空と太陽の瞳 act.9



 とある日の深夜、ランティスにその情報が齎されたのは、セルシオの口からだった。
「イーグルが誘拐された!?」
 珍しく声を荒げたランティスの腹に、セルシオは思い切り蹴りを入れた。
「〜っ!」
「大声を出すな」
 思い切り鳩尾に蹴りを入れられ、流石のランティスも暫く声が出ない。しかし、セルシオはそんなランティスを冷ややかに見ながら冷静な口調で言った。
 傍で見ていたジェオは気の毒そうな顔でランティスを見ていたが、助けるつもりは無いようだった。
「出来るだけ事は荒立てたくない。NSXの最高司令官が誘拐されたなんて醜聞が流れたら堪ったもんじゃないからな。知ってるのは取り敢えずこの三人だけだ」
「…何故、俺も?」
「口は堅そうだからな」
 セルシオに蹴られた場所を摩りながら問いかけると、端的な答えが返って来た。
「しかし、何故そうだと解かるんだ?」
「イーグルからの救命信号が出てる。珍しい事じゃないから、いつも持たせてあるんだ」
「珍しい事じゃないって…」
 それはそれで問題なのではないのだろうか。イーグル一人とは言え、相手はオートザムにおいては比類無きファイターだ。それを誘拐するなんて普通簡単に出来ることではない筈だが。
「確かに、イーグルを誘拐するなんて並大抵の事じゃない。ただ、イーグルの場合狙われる回数が半端じゃなくてな。何しろ、ビジョン家の跡取りであり、難攻不落の戦艦NSXの最高責任者であり、オートザム最強のファイター。更にはあの容姿。色々な理由で利用しようとする人間は後を絶たない。加えてイーグルは時々かなりのボケをやらかすから、珍しい事ではない」
 冷静だが、かなり辛辣な言葉に、彼は本当にイーグルを心配しているのだろうか、とついつい疑ってしまいたくなる。
「取り敢えず、外に車を用意してあるから、急いで目的地まで向かうぞ」
「イーグルが何処に居るのか解かっているのか?」
「解かっているから行くんだ。馬鹿じゃないのか?」
「……」
「ランティス、余り気にするな。これでセルシオは苛立ってるんだ」
「イーグルの馬鹿ぶりにな」
 冷たく言い放ったかと思うと、そのままセルシオは車へと向かう。ジェオとランティスも後を追いながら、互いに同情の視線を交し合ったのだった。
 セルシオと付き合うのは、楽じゃない。


 車でセルシオの誘導に従って居住区のある邸宅の裏側に移動する。
「とある貴族の屋敷だ。この屋敷の三階にイーグルが捉われている」
 そう言ってセルシオはいつもつけているピアスを外して、手元で操作すると邸宅の見取り図が浮き上がる。そして其の三階の一室に点滅する信号が見られた。
「…」
 どうしてそんなものを肌身離さず持っているんだと、聞きたい気はするが、きっと相変わらず冷ややかな答えを返されるのだろうと思うと、聞くに聞けない。
 セルシオはまた手元で操作すると、今度は音声が流れてきた。
『………だね?気分は如何かな?』
『最悪ですね』
 聞きなれぬ男の声と、イーグルの声。その声は心なしかいつもより張り詰めている。
「盗聴機能まであるのか…?」
「プライベート云々とか五月蝿いことは言うなよ。イーグルは了承済みだ」
 あれだけ小さなものに、よくこれだけの機能が詰め込まれているものだ。これこそがオートザムの英知の集結、とでも言うのだろうか。
『一体僕に何の御用でしょう?随分手荒な招待ですが』
『何、少しばかり君と話をしてみたくてね』
『たったそれだけの為にわざわざこんな事を?』
 次々と会話が流れてくる。声の調子からしても、大怪我をしている、ということはなさそうだった。其のことに僅かばかり安堵しながら、会話に意識を集中する。
『…噂に聞いた通りだね。一筋縄ではいかない性格のようだ。それにその容姿。実に美しい』
『お褒め頂き有難う御座います』
『事実を言ったまでだ。その白く滑らかな肌、比類なき完璧な造作。軍などと手荒な仕事など君には似合わない。どうだね、私の元に来ないか?』
『……そういうご用件ですか』
 イーグルの声は冷ややかだが、いくらか硬い響きが含まれている。
 ギシッとベッドが軋むような音と、シーツが滑る音。
『来ないでください』
『そう言わずに。本当に綺麗だな。近くで見れば尚更だ…』
『っ…放してください!』
 切羽詰ったようなイーグルの声。
 ランティスは今すぐにでもイーグルを助けに行きたい衝動に駆られるが、それを抑えたのはセルシオの冷たい声だった。
「まだ動くなよ」
 そう言って音声を切ってしまう。ピアスを耳につけなおして、車の後ろで何かを探しているようだ。
「しかしっ、このままではイーグルが!」
「そうだぜ、またヤバい相手に捕まっちまった」
「確かに、最悪の相手ではあるが、イーグルがそう簡単にヤられる訳ないだろ。落ち着けよ」
 そして車の後ろからセルシオが出したのは大型の銃だった。大砲、と言った方がいいような大きさだが、肩に担げるサイズではある。
「イーグルが居ない現状では、俺の言葉に従ってもらうからな。ちゃんとイーグルからもそう言いつかっている。副司令官だからって無茶はするなよ、ジェオ」
「うっ…」
「助けに行くのは俺一人でする」
「おいっ!」
「俺も行く」
 セルシオの言葉に、ジェオとランティスは反駁する。当然だ。人に任せておける問題ではない。
「お前らはイーグルの事になると冷静な判断が出来ない。だから、イーグルはこの場合の指令権を俺に預けてるんだ。大人しく待ってろ」
「……っ、お前の言うことには従う。だから俺も連れて行け」
 確かに、イーグルが今にも危ない目…命に関わることではないにしろ、大変な目に合っているかも知れないという状況で、冷静に判断するよりも先に助けに行きたい、という衝動が強い。だからそのセルシオの言葉は間違っては居ない。
 だが、大人しく待っていることなど出来ない。
 ランティスの言葉にセルシオがじっと視線を見返す。
「…いいだろう、ランティスは連れて行く。ジェオは此処で待ってろよ」
「俺は除け者かよ」
「もし戻って来なかった場合は軍本部に連絡してもらわないといけない。どうあっても一人は残ってもらう」
「了解」
 ジェオは溜息を吐いて了承した。
 恐らくはジェオも自ら助けに行きたいと思っているのだろう。しかし、ちゃんとイーグルを助けるためには、それぞれの最善をしなければならないのだ。
 セルシオとランティスは車を出て、塀を見渡す。正面から入る事は出来ない。
「…警報装置は…あれか」
 短く呟いて、警報装置のある場所まで歩いていく。
「解除出来ないこともないが、あまり時間は掛けていられないな。其の前にイーグルがエロオヤジに手篭めにされちまう」
 そう言ったかと思うと、セルシオは持ってでた大型銃をランティスに押し付けた。
「ランティス、俺が合図したら、これを思い切り玄関からぶっ放せ」
「……いいのか?」
「いい。タイミングは二回。いいな。俺が合図した通りにやれよ」
 そう言ってセルシオはイーグルが居ると思われる部屋から一番近い塀の前に移動する。玄関からも見える場所だ。
 セルシオが腕を上げて合図しているのを見て、ランティスは思い切り銃を放射した。派手な爆音と共に玄関が吹き飛ぶ。その瞬間に警報音が鳴り響き始めるが、気にした風もなくセルシオは塀を飛び越えて部屋の近くまで走っていく。
 セルシオの姿を確認しながらランティスも家の敷地に入った。
 また、セルシオが手を上げたのを見て一発。
 それと同時に彼は左腕をイーグルが居る部屋の窓に向かって上げたかと思うと腕に嵌めている機械からワイヤーが飛び出し、窓を割り、錘が窓枠に絡まってしっかりと固定される。
 一体どれだけの武器を隠し持っているのか。
「じゃ、ランティス。後は思い切り暴れてくれ!」
「……」
 どうやら自分は、囮らしいと理解した時には、セルシオは既に塀を登り始めて居たのだった。人が集まり始めたのを見て、その分思い切り暴れるしかないか、と溜息を吐いたのだった。



 イーグルが目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
 その瞬間に、本能的にいつもつけているピアスから救命信号を出した。セルシオと揃いのピアスで、はっきり言って嫌なのだが、つけていない訳にもいかない。絶対今度違う形に直して貰おうと、イーグルは心に誓う。
 そして自分の現状を確認する。腕には枷が嵌められ、まともに動けそうにない。身につけていたマントなどは部屋の隅に置かれていて、大半の武器は最早無いことになるし、体の自由が利かないのは不利だった。
 そして一通りするべきことをすると、何があったか、と記憶を呼び覚ます。
 確か、そう…普通に部屋に戻ろうとしたのだが、不意に誰かに声を掛けられて振り返った。ただ、其の相手はすぐに倒したのだ。一対一でやられるほどイーグルは弱くは無い。
 だが、その後が問題だった。
 その倒した相手が見覚えのある人物だった。父親の政敵である人間の秘書。下手に事が公になれば、その相手もだが、父もただでは済まない。その一瞬の焦りがイーグルの集中力を欠いた。
 己でも馬鹿だと思うのだが、次の瞬間には頭に衝撃を受け、気を失っていたのだ。
「……セルシオに嫌味を言われますね、これは」
 最近何事もなかったから油断していた。しかし、これは言い訳でしかない。信号を出してどれだけ時間が経ったか。セルシオがこちらに着くのは何時だろうか。
 何とかそれまで時間を稼がねばならないだろう。
 そう思ったところで男は現れた。予想に違わず、父親の政敵であり、結構な家柄の貴族でもある男だった。
「イーグル・ビジョンくんだね?気分は如何かな?」
「最悪ですね」
 繋がれた状態でいい気分のはずは無い。
「一体僕に何の御用でしょう?随分手荒な招待ですが」
 しかし、冷静を装ってイーグルは男に話しかける。
「何、少しばかり君と話をしてみたくてね」
「たったそれだけの為にわざわざこんな事を?」
 話をする為だけにこんなことをする訳ないだろう。男をキツく睨み付けると、一瞬怯んだかのようだったが、すぐにまた笑みを浮かべた。
「…噂に聞いた通りだね。一筋縄ではいかない性格のようだ。それにその容姿。実に美しい」
「お褒め頂き有難う御座います」
「事実を言ったまでだ。その白く滑らかな肌、比類なき完璧な造作。軍などと手荒な仕事など君には似合わない。どうだね、私の元に来ないか?」
「……そういうご用件ですか」
 そういう手合いは不幸な事に珍しくない。ただ、珍しくないとは言っても感情は別物だ。生理的な嫌悪間に背筋がぞわりと粟立つ。声が自然と張り詰めた。
 男がギシッとイーグルが寝かされているベッドの上に乗り、覆いかぶさってくる。
「来ないでください」
「そう言わずに。本当に綺麗だな。近くで見れば尚更だ…」
「っ…放してください!」
 男がイーグルの顎を掴み、捉える。体を捩るが、自由の利かない体では、抵抗もままならない。
(早く来てください、セルシオ!)
 自分の不在を真っ先に知る相手に、心の中で助けを求める。
 男の手が、イーグルの服に掛かる。吐き気がしそうな程湧き上がって来る嫌悪感に、反射的にイーグルは自由になる足で男の腹を蹴り上げていた。
「ぐっ!」
 勢い、男はベッドから吹き飛び、腹を抑えて蹲る。
 暫く苦しそうにしていたが、再び顔を上げた時の顔は完全に血が昇っていた。まずい、と本能的に思ったが、それを表面に出す訳にはいかない。
 男が再び立ち上がり、近寄って来た。またベッドの上に乗り、今度はイーグルの足を動かせないように縛り上げた。
「全く、綺麗な顔をしてとんだ足癖だ。だが、もうこれで抵抗は出来ないだろう?…大丈夫、大人しくしていれば、気持ちよくしてやろう…」
「…っ」
 また男の手がイーグルの服に掛かった。
「い、やだ!ランティス!!」
 咄嗟に、セフィーロからの旅人の名前を口にしていた。何故かは解からない。彼が自分の不在を知っているかどうかさえ解からないのに、彼なら助けに来てくれるのでは、と無条件の信頼が言葉に出たのかも知れない。
 そして、イーグルが叫んだ途端に、大きな爆音と共に部屋が揺れた。
「なんだっ!?」
 男は慌ててイーグルから離れ、部屋の外の様子を伺う。
 ビーッと警報音が鳴り響き、侵入者を知らせている。
「どうした、一体何があった!!」
 男は声を荒げながら部屋を出て行く。イーグルは助かった、と肩の力を抜いた。セルシオ達が来たのだろう。
 もう一度下で爆音がしたと思ったら、頭上でパリンッとささやかな窓が割れる音がした。下の爆音に気を取られている者は誰も気づかなかっただろう。
 そしてすぐに窓が開けられる音がして、誰かが部屋に侵入してきた。
「大丈夫か?」
 予想通りの声に、イーグルは苦笑いを浮かべる。
「ギリギリセーフってところです」
「ちょっと待ってろ。手錠を外す」
 そう言って頭につけている精神エネルギー変換装置から、細い針金を一本取り出した。いつも思うのだが、彼は本当に色々なところに色々なものを隠し持っている。その一部はイーグルも分けて貰ったりしているから、有難いには違いないのだが。
 カチッと音がして手錠が外れる。縛られた足を解くと、部屋の隅に置かれたマントを素早く身につける。下では相変わらず爆音が鳴り響いている。
「もう少し来るのが遅かったら、流石に手が出ているところでしたよ」
「お前がドジ踏まなきゃこんな事にはならなかったんだよ」
「言い返せないのが辛いところです」
 自分でもドジを踏んだという自覚があるから、耳に痛い。
「ところで、下で暴れているのは一体何ですか?」
「ああ、あれか。ランティスだ」
「……彼に囮役をやらせたんですか?」
「何でもいいから連れてけって言ったのは、あいつだからな」
 そう言ってからセルシオはからかうように笑った。
「嬉しいだろ?ランティスが助けに来てくれて」
「え?」
「呼んでたじゃないか。ランティスを」
「な、なん…っ」
 何で、と言葉にしようとすると、セルシオは耳についているピアスをとんとん、と指で叩いた。ピアスをつけている間も盗聴機能は働いていたのだ。
 言い訳をすることも出来ず、頬が熱くなるのを自分でも自覚した。
 しかし盗み聞きなんて趣味が悪い…と思っても、セルシオが聞いてる可能性があると解かっていながら、咄嗟に名前を呼んでしまった自分が一番悪いのだろう。
「ま、ランティスやジェオには言わないでおいてやるよ」
「うう…っ」
 嫌な相手に弱みを握られた。何とも情けない。
「ほら、そろそろ下に行かないと、ランティスが止まらなくなるぜ?流石に死人は出てないと思うが」
「…解かりましたよ」
 イーグルは深々と溜息を吐いて、セルシオと共に階下へと降りて行った。


 次々と襲い掛かってくる警備員を片っ端から殴り飛ばし、蹴り飛ばし、散々暴れまわったランティスも、流石に疲れが見えてきた。倒しても倒しても、次から次へと出てくる警備員に半ば呆れ欠けていた頃、ようやくイーグルが階段の上から姿を現した。
「その辺で止めてください」
 イーグルの言葉に、全員の動きが止まる。イーグルより僅か下に恰幅のいい50絡みの男が驚いた様子で見上げていた。恐らくこの男がこの屋敷の主人なのだろう。そして、イーグルを誘拐した首謀者に違いない。
「い、一体どうやって…っ」
「どうやってもこうやっても、お迎えが来たようですから」
 にっこりとイーグルが笑って階段を一歩下りると、その後ろからセルシオも顔を出した。
「お前かっ!一体何処から入り込んだ!!人の屋敷に不法侵入した上に、散々暴れまわった挙句怪我人が一体どれだけ出たと思ってるんだっ!!」
「おや、そんな口をきいて良いですか?うちの司令官を誘拐した挙句手篭めにしようとした人が」
 そう言って、セルシオはピアスを外し、また操作をする。
 すると、先ほどのイーグルとこの男との会話が流れ出す。紛れも無い証拠、という訳だ。しかし、録音機能までついているとは、一体そのピアスにどれだけの機能があるのか、気になる。
 だが、男はそんなことを考えている余裕はなく、顔を青くしながらそれでも必死に怒鳴りつけた。
「だからと言ってこんな無法が通ると思っているのか!大体…っ」
「これだけじゃ足りませんか。それでは、これなんかどうですか?」
 そう言ってセルシオは懐から円形の機械を取り出し、操作すると、写真が其処から映し出される。どうやら、その男と、別の政治家が金銭のやりとりをしている場面らしい。
 男は真っ青になって口をパクパクと開閉しているだけで、言葉は出てこない。
 セルシオは冷ややかに男を見下ろしながら、言い放つ。
「他にも色々ありますが、如何なさいますか?うちの司令官を誘拐した上に、更に貴方の汚職の確固たる証拠が此処にある。こちらとしても事を荒立てたくはありませんから、何事も無かったと言うことにしていただければ、これを公表することは致しません」
 交渉、とは名ばかりの脅迫に、男は答えることが出来ずに居る。しかし、セルシオは全く気にした様子もなく、言葉を続けた。
「今夜此処で起こったことを口外せず、そして今後うちの司令官や、隊の人間に手を出さないと約束してくだされば、これは一生仕舞っておきます。もし、今此処でこれを奪っても、コピーしたものが安全な場所に補完してありますから、俺に何かあった場合、それは無条件で公表されることになっています」
「……お、お前っ」
「ご理解戴けますか?」
 にっこりと、セルシオは笑顔を見せるが、その笑顔が何より怖ろしい。確かにランティスはイーグルを誘拐され、あまつさえ犯そうとしていた男に腹を立てていたが、この様子を見ると、流石に哀れに思えてくるから不思議だ。
 セルシオが完全に悪人に見える。
 男はがっくりと床に膝をついた。それが答えだった。
 セルシオはイーグルを促し、ランティスのところまで歩いてくる。
「お疲れさん」
「……お前…」
「ジェオが待ってる。行こう」
 何事もなかったかのように、セルシオは外に出て行く。イーグルは苦笑いを浮かべ後に続き、ランティスもイーグルの隣に並んだ。
「大丈夫か?」
「僕は平気ですよ。平気じゃないのはあちらでしょうね」
 そう言って僅かに後ろを振り返る。
「セルシオは、オートザムの貴族や将軍クラスの軍人等の、権力者の弱みは全て握ってるんですよ。それで全員を脅せば、一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入る」
「…それを、セルシオはしないんだろう」
「ええ。お金には興味がないようですから」
 そう言ってイーグルは苦笑いを浮かべる。
「もっぱら利用されるのは、こうして僕が誘拐された時くらいです。こういう場面に置いては、誰より頼りになりますよ」
「…成る程な」
 納得せざるをえないだろう、それは。
 ランティスにはこのような駆け引きは出来ない。
 本当に、空恐ろしい人間だ、セルシオは。敵に回ったら怖ろしいことになるだろう。今夜一晩で、ランティスはそれを嫌というほど実感したのだった。


 イーグルを部屋まで連れて行くと、セルシオはさっさと自分の部屋に戻っていった。ジェオも、イーグルに言われて部屋に戻る。ランティスだけが引き止められた。
「どうかしたのか?」
 そう問いかけると、イーグルは無言のままランティスの手を引いて寝室まで足を運んだ。
「イーグル?」
 一体どういうつもりなのか解からずに戸惑っていると、そのまま座るように促された。あんなことがあったばかりなのに、ランティスを寝室に連れてくるとは、一体どういうつもりなのだろう。
 しかし、戸惑っているランティスに構わず、イーグルは座ったランティスに身を寄せてきた。
「……ランティスの傍が、一番落ち着きます」
「…ジェオだといけないのか?」
「ジェオだと、落ち着く前に説教が始まるんです」
 そう拗ねた声で言うイーグルに思わず笑みが零れる。そうして説教をするのも、イーグルが大切だからだろう。
「もう、本当に気持ち悪くて……ランティスだと平気なんですけど…」
「珍しくないのか?ああいうのは…」
「残念なことに、そうなんですよね。僕としては迷惑この上ないんですけど」
 ぎゅっと抱きついてくるイーグルの背に腕を回して、ゆっくりと撫でてやると、ほっと安心したような吐息が漏れた。
「すみません…僕が眠るまで、こうしてくれませんか?」
「…ああ」
 それでイーグルの心が休まるのなら、なんでもないことだ。
 ランティスはそうして、イーグルの寝息が聞こえてくるまでその体を抱き締めていた。



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