空と太陽の瞳 act.10



 ランティスがオートザムに来て、もう一年になろうとしていた。
 此処での生活ももうすっかり慣れたものになっていた。
 そう、この隊での生活が、すっかり自分の一部として成り立ってしまっているのだ。それが例え、傍から見たらどんなに騒がしく、おかしいものだとしても。
「セルシオ、お前さん、いい加減に専用機を持てと言うとるだろうが」
「だから…俺はまだいいですって…」
 このやり取りも、此処に来てから、一体何十回目にしたことだろう。その所為か何なのか、おかげでセルシオはヴォルツを何処か避けているきらいがある。
「まだいいじゃと?お前さんぐらいになったらもう、早く持った方がいいに決まっとるだろうに」
「そう言われても…」
 そうしてヴォルツに詰め寄られて、心底困ったような顔をしているセルシオを見るのも、珍しくは無いのだ。
 仲間のメカニック等は苦笑いを浮かべつつその様子を見ていたりする。
「まーたやってるよ」
「ヴォルツじーさんも諦めないなぁ」
「ま、セルシオの専用機を作りたいってのも解からんじゃないがな。俺だって出来るものなら作ってみたいさ。あいつの特性を活かした専用機を作ろうと考えるだけでゾクゾクするね」
「お前も相当だよなー、まぁ、ただ、『全身武器庫』のセルシオの専用機だからな。そりゃー、相当の腕がなきゃ作れないぜ?ヴォルツじーさんぐらいでないと」
「だな」
 そう言って笑うメカニック達に、ランティスも納得する。それこそ全身のあちこちに武器を隠し持っているセルシオに合わせた専用機ともなれば、相当なものだろう。
 イーグルでさえ、セルシオがどんな武器を何処に隠しているのか、全ては知らないと言うのだから。
「セルシオ!ランティス!そろそろ戦闘訓練の時間ですよ!!」
 名前を呼ばれてそちらを見れば、イーグルがこちらに手招きしている。その隣にはジェオが立っていた。
 セルシオは明らかにほっとした様子でヴォルツの傍から離れてイーグルの方へと歩いていく。
 それにしても、何故其処まで専用機を持つのを嫌がるのか、ランティスには解からない。セルシオの考えなど、ランティスには端から解かるものではないのかも知れないが。
 そう考えながら、ランティスもイーグルの方へと歩いて行った。
 セルシオとランティスが二人の所に行くと、ジェオがセルシオに話しかける。
「セルシオ、偶には手合わせしろよ」
「面倒…」
「お前な…」
 ジェオが呆れた顔をすると、セルシオが苦笑いを浮かべる。
「ま、いいだろ、偶にはな」
「へぇ、珍しいですね。セルシオがやる気になるなんて」
「偶には思い切り体を動かすのも悪くないと思ってさ」
「あ、ランティスは僕とですからね?」
「ああ」
 腕を絡めてそう言ってくるイーグルに、ランティスは頷く。大体、ランティスにしたところで、イーグルが居る時以外は戦闘訓練には参加しない。
 今日の戦闘訓練は生身のものだが、それだとて、イーグルはかなりの腕を持っている。
 手合わせするのは純粋に楽しいのだった。



 四人が訓練室に着くと、他のファイター達は既に揃っていた。
 各自二人組になって、剣で手合わせをする。今回は珍しくセルシオも参加するという事で、ファイター達も好奇心を露にしていた。
「皆さん楽しみにしているようですし、焦らすのもなんですから、ジェオとセルシオから始めてもらいましょうか」
「行き成りかよ…」
「確かに、物凄く視線は感じるけどな」
 二人は苦笑いを浮かべて、訓練質の真ん中へと歩いていく。
 互いに剣を取り、構える。
「今回は物騒なものをどっかから出すのは無しな」
「解かってるよ」
 ジェオの軽口に、セルシオも軽く笑みを返して答える。今回は純粋に剣と剣での勝負。セルシオの特色は、隠し持っている武器の多さ、無駄のない動き。瞬時に相手の動きを見切る頭の良さだろう。ジェオはどちらかと言えば体格的な面で有利だが、頭も悪くない。実際、相手の動きをよく見て次に自分がどう出るべきかを考えられる。
 どちらも、いい勝負をしそうだな、と二人を見つめながら思う。
 イーグルは二人の間に立って、審判役をするつもりらしい。
「準備はいいですか?」
 その問いかけに、二人は頷く。
「では、始め!」
 その言葉と共に、セルシオがジェオの懐に飛び込んでいく。ギンッと激しく剣の刃と刃が打ち鳴らされる。すぐさままた間合いを取り、お互いから視線は逸らさない。
 暫く互いを睨み合っていたかと思うと、セルシオがまた素早くジェオに向かって走り出す。低めの姿勢からジェオの懐を狙うが、そう簡単には向こうも打たれない。ジェオはセルシオの刃を受け止めて、そのまま力押しする。
 体力的には明らかにジェオの方が上だから、そうなればセルシオは圧倒的に不利になる。暫く鍔迫り合いが続いたが、セルシオは数歩後退る。
 そうして後退った一瞬、セルシオが更に体制を低くして、剣の下から素早く抜け出し、体勢を整える。ジェオもまたすぐにセルシオに向き直り、切りかかる。それもまたセルシオは素早く避け、スピードを活かしてジェオの後ろに回りこむ。
 その隙をついて切り込むが、ジェオは厳しい体勢ながらそれを受け止め弾き返し、その勢いのままにセルシオに二撃三撃と加える。
「っ!」
 体勢を崩したセルシオが尻を着くと同時に、セルシオの目の前に切っ先を向けた。
「其処まで!」
 イーグルの声に、ジェオが剣先を落とす。
 しかし、幾らなんでも決着が着くのが早すぎる。
「おい、セルシオ。大丈夫か?」
「…っ、何とか」
 立ち上がろうとして、結局すぐに蹲ってしまう。どうやらジェオに攻撃を加えられたときに、足を捻ってしまったらしい。
 すぐさまジェオが体を支えると、何とか片足で立ち上がる。
「…セルシオ、医務室に…」
「後でいい。データも取んなきゃならないし…ジェオ、悪いけど応急手当だけするから、救急箱取ってきて」
「…解かった」
 ジェオは溜息を吐いてセルシオを壁際まで連れて行った後、救急箱を取りに行った。イーグルとランティス、他のファイターもセルシオに近寄り、様子を見る。
「大丈夫ですか?」
「…多分、捻挫だろう。三日もありゃ治るだろうけど」
 壁を背に座り込み靴を脱いで見てみると、足首が若干腫れている。
「全く、偶に戦闘訓練に出たと思ったらこれだからな。格好わりぃ…気が向くもんじゃないな」
「何を言ってるんですか。よくある事でしょう」
 ぶつぶつと呟くセルシオに、イーグルが苦笑いを浮かべる。
 そう話しているうちに、ジェオが救急箱を持って戻ってきた。セルシオは自分で簡単な手当てをして、足首を固定するようにテーピングする。
「平気か?悪かったな…」
「ジェオの所為じゃないって。俺の不注意だ。こっちはもういいから、訓練を続けてくれ」
「解かりました。それじゃあ、次は僕とランティスで行きましょう。ジェオ、審判役をお願いします」
「ああ」
 イーグルの言葉に頷き、心配そうな顔をしてセルシオを見ていたジェオも表情を引き締めて立ち上がる。
 先程のジェオとセルシオのように、ランティスとイーグルは剣を持ち、向かい合って立つ。
「じゃあ、準備はいいか?」
 ジェオの言葉に、二人共頷く。
「では、始め!」
 ジェオの掛け声と共に、互いに切りかかる。
 イーグルもいつもと違う戦士の顔だ。刃を交わらせながら、そうして強い相手と戦える事にランティスは喜びを感じていた。何しろ、ランティスは元々は剣士。そう易々とやられるような事はない。
 しかし、イーグルもオートザム最強のファイターだ。剣を交わしながら、それを強く感じる。ファイターメカとは違う、生身での戦いだからこそ、解かることもある。
 イーグルはランティスに比べれば随分小柄で、力も弱い。条件的には先程のセルシオとジェオに近いものがあるだろう。力で言えばランティスの方が上だ。しかし、技術的な面で言えば、ランティスとイーグルは同等に近い。否、始めの頃はランティスの方が上だったが、何度かそれを教えるうちに、イーグルは確実に強くなった。
 だからこそ、本気で打ち合わなければ意味がない。
 何度か打ち合い、それでもまだ決着は着かない。イーグルはスピードを活かして、小刻みに攻撃を加えてくるし、ランティスは力と技術でもってイーグルに切りかかる。
 それを繰り返してくると、随分イーグルの息が上がってきた。ランティスも多少体に疲れを覚えてきたが、矢張り最初から体力差がある。
 一気に片をつけようと、ランティスはイーグルに切りかかった。
 イーグルも負けじと受け止めるが、さらにもう一度思い切り剣をぶつけると、弾かれるように後ろに後退する。その隙を狙ってまた切りかかると、剣先が彼の頬を掠め、イーグルは体勢を崩し、座り込む。明らかな隙が出来たのだが、イーグルの頬から血が出たのを見て、一瞬動揺する。逆にイーグルがその隙を見逃さず、ランティスの首筋に剣を当てた。
「其処まで!」
 ジェオの声にイーグルが剣を下ろすと、さも不満そうにランティスを睨み付けた。
「女性じゃないんですから、顔に傷がついたくらいで動揺しないでください」
「あ、いや…」
 実際そうなのだ。イーグルだとて戦士なのだから、怪我をする事はそれこそあって当たり前の事なのだから、動揺するのはおかしいのだが、何故か、自分がその顔に傷をつけてしまったと思った瞬間に罪悪感が湧いて出たのだ。
「すまない」
「…次はこんな風なのは御免ですよ。こういう勝ち方は嬉しくないです」
「ああ」
 イーグルが立ち上がるのに手を貸して、それから頬についた傷を見て、矢張り嫌だな、と思う。その部分に手を持っていくと、イーグルの手がそれを遮った。
「女性じゃないんですから、気にしないでくださいと、さっきも言いましたよね?」
「…ああ」
 そういう扱いは気に入らないらしく、イーグルは笑顔で、けれどかなり本気で怒っている。しかし、ランティスとしては、それでもイーグルに傷がついているのがどうにも落ち着かない。その様子を見て取って、イーグルは溜息を吐いた。
「この程度、絆創膏でも貼っておけばすぐに治ります」
「…どうせなら、セルシオと一緒に医務室に……」
「ランティス。心配性にも限度がありますよ?この程度で医務室に行ったら、逆に怒られます」
 溜息を吐きながら言うイーグルに、ランティスもそれ以上は言えず、引き下がる。イーグルはそのままセルシオの傍まで行き、救急箱を取り出し、そのまま絆創膏を貼ろうとするが、セルシオに止められる。
「馬鹿、せめて消毒ぐらいしろ。それに顔じゃ上手く貼れないだろ」
 そう言って、絆創膏を取り上げ、イーグルの頬についた血を拭い、消毒して絆創膏を貼る。あっという間に手当てを終えたセルシオの慣れた手つきに、思わず感心する。
 そうこうしているうちに、他のファイター達も手合わせを始めて、ジェオがその審判役をやっている。セルシオも、イーグルの手当てをした後は、データを取るためにじっと手合わせを見ていた。
 イーグルとランティスも、セルシオの隣で、そのまま一通り手合わせが終わるのを見ていたのだった。


 一通り戦闘訓練が終わった後、セルシオは足を引きずりながら立ち上がる。
「ジェオ、これが今日のデータだから。後はよろしく」
「ああ、お前はさっさと医務室に行けよ。ああ、せめて誰かについていって貰って…」
「いいよ、一人で…」
 そうセルシオが言った途端に他のファイター達が一斉に抗議し始めた。
「ちょっと待て!お前エテルナさんと二人きりになろうと考えてるんじゃなかろうな!?」
「断固反対!だったら俺がついていく!!」
「ちょっと待て、抜け駆けは許さんぞ!俺が行く!!」
 行き成り騒がしくなった面々に、ランティスは呆気にとられる。
 エテルナというのは、女性の名前だろうが…此処のファイター達が女性に対して其処まで感心を寄せているのは見たことがなかった。割と此処のファイター達はモテるようなのだが、それだとて淡々と受け止めていたようなのに…意外としか言いようが無い。
「ったく、女目当ての奴についてきて貰う必要はない!」
 鬱陶しそうにファイター達を睨みつけるセルシオだが、集団化したファイターはセルシオも怖くはないらしい。
「いーや、着いて行くぞ!エテルナさんにお会いできるチャンス!」
「そうだ、お前一人良い目見ようだなんてそうはいかん!!」
「俺だってエテルナさんに会いたい!!」
「そうだそうだ!抜け駆けはよくない!」
「…あーもうっ、鬱陶しい!」
 そう言いながらも、なにしろ片足は動かないのだから逃げるに逃げられないセルシオは、苛立っているようだった。
「じゃあ、僕が一緒に行きますよ。それでいいですよね?」
 其処にイーグルが助け舟を出す。にっこり笑ってそう言うイーグルに、ファイター達がぐっと詰まった。
「で、でもイーグルじゃセルシオを支えられないだろうっ」
「じゃ、ついでにランティスにも着いて来て貰いましょう。構いませんよね?」
「ああ」
 イーグルに問いかけられて、ランティスはすぐに頷く。笑顔で問いかけられたが、どうにも拒否することは許されない雰囲気だった。
 その雰囲気に圧倒されたのか、流石にもう、他のファイター達も何も言わずに見送ったのだった。仕方なく、ランティスはセルシオに肩を貸し、歩いていく。そのすぐ横をイーグルが並んで歩き、その場を後にしたのだった。
「…全く、うるせー野郎共だな」
「まぁ、確かにエテルナは綺麗な人ですから」
「だからってなぁ…」
 セルシオは呆れきった様子で溜息を吐く。
 先程から言うエテルナというのが誰なのか、いまいちよく解からない。
「イーグル、エテルナとは誰だ?」
「軍属の医師ですよ。普段は特定の隊に配属されることなく、医務室に常駐して訓練等で怪我をしたファイターなんかの手当てをしてくれていますが、偶に戦闘の場合にNSXや他の戦艦に乗り込むこともありますよ。まぁ、荒くれ者ばかりのファイター達にしてみれば、白衣の天使、というところでしょうか」
「馬鹿馬鹿しい。普段女なんぞ興味ないって顔してる癖に」
「仕方ありませんよ。軍に居る女性は得てして気の強い人が多いですから、エテルナみたいなタイプは珍しいですし」
「分不相応だろ、あいつらには」
 セルシオは毒づくが、どうにもエテルナという女性には興味がないらしい。というよりも、セルシオが女性全般に興味を持っているとこなど、見た覚えはないのだが。
 そうこう話しているうちに、バイクに乗り、医務室まで移動していった。
「すみません。怪我人を一人見てもらえますか?」
 イーグルが先に中に入り、声を掛ける。ランティスはまたセルシオに肩を貸し、部屋の中に入った。その瞬間に、ツンと鼻の奥を消毒液の匂いが刺激する。
 すぐに部屋の奥から若い女性が出てきた。この国にはよくある、黒い髪に黒い瞳の、男達が噂をするのも頷ける、綺麗な女性だった。白衣を羽織り、艶やかで長い黒髪は後ろで一纏めに絡げられている。確かにこの軍には珍しい、何処かしとやかな雰囲気を漂わせている女性だった。
「あら、珍しいですね、セルシオさんがいらっしゃるなんて。普段殆ど訓練に参加しないんでしょう?」
「偶に参加したから、これなんだよ」
 エテルナの言葉に、セルシオはそう呟くと、椅子に座る。
 足を引きずっているのは見て解かったのか、すぐに屈み込み、様子を見る。
「……応急処置はしてあるんですね。どうしてすぐに医務室に来ないんですか?」
「データを取るのが先だ」
「全く、ファイターってどうして自分の体より仕事が優先なのかしら」
 そう呟きながらも、手早く足に湿布を貼り、包帯を巻いていく。そして丁寧に足を固定した手際は見事としか言いようが無い。
「捻挫ですね。すくなくとも一週間はあまり足を動かさないように、安静になさってください」
「解かった。有難う」
「どういたしまして。それで、イーグル、その頬はどうしたの?」
 さっと目敏くイーグルの頬に視線を移して、エテルナは問いかける。その様子に苦笑いを浮かべて、イーグルは答えた。
「先程の戦闘訓練で刃先が掠っただけですよ。すぐにセルシオに消毒してもらいましたから、大丈夫です」
「ならいいけど…どうもセルシオさんは私の仕事を取ってしまうようですね」
「別に取ってるつもりはないが。こちらで出来る治療はこちらでしているだけだ」
 恨みがましく睨みつけて見せるが、どうやらそれも冗談の範疇らしく、セルシオも軽く答える。
「それで…遅くなりましたけど、そちらの方は?初めてお会いしますね」
「ああ、彼はランティス。NSXに一年程前に入った仮登録のファイターですよ」
「一年前…どうして其の間に一度も挨拶にいらっしゃらないのかしら…」
「怪我をしないからですよ。良い事じゃないですか」
「それでも、NSXの方々は滅多に顔を見せないんだから、偶には遊びに来てくれてもいいのに…」
 そう言って溜息を吐くエテルナの言葉と、先程のファイター達の様子は合致しない。あの様子ならば、大したことのない怪我でも、彼らは医務室に駆け込んでそうなものだが。
「いいえ、それでなくてもエテルナはお忙しいんですから、そうお手を煩わせる訳には行きませんよ」
「簡単な手当てならこちらで出来る。ファイターの数に対して医師の数は圧倒的に少ないんだ。出来ることはこちらですべきだろうし、遊びに来ている暇なんてない」
 イーグルとセルシオの言葉には、有無を言わせないものがある。何となく、ファイター達が彼女に餓えている理由が解かった気がした。
 ようするに、大した用もないのに行くな、とこの二人が牽制をかけているから行くに行けないのだろう。
「だって、ジェオだってもう此処数ヶ月顔を見せないのよ?薄情だとは思わない?」
「いや、それはイーグルが手間を掛けさせているから来る暇がないだけだろう」
「セルシオ、余計なことを…」
 軽く溜息を吐いて言うエテルナに、セルシオが軽く答える。イーグルは恨みがましくセルシオを睨んだ。
「ジェオと…親しいのか?」
「ええ。同期で年も同じだから、親しくしていたんですけど…本当にNSXに行ってから殆ど顔を見せなくなって…」
「……さり気無くプレッシャーを感じますね…」
 イーグルは苦笑いを浮かべて呟く。確かに、イーグルの面倒を見ていれば、此処を尋ねてくる暇もなさそうだが。
「イーグル、ジェオにもよろしく言っておいてね。無理はしないようにって」
「ええ」
「それから、セルシオさんには一週間分の湿布と、一応痛み止めのお薬を出しておきます。湿布はまめに変えて、安静にしていてくださいね?」
「解かってるよ」
 そう言って湿布と、痛み止めの薬をエテルナは取りに行き、セルシオに手渡す。
「…そういえば、明日からうちの隊は長期休暇になるんですよね。一人で大丈夫なんですか?色々不便でしょう」
「平気だ。逆にそう歩き回らなくて済むから助かるぐらいだ」
「そうは言っても、皆実家に帰省して、居なくなるんですよ?そんな中何処にも出かけないで軍の部屋で一人なんて寂しいじゃないですか」
「悪かったな、帰る家がなくて」
「別にそういうつもりじゃないですけど」
 殆ど軽口のように言葉を交わすが、実際、本当に珍しく取れた長期休暇だ。大抵の者は親元や、親しくしている人間に会いに行くらしい。確か、ジェオも実家に帰るのだ、と言っていた気がする。
 だが、セルシオは幼い頃に両親を亡くして以来、天涯孤独の身だと、笑っていたことがある。当人は気にしないかも知れないが、矢張り実家に帰るだろうイーグルにしてみれば、セルシオを一人で残していくのには不満があるのだろう。
「そうだ、どうせならうちに来ませんか?部屋なら有り余ってますし、うちは使用人がいっぱい居ますから、簡単に手を貸すことも出来ますし」
「いいよ、大体堅苦しいのは苦手なんだ」
「大丈夫ですよ、いつも通りで。あ、そうだ。ランティスも一緒にどうです?どうせ休暇と言ったって貴方も寝てるだけでしょう?そうそう、確かヴォルツさんも一人の筈ですから、この際一緒に誘って…」
「イーグル!勝手に決めるな!!」
 次から次へと話を進めていくイーグルに、セルシオが怒鳴りつける。ランティスとしては、実際長い休みも寝ているだけだろうから、別に構わないのだが。しかし、セルシオが怒ったのは、家に誘われたことそのものよりも、ヴォルツの名前が出たことに対してのように思える。
「あら、いいじゃないですか。賑やかそうで。それにその方が安静にしていられそうですし。一人だと何かと動き回らないといけなくなるでしょう」
「エテルナもそう思いますよね?じゃあ決定です。早速ヴォルツさんも誘ってきましょう」
 そう言ってイーグルは足早に出て行ってしまった。セルシオもそうだが、ランティスも了承した覚えはないのだが。
「……強引にも程があるぞ」
「諦めるしかないな」
 セルシオの溜息交じりの言葉に、ランティスは多少の同情心をこめて言った。これ以上イーグルに何を言っても無駄だろう。
「そうそう、セルシオさん。忘れるところでした。これも使ってください」
「…何?」
「杖です。片足で歩くのは不自由でしょう」
 微笑んで言うエテルナに、セルシオは溜息を吐いて受け取った。
 どうにも、この女性も只者ではないらしい。これまでの展開から、何故行き成りこの話になるのだろうか。しかし、そもそもオートザムに来てから、まともに人の話を聞くような者が居ただろうか、と疑問に思ってしまう。
 そんなことを言えばセルシオやジェオ辺りから猛烈に抗議されるだろうが。
 兎も角も、この長期休暇は、イーグルの決定により、ビジョン家の屋敷で過ごすことになったのだった。



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小説 B-side   魔法騎士レイアース