story02 〜依頼〜



「月読を、殺して欲しい…?」
 皆が呆然としていた中、隆臣が反芻する。
「はい。とんでもない事を頼んでいるのは解かっています。しかし―――…」
「オレは別に構わない。最初からそのつもりだったしな。オレが殺せば済む。それで良いんだろう?」
 隆臣は鳴女の言葉を遮って言う。
「どうせ他の奴らには殺せないだろ」
 鼻で笑うように言えば、肯定も否定も出来ず他の皆は黙り込む。
 出来ないだろう。彼らには。出来る筈が無い。馬鹿なほどお人好しな、彼らには。やるのは自分以外には絶対に居ないだろう。
「だけど…なんであたし達に?」
 結姫が尋ねる。
 その疑問はもっともだろう。鳴女も頷く。
「貴方がたに、天照様を守っていただきたいのです」
「天照様を?」
「はい。月読は天照様の命を狙っています。今は、天照様はお隠れになっていますが、見つけられるのも時間の問題でしょう」
「それで、見つけられる前に月読を殺せと?随分アバウトだな」
 隆臣は溜息を吐いて言う。
「それは解かっています。しかし、月読に話し合いは通用しないでしょう。今、この世界を支えているのは天照様なのです。天照様が居なくなれば、この世界は滅びてしまいます」
 天照の事ならば誰もが知っている。この世界の太陽神。天照が居なくなれば、必然的にこの世界は滅びてしまうだろう。理由は天照を救うため。しかし、隆臣にはそんな事は全く関係ない。月読を殺す事。それだけが目的だから。
「しかし、何故オレ達なのかという理由にはなっていませんよね?」
 颯太が言う。鳴女は頷く。
「貴方がたが、天照様の守護者となるべき、天つ神だからです」
「天つ神?オレ達が?」
 泰造が意外そうに言う。
「一体、何を根拠に」
 颯太は信じられないと言う様に鳴女に尋ねる。
「古より、天照様を守ってきた物には印があるのです」
「印?」
「痣です。生まれついてよりの痣を、持っている筈です。一人は額に、一人は右手に、一人は左手に、一人は右肩、一人は左肩、そして、最後の一人は首筋に。六人の従者が居る筈なのです」
 確かに、皆それぞれ心辺りはあった。
「隆臣は、額にあるよな」
 那智が指を差して言う。
「オレは右肩にあるけどさぁ、変な模様のついた痣」
 袖なしの服を着ているので良く見える那智が面白そうに言う。
「泰造は左肩だろ、んで結姫は首筋、颯太は左手だよな…って、あれ。後一人は?」
 数えながら那智が疑問に思って鳴女に尋ねる。
「もう一人の方はまだ神王宮に居る筈です。彼が、神王宮に入る手引きをしてくれるでしょう」
 鳴女の言葉に、全員が一人の少年の顔を思い浮かべる。何故か、確信があった。
 黒い髪の、赤い瞳の、あの少年だと。
「そいつとはもう連絡をとってんのか?」
 泰造が尋ねる。
「今は月読の傍に仕えていて、巫女姫の護衛という名目で中に入り込んでいます。天照様がお隠れになった事はもう耳に届いているでしょう。行けば、力を貸してくれるはずです」
 鳴女は、やけに自信なげにに言う。
「必ず、貸してくれるはずです。貴方が居れば…」
 隆臣を見て、鳴女は言った。
「オレが?」
「はい。まだ詳しい事は言えませんが、目的も同じです、きっと協力してくれるでしょう」
 まるで言い聞かせるように言う鳴女を訝しげに見つめながらも、とりあえず其処で納得する事にする。
「ひょっとして、オレ達の両親が殺されて、神王宮に集められたのも、何か関係があるんですか?」
 颯太の言葉に鳴女は頷く。
「はい。月読は、貴方がたを捕らえ、手中に収めれば、世界を支配できると考えています。ですから、その為に子供達を集めたのです。その中から、その痣のある子供を見つけ出すために」
「何故、十歳の子供ばかりを?」
「呪いに出たのです。その時、十になる子供が、天照様の従者としての役目を担うものだと。先代の従者も五年前に既に皆他界してしまいました。新しい従者が必要なのです。代々従者には不思議な力が宿っています。「癒し」「知恵」「創造」「武道」「栄光」「破壊」。それぞれの力を以って天照様をお守りしているのです」
「オレ達が使えんのか!!?」
 那智が目をキラキラさせて言う。
「はい、それぞれ一人ずつ使えるはずです。その人が、本当にその力を望んだ時、宝珠が現れ、その力の使い方を教えてくれるでしょう。その時に、自分がどんな力を持っているのか、はっきりと自覚する事が出来る筈です」
「ふ〜ん。まぁ、あんたの頼みは、とりあえず月読を殺せばいいんだろう?ならオレ一人で十分だな」
「待って、あたしも行く!」
「はぁ!?何言ってんだよ。お前がついて来てどうすんだ」
 結姫の突然の言葉に隆臣が言い返す。
「だって、隆臣一人にそんなことさせるなんて出来ないよ!!」
「お前が来たってどうしようもねーだろーが!」
「だけど、隆臣だけに行かせられない!!」
「あのなぁ!」
 言い争いを始めた結姫と隆臣に、周囲は溜息を吐く。
「でも実際、隆臣一人に行かせるのには賛成できないな。隆臣の場合、月読だけじゃなくて、他の人間も一緒に殺してきそうだからな」
 颯太の言葉に皆納得して頷く。隆臣自信はかなり不服だが、否定も出来ない。
「それなら、オレも一緒に行くぞ!」
「オレも。隆臣止めるんならオレもついてった方がいいだろ」
 那智と泰造まで言い出して、隆臣は結局溜息を吐いた。
 結局、五人で行く事になったようだ。

 鳴女は天照の傍をそう離れては居られないと言い、帰っていった。去り際に、結姫に連絡用にと神獣鏡という鏡を渡していった。結姫は不思議そうに受け取っていたが、とりあえず何時でも連絡を取れるのは有難いだろう。
 待っていた時が来たのだと思った。やっと、月読を殺す機会が巡ってきたのだと。必ず何にしても時期はある。今がきっとその時なのだ。
「んで、決行は何時だって?」
「明後日の晩」
 那智が尋ねるのに颯太が答える。
「その日は満月の日だからな。暗くても良く見えるはずだ」
 隆臣が言う。
「あの、鳴女さんの言う事、本当なのかな?」
「オレ達が天照様の従者だっていうやつか?」
「うん…」
「本当なんだろうな、あの人が嘘をついているようには見えなかった」
 結姫の問いに颯太が答える。
「隠し事はしていそうだったけどな」
 隆臣の言葉に颯太は溜息を吐く。
「でも、あれは本当の事だろう。天照様に仕える従者…か。オレ達がそんな凄いのなんてな」
 実際計り知れない事だった。天照様の従者は、思兼神に継いで身分の高い人間だった筈だ。それに自分達が選ばれているなどとは夢にも思わなかった。
「ま、気にしたってしゃぁねえだろ。従者として一緒に仕えるのが全く知らない人間っていうのよりはマシだよなぁ」
 泰造が笑って言う。
「それもそうだな。全く知らない奴だったら嫌だな」
「ホントにな」
 気心が知れている。同じ時間を共にしていた仲間だから、いいと思う。離れるわけではないのだし、何かが変わるわけでもない。
 あと、一人加わるというだけ。
 まぁ、それが一番問題なのだけれど…。結局月読を殺すのは自分だし、明後日には彼の人格も解かるだろう。それからまた考えればいい。
 その時になれば解かるだろう。

 翌日には、神王宮のあるリュ―シャーの都の近くの森に野宿した。那智などは五月蝿く喚いていたが、移動する時間はこの日の間にしておいた方がいい。
 その日は何事もなく終わったが、微かな不安があった。
 もう一人の仲間であろう少年は、本当に自分たちに協力してくれるのだろうか?
 不安と期待とが入り混じっていた。こんな感覚はしばらく味わっていない。あの気になる瞳をした少年と言葉が交わせるかも知れない。それは隆臣にとってとても楽しみな事だった。
 気になって、仕方なかったあの瞳と対峙できる。それが。


 当日。
 闇の中、神王宮までの道程を行く。
 誰も何もしゃべらない。それぐらいには緊張していた。月読を殺すという目的で再び脚を運ぶのだ。しかし、自分はともかく、他の人間にはそれを眼にする事すら耐えがたいのではないだろうか?
 隆臣は思った。けれど、今更ここで引き返すわけにも行かないだろう。
 神王宮の前まで行くと人影が見える。門衛だろうか?
 ゆっくりと近づいていく。
 人影が誰なのか見極めなくてはならない。薄暗い灯火の横の顔を見てはっとする。あの時の少年だった。協力するためにあそこに居るのだろうか?門衛は居ないのだろうか。
 とりあえず、他には誰も居ないようなので近づいていく。用心は決して怠らなかった。すぐにも戦える体制のままその少年を凝視した。
 少年がこちらに気づくと、にっこりと笑った。あの無邪気な笑顔で。
「お待ちしていました。お久しぶりですね」
 何の緊張感もないような笑顔に、皆どうしていいか解からず戸惑う。
「お前が、従者の一人なのか?」
 少年は口で答える代わりに、灯火に揺らめく僅かな明かりの中で右手に嵌めていたグローブを外し、皆に見せた。そこには痣がある。やはり、この少年が仲間だったのだ。
「今日あたりに来る頃だと思っていました。門衛は引かせておきましたので、どうぞ中に」
 微笑みながら少年は中に入るように奨める。
 引かせておいた、という事は月読に信頼され、かなりの権力を得ているという事ではないのだろうか。そんな人間が本当に自分達に協力するだろうか?
 隆臣達が困惑しているのに気づき、少年は微笑んで言った。
「安心してください。オレは貴方達の味方です。天照様を守護する者。そして、月読に復讐する事。それ以外の目的は持ち合わせていません。オレは金にも権力にも興味はありませんからね」
 少年は肩を竦めて言ってみせる。
「そういえば、まだ名乗って居ませんでしたね。オレは圭麻といいます。以後お見知りおきを」
「月読は何処に居る?」
「奥の間ですよ。ご案内します」
 隆臣の問いに、圭麻は答えた。
 何とも言えない雰囲気を持っている人間だった。笑顔は穏やかで口調も丁寧で誠実そうだ。しかし、逆にその笑顔の所為で戸惑ってしまう。この少年の笑顔は不思議と無邪気で何も知らない無垢な少年のようだったが、している行動はどうしても悪賢い、としか言いようがない事ばかりだ。
 信用してもいいのだろうか?信用できるのだろうか?裏切られたりはしないだろうか?
 けれど、その笑顔はどう見ても邪気のあるものではなく、何となく人を信じ込ませてしまう。何時の間にか、圭麻に気を許してしまっている。
 この少年の心を理解するのは絶対に無理なのではないだろうかと思う。無邪気な笑顔と、それと極端なぐらいに大胆な行動。それでも自分を決して危機には陥れないようにしている。
 信じるべきか?信じないべきか?

 五人は、圭麻の後に着いて歩いていく。五年前とはかなり変わっているらしく、見覚えのない路ばかりを通っている。しかし、誰にも遭遇しないのは奇妙な事だ。人の気配がまるでしない。
 白い石材の廊下は昔のままだが、何処を歩いても同じ感じがする。幼い頃の記憶など当てにならないものだと思う。
 自分達の微かな記憶にも引っかからない路を、圭麻はこの五年の間に覚えたのだろうか。自分達と圭麻は全く違う五年間を過ごしていたのだ。
 微かに切り抜き窓から月の明かりが差し込んでいた。白い石材の廊下に差し込む月の光は幻想的で、この世のものとは思えないほどに美しかった。月を象徴とする王宮の主に相応しい材質の石を使い、権力を誇示しているのだ。
 朝には薄く見えなくなる月も、夜にはまた輝き、夜の闇を照らすが如く、この月読の権力も一生消えうる事はないのだと。しかし、月読は知らないのだろうか?太陽が輝かなければ、月もまた輝きはしないという事を。
 歩いていくうちに、少し開けた広間のようなところに出た。
 圭麻は何を考えているのか解からない。後姿から顔を判断する事は出来ないが、顔を見たら余計にわからなくなりそうだった。
 赤い瞳と黒い髪は以前のまま。あの無邪気な笑顔も。変わらないままだった。
「…奥の間っていうのは一体何処なんだ?」
 颯太が尋ねる。
「もうすぐですよ。というよりも、奥の間に行く前に再会できますよ」
 そう言って、それから一歩、前に出た。


ガシャンッ


 一瞬何が起こったのか解からなかった。
 そして、気づいたのは、圭麻との間に何かに遮られている事。否、目の前にある鉄の棒。これは、檻だ。自分達は、捕らえられた。
 目の前には変わらないあの無邪気な笑顔。
 そして、その後ろから歩いてくる人影。
 月読。
 隆臣の視線が鋭くなる。しかし、自分達には何の手出しも出来なかった。目の前に居るのに。何も出来なかった。


 騙されたのだ、あの少年に。
 信じるべきではなかった。



 あの、無邪気な笑顔を―――…。



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