「何なんだよあいつ!!」 ここは神王宮の地下牢の中。あの後、そこに放り込まれ、薄暗い中泰造が吼え、壁に拳を打ちつけたところだった。 「味方のふりして、結局月読の言いなりかよ!!」 泰造がいきり立つのも無理はない。あの出来事はかなりショックだっただろう。運命に定められて仲間だと言われていた人間に、あんな風に裏切られれば。 「どういう事だよ、圭麻!!」 行き成り檻に入れられて、泰造は圭麻に向かって怒鳴った。 「どういう事かと聞かれても、現在置かれている状況で判断出来ませんか?其処まで馬鹿じゃないでしょう?」 嘲いを含んだ言葉に、泰造は真っ赤になる。 「裏切られたって事か」 颯太が圭麻に言う。 「そう思うのならそうでしょう」 圭麻はにっこり笑って否定もしない。圭麻の傍らには月読が居る。今日殺す筈だった男が。逆に捕らえられてしまうなんて。最低だった。 罪悪感すらないような、ただ子供がゲームで勝っただけのような、無邪気な笑顔を見せる。 「ご苦労だったな、圭麻」 月読は圭麻に労わりの言葉を言う。 「いえ」 圭麻は月読に無垢な笑顔を見せる。一体何を考えているんだ、この男は。信用するべきじゃなかった。 月読は隆臣達に視線を移す。 「仲間だと思っていた人間に裏切られた気持ちはどうかな?私は大人しくしていれば君達をそれなりに歓迎するつもりだが?」 「ふざけるな」 隆臣は低い声で言う。そして、圭麻に視線を向ける。圭麻と視線が合うと、今までな無邪気な笑顔とは違う笑顔を見せる。ただ、相手を馬鹿にしているだけの顔。 「お前を信じたオレ達が馬鹿だったよ」 颯太の言葉に圭麻はくすくすと笑う。 「貴方達は単純ですね。簡単に人を信用するのも問題があると思いますよ。単純と純粋は紙一重。思慮の足りない行動は人を信じた、とかいった純粋なものとは違う、単純な馬鹿で愚かな行為です。信じていたからなんて言葉は、結局自分に対するいい訳ですよ」 言うだけ言って、圭麻は隆臣達から背を向けて離れていった。 泰造の怒りはまだ収まらないらしく、未だに壁に拳を打ち付けている。 「泰造、やめなよ、血が出てくるよ」 結姫が止めに入るが、そうする事で怒りを発散する事しか出来ない泰造は、止めようとはしない。颯太はずっと考え事をしていて、那智はぶつぶつと文句を言っている。隆臣は、ただ待っていた。 圭麻が裏切った?そうだろうか? あの言葉は、果たして自分達に言っていただろうか? 隆臣は牢の外に視線を向ける。見張りは一人。他には誰も居ない。無用心だが、此処から出られる筈がないという自信があるのだろう。薄汚れた牢屋が那智はお気に召さないらしく、座り込むのすら嫌がっている。このマイペースというか、そんな単純さはこの事態にはある意味とても助かる。 確かに那智も裏切られた事に腹を立てているのだろうが、それよりも目先の現実。そんなところが那智のいいところだ。まぁこれは圭麻の言葉を借りて言うのなら、純粋ではなく単純、という事だが。 ガチャッと牢屋に通じる扉が開く音がする。皆一斉に視線をそちらに向ける。 入ってきたのは圭麻だ。泰造は、目を見開いて怒鳴る。 「圭麻!!てめぇっ、此処から出せ!!!」 「そんな訳には行きませんよ。五月蝿いから静かにしてください。さっきからこの上の部屋が揺れていて迷惑なんですけどね」 圭麻はふぅっと呆れたように溜息を吐いて言った。明らかに泰造に対する嫌味だ。 「何っ!!?」 泰造が牢屋の鉄棒を掴んで圭麻を見るが、本人はそれを無視して見張りに話し掛ける。 「大変ですね。お茶を用意しました、飲んでくさい」 圭麻がにっこり笑って言うと、見張りは有難く受け取って、それを飲む。すると、一分もしないうちに、見張りの男は眠り始めた。 皆、訳が解からなくてどんな表情をしたら良いのかも解からない、といった顔をしている。 「…あの?」 最初に声を漏らしたのは颯太だ。 圭麻はにっこりと笑って、牢屋の鍵を開ける。 「どうぞ出てください」 「いや、一体どういう事…え??」 颯太も混乱して訳が解からない。 「お前、オレ達の事裏切ったんじゃないのかぁ!?」 那智が大声で喚く。その隣で結姫と颯太はこくこくと頷く。 「一体何考えてんだよ!!」 「何、と聞かれても困りますけどね、とりあえず、月読のところに行くんでしょう?はい、地図と武器です」 圭麻は隆臣に地図と没収されていた武器を渡してにっこり笑う。 「…訳が解からないみたいだぞ、こいつら」 隆臣が呆れたように言えば、圭麻はくすくすと笑う。 「敵を騙すにはまず味方から、と言うでしょう?」 「じゃ、何か?月読を騙すために、お前、オレ達を月読に売ったのか?」 颯太が言うと、圭麻はにっこり笑う。 「そういう事ですね」 「そういう事は最初に言ってくれ」 「そんな事言われても、皆さん、演技出来そうにないですから、単純で」 「お前っ!さっきの嫌味は本気で言ってたな!!?」 「はい♪」 泰造が圭麻の胸倉を掴んで怒鳴ると、圭麻はにっこり笑ってあっさり肯定した。泰造はどっと疲れたように圭麻から手を放して溜息を吐いた。 「大体、何でオレ達を捕まえる必要があるんだよ…」 「失敗した時の為の保険ですよ。オレは疑われる訳にはいかないし、地図を渡す隙も出来る。それに、捕まっていると油断していれば、もう少しやりやすくなるかも知れないでしょう?」 泰造がぶつぶつと文句を言うのに気づいて、圭麻が言う。 「それじゃ、御健闘を祈ります」 そう言って圭麻は手を振って五人を見送った。一緒に着いてくるつもりはないらしい。つまり、自分は一切関与していない、と見せかけるためだという事だ。 何となくそんな気はしていたしが、どーもあの笑顔はやりにくいな、と隆臣は思う。 あの如何にも純真無垢な少年、という仮面はさぞかし役に立つだろう。月読は圭麻を信じきっているようだし、ちょっとやそっとの事じゃ疑われはしないだろう。あの嫌味は、月読に対するものでもあるのだと思う。 助け方もいちいち手が込んでいたし。 わざわざ見張りに睡眠薬を飲ませるなんて、明らかに責任をあの男になすりつけるつもりだろう。不注意で居眠りしてしまい、その所為で鍵を盗まれ、逃げられたという事になれば下手すりゃ首、それともたっぷりと懲らしめられるだろうか。不幸というかなんというか、その見張りには同情を禁じえない。 五人は、圭麻に貰った地図を頼りに回廊を走る。月読が何処に居るか、という事を圭麻に聞くのをすっかり忘れていて、少々考えたが、すぐ後に全員一致で奥の間、という答えになった。 圭麻がそれを教えるのを忘れる訳がないし、それなら最初に圭麻が言っていた場所、という事になるだろう。その点は間違いないと思う。 奥の間に着くと、一瞬皆顔を見合わせる。ここからどういう行動に出るかは隆臣次第だ。直ぐに月読を殺す事は無理だろうが、何とか隙を突いて殺したい。 真っ向から行って大丈夫だろうか?しかし、行くしかない。他に道はないのだから。 隆臣は、目の前の扉を開く。 キィっと撓った音がして、扉が開く。はたして、月読は其処に居て、隆臣達を見て驚きに目を見開いた。 「お前達っ、どうして此処に…」 月読がそう言っている間に、隆臣はさっと剣を抜く。 部屋に居る護衛の人間は五人。これぐらいなら何とかなる。月読の護衛も慌てて剣を抜くが、隆臣はそれをもろともせずに向かっていく。 一人、二人と切り捨てていく。殺しはしない、後ろに居る奴らが怒るだろうから。隆臣は、自嘲的な笑みをもらしながらも油断はしない。自分は、この仲間達と離れたくないと思っている。嫌われたくないと思っている。そうだ、この五年間、どれだけ彼等に救われたか解からない。 しかし、この目的はそれとは別。 この男だけは許さない。殺すと決めた、両親を殺された時からずっと。 五人の護衛を切り捨て、やっと月読…と言うところで、待ったの声が掛かる。 月読は厭らしく笑っている。 一瞬のうちに隆臣は身動きが出来なくなった。ちっ、と舌打ちをする。後ろの四人が囲まれている。泰造はともかく、結姫、颯太、那智の三人にこの状況を打破できるとは思えない。きっと月読を睨みつけ、それから隆臣は四人の所に走って戻る。いまの状況では圧倒的にこちらが不利だった。 泰造一人では手に負えない人数だ。戻って手助けしなければ。 隆臣は、囲んでいるうちの一人を切り捨て、そのまま中に入っていく。 「おい、何とかできると思うか?」 「やるしかないだろ」 泰造の問いに隆臣は吐き捨てるように言う。 「それもそうだ」 泰造もにやりと笑って、自分の武器である鋼鉄砕を振るう。 実際、この人数全員を二人で相手するにはきつい。軽く四十人は居るだろう。何とか血路を開いて脱出するしかない。 「行くぜっ!!」 泰造は鋼鉄砕を一振りする。五、六人が一気になぎ倒されたが、すぐに起き上がってくるだろう。隆臣は他の人間を切り捨てる。 「邪魔だっ、お前らっ!!」 隆臣はイライラしていた。目の前に月読が居るというのに、心底殺したいと思う相手が居るというのに、それが出来ない事が。 「隆臣っ」 結姫が叫ぶ。隆臣はすでに殺気立っていた。ひょっとしたら誰か殺してしまうかも知れない。隆臣に人殺しなんてして欲しくはない。出来る事なら。 月読は仕方ないとしても、それでも、それ以上誰かを殺して欲しくない。 「隆臣、ダメっ」 「五月蝿いっ、どけっ!!」 隆臣は、目の前に居る敵に全神経を集中させていた。殺してやる。邪魔者は全て。自分の目的を邪魔する人間は、誰一人として許しはしない。 隆臣は纏わりついてくる結姫を振り払う。結姫が尻餅をついているすきに、隆臣は敵に剣を向ける。本当に殺してしまう。どうにかして止めたい。 止めたいのに、何の力もない。 「止めて、隆臣っ!!」 結姫は叫ぶ。 「だめえぇーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」 そう叫んだと同時に突然室内に強風が吹く。その場に居た全員が困惑し、慌てるがいちはやく正気に戻った颯太が叫ぶ。 「皆、今のうちに逃げるんだっ!!」 それに反応して室内が騒然としている中、走り出す。結姫自身も訳が解からず困惑しているが、その手にはしっかりと宝珠が握られていた。 神王宮から少し離れたところで五人は立ち止まる。 あの突風が吹いてこなければ、隆臣は間違いなく人を殺していただろう。 「今の風は何だったんだ?」 颯太が呟く。 「あの、これ…」 結姫はいつの間にか自分がしっかりと握っていた宝珠を皆に見せる。 「あ、ひょっとしてそれが鳴女さんの言ってた宝珠なんじゃねーの?」 那智が言う。颯太はそれをまじまじと見つめる。赤い色をした奇妙な形の石だ。この形は見覚えがある。 「勾玉か…」 「勾玉?」 「うん、こういう形をした石を勾玉っていうんだよ。昔から伝わっているものだ」 「これが…あたしの宝珠…」 結姫は思わずじっくりとその石を見つめてしまう。 「こういうのが六つあんのか?」 那智が颯太に訊く。 「うん、たぶん」 「そうやって話してるのもいいが、後にしろ。追いかけてくる前に逃げるぞ」 隆臣に言われてはっとする。神王宮の門の辺りが騒がしくなってきている。此処まで来るのも時間の問題だろう。早く此処を離れた方がいい。 そして五人はまた走り出す。 結局月読を殺す事は出来なかった。 失敗してしまった。 次は成功するのだろうか?否、次はあるのだろうか? 神王宮の仄かに明るい廊下で圭麻は薄く笑んでいた。 まずは一人目。 わざわざ人を呼んだ甲斐があったというものだ。まだ始まったばかりだ。誰も真実を知らない。何も知らない。だから今は自分が動く。 己の目的のために。 ただそれだけのために。ずっと、ずっと待っていた。この時を。 もう少し。たった一つの切なる願いを叶える為に。どんなものでも利用すると心に誓った遠い昔。良心やそんなものは二の次で。 己の大切なもののために。たった一つの願いのために。 動き始めた真実を、知っているのは自分だけ…。 |