戦闘が終わり、NSXに帰艦してファイターメカから出てくると、フラフラになったセルシオがジェオに凭れかかっていた。 最近頻繁に内乱が起き戦闘が増えているためか、よくそうやっている姿を目にするようになった。 イーグルも時折無理をして、戻ってきたと思ったらすぐに寝てしまう事がよくあるが、セルシオは更に上を行く。今はもう既に自力で部屋まで帰ることを諦めたのか、ジェオに凭れたまま眠ってしまったようだった。 「おい、自分の部屋まで歩けよっ」 そう言ってジェオがセルシオの体を揺さぶるが、目を覚ます気配は無い。 完全に熟睡体勢に入っている。 「ジェオ、セルシオを部屋まで運んであげてください」 「はーっ、しょうがねえなあ」 イーグルが苦笑いを浮かべてそう言うと、ジェオが諦めたように溜息を吐いて、セルシオを背に乗せた。完全に意識は無い所為か、背負い直すだけで大変そうだ。 「最近内乱が頻発していますからね、おかげでエネルギー切れ寸前ですよ、あれ」 「確かに、こうも多いと疲れが取れる前に次の戦闘になってしまうからな…」 セルシオの方はもう限界に近いだろう。 あの様子では、きっと丸一日は起きてこれないに違いない。 現状を何とかしなければ、持たないだろう。 「内乱は、裏で糸を引いている人物が居る筈です。その人物を何とかして炙り出さないと限がありません」 「心当たりは?」 「何名かは。でもこういう事はセルシオの方が得意ですからね…。暫くセルシオには戦線から離れて貰って、そっちに集中して貰った方が良いでしょうね」 セルシオが出れなくなるのは少し痛いですが、とイーグルが苦笑いを浮かべて呟いた。 「その分はジェオに出てもらって埋めるしかないでしょうね」 「そうだな」 普段ジェオは殆ど戦闘には出ない。司令官、副司令官共にNSXから離れてしまうのが問題だからだが、セルシオが残るのならば、ジェオが出ても暫くの間ぐらいなら問題は無いのだろう。 兎に角、どうにかして元凶を断たなければ、セルシオだけでなく他の者にも影響が出てきかねないだろう。ランティス等は元来体力も精神エネルギーも有り余っている方だから平気なのだが。 しかし、自分に出来る事は戦闘で如何に他の者の負担を減らすかと言うことで、黒幕を探すのは向いていない自覚がある。 だからこそ、セルシオには早く回復して欲しいのだが。 それから数日は何事も無く過ぎて行ったが、一つだけ変わったことがある。 最近、よくセルシオがヴォルツと話しているところを見かけるのだ。その事は隊の中でも充分すぎるくらいに噂になっていた。今までセルシオはヴォルツを避けているきらいがあったから、当然だろう。 「とうとう専用機作る気になったって事かね?」 「まあ、最近出撃命令が増えてるからなあ」 そう噂しているファイター達の姿を横目で見ながら、イーグルが溜息を吐いた。 実際本人達は何も言っていないから、状況が掴めていない。それでも憶測ばかりが飛んでいて、もしセルシオがヴォルツに頼む決心をしたとしても、その後のヴォルツがどうなるかは解からない。 手放しでこれで良いと言える状況ではないし、真偽はそもそもはっきりしない。 「はっきり決まったら、何か言ってくるでしょうから、そっとしておくのが一番でしょうけどね」 「ああ」 「…二人が互いに納得して決めた事なら、僕は反対出来ませんし」 例えそれでどんな結果が出たとしても。 そう二人で話していると、セルシオがやってきた。 「イーグル、研究所から通信が入ってるぞ」 「研究所から?随分久しぶりですね」 そう言いながら、セルシオが持って来た通信機を手に取る。携帯用の通信機で、本来イーグルも持っている筈なのだが、何故わざわざセルシオが持ってくるのだろうか。 「はい、代わりました。………今からですか?はい……解かりました。すぐに向かいます」 「何だって?」 「久方ぶりに新薬が完成したので、実験の手伝いをして欲しいという事です。そういう訳ですので、今から出掛けますから…」 「ランティスも連れてけよ」 セルシオの言葉に、ランティスは驚く。何故自分も、というのは当然考える事だろう。そしてイーグルもまた、何処か不満そうな顔をした。 「一人で大丈夫ですよ、子供じゃないんですから。大体、研究所からの連絡、態々セルシオに回すように何時の間にか話をつけられてるし…」 「いいから、連れてけ。却下は無しだ」 「セルシオ、どっちが上司か、解かってて言ってます?」 有無を言わせぬ命令口調に理不尽さを感じたのが、不機嫌丸出しの顔で、イーグルが言った。だがセルシオはそんな事は一向に気を止めない。 「これがジェオでも、同じ事を言ったと思うぞ?何ならジェオにも聞きに行くか?」 「……解かりましたよ」 仕方無さそうに溜息を吐いたイーグルを満足げに見やって、セルシオはランティスに視線を向けた。 「じゃ、頼んだぞ、ランティス」 「…ああ」 訳が解からないが、取り敢えず頷いた。 まあ、セルシオがそう言うのだから、何かしらの理由があるのだろうし。イーグルが拒絶仕切れないところを見ると、それをイーグル自身も認めていると言う事だ。 ならば、自分が必要だと言うのなら、着いていくのは全く構わない。 「仕方ありませんね、行きましょう、ランティス」 「解かった」 頷き、イーグルに着いて行く。場所が解からないのだから、それ以外にどうしようもないのだが。 イーグルが出て行って暫く、所用に出かけていたジェオが戻ってきた。 「…イーグルはどうした?」 「久方ぶりに研究所から連絡があって、そっちに行ったよ」 「一人でか?」 「ランティスも連れて行かせた。お目付け役には充分だろ」 肩を竦めてそう言うと、ジェオは明らかにほっとしたような顔になる。別に危険がある訳ではないが、一人で行かせるのは色々と問題があるのも事実だ。 「ならいいけどな。そういえば、お前の方も大丈夫なのか?」 「何が」 「最近疲れが溜まってるだろう。それにヴォルツじーさんともよく話してるみたいだし」 「……まあ、な。体の方は平気だよ。それに、ヴォルツさんと話してる事も、結構噂になってんだろ?」 「そりゃな。散々避けてたんだから、当然だろう」 ジェオの言葉に、やっぱりか、とセルシオは溜息を吐く。実際ヴォルツを避けていた自覚があるだけに、こうして話しているだけで噂になるのは当然と言えば当然だろう。 予測していた事だから別に構わないし、恐らく彼らの想像している事は正しい。 「セルシオ…」 「ん?」 「決めたのか?」 真剣な表情で問いかけてくるジェオに、セルシオは苦笑する。 どうやら、ジェオにも心配をかけてしまっているらしい。イーグルの事だけ考えていればいいものを、ジェオにしても、ランティスにしても、お人好しにも程がある。 「…決めたよ」 そう言って笑って見せると、痛ましげに目を伏せた。 どんな結論を出しても、手放しで喜べる結果には為り得ない。だからこそ、よく考えて決めた事ではある。散々引き伸ばしては来たけれど、限界だろう。 今の自分が如何に切羽詰っているか、理解している。 「もう少しヴォルツさんと話して、詳しい事が決まったら、イーグルにも言うつもりだ」 「そうか」 それ以上は何も言わない。 自分達の決めた事がどういう事か、ジェオはよく解かっている。そして、NSXに乗る全ての者が解かっている事に違いない。 だから、決めた以上はもう、迷わない。 迷っては、それこそヴォルツに対して失礼だろう。 そう思ってまた、少し笑みを零した。 研究所に来るのは初めてだった。 軍施設から出る事すら殆どないから当然なのだが、一体イーグルはこの研究所で何をするのだろうか。そもそも、此処は一体何の研究所なのだろう。 そう疑問に思っている事がイーグルに伝わったのか、笑みを浮かべて説明された。 「此処はオートザムの環境汚染を改善する為に作られた研究所です。土壌を回復させるための新薬や、空気を浄化するための機械等を開発しているんですよ」 「それで何故、お前の協力が必要なんだ?」 「僕が希望した、というのもありますが、何より出来るだけ早い実験結果が欲しいんです。けれど、こういう実験はどうしても時間が掛かる。その為にある機械を使って、その中でのみ、時間経過を加速させる事が出来るようになっているんですが、これがまた、どうしようもなく精神エネルギーを消費するもので、僕以外には扱えないんです」 「…何となく、セルシオが俺を連れて行かせた理由が解かった」 イーグルでなければならないという事は、イーグルにとってもかなりの負担になるという事だ。そうなれば、仮に実験が上手くいったとしても、ちゃんと帰れるかはかなり疑問だ。 「まあ、そういう訳ですから。待っている間退屈かも知れませんが、適当に寛いでいてください」 微笑みながらイーグルにそう言われ、確かに待つしか出来ないのだろうな、と思う。否、自分がイーグルに代わってその装置を扱う事は出来ない事は無いだろう。 しかし、それはイーグルが良しとしないに違いない。 あれで頑固だ。 研究所の中は、それこそ色々な実験装置等が置かれていて、しかしランティスが見ても何をどう使うのかさっぱり解からない。イーグルは研究員となにやら会話を交わし、それからすぐに実験に入るらしく、小部屋へと入って行った。 ブーン…と機械が作動するような音が始まり、研究員達は慌しくデータを取り始める。 自分に出来る事は無いから、ただそれを見守る事しか出来ないのがもどかしい。 実験が終わったのは二時間後の事だった。 イーグルが、二時間前に入っていった小部屋から出てくると、ふらついて倒れそうになるのを慌てて支えた。 「…すみません」 謝る声にも力が無いし、顔色も余り良くない。 矢張り、この実験をするには相当の負担が掛かるのだろう。 イーグルはランティスに支えられながら研究員の方に顔を向けた。 「どうでしたか?」 問いかけられた研究員は、難しい顔で首を横に振る。新しく開発した新薬も、成果は出なかったらしい。それが尚更イーグルの疲れに拍車をかけたのか、落ち込んだように目を伏せた。 「そうですか…。すぐに何とかなるものではありませんが、これからも、諦めないで頑張って下さい」 イーグルが少しだけ笑みを浮かべてそう言うと、研究員達は真剣な顔で頷いた。 彼らもまた、真剣にこの国の環境汚染の事を憂えて、解決策を模索しているのだろう。成果は出て居ないにしても、こうして協力して問題に取り組めている状況が、ランティスには少し、羨ましく思えた。 「ランティス、帰りましょう」 「少し、休んでいった方が良い」 「いえ…帰りたいんです」 促され、仕方なくランティスはイーグルを抱き上げた。 一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに諦めたように笑った。そしてそのまま、ランティスの肩に頭を預けた。 「着くまで眠っていればいい」 「…はい」 ランティスの言葉に、イーグルはそっと目を閉じた。 イーグルはこういう時、限界まで無理をする。それを逆らわずに受け入れたという事は、本当に限界だったのだろう。 そしてランティスはイーグルを抱いたまま、研究所を後にした。 研究所から戻った後も暫く、イーグルは眠り続けていた。 「今回も失敗だったか…」 ジェオが憂鬱そうな溜息を吐く。 セルシオはまたヴォルツと何か話をしているらしく、此処には居ない。 「まあ、そうそう簡単には行かないだろうけどな」 「ああ」 簡単にどうにか出来るようなら、こんなにも苦労しては居ないだろう。ただ、それでもどんな新薬を作っても、機械を開発しても徒労に終わる事は、矢張り気分を落ち込ませるものだ。 「イーグルもかなり落ち込んでいた」 「だろうな。でも、諦めちゃ居ないんだろ?」 ジェオの言葉に頷く。イーグルはそれこそ、決して諦めたりはしないだろう。 夢を叶えるまでは、決して諦めたりはしない。 だからこそ、イーグルの瞳は強く輝いているのだから。 そうして二人が話していると、イーグルがようやく起き出してきた。研究所から戻って来て、三時間は経っていた。 「大丈夫なのか?イーグル」 「ええ、まだ眠いですが」 微笑を浮かべて言うイーグルの様子を見て、少し安心する。 ジェオも同様なのだろう、いつものような快活な笑みを浮かべ、イーグルの肩を叩いた。 「紅茶でも淹れてやろうか?それとも、眠気覚ましに珈琲の方がいいか?」 「紅茶がいいです。ジェオ手作りの甘いお菓子がついてくると、もっと」 「ばーか、調子に乗りすぎだ」 そう言って笑いながら、ジェオは紅茶を淹れる。 「ジェオ、俺にも淹れて」 「セルシオ、何だ、ヴォルツじーさんとの話は終わったのか?」 「まあな。一応イーグルにも報告しとかないと、まずいだろうし。ゆっくり話がしたいからさ」 「じゃ、もう一人分追加だな」 そう言って、ジェオはセルシオの分のカップも用意する。 ジェオが紅茶を淹れ、テーブルに四人が落ち着くと、イーグルがセルシオに視線を向けた。 「決めたんですね?」 確定形の言葉に、セルシオが頷く。 「ああ。ヴォルツさんに、専用機を作って貰えるよう、話をつけた。設計に関しては俺も協力する事になってるから、少しばかりイーグルやジェオにも負担をかける事になると思う」 「それは構いませんよ。ね、ジェオ?」 「ああ、納得して決めたんなら、少しぐらい皺寄せが来たって構わねえさ」 二人が快く了承したのを見て、セルシオもまた笑みを浮かべる。 「出来れば、必要にならないに越した事は無いんだが、今の状況を考えると、そうも言っていられないからな」 「ファイターとして、欠陥がある、と言っていたな」 ランティスの言葉に、セルシオは頷く。 「俺の、精神エネルギー値の低さは致命的な欠陥になり得るよ。いざという時に動けなければ、話にならない。だから、出来るだけ精神エネルギーの使用量を抑える事の出来る専用機が、俺には必要だ。そして、それを作れるのは、ヴォルツさんしか居ない」 「実際、頻繁に起こる内乱を抑えるためにも、それは必要事項でしょう。今後セルシオは、専用機の開発への協力と、内乱の黒幕を探すのに集中してください。後の仕事は僕達で何とかしますから」 「解かった」 実際、それ以外の事をしている余裕はないだろう。 話が終わると、奇妙な沈黙が流れる。 誰もが、本当に此れで良いのだろうか、と考えてしまうのだ。しかし、もう時間が無いのも事実だ。何れこうなる事は解かっていたのだから。 「…なあ、イーグル」 不意にジェオが口を開く。 「エテルナには、言わない方が…良いよなあ?」 「でしょうね。許さないでしょう、彼女は。根っからのお医者様ですから」 苦笑いを浮かべて言うイーグルに、セルシオも頷く。 「止められるだろうな」 「じゃ、これは極秘、ということで。他のNSXの隊員にもそう伝えておきましょう」 「了解」 「しょうがないよなあ」 彼女は医者で、命を守る事こそが仕事なのだから。 そうして四人は、苦笑いを浮かべた。 |