんだよな。すっげぇじゃん」
「本当に那智は単純というか何というか…」
 颯太が溜息を吐いて言う。
「何だよっ」
「いや、羨ましいなと思ってね。単純で」
「何だとーっ!!?」
 那智と颯太が言い合い、じゃれている間に、精霊の姿は消えうせてしまっていた。


 遠くに黒煙が上がっていた。森に住む動物達が次々に逃げていく。鳥が高い声を出しながら飛び立っていく。異常は、誰が見るにも明らかだ。
「まだ遠くだな」
 遠くの煙に覆われていく空を見ながら泰造が言う。
「詳しい状況が解からないと何ともしようがないな」
「はっきり解かるのはただの火事じゃないって事だな」
 現在の天候から判断して颯太が言う。自然の火事ではないだろう。そうなると、放火の可能性が高い。しかし、一体誰がこの森に火をつけたのか。こちらの方にまで火が回って来たらどうするか。
「向こうの状況が解かれば良いんだけどな」
 颯太が溜息を吐く。
「オレがひとっ走り行って見てこうか?」
「いや、もし火を点けたのが月読の追っ手だとしたら、見つかったらまずい」
 どうにかして様子を知る事が出来ないだろうか?周りの状況が解からない以上、下手に動く事は出来ない。森の周辺を囲まれているとしたらお終いだし、自分の勘違いだという可能性だってある。今必要なのは情報だ。
 どうやってそれを知る?どうすればいいだろう?
 その情報を手に入れる術は?
 知りたい。それを。どうすればいい…?
 すると突然、目の前に薄い光が見えた。
「颯太…っ」
 結姫が驚きの声を上げる。
 宝珠が、颯太の目の前に浮かんでいた。颯太は、一瞬すぅっと気が遠くなるような感じがして、それから遠くの、森の向こうの様子がはっきりと見えた。
「…見える。やっぱり月読の兵だ。森の西側はほとんど囲まれてる。早く逃げた方がいい」
 そこまで見て、意識をはっと現実に戻すと、宝珠、勾玉はすぅっと颯太の手の中におさまった。深い青い色をした石で出来ている。
「西は囲まれてるんだな?行くぞ」
 隆臣が確認するように颯太に聞いて、皆を促して走り出す。東へ。皆も後に着いて行く。
「さっきのが颯太の力か?」
 泰造が颯太に尋ねる。
「ああ、何となく解かるよ。オレの力は「知恵」だ。遠くのものを見通したり出来る。それからもう一つ…」
 颯太がもったいぶるように言う。
「何だよ。言えよ、気になるだろ」
「…オレたちは、天照に仕えていた初代守護者の生まれ変わりなんだと思う」
「はっ?」
 泰造が間抜けな声で聞き返したのに苦笑して颯太は答える。
「何か、記憶の断片みたいなのがあるんだよ。ずっと、遠い昔にも、こうやって仲間と一緒に天照様を守ろうとしてた記憶が」
「ふ〜ん」
 泰造は颯太のその言葉に大した疑問は抱かなかったらしい。
 そう、遥か遠い昔、確かに自分達は天照を守っていた筈だ。けれど、その記憶は不確かなもので。それが勾玉が伝えてくる記憶なのは確かだが、本当に自分のものなのか、勾玉が主人を覚えた記憶を自分に伝えているだけなのか解からない。
 でも、確信的にそれが自分のものだと思ってしまう。確証はないのに。
「おいっ、あっち見てみろ!!」
 那智が声を張り上げて言う。那智の指差す方を見てみれば、先にはもう月読の兵が集まり始めている。どうやって切り抜けるべきか。
「突っ切るしかないかな」
 颯太が溜息を吐く。まだ包囲は完全に出来ていない。突っ切れば抜け出せない事もないだろう。
「隆臣、泰造。頼むからヘマしないでくれ」
「解かってるよっ!」
「死にたくなかったら引き離されるなよっ!!」
 隆臣は剣を抜き、泰造は鋼鉄砕を構える。
 月読の兵は突き進んでくる五人を見て武器を構える。隆臣と泰造はそれをものともせずに突っ込んでいく。それに続いて、結姫、那智、颯太も走る。
 そのまま隆臣と泰造は敵を薙ぎ倒し、向かってくる敵を出来るだけ自分達から遠ざける。しかし、兵が集まるのが異常に速い。訓練されている兵を掻き集めたのだろうか。あっという間に囲まれてしまう。
「ちょーっと前にも似たような事なかったか?」
 泰造は引きつった笑みを浮かべて言う。
「あの時は結姫のおかげで助かったけどな。今回はどうする?」
 隆臣が誰にともなく尋ねる。
 この包囲を突き破るには。
「なぁ、颯太。オレ、何の力持ってると思う?」
 泰造が颯太に尋ねる。颯太はえ、と一瞬声を漏らし、それから何を考えているのかを察する。
「まず間違いなく「武道」だと思う。突き破れるか?」
「ああ、何かさっきから身体の奥から力が沸いてきてどうしようもねぇんだ」
 泰造の腕から熱い光が漏れる。空気が脈打ち、辺りがビリビリと痙攣する。
にやっと笑い、拳を前に突き出す。
「どっけぇーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
 凄まじい爆発音が鳴り響く。月読の兵は慌てて避け、何人かは腰を抜かしながら逃げる。
 熱い塊が大地を駆け抜けた。
 一瞬、沈黙が降り、呆然とその場を見つめた。決して人を傷つけない光。しかし、それを見たものは恐怖する。地面が抉れ、地平線の先までその路が見える。
「行くぞっ」
 皆が呆然としている中、隆臣が低く呟く。
 そしてまた皆走り出す。月読の兵は、恐れ、追いかける事が出来ないで居た。
 そして無事、その包囲から抜け出す事が出来た。

 はぁはぁと息を吐き、追っ手を完全に撒いた事を確認して、五人は脚を止めた。
「すっげぇな、あれ…」
 那智が息を切らしながらも感心して言う。
「あれ、オレが出したんだよな。信じらんねぇ…」
 泰造はまだ夢見心地といった感じだ。
 あの威力は凄まじかった。まさに自然の大きさそのままのような、そんな力。あれでは月読の兵がびびっても仕方ないだろう。
「でも、オレ、さっき颯太が言ってた事何となく解かったぜ。勾玉を手に入れたおかげだな」
 泰造はしっかりと自分の拳に握り締められていた勾玉を見せる。緑色をした綺麗な石だ。
「やっぱり、オレ達は昔もこうして一緒に居たんだ。間違いない。こうやって、皆で…」
 微かな感慨と共に、不安がこみ上げる。
 その不安の正体が何だか解からなくて困惑する。泰造と颯太は奇妙な感覚に視線を合わせた。
「あたしには、解からないよ。何か、違うのかな」
 結姫は勾玉を握り締めながら言う。
「大丈夫だって、そのうち解かるだろ。最初はショックで解かんないだけかも知れないしな」
 泰造が気楽に言うのに、結姫も頷く。
「うん、そうだね…」



 パリンっとグラスが割れる音がした。
 五つ並べられたグラス。その三つが割れていた。そのグラスの中には何かの結晶が入れられていた。一つ目は数日前に割れたもの、あとの二つは先刻割れたものだ。
 割れたグラスに入っていた結晶は赤と、青と、緑の色をしていた。
 あとは黄色と紫。
「此れで三人」
 圭麻は薄く笑んだ。
 残りの二つが割れるのは何時だろう。時間の問題だ。
 あと、もう少し。
 あと、少しだけ。



 あと、二人―――…。



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