太陽の昇る場所 1



 結姫と隆臣と思兼神様がいなくなって数日が過ぎた。
 高天原でもどうにか平穏をとり戻しつつあった。
 それも偏に、伽耶の尽力の賜物であろうが…。


 伽耶に全てを聞かされたのは神王宮だった。
 四人が自然と其処へ集まっていった。真実を知っているのは伽耶だけだから…。
 その後伽耶の働きぶりは目覚しかった。
 思兼神となる人間を選抜し、新しく天照様の傍につかせて、いなくなってしまった月読の変わりに新しい月読として近縁の人間を呼ぶことに決まった。


「すげぇよ、伽耶さんの働きぶり」
 神王宮で働いている那智がわざわざ圭麻の家にやってくる。
「那智…仕事サボってないで、神王宮へ戻ったらどうですか…?」
 颯太は、新しい仕事先を見つけて其処で働いている。リューシャーからは結構離れた場所だ。泰造は また賞金稼ぎの旅を始めてしまって今どこにいるか解からない。
 たびたび会えるのが圭麻だけなので、颯太がいない淋しさを紛らわすために此処に足を運ぶのだろうが…。
「なんかさ、みんな一緒にいたのが嘘みたいだよな」
「そうですね、でも、みんなと会う前とは違うでしょう?」
「何が?」
「知ってるってことですよ。みんながいること。前は全然見ず知らずの人だったのに、今では懐かしく思えるほど近しい人になっているんですから。それだけで前とは大分違うでしょう?」
 圭麻が諭すように言う。
「そうだよな、オレ達が天ツ神に選ばれて、結姫や隆臣と旅をしてたなんて嘘みたいだけど、でも、ちゃんと覚えてる。ほんとにあったことなんだよな。きっと絶対忘れない、オレ…一生!」
 それを聞いて圭麻はにっこり笑う。
「オレも、絶対忘れませんよ、忘れようって言っても無理でしょうから」
「そうだな」
 那智は嬉しそうに笑う。
「伽耶さんは…忙しそうですね」
「ああ、月読がいなくなって、太陽が消えて、高天原はかなり混乱したって話しだし。でも、月読がいなくなったことで希望もあるだろ?だからみんな伽耶さんを信じて、伽耶さん信頼あるから、ついてこれるんだよな」
「そうですね」
 圭麻は少し淋しそうに言う。
「圭麻…お前これからどうするんだ?これからもやっぱり発明家としてやってくつもりかよ」
「そうですね、しばらくはバイトでもしてお金ためて…発明家としての資金を貯めましょうかね。発明にはお金がかかりますから」
「ふ〜ん…なぁ、お前さ…新しい恋…見つけた?」
「え…………………え!?」
 焦る圭麻に那智はにやりと笑う。
「良かったじゃん、新しい恋が見つかって、まぁお前には高嶺の花かもなぁ」
「那智!!」
 赤くなる圭麻に那智は本当に楽しそうだ。
「こんな圭麻滅多に見れないよなぁ、いっつも逆の立場だったからさ」
「〜〜〜〜〜っ」
 那智にからかわれて圭麻は何も言えなくなっている。
「まぁ、協力してやるからよ!」
 そう言うだけ言って那智は去っていった。
「なんか…一番知られたくない人に知られたかも…」
 一番手に負えないってことですねようするに。
 圭麻は頭を抱える。
 どうしよう…ほとんど会うことも許されないだろう。
 高嶺の花というのはまさにその通りかもしれない。神王宮のお姫様……。
「こんなこと考えてても暗くなるだけだなぁ…」
 頭を冷やしてくるか、と圭麻は立ち上がり外へ足を向ける。


 リューシャーの市場を歩く。
 空遊機はいまだリューシャーの街を走り抜けて、空気を汚している。
 それを見て圭麻は、本当に空気の汚れることのないものを作りたいと思う。勾玉の力はもう使えないけど…きっと他に何かあるはずなのだから。
 市場を眺めていく。そうするとまた、懐かしいものがこみ上げてくる。
 結姫たちがリューシャーに来て、「値切りの三人組」なんて……。
 思い出すと笑いがこみ上げてきて、また少し淋しさも増す。


 神王宮では…。
「う〜ん、疲れたぁ」
 伸びをして一息つく。伽耶は、どこに行くことも許されず、神王宮で職務をこなす。ただそれは慣れなくて疲れが溜まる。
 空を見上げるとすみきった青空が広がっている。
 それを見るとたまらなく外に出たくなった。
「よぉっし!」
 とりあえず仕事は一段落ついている。自分が出て行っても問題はないだろう。
 こっそりと神王宮を抜け出していく。


 なんだかやたら周りが騒がしい。
「お待ちください、伽耶様!!」
 伽耶は必死になって走っている。待てと言われて待てるわけがない。
「伽耶様!!」
 追ってきている人も大分疲れているようだった。なにせ人ごみを掻き分けて走らなければいけない。
「しつこいなぁ」
 後ろを少しうかがう。まだついてきている。
「え?」
 いきなり手を捕まれて引っ張られる。なんの抵抗もできない伽耶はそのままそっちに倒れていくしかなかった。
 なにかにぶつかった感じがした。引き込まれたのは人目につかない路地だった。
「なっ!」
 声をあげようとする伽耶の口を手で抑える。
「しっ、見つかりたくなかったら静かに」
 目の前にいた人物は圭麻だった。
「え?あ、あの」
 圭麻に凭れかかるような姿勢になっていたことに気づいて顔を赤くする。
 その姿をみて圭麻はにっこり笑う。
「神王宮から抜け出してきたんですか?凄い騒ぎですね」
「え?あ、はい。空を見たらすごく外に出たくなってしまって…ってこんな理由じゃおかしいですよね?」
「いえ、たまには息抜きも必要ですよ。なにしろ、伽耶さんはまだ遊び足りない年頃なんですから、無理することはないですよ。他の人よりたくさん頑張ってるんですから」
 圭麻の声を聞くと不思議と落ち着く。気持ちが暖かくなる。
「わたしは、天照様の位を継いでしまったら、もう二度と自由はきかなくなる。そうしたら、ずっと空の上で地上を照らさなければならないんですね。ただ、死ぬまで。だから、今のうちはまだ、自由にしていて、良いんですよね?」
 なんとなく同意を求めてしまう。圭麻の言葉には不思議と説得力がある。だから自分の言葉を肯定してくれるとほっとする。
「そうですね。今は…まだ……」
 天照として神王宮へあがってしまえば、もう二度と会えなくなる…。
 伽耶は少し考える。今言わなければ、もう二度といえないような気がした。
 思い切って言ってみようと…。
「わたしが…神王宮を抜け出してきたのは…もう一つ……圭麻さんに会いたかったから…です」
「え?」
 赤くなって話す伽耶。圭麻は思いがけない言葉に驚きを隠せない。
「あの…圭麻さんのこと、好き……なんです。信じてもらえないかもしれませんけど、本当に…」
 伽耶の真剣な瞳に圭麻も胸が熱くなる。
「伽耶さん、オレは…」
「圭麻っ!!」
「うわっ!」
 言いかける圭麻に何かが飛びついてくる。
「…さ………っ、和砂!?」
「圭麻ぁ、会いたかったぁ。この間、いきなりは太陽が消えて、月読様は死んだって言うし、心配で会いに来たんだよ」
 和砂と呼ばれる少女の乱入に伽耶は呆気にとられる。
「ああぁ!伽耶様ですね!?あたし、ファンなんですぅ。高天原中が混乱している中一人でがんばって高天原を建て直したって!すっごいなぁ、会えるなんて!圭麻、伽耶様と知り合いなの?」
「え、ああ」
 圭麻も和砂の勢いにたじろぐ。
「あの、圭麻さん、こちらの方は?」
「あ、オレの幼馴染で和砂っていうんです」
「幼馴染なんて酷い、もっとふか〜い仲でしょ?わたし達」
「和砂!何言って…」
「そう…ですか、可愛い人…ですね」
「え?」
 伽耶の笑顔が少し悲しそうに見える。
「あの、それじゃぁ、わたしはもう行きますね」
 そう言って振り返りもせずに走っていってしまった。
 圭麻はその姿を呆然と見つめる。
(誤解…された?)
「圭麻…あたし、しばらく此処にいるからね?」
「え?」
 圭麻は視線を和砂に向ける。
「さっきね、伽耶様とい〜感じだったから、心配したんだよ?砂雪のこと、忘れたんじゃないかって、でも、忘れてなかったみたいだね」
「和砂?」
「さっき、あたしのこと、砂雪って呼びそうになったでしょ?」
「っ!?」
 図星だったから何も言えない。
「だから…ってなんであんなこと…」
「さっきの深い仲ってやつ?別に間違いじゃないでしょ。もしかしたら兄妹になるかもしれなかったんだからね?」
「なに言って…二年も前のこと…」
「砂雪が生きてたら、圭麻も伽耶様に気持ちが行ったりしなかったのにね」
 和砂の言葉に圭麻は何も言えない。言葉が出てこない。
「それに、圭麻もまだあたしのこと好きになる可能性もあるよね?」
「え?」
「顔なら砂雪とおんなじだよ?わたし。だって双子なんだから」
 突然嵐はやってきた。
 何か、すっごく嫌な予感のする圭麻だった…。


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