次の日、圭麻は和砂を誘って街の市を見て回った。 決めたのだ、今日ちゃんと自分の気持ちを和砂に伝えると。和砂を傷つけることになるけれど、でもこれ以上先延ばしにしていても仕方ないのだ。 「和砂、少し、静かな処に行こう」 そう誘って圭麻は路地の奥にある公園に和砂を誘った。 人気がなくて丁度いい。人の居る所で話すようなことじゃない。 「和砂…オレはお前が、オレのこと好きだって言ってくれたこと、正直、嬉しかった」 和砂は黙っている。和砂も本当は気付いているのだ、圭麻の気持ちに。 「でも、オレは、お前の気持ちに応えられないから…オレは、伽耶さんが好きなんだ」 圭麻は其処まで言った。和砂を見ることが出来ない。罪悪感。 「それでもっ、あたしは圭麻のこと好きだから…簡単に納得できないよ!!なんであの人なの!?砂雪のことはもういいって言うの!?忘れちゃうの?あたしも、砂雪と同じようにずっと圭麻のこと好きだった、砂雪だからいいと思ってたのに、なんで今あの人なの!?」 「和砂、砂雪のことはきっと一生忘れないよ…でも、伽耶さんのことも砂雪と同じくらい好きなんだ」 「そんなので、納得するわけないじゃない!!」 和砂は圭麻の襟元を掴んで引き寄せる。唇が触れ合う。 圭麻は目を見開く。 その後和砂は走っていく。 「和砂!!」 「伽耶さん!?」 圭麻が和砂を呼ぶ声と同時に後で声がした。 振り向くと那智がいる。その向こうで伽耶が走っていく。 那智は振り向いて圭麻の方に歩いてくる。 バシッ 小気味いい音が響く。那智が圭麻の頬を叩いたのだ。 「何やってんだよお前!!もういくらオレでもフォローしきれねぇからな!なんでキスされても全然嫌がってねぇんだよ、馬鹿野郎!!」 言うだけ言うと那智は伽耶さんを追いかけて走っていってしまった。 頬が鈍く痛む。圭麻は其処に座り込む。 「嫌じゃないとか…そういう問題じゃないんだ…どうして…こういうところは似てるんだよ…」 圭麻は頭を抱え込む。そうだ嫌じゃない、でもそれはだぶったからだ、二年前の砂雪と。 たった一人の忘れられない人。けれど、今自分に必要なのは死人ではないのに。和砂は砂雪じゃないし、砂雪はもういない。そう、解かっているはずだ。これでけじめをつける筈だったんだ。 「今必要なのはたった一人なのに…」 間の悪いのは相変わらずだ。いつもいつも自分はこうならなければ解からないくせに。 「鈍いのは生まれつきなんだ」 圭麻は立ち上がり和砂の走っていった方向に歩いていく。探さなければ、まだけじめはついていない。 和砂に納得してもらわなければ、自分自身にけじめがつかない。 和砂は街が見下ろせる小高い丘の上にいた。 圭麻は和砂を見つけて走りだす。泣いたのだろうか、目が赤い。和砂。 「和砂!!」 和砂は圭麻を見据える。 「追いかけてきてくれるんだ」 「和砂に納得してもらわないと、オレは伽耶さんに気持ちを伝えられないから」 「どうして?砂雪の代わり?だったら嫌!」 和砂は強い瞳で圭麻を見る。圭麻も今度は目を逸らさない。大切なものはいつも変わらない。大切な思い出と大切な人。今必要な人は誰なのか。 「違う、オレは和砂に認めてもらいたいんだ。自分の気持ちを。砂雪の妹として、オレのことを好きだと言ってくれる人として、和砂だから認めてもらいたいんだ」 圭麻はもう弱気にならないと決めたのだ。これぐらいで諦められる想いじゃないはずだ。 「オレは、伽耶さんが好きだ。それは、砂雪のことを忘れるんじゃなくて、砂雪とはまた違う形でそう思えるようになったんだ。もう、オレは後悔なんてしたくないから。伽耶さんと知り合えて、彼女の強さを知って、守りたいと思った。オレじゃなくてもいいのかも知れないけれど、伽耶さんはオレのことを必要としてくれるなら、オレは応えたい。オレも伽耶さんが必要なんだ」 圭麻はそれだけ言う。強く決意した瞳で。 「もう、いいよ。解かったから。本当は、ずっと解かってたから…圭麻が伽耶様のこと好きなのも、でも認めたくなかったのは、ずっと好きだったのに、あたしのことを全然見てくれなかったのが悔しかった。あたしが、砂雪に似てなかったら、もっとちゃんとあたしのこと見てくれた?」 圭麻はドキッとした。自分が逃げたことも、和砂はちゃんと知っている。自分が砂雪と和砂を重ねていることも…。 「解からない…でも、たぶん結果は変わらないと思うから…オレは和砂が砂雪に似ていなくても、和砂のことをちゃんと見ていても、伽耶さんのこと、好きになったと思うから…」 圭麻の嘘のない言葉。はぐらかさない。 「解かったわよ、認める。仕方ないんだね…ずっと、あたしも好きだったんだけどなぁ、想ってる時間はあたしの方が長いのに…」 「ごめん…」 「謝らないで。わたし、これからもっといい女になるからね!んで、圭麻よりカッコいい彼氏見つけてやるんだから!!」 「うん」 「わたしは村に帰るわ。圭麻の両親には元気だったって伝えとくからね。それから、たまには手紙ぐらいよこしなさいよ!」 そう言って和砂は立ち上がり、一度も振り向いたりしないで歩いていった。 「ありがとう…」 風に流されるように圭麻は呟いたが、その声は和砂には届かなかった。 圭麻は部屋に戻ると、すぐにベッドに寝転んだ。すごく疲れた気がする。 まず伽耶さんの誤解を解かないといけない…いや、その前に那智か…。 「神王宮に行かないと…」 圭麻は起き上がる。けれど、どうやっていく。正面からいけるはずがない。忍び込むか。取り敢えず、那智に会うか…。 そんな風に考えているうちにいきなり那智が部屋に入ってきた。 「圭麻!」 「那智、何ですか?」 「伽耶さんが家出した!!」 「え!?」 那智の言葉に驚いた。家出…。 「伽耶さんおっかけて神王宮戻ったらさ、伽耶さんの置手紙があって、オレ字読めないし、他の奴に読んでもらったら『家出します。探さないで下さい』って書いてあったらしいんだよ」 「い、家出…」 「お前の所為だぞ、圭麻。どーすんだよ!」 「どーすんだよって、探すしかないでしょう。でも、一体何処にいるのか…」 圭麻が部屋を出ようとすると那智が引き止める。 「おい、圭麻。お前和砂てやつ、どうした?」 「村に帰りました。ちゃんと、納得してもらって…。だから、もう絶対伽耶さんに誤解させるようなことはしません」 「そうか、ならいいけどな…」 一体何処に行ったのだろう…。 「心当たりは?」 「わかんね、だってあんまり出歩かないからな…リュ―シャー出ちまってるかもな…」 圭麻は少し考えて、一つの場所が思い当たった。 「那智、オレは一つだけ心当たりがあります。でも、那智も一応他のところ探してみてください」 「あ、いいけど、心当たりって?」 「後で教えます!」 圭麻はそう言って走っていった。其処まで走ってどれぐらいかかるか…半日はかかる。急いで探したほうがいい。 伽耶は一人其処にいた。初めて圭麻と会った場所。『水晶の森』 もう薄暗くなっている。最初は悲しみでどうしていいか解からず、誰も居ないところに行きたかった。そうしたらいつの間にか此処に居たのだ。 伽耶は、段々心細くなってきていた。 「圭麻さん…」 低く呟く。愛しいといくら想っても仕方がないのだ。もう諦めなければいけない。 あんなところ見てしまったのだ。圭麻と和砂のキスシーン。 「伽耶さん!!」 急に声がして振り返る。其処に居たのは紛れもなく圭麻だった。 「やっぱり、此処に居た」 走ってきたのか息を切らせながら圭麻は言う。 「え?」 「だって、此処は。あなたとオレが初めて会った場所でしょう?」 「あの、わたし…」 「那智に殴られましたよ。和砂にキスされたの嫌がってなかっただろって…」 伽耶は何が何だか解からない。 「図星だったからきついですね。嫌じゃなかった」 「圭麻さん、わたしは、もう貴方のこと、諦めようと…」 「オレには好きな人がいたんです」 圭麻の話はなんの脈絡もない。伽耶の言葉を遮って話す。 「だから、わたしはっ」 「聞いてください。オレの本当の言葉で。オレはまだ貴方に何も言っていない。誤解されたままじゃ嫌なんです」 「誤解?」 「はい。オレが好きだった人は砂雪と言って、和砂の双子の姉です。砂雪は、オレの婚約者だったんです」 「婚約者?」 「そうです。けれど、それは親同士が決めたもので、オレは納得できなくて反発してました。砂雪はオレのことが好きだったのに、気付かずに…」 圭麻は目を伏せながら話す。思い出すように。 「砂雪に告白されたのは、二年前のオレの誕生日でした。でも、その日砂雪は死にました」 「え?死んだ?」 「はい。殺されたんです。オレが、少し離れている間に。名前も知らない男に。オレは何も出来なかった。目の前で砂雪が倒れていって、それでもその場を動くことができなくて、ただ見ていることしか出来なかった。オレは、砂雪が死んでから自分の気持ちに気付いたんです。彼女をどんなに好きだったか、彼女がいなくなって、ようやく気付いたんです」 伽耶は何も言えなかった。けれど、自然と涙があふれた。 「泣かないでください。和砂のキスが嫌じゃなかったのは、和砂が砂雪とだぶって見えたからなんです。すごく、似ているから。でも、オレが今好きなのは伽耶さんなんです」 「え?」 「オレは、最近まで砂雪のこと引きずっていて、結姫や皆に会って、やっとちゃんと向き合えるようになってきたんです。砂雪以上好きな人はまだ出来ないけれど、砂雪と同じぐらい好きな人が出来てもいいって。まだ、そんな風に思えるようになったばかりだけど、オレは、新しい想いを見つけることが出来たから。貴方を、守りたいと思った」 圭麻はまっすぐ伽耶を見つめる。 「砂雪への気持ちはきっと一生消えないと思います。でも、今はまだ砂雪と同じぐらいとしか言えないけれど、きっとまだ変わるから、伽耶さんのことは後悔したくないから、これから、伽耶さんと思い出を作っていきたいんです。まだ、オレは情けないけど、それでもいいなら、オレと一緒に居てくれませんか?」 「…はい!」 圭麻の気持ちは伽耶にとって嬉しかった。嘘のない言葉だった。 砂雪との思い出はもう終わってしまったけれど、伽耶との思い出はこれからたくさん作れるから、きっと、この想いも変わっていくから。 きっと明日も太陽は昇るから。明日があるなら、また、その日貴方との思い出が増えていくから。ずっと一緒にいたい。貴方と一緒に。 Fin |