空と太陽の瞳 act.13



「始めるって、何をだ?」
 笑顔のイーグルに、セルシオが問いかける。当然ランティスも訳が解からないから、その問いに同感である。ジェオは何かしら解かっているのだろうが。
「パーティですよ」
「何のパーティなんじゃ?」
 ヴォルツの問い掛けに、イーグルは嬉しそうに答える。
「ランティスがオートザムに来て一周年の、記念パーティです」
「…あー、もうそんなになるのか。つまりあれか、俺達をこの家に呼んだのも、それが目的か」
「それだけじゃないですけど、それもあります」
 にっこりと笑顔で言ったイーグルの台詞に聞き覚えがある。何重にも都合が良かった、ということだろうか。しかし、自分の為にパーティとは、何となくくすぐったい感じがする。まあ、イーグルの場合ただの口実、とも取れるのだが。
「いいじゃないか、なら、箱の中身はケーキか?ジェオ手製だろう、アレはワシも好きでなあ」
「ヴォルツじーさんは好き嫌いなんか無いだろ。どっちかってーと、酒のつまみになるような辛いモンのが好きじゃねーか」
「それはそれ、これはこれじゃい」
 ジェオの言葉に、子供みたいな理屈で反論するヴォルツに笑みを浮かべながら、イーグルはランティスに歩み寄る。
「ランティスも、ケーキは食べられないかも知れませんが、甘くないお菓子やフルーツも用意してもらったんです。良いでしょう?」
「ああ」
 小首を傾げて見上げられ、そう問いかけられて、だれが否と言えるだろう。頷いた途端にぱっと嬉しそうな顔になり、そしてあっという間にテーブルに菓子が並べられ、全員分のお茶が淹れられる。
 ヴォルツは酒が良いと言ったが、まだ昼間なのだからとイーグルに窘められ、結局六人で賑やかに名目上のパーティは始まった。
 そのパーティの間に、エテルナはセルシオの足を診る。
「大分良くなっていますね。これならもう少しすれば普通に歩けるようになります。くれぐれも、無理はしないで下さいね?」
「ああ。有難う」
 エテルナの注意に、意外と素直に頷き、セルシオは礼を言う。湿布を貼り代え、包帯を巻きなおす手つきは矢張り鮮やかだ。
 セルシオは軽く足を振り、それからゆっくりと立ち上がる。大分調子は良さそうに見えるが、まだもう少し引きずることになるのだろう。
 その後は皆好きなようにお菓子を食べ、お茶を飲む。一番喜んでいるのはイーグルのような気がするが、ランティスもこういう雰囲気は嫌いではなく、居心地が良いとさえ感じていた。この暖かい雰囲気に自分が馴染んでしまっている事こそが、オートザムにそれだけ居たという証に他ならないだろう。
 ケーキは食べられないが、他の甘くないお菓子や、果物などは美味しく食べられたし、思いの外楽しんでいる自分にも、少なからず驚いては居たのだが。
「ランティス、食べてるか?」
「ああ」
 ジェオに話しかけられ、ランティスは頷く。その返答に満足したのか、嬉しそう笑う。
「そりゃー良かった。何せお前も食べられるお菓子を作ろうって、散々研究したからな。こういうのは皆で食べて飲んでするのが一番楽しいんだ」
「その割りに、ジェオはお酒は一滴も飲めないんですよ」
「体質なんだからしょうがねえだろ。それに飲むったって酒とは限らんだろ」
「一滴でも飲むと、すぐに潰れちゃいますからね、ジェオはいつも普通のお茶なんですよ、お酒の席でも」
「うるせー」
 イーグルのからかい混じりの言葉に、ジェオが少しばかり拗ねたような顔をする。その様子にくすくす笑みを漏らして、皿に乗せたケーキを食べる。そうして甘い物を食べている時の顔が酷く幸せそうなのも相変わらずだ。
「ジェオー、こっちにもお茶淹れてくれ」
「…俺はお前らの給仕係じゃねーぞ」
 セルシオに呼ばれ、ぶつぶつと呟きながらもジェオはそちらに歩いていく。その様子を笑みを浮かべて見送ったイーグルが、ふとランティスに視線を向ける。
 その瞳が、僅かに不安で揺らいだ。
「ランティス」
「何だ」
 名前を呼ばれ、答えると、ぎゅっとイーグルがランティスの袖を掴んだ。
「まだ、此処に居ますよね?」
 何処にも行くな、というように、袖を掴んだ手に力が篭る。ランティスは旅人であり、本来ならオートザムを過ぎていく者だ。イーグルと出会わなければ、きっともっと早くこの国を出ていただろうし、現在も仮登録の軍人であるのは、即ちいつかは出て行くということに他ならない。
 それをイーグルは解かっている。恐らく、ランティスが出て行くと言えば、決して引き止めたりはしないだろう。それでも、自分が側に居る事を願ってくれているイーグルをランティスは嬉しく思っていたし、ランティスこそ、イーグルから離れ難いと思っていた。
 不安になることはない、と言うように優しくイーグルのふわりと柔らかい髪を撫でる。
「大丈夫だ、まだ此処に居る」
「本当ですか?」
「ああ」
 頷くと、その髪と同じような柔らかい笑顔が返って来た。
 この笑顔の側に居る事を望んでいるのは、何より自分自身だと承知している。決して自分の目的を忘れた訳ではない。セフィーロの現状は今でもランティスの胸を痛めるし、どうにかする方法を探したいと思う。他国にそれを見出そうとしたが、それもまだ見つからない。
 此処で一年過ごして見つからないのなら、他の国に行く事も本来なら考えるべきだろう。しかし、イーグルは共に考えようと言ってくれたのだ。
 その言葉に甘えている自覚はあるけれど、共に居て、何かを見出せるような気がしていた。
 例えそれが思い込みであったとしても。
「まだ暫くは此処に居るつもりだ」
 離れ難いと思っている自分の意思に、逆らう事など出来なかった。セフィーロに有事があれば、流石に戻らなければならないが、それまでは、まだ此処で。
 一年と言わず、もっと長い時間でも。
 この夢のように暖かい時が続けば良いと、ランティスはそう思っていた。
「お茶ぐらい自分で淹れろよ」
「怪我人は労わるもんだろ」
「少なくとも、俺の方が上官の筈なんだがな」
「俺のが年上だけどな」
 ふと耳に届いたジェオとセルシオの意味もないような口論を、エテルナはくすくす笑いながら聞いている。
「ジェオの淹れてくれるお茶が一番美味しいから、私も淹れて欲しいわ」
「エテルナ…」
 エテルナにまでそう言われて、ジェオは深々と溜息を吐いた。その様子を微笑ましく眺めていると、袖を掴んでいたイーグルの手が離れた。そちらを見ると、少し照れたような笑みを浮かべて、イーグルがこちらを見ている。
「すみません」
「何を謝る」
 別に何も悪い事はしていないだろう、そう言うとイーグルは首を振る。
「貴方にずっと此処に居て欲しいと思うのは、僕の我侭ですから」
「なら、此処に居たいと思うのは俺の我侭だ。それに」
 お前は一緒に考えてくれるんだろう。
 ランティスがずっと一人で背負っていた物を。一緒に持ってくれると言ったのだから。
「はい」
 笑みを浮かべて頷くイーグルの様子に安心して、またセルシオ達に目を向ける。セルシオとジェオの口論は言葉遊びのようなもので、エテルナはそれを見て笑っている。ヴォルツもその様子を横目で見やりながら、お菓子を口に運んでいた。
 矢張り、此処の空気が好きだと、そう思った。


 夕方になるまでパーティは続き、そして暗くなり始めた頃にジェオとエテルナは帰っていった。其処でパーティはお開きになり、夕食の後はそれぞれ思い思いに過ごしていた。
 けれど、昼間の暖かい空気がこの家自体に満ちている気がして、いつもよりずっと居心地良く感じられるのが不思議だった。
 イーグルは書庫の前で立ち止まり、そっとドアを開ける。中には予想した通りの人物が居てほっとする。この家では誰かに側に居てもらわないと落ち着かない。落ち着けない自分が、少しだけ情けなく思うのだけれど、どうしようもない。
「どうした、そんな所に突っ立って」
「いえ、やっぱり此処に居たんですね」
 先に声を掛けられ、慌てて笑顔を取り繕う。けれど、そんな誤魔化しがセルシオに通用しないのは充分に承知していた。というよりは、自分の周りに居る人間には基本的に通用しない、というのが正しいか。ランティスも、ジェオも、ヴォルツも、イーグルが何か笑顔で誤魔化そうとしても、あっさりと見抜いてしまう。他の人間は簡単に騙されてくれるのに。
 ただ、セルシオの場合は気づいても余程の事がない限り、無理に問い質したりしないから側に居て楽だ。今も、此処に来てからずっとイーグルの様子がおかしい事に気づいているだろうに何も言わない。
「結構なお宝本があるからな。流石オートザム一の旧家だ」
「そもそも、紙で書かれた物なんて最近はあまりありませんからね。殆どデータ化されてしまっていますから」
「何でだろうな。こう、本のページを一枚一枚捲ってこそ、ちゃんと読んだって気がすると思うんだが。それに、こういう紙の匂いって好きなんだけどな」
「そういう風にページを捲るのが面倒だっていう人が、最近は多いんですよ。セルシオは意外に勉強熱心ですから、そういうのを面倒とは思わないんでしょうけど」
「意外は余計だ」
 セルシオに歩み寄り、そのまま後ろから抱き付く。嫌がるでもなくそのまま読書を続けるセルシオの無関心さが、今は欲しかったのだ。ランティスはきっとイーグルが抱きつけばそのまま優しく抱き締めてくれるだろうけれど、時には優しい無関心というのが欲しくなる。
「セルシオは、お金さえあれば法学院にでも行って、そのまま評議会議員にでもなれたかも知れませんね」
「議員に興味はねーよ」
「でも、勉強は好きでしょう?」
 イーグルもそうなのだが、セルシオは割りと何でも人並み以上に出来てしまう。ただ、環境が彼の才能を伸ばす邪魔をしてしまったのは間違いないと思う。オートザムでは、勉強するもしないも、その人の自由だし、するならば通信学習が殆どで、後イーグルのような名家や貴族の家では家庭教師を雇う事もある。更にそれ以上の勉強がしたければ、法学院に行く。しかし、それもお金がなければ受けられないし、幼い頃に両親を亡くしたセルシオには到底無理なことだった。
 ただ、彼にはファイターとしての素質も、メカニックとしての素質も十二分にあるから、それはそれで悪いという事ではない。才能さえあれば、それらは例え年齢が低くとも認められるし、事実そうして才能を花咲かせる者も少なくは無い。ただ、イーグルが時折思うのは、いくらでも選択肢があった筈の中で、彼が何故ファイターを選んだかという事だった。
 ファイターになれば、命の危険が伴う。
「嫌いじゃないけどな。でも、俺は割りとファイターでいる自分ってのが気に入ってるんだ」
「危険もあるのに、ですか?軍で人を探すのなら、メカニックとしてでも良かったじゃないですか」
「そりゃそうなんだけど…。そうだな、物を作るのは好きだけど、物を操る方が好きだから、かな。それに、作るだけならメカニックじゃなくたって出来るが、メカに乗るのはファイターじゃなけりゃ無理だろ?それに、そういう仕事の方が生きてるって感じられるからな」
「生きてる…?」
 何とも物騒な言い方だ。しかし、セルシオは苦笑いを浮かべるだけだ。これ以上問い質しても無意味だろう。セルシオは、他の選択肢があったとしても、選ぶつもりはないと言っているのだから。
 相変わらず目は手元の本に向いていて、イーグルはそれを覗き込む。
「ところで、何を読んでいるんですか?」
「ん?」
 問いかけると、セルシオが本の表紙をイーグルに見せた。それを見た途端に、イーグルの眉間に皺が寄る。
「オートザムの歴史第一巻ー?」
「嫌そうだな」
 笑いを含んだセルシオの声に憮然とする。オートザムの歴史ならば、子供の時に嫌というほど覚え込まされた。その事を思い出すと、自然と拗ねた子供のような顔になるのだ。
「オートザムの歴史はビジョン家の歴史だろ。この国の歴史にビジョン家の存在は欠かせない」
「…だから嫌なんですよ」
 ビジョン家がどうのと、イーグルにとってはどうでも良い事だ。父の事は尊敬しているし、祖父も厳しかったが優しい人だったと記憶している。しかし、それ以上ともなればイーグルには関わりのないことで、それなのにビジョン家の次期当主ともなればお歴々と比べられるのだから、堪ったものではない。
「そう言うなよ。彼らが無ければ今のオートザムも、お前も居ないんだから。初代当主は混沌としていたオートザムを一つの国に纏め上げ、初代国王となった。五代目当主は現在のオートザム国の基盤である精神エネルギーを機械の動力とする発明をし、八代目当主は時代の流れに則り王政を廃止し、議員制度を作り初代大統領に納まった。他にもビジョン家の歴代当主は政治、芸術、科学、軍事等多様な方面で活躍している」
 それは子供の頃に散々聞かされた事である。ビジョン家の当主は大抵大統領として国政を動かしてきたし、そうでなければ、科学や軍事方面での活動で目覚しい成果を遂げている。
「それに何より、お前は初代当主の名を戴いているんだからな。嫌だとは言ってられないだろう」
「嫌ですよ」
 だから、余計に嫌なのだ。それこそ初代当主、イーグル・ビジョンは歴代の当主の中でも別格扱いである。だからこそ、この名前がつけられた時、その事に反対する者も多数居たと聞く。その名を戴いて、もしそれだけの価値のない者だったらどうするのだ、とそう思う者が居て当然だ。初代の名を汚す事にもなりかねない。
 だからこそ、イーグルに掛けられる期待も大きいし、成果を求められる。普段は気にも留めないけれど、時折それが矢鱈と重い。父が自分にその名を付けた期待に応えられなかったらと思うと、怖い。
 セルシオの手がページを捲り、初代当主の肖像画の写真が載せられたページを開く。
「やっぱり似てないなあ」
「僕は母親似ですよ。どちらかと言えば、初代の面影を持っているのは父です」
 イーグルは母親似で、色濃くビジョン家の血を受け継いだ父とは全く似ていない。初代のどちらかと言えば精悍で逞しい容貌は、父を彷彿とさせるのだ。これが、血筋というものだろうか。
「大体、僕に初代のようであれ、というのが間違っている気がしますよ」
 自分はそんなに立派な人間じゃない。
 どちらかと言えば臆病だし、意思が強いと言えば聞こえはいいが、ようするにただの頑固者というだけである。初代のようなカリスマ性など無いだろう。
 そう思うのだが、セルシオは笑って首を振る。
「お前は自分ってものが解かってないよな。それに、別に初代のようである必要は無いだろう。お前はお前らしくあればそれで良いんだよ」
「僕らしく…と言っても」
 それだけで許してくれるほど、周囲は甘くない。
「お前はお前の夢を叶えればいいのさ。それだけで充分だろ。今のオートザムにとっては、それが何より大事な事なんだから」
「僕の夢…」
 オートザムに、青い空を取り戻す事。確かに、それならばビジョン家云々と意識せずとも常に目指している事ではある。それが叶えられるかは解からないが、諦めるつもりも無い事だ。だったら、このままで良いのだろうか。自分が望むように生きても。
「お兄さんが居たら、セルシオみたいな感じなんでしょうか」
「だったら、ヴォルツさんはおじいさんか?」
「ふふ、そうですね」
 ぎゅっとセルシオの首に腕を回して抱きついたまま、肩に頬を寄せる。
「じゃあ、ジェオは?」
「…お母さん?」
「それは親父さんが泣くぞー、あれが相手だと」
「うーん、でもそれが一番ぴったりな気がするんですけど」
「確かに」
 二人で声を立てて笑う。少しジェオが可哀想かな、とも思うのだが、普段が普段だけに、何となくぴったりな気がしてしまう。
「それじゃ、ランティスは?」
「ランティス?」
 問いかけられて、一瞬頭の中が真っ白になった。
 何も思い浮かばない。兄弟家族という関係とは全然違うと思う。友人と言えばそうなのだろうけれど、何だかしっくりこない。
 彼との関係を上手く表す言葉が、出てこなかった。
「ランティスは…」
 一体、自分にとって何なのだろうか。好き、という気持ちは間違いなくある。側に居られれば嬉しいし、離れて行くかも知れないと思えば悲しい。ただ、それがどういう関係の下にある感情なのか、イーグルにはまだよく解からない。
 それに多分、理解しないままで居る方が、きっと幸せだ。
 このまま、何も気づかず、側で過ごしている時間に甘えていれば、それだけでいい。
 そんなイーグルの感情を読み取ったのか、セルシオはぽんっとイーグルの頭を叩いた。
「まあいいさ、何でも。兎に角あいつは俺達の仲間だからな」
「はい」
 頭を叩いた手はそのまま優しく髪をくしゃりと撫でて、それが気持ちよくて目を閉じる。こういうところが、お兄さんみたいなんだな、とイーグルは思う。
 イーグルが見えなくなった道筋を、さり気無い言葉で示してくれる。決して無理に決めさせるのではなく、何処か少し離れたところでイーグルの行く先を見守ってくれている。そんな感じがするのだ。
 だから、側に居て心地よい。必要以上に近づかず、遠のかず、それでも其処に居るだけでほっと出来るのは、何処か父と似ているところがあると思う。父は、どちらかと言えば近づく暇もない人なのだけれど。
「イーグル様」
 ふと名前を呼ばれて入り口に目を向ければ、セドリックが立っていた。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「何かありましたか?」
 何か用が無い限りは決して出てこないセドリックに首を傾げて問いかけると、一礼して用件を言った。
「はい。旦那様をお帰りになられましたので。イーグル様にもお知らせに参りました」
「父上が?確か官邸に泊まり込みではなかったんですか?」
「そうだったのですが、イーグル様が帰っていらっしゃる旨をお知らせしたところ、早々にお仕事をお片付けになられて帰っていらっしゃいましたようで」
 そのセドリックの言葉に半ば呆れ、半ば喜びながら、抱きついていたセルシオから離れた。
「じゃあ、すぐに父の所に行きます」
「はい。それでは失礼致します」
 また一礼して出て行ったセドリックを見て、彼は何時見ても変わらないな、と思う。あくまでも使用人としての領分を弁えているのだから。自分も、彼にぐらいは心を許せれば良いのにと思うのだが、それも簡単な問題ではなかった。
「親父さんのところに行くのか?」
「はい。セルシオも一緒に行きますか?」
「冗談。親子水入らずを邪魔するつもりは無いよ」
 そう言って笑うセルシオに笑みを返して、イーグルは書庫を後にした。


 ランティスがその様子を目撃したのは偶然だった。
 どうにも昼間の喧騒が空気中に残っている気がして眠れなかったのだ。そして何とはなしに廊下を歩いていると、話し声が聞こえてきた。
 気になって何処から聞こえてくるのが見回せば、少しドアが開いている部屋があり、声は其処から聞こえてくるようだった。しかも、会話している片方はランティスのよく知っている声だ。
 つい気になってドアの隙間から中を覗き込むと、無邪気な笑顔を浮かべるイーグルが居た。相手はどうやらイオスのようだ。ランティスが知らないうちに家に帰って来たのだろう。
「本当に帰って来るのが突然ですね、父上は」
「仕方無いだろう。イーグルが纏まった休みが取れたとセドリックに聞いたから、慌てて仕事を片付けて来たんだ」
「お休みはいつまで?」
「明日一日だけだ。流石に何日も官邸を空けられないからな」
 そう言うとそっとイーグルを抱き締める。それをイーグルも抵抗せずに受け止めた。人前でなければ平気らしいなと思うと、自然に笑みが零れた。
「じゃあ、明日一日はずっと側に居られるんですね?」
「ああ。久しぶりに可愛い息子とゆっくり過ごせる。まあ、急な呼び出しがなければ、だがな」
「それは僕も同じですよ」
 イオスの言葉にくすくすと笑みを溢して、父親の広い胸に顔を埋める。安心しきったその表情を見て、矢張りイーグルにとって父親の存在とは大きなものなのだな、と実感する。
 そして、折角の親子水入らずを邪魔するのも悪いと思い、そっとその場を離れた。
 ランティスは胸の内に温かい気持ちを残したまま部屋に戻った。
 こういう休日も、悪くはないものだ。
 ランティスの休日は、そうして和やかに過ぎていったのだった。



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