神王宮。 伽耶は部屋に引きこもったまま出てこない。 王宮の使用人はみな心配している。那智も同様だった。 「オレが様子を見てくる」 そう言って伽耶の部屋へ行った。 ノックをすると部屋のドアが開いた。伽耶が顔を出す。あからさまに様子がおかしかった。 「伽耶さん、どうし…」 言いかけた那智に伽耶が大泣きして飛びつく。 「ちょ、どうしたんだ!?」 那智はおろおろするばかりだった。とりあえず、部屋のドアを閉めて声が外に漏れないようにする。 「圭麻さんに振られたんですっ!!」 「え…ええ!?」 まさか、と那智は思う。圭麻が伽耶を好きなのは那智も知っている。というか那智だけしか知らないからなおさら信じられない。 「取り敢えず、説明して」 いきさつを知らない以上なんにもならない。 「圭麻さんに、恋人がいたんです…っ!深い仲だってその人が言ってたんです!!」 「恋人ぉ!?」 伽耶が神王宮を抜け出したのはみんな知っていた。そして追いかけていた人が突然見失ったと言っていた。圭麻に会った? 圭麻に恋人がいるなんて聞いたことがない。昔の恋人は知っているが…もう死んでいるのだ。 「落ち着いて、圭麻の口から直接返事はもらったのか?」 「いえ…」 涙目で言う。那智は女から見ても伽耶は美人だし、可愛いと思う。もともと中ツ国では男だったし、男の気持ちも解からなくはない。男だったら結構ころっと言ってしまいそうなほど美人だ。 圭麻が美人に揺らぐというわけではないが、圭麻が伽耶のことを好きなのは那智はまず間違いないと思う。だとしたら…。 (伽耶さんがなにか早とちりしたか?) 「とりあえず、オレが本当のところ聞いてくるから」 とりあえずこれでこの場は収まった。 翌日圭麻の家。 「本当に此処に住み着くのか?」 翌日和砂が圭麻の家に荷物をもって押しかけてきた。 「そうだよ!他に行くとないもん。宿とるの高いしさ、都会は」 「村に帰れば?」 「嫌だ!だって、あの伽耶様が圭麻を狙ってるって解かった以上ほっとけないもん!ぜぇったい帰らない。わたしだって圭麻のこと好きなんだから!!」 和砂は圭麻の家に住み着くことにしたらしい。圭麻は和砂を前にして絶句するばかりだ。 (オレっていつからこんなにもてるんだ?) と圭麻が思うのも無理はない。いきなり二人の女の子に告白されたのだ。思っても見ない人二人に。 一人は自分が新たに思いを寄せている人で、もう一人は昔付き合っていた最愛の恋人の双子の妹なのだ。 どちらも自分の事が好きだなんて思っても見なかった。 なにより… (伽耶さんには返事をする前に絶対なにか誤解された…) 深い仲などと突然出てきた見知らぬ女に言われて誤解しないわけがない。 「しかし、散らかってるね、この部屋…」 和砂が呆れて言う。部屋を見渡して近くにあるものに触れてみようとする。 「下手に触るな!」 「え?」 いきなりつんであったものが崩れてきた。 「危ない!!」 圭麻は和砂をとっさにかばう。ガサガサっとものが落ちる。 和砂ははずみで仰向けに倒れて、圭麻はその上にかぶさるようになる。 「大丈夫?」 「う…うん」 「圭麻!!」 いきなり那智が家の扉を開けて入ってくる。 「「「……」」」 三人は絶句する。 この状態はかなり危険だ。那智から見れば圭麻が和砂を押し倒したように見えるだろう。 「圭麻、お前何してるんだよ!!」 第一声を発した那智が圭麻につめよる。圭麻は和砂から離れてあとずさる。 「そこまで見境のないやつだったなんて見損なったぞ!!」 「違う!誤解だって!!」 「誤解ぃ〜?」 那智はうさんくさそうに圭麻を見る。 「圭麻に何言ってるのよ、貴女も圭麻のこと好きなの!?」 「おいおい」 「だったらどうだってんだよ」 「……」 那智は売られた喧嘩は買うやつだった…。 二人は圭麻の片方の腕ずつにしがみついて言い争いをしている。 (どっかであったぞこんなシーン…) などと考えてみてもどうにもならないのだけれど…。 「和砂…那智には他に相手がいるんだから…」 「嘘!!」 「本当だって」 「…ぜぇったいに嘘じゃない?」 「嘘じゃない」 そうすると和砂は喧嘩を止めて圭麻の腕を放す。 「圭麻、面白くねぇじゃんか、こんなの」 「那智…面白いとか面白くないの問題じゃないでしょう」 「そうだよ、圭麻、お前に話があるんだよ」 那智ははっと思い出したように言う。 「和砂、はずしてくれる?」 そういうと和砂はしぶしぶ家を出て行った。 「で、話って…」 なんとなく予想がつきそうで怖い。那智は神王宮に住んでいるのだから。 「伽耶さんだよ、昨日圭麻に振られたって大泣きしてたんだぞ」 「ああ…やっぱり誤解されてる…」 「昨日は部屋に閉じこもって仕事にはならないわで大変だったんだぞ、理由を聞いてみれば圭麻に振られたって飛びついてきて大泣きされるし。オレも伽耶さんの勘違いだと思ってとりあえず聞いてみたら圭麻に恋人がいたとか言うしさ、でも圭麻が伽耶さんのこと好きだっていうのは知ってるし、恋人って言っても昔の、しかも死んでるやつのことこないだまで引きずってたやつが恋人いるとは思えないしさ、とりあえず様子見に来たらさっきのやつがいるだろ?本当のところはどうなんだよ?」 と一気に那智は言う。それで疲れたみたいでぜぇぜぇ息を吐く。圭麻が水を出してやると一気にそれを飲み干した。 「本当のところって言われても…」 説明中 とりあえず、昨日あったことを説明する。和砂が、砂雪の双子の妹だと言うことだけを省いて…。 「じゃぁ、本当になんでもないんだな?」 「はい」 「じゃぁ、深い仲っていうのは何だよ?」 「え…」 そこまで知っているのかと圭麻はたじろぐ。 「そいつが深い仲って言うんだったらなにかあるんだろ?根拠がなきゃそんなこと言えないよなぁ」 「………」 圭麻はなにも言えずただ黙っているしかなかった。和砂が砂雪の妹なんて、知られたくないのだ。 隠した意味がない。 「まぁ話したくないんなら良いけどさ。でも、お前の一番の問題は!!」 那智がずいっと圭麻に顔を近づける。もうすぐに額が当たるんじゃないかというぐらいに。圭麻は少し後退る。 「お前があの和砂ってやつのこと嫌がってないってことだよ!!」 これだから女って鋭くいて嫌だと圭麻は思う。 「お前、何とかしろよ!!今度は伽耶さんにちゃんと返事しろよな!!」 そう言って那智は圭麻の家を出て行った。 「嫌がってないって…仕方ないじゃないか…」 圭麻はそう呟く。 誰より愛した人と同じ顔、同じ声で傍にいる。見間違わないわけがない。 嫌な…わけがない。 それに、和砂に対して強く出れないのは罪悪感があるからだ。 砂雪が生きていたころは見間違えるなんてことは絶対になかったのに…。 今、和砂を砂雪と見間違えるのは、少なからず心のどこかで砂雪のことを求めているからだ。和砂を砂雪の身代わりにしようとしている……。 だから、何も言えなくなるのだ。 「ただの馬鹿か、オレは…」 深く、長いため息をつく。自分の愚かさが身にしみる。 和砂を砂雪の代わりにしようとしても、決して和砂は砂雪ではないのだ。代わりなんて、いるはずがない。 オレは…一体今誰を一番に求めているのだろう。 「オレ、女運ないかなぁ」 今度は浅くため息をつく。 好きな人目の前で殺されて、次の恋はだんだん泥沼に…。 (最悪…) 砂雪のこと、諦めたつもりだったのに、いざ和砂を目の前にするとだんだん揺らいでくる。 「ああ、もうダメかも…」 だんだん泣きたくなってきた。オレってこんな情けない人間だったかなと圭麻は思う。 もう少しましな人間だと思ってはいたけど…別に、砂雪のことを忘れようとは思わない。忘れたくない。誰より愛した人だから。砂雪より好きな人ができなくてもいい、でも砂雪と同じくらい人を好きになってもいいと思えるようになった。 少しは、進歩したつもりだった。でも全然成長していなかった。 伽耶さんはどこか他の人と違う気がしたから…強いと思った。自分がその強さを守りたいと思った。 「ただの、思い上がりだ」 ベッドの上でそんなことを考えていたら何時の間にか眠ってしまっていた。 外は真っ暗だ。もう深夜の二時をまわっている。 「何でこんな時間に目醒めるかな…」 しかし、暫く眠れそうもないので台所へ降りていき、何か飲み物を飲もうとする。 「向こうのオレは今ごろ熟睡中か?」 考えても馬鹿らしいのでやめる。 結姫が帰ってきてもう一ヶ月近くたつ。隆臣がどうなったかとか結姫は話さなかった。多分、話せなかった。だから誰も何も言わなかった。 隆臣が、鳴女さんが、そして伽耶さんがどうなったかとか気にならない訳じゃない。すごく気になる。でも、結姫が話してくれるまでは無理に問いただしたりはしたくない。 「伽耶さん…」 神王宮のお姫様。すごく綺麗だと思う。でもそれだけじゃない、強さがあるから…。 「馬鹿みたいだな…こっちじゃ教師だよ、オイ」 ちょっと自分を突っ込んでみたり。 そう、高天原では神王宮のお姫様で、中ツ国では自分の通っている学校の先生。 「最悪…」 もう高天原の記憶はない。何を考えているのかも解らない。伽耶さんはどうなっているだろう。 コップに注いだ牛乳を一気に飲み干す。そして深いため息をつく。 どっちもかないそうにない恋だなと思う。特に学校の先生なんて、小学生が恋愛対象に入るわけがない…。 (大体、まともに話したことないぞ?クラス違うし) なんだか考えるだけ虚しい。でも諦めるつもりはない。 六年になったら同じクラスになるかもしれない。イベントはいくらでもある。教師だってかまわない。好きなのに変わりはないのだから。 「今は無理でも絶対いつか落とすさ…結構自信有るしね」 結構イイ性格をしている中ツ国の圭麻だった。 「さぁってと、がんばって寝るか」 中ツ国の圭麻の逞しさにあやかって欲しいと思う。 相模圭麻は年の差とか世間体とかまったく気にしない人だった…。いいのかそれで…。 起きた時にはもう日が暮れかかってきていた。 「あ、寝ちゃったのか…」 ああ、そうか…いろいろ考えているうちに眠ってしまったんだ。 何か、夢を見たような気がする。なんだか元気付けられたような気がする。 「落ち込んでる場合じゃないか、落ち込んでるのは性に合わないし…和砂のことも……」 あれ?と思う。いつのまにか毛布がかかっていた…。 「あ、圭麻起きたんだ」 和砂が顔を出す。 「あ、ああ。和砂が毛布かけてくれたのか?」 「うん、あのまま寝てたら風邪ひくもん」 そう言って和砂は台所のほうへ行く。なにかいい匂いがする。 圭麻も台所に向かう。 「ありがとう」 礼を言う。なんだか頭がすごくすっきりしている。 「いいよ、そんなこと、私は圭麻の寝顔が見られたし♪」 和砂は嬉しそうに言う。圭麻はちょっと気が抜けて壁にもたれかかる。 「何か美味しいものを作るね。新婚みたいで嬉しいなぁ」 そういえば、砂雪は料理が苦手だった。別に勉強もできるわけじゃないし、運動神経もいいわけじゃない。でも……いつも一生懸命だったから…。 「和砂…オレは、お前には……」 「あ、圭麻。テーブルの上片付けてよね!もう」 言いかけた言葉に和砂はわざと遮る。 これ以上言われたくない。今言われたらきっと泣いてしまうから。 「ああ…」 言わなければいけないと圭麻は思う。でも…なんて言おう…きっとどんな言葉でも和砂を傷つける。 テーブルの上を片付けながら浅く溜息を吐く。 なかなか言えないのはきっと自分が和砂に嫌われたくないと思っているからだ。どうすればできるだけ和砂を傷つけずにいられるだろう。 「圭麻、できたよ、ご飯♪」 「あ、うん」 なんだか生返事。少し圭麻が悩んでいることにも和砂は気づいていた。 圭麻が伽耶のことを好きなのははじめて見た時に解かった。だから、余計に悔しかった。 自分は汚いと思う。なんだかんだ言って返事を先送りにして、圭麻を悩ませている。 でも…言われたらきっと…自分は圭麻に何を言うか解らない。圭麻を傷つけるかもしれない。少し癒されたはずの圭麻の傷を広げてしまうかもしれない。多分…そうなる。 その日の食卓はとても静かだった。どちらも何も話さなかった。なにか、気まずくて。 神王宮 「伽耶様、ちょっとよろしいですか?」 いつもと違う、礼儀正しい呼び方をして、ドアをノックする。 神王宮では当たり前だ。いずれ天照となる巫女姫に敬語を使わないわけには行かない。 「はい」 中から返事がする。とても綺麗な声だ。昨日泣いていたとは思えないほどしっかりした声だった。 那智は部屋のドアを開ける。那智の顔を見ると伽耶は走り寄ってくる。 「あの、圭麻さんのところに行ったんですよね?どうでした!?」 さっきまでとはまた違う、かなり切羽詰ったような声。那智は苦笑して、話が他の人に聞こえないようにドアを後手で閉める。 「大丈夫だって、伽耶さんの誤解だよ、ただの幼馴染だって言ってたぞ」 それを聞いて伽耶さんはぱぁっと顔を明るくする。本当に花のような笑顔だと思う。周りから見れば、美人で近づきがたい感じがするのに、実際は表情豊かで可愛らしい。性格はどこかいっちゃっている。 「よかったぁ」 「伽耶さん、また神王宮から抜け出そう、圭麻の返事を聞きにさ。今日はもう遅いから無理だけど、明日にでも…」 那智がそういうと、伽耶は、恥ずかしいような困ったような顔をした。 「振られたら…どうしよう」 ちょっと自信なさげな声が聞こえる。 彼女はあまり不安を口に出さないと那智は思う。甘えて泣くときはあっても、本当の悩みは人には話さない。でも、自分にそういう恋愛の話を相談してくれるのは友達と思っていてくれるからだと思い、那智はちょっと嬉しい。 そして、伽耶が隆臣のことを好きだというのは、憧れや理想だったのかと思う。隆臣相手に伽耶はここまで恥じらいをもったりしなかった。伽耶を助け出したとき、彼女はすぐに隆臣に抱きついた。でも、圭麻ならそんなことはしなかったのではないかと思う。 自分もそうだけど、好きな相手には、なかなか思い切りぶつかっていけないのだ。圭麻はきっと伽耶の本当の初めての恋なのだろう。そして、伽耶は圭麻に告白した。ありったけの勇気を声に搾り出して。 「大丈夫だって、がんばれよ」 それを聞いて伽耶はちょっと安心したような顔をする。 「はい」 「それじゃぁ、失礼いたします、伽耶様。おやすみなさいませ」 那智は礼儀正しく挨拶をし、部屋を出る。 那智が扉をしめ、少ししてから伽耶は口を開く、感謝の気持ちをこめて、直接はなんだか恥ずかしかったから。 「ありがとう、おやすみなさい」 そう言ってから伽耶はベランダに出てみる。そらはもう暗くなってきていた。西の空のずぅっと無効に少し日が赤く見えていた。 そうして伽耶は此処にいきなり隆臣が来ていたんだなと思い出す。 自分の名前を呼んでくれた、友達…。そうだ、結局隆臣は友達だったのかもしれない。初めてできた友達だから、何より大切に思えたのだ。 「でも…サンちゃんと圭麻さんへの気持ちは全然違う…」 何故だろう。隆臣が結姫のことを好きだとしった瞬間、凄く悲しかった、でもそれは友達をとられてしまったからだったのかもしれない、初めて自分の名前を、呼び捨てで、様とも姫とも付けずに読んでくれた人だから。 隆臣のことは悲しかったけれど、すぐにふっきれた。今度は友達がたくさんできたから。 その中でも圭麻だけは特別だった。自分のことを「尊敬します」と言ってくれた人。すごく嬉しかった、周りも自分自身も「伽耶」という人間が強いなんて思ったことなどなかった。 西に微かに残っていた光がもう見えなくなっていた。空には星が瞬いてきていた。月は少し欠けて、まん丸ではなかったけど、でも綺麗だった。 少し吹く風が気持ちいい。伽耶の髪をなでて過ぎ去っていく。 圭麻のことを考えると胸が苦しい。でも、少しだけ優しくなれる気がする。話すだけでドキドキして何もいえなくなって眩暈すらしてくるような気がする。でも、すごく幸せな気持ちだと思う。 圭麻は尊敬という言葉を自分だけに使ったわけではないのもわかっていた。「女の人」そう言っていた。結姫も那智も鳴女も…強いと思っていただろう。でも、その言葉を自分にかけてくれたことが嬉しかった。 それだけで人を好きになるなんて思わなかった。ただ傍にいるだけで苦しくなるなんて隆臣の時は思ったりしなかった。特別だった隆臣、でも圭麻はまた違う特別だ。みんな、隆臣や結姫がいなくなった辛さを乗り越えて強く自分に出来ることをしようと願っていた。それがすごく羨ましくて、自分も頑張らなければという気持ちになったのだ。 圭麻が自分のことを認めてくれるだけで嬉しくなる、強くなれる気がする気持ちが、あふれてくる。 少し外が冷えてきたので中に入る。自分のことを見てくれる人がいるだけで幸せだと思う。自分にできることはたくさん有るのだ、やらなければいけないことも、たくさん。 「明日…返事をもらう」 考えるだけで苦しくなる。もし、振られたらどうしよう。嫌われては、いないと思う。「オレは…」その圭麻の言葉の続きは…一体どうなるのだろう。 もし、圭麻に振られたら自分はどうなるだろう。何も考えられなくなるかもしれない。でも、それだけに左右されていてはきっと嫌われるだろう。一晩泣いたら元気になれるかな…そう思ってベッドに腰掛ける。 「どんな返事をもらったとしても、笑っていられたらいいな……」 夜は、少しずつふけていった…。 |