空と太陽の瞳 act.6



 ランティスが来て始めて、戦艦NSXに戦闘命令が出た。
 オートザムの一部の地区で反乱が起き、その制圧に向かえということだった。
 イーグルはすっかり戦士の顔になり、出撃するファイターの選出と、ファイターメカの整備の確認を行っていた。
 今回の戦闘では、ランティスも出撃するように言われている。
 実践でファイターメカに乗るのは始めての事になるから、常にイーグルの傍に居るように、とだけ伝えられた。
 その後も忙しく、副司令官であるジェオや、ファイターの纏め役であるセルシオ、チーフ・メカニックのヴォルツ等と打ち合わせをしていた。
 そうして出発の用意が整ったのは、夜も覚めやらぬ未明のこと。
 そして、準備が出来次第の出発、ということで、そのまま戦艦NSXは彼らを乗せたまま動き出したのだった。


 現場に着くまでは多少時間があり、その時間を利用してイーグルは休んでいる、とジェオに言われた。確かに、睡眠をこよなく愛するイーグルが、それこそ一睡もしないで準備を整えたのだから、今のうちに休んでおくのは当然なのだろう。
 そしてランティスも、この間に休んでおけ、と念を押された。メカニック等は未だにせわしなく調整を行っている。彼らは、戦闘に出るまでが勝負なのだ。休む前に格納庫を覗くと、ヴォルツが他のメカニックになにやら檄を飛ばしているのが聞こえた。
 ランティスは兎に角一度与えられた部屋に戻り、ベッドの上に腰掛けた。
 イーグルから与えられた指示を反芻する。
 反乱の規模はそれ程大きくはない、ということだったが実際行って見なければ解からない。戦闘に出るのはイーグル、セルシオ、ランティス他、ファイター3名の計6名。ジェオはNSXに残り、其処で指示を出す。
 戦闘になればいくらシュミレーションしたところで、予測など不可能だ。
 今出来ることと言えば、本当に体を休め、万全の状態で出ることぐらい、だろう。
 しかし、休もうと思っても、どうにも目が冴えて眠れない。イーグル程ではないにしてもランティスも睡眠を愛しているのだが、どうやら自分で思っている以上に緊張しているらしい。
 不意に呼び出しのブザーが鳴る。部屋のドアを開けると、イーグルが立っていた。
「どうした。休んでいるんじゃなかったのか?」
「ちょっと話したい事があるんです。構いませんか?」
 何かは解からないが、ランティスは頷き、イーグルを部屋に招きいれた。
 イーグルが椅子に座ると、ランティスも向かい合わせになるように腰掛けた。
「今回の任務は、反乱軍の制圧です。場合によっては命のやり取りになるでしょう」
「…ああ」
「…貴方に、人を殺すだけの覚悟はありますか?」
 強い視線がランティスを射抜く。仮にも軍に所属している人間に、可笑しな質問だとは思うが、イーグルの様子は至って真剣だった。
「なければ、俺は此処に居ない」
「…そう、ですね」
「イーグル?」
 イーグルが顔を半分隠すかのように手を額に当てる。どうも様子がおかしい。
「どうした?」
「……自分でもよく解からないんです。いえ…解かってはいるんですけど。何と言えばいいのか…」
 そう言ってイーグルは苦笑いを浮かべる。
「変ですね。軍に入るように勧めたのは僕なのに、貴方に人を殺して欲しくないと思ってるんです」
「イーグル…」
「何故…なんでしょうね?」
「俺は…セフィーロでも魔法剣士として働いていた」
「はい」
「……俺は、俺が守りたい者のためなら、そうすることも辞さない覚悟でいる」
「貴方の、守りたい者とはなんです?」
 セフィーロに居た頃はエメロード姫だった。だが、此処はセフィーロではない。今は…
「今、俺が守りたいと思うのは、お前だ」
「!」
 はっとイーグルが目を見開く。
 並大抵の覚悟で、人を殺すことなど出来ない。それに比するだけの守りたいものが無ければ。イーグルが軍で働き続けているのは、恐らくはオートザムの為。
 けれど、自分はオートザムにそれ程の愛着は持っていない。まだ、此処に来て数ヶ月しか経っていない。だが…今自分をこうしてオートザムに引き止めているのは紛れも無くイーグルだ。ならば、イーグルを守るために戦うことに、迷いはない。
「お前と、お前が大切に想う者のために戦う」
「…僕がそれを、望まなくても?」
「お前だって、止められたところで戦うのを止めたりはしないだろう?会ってまだ数ヶ月しか経っていないが、お前が頑固者なのは知っている」
「貴方だって、人のことは言えませんよ」
 イーグルはくすり、と笑う。
 そう言って何かを吹っ切ったような顔になって言った。
「愚問でしたね。すみません」
「いや…」
「そろそろ部屋に戻ります。休んでおかないと後が大変ですから」
「ああ」
 イーグルが立ち上がり、部屋を出て行く。ランティスはイーグルを見送ってから、ベッドに腰掛けた。
 自分でも不思議だが、イーグルに問いかけられて改めて気づいた。自分が軍に入った目的は、純粋にイーグルに惹かれたからだが、今は彼を守りたいと思っている。
 例え、命に代えても守りたいと思える。
「…不思議なものだな」
 セフィーロを出てから、そんな風に想う者はなかった。ランティスが今まで命を賭けて忠誠を誓ったのは、エメロード姫のみ。即ちは祖国そのものだった。それが、たった一人のためにそう思える、ということが何故だか不思議だった。
 それ程、何かに執着するということが無かったのかも知れない。
 ランティスはゆっくりと目を閉じる。
 イーグルとの会話で覚悟が決まったおかげか、すっと意識は眠りの中へと沈んでいった。


 ふと意識が覚醒する。
 何の前触れもない目覚めだが、恐らくは戦場の匂いを感じ取ったのだろう。
 目的地までの予想到達時間まであと30分程度。
 ランティスは部屋を出てファイターメカの格納庫へと向かった。
 予想に違わず、其処には先客が居た。
「ランティス、早いですね」
「寝なかったのか?」
「寝ましたよ?ただ戦場に向かっている途中で爆睡するほど、僕だって暢気じゃありません」
 一度寝たらなかなか目が覚めないイーグルが起きている、それだけでいつもと違う、という緊張感がある。しかし、イーグルならこういう時でも気にせず寝ていそうな気もするが。
「ランティス、今何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「いや…」
「大体、こういう時に爆睡するのは僕じゃなくて、セルシオなんですよ?図太さで言ったら僕より上…」
「悪かったな、図太くて」
 行き成り後ろから声がして振り返ると、噂をすれば影…とでも言うべきか、セルシオが立っていた。
「お早う御座います。よく眠れましたか?」
「嫌味か、それは」
「そんなことありませんよ。ただの挨拶です」
 にっこりとイーグルが笑って言うと、セルシオは溜息を吐いて少し長めの前髪を掻き上げた。
「ジェオは操舵室か?」
「ええ。着いたと同時にファイターメカを発進することになっています。出来るだけ長期戦は避けたいので、一気に大元を叩きます」
「長引かせるのはこの辺の住民にもよくないからな。避難勧告は?」
「5時間前には出されている筈です。恐らく残っている住民は居ないでしょう。思い切り戦えますよ」
 最後の打ち合わせに、イーグルとセルシオが状況の確認を行う。
 一通りの打ち合わせが終わると、他の三人のファイターも集まってきていた。
「そういえば、ランティスはセルシオが戦うところを見るのは初めてですよね?」
「ああ」
「なかなか面白いですよ、セルシオの戦い方は」
 そう言って笑うイーグルに、セルシオは肩を竦める。実際一度もセルシオが戦っているところは見た事がない。特殊な戦闘方法、ということなのだろうか。
「無駄話はそれくらいにしろよ。そろそろ到着時刻だ」
「そうですね。それでは、それぞれ指定のファイターメカに搭乗してください」
「了解」
 イーグルの言葉に、その場に居た全員が敬礼し、自分が乗るファイターメカへと移動した。イーグルは専用のFTOへ。ランティスも自分に宛がわれた汎用機へと乗り込んだ。
 演習では何度か乗ったことがあるし、随分扱い方にも慣れた。
 コードを繋いで、発進の準備を整える。
 それから間もなく、発進の合図がある。それに合わせてランティスもNSXの外へと出た。

 空を飛んでいる。
 聖獣に乗っている時とはまた違う浮遊感。
『ランティスは、僕の傍に居てください』
 ぱっと画面の片隅が切り取られ、イーグルからの通信が入る。ランティスは頷き、FTOの傍に行く。
『セルシオ、相手の潜伏先は割れていますね?』
『中央塔だ。其処を占拠してるらしい』
 町の中でも一際高い塔。其処が反乱軍の根城らしい。そう会話しているうちに、十機程のファイターメカがこちらに近づいてくる。
『熱烈な歓迎ですね』
『やっぱり向こうもメカを開発してたか』
 他の三機のファイターメカが先駆けで突っ込んでいく。
 それぞれ間隔を置いてバルカン砲を相手に打ち込む。固まっていた十機がすぐに散らばった。
『セルシオは相手のデータの収集を。ランティス、僕たちも行きますよ』
「解かった」
 セルシオは、戦闘している箇所から僅かばかり距離を置き、戦闘データの記録を行っている。ランティスはFTOの後に着いて、他の三機が既に戦っている所へと進んで行った。
 当然十対三の状態では分が悪い。十対五でも悪いのは悪いのだが。
 しかし、数的には不利でも、実力の面で言えば圧倒的にこちらが有利だった。イーグル程ではないにしても、他の選ばれた三人もかなりの実力を持っている。
 イーグルが真っ先に切り込み、一機を戦闘不能にする。それを見てこちら側は勢いづき、次々と戦闘不能に追い込んでいく。
 すぐに十機共戦闘不能になり、あえなく戦線離脱していった。
『何か、あっけなくないか?』
『俺たちがそれだけ強いってことだろ』
 と、会話が交わされる。実際、実力に差がありすぎて拍子抜けする。
『油断するなよ、また来るぞ』
 セルシオからの通信で、全員がまた中央塔から出てきたファイターメカに注意を向ける。
『今度は、何機だ?』
『…数えるのが面倒だな』
『一体どれだけ隠し持ってやがるんだよ』
 あまりの量に半ば呆れた声で会話を交わす。しかし、暢気にしていられるような状態でないのは確かだった。
 それぞれが気を引き締め、また応戦する。
 しかし、今度は数が半端ではない。それぞれが孤立させられ、数にものを言わせようとする作戦なのだろう、どうにもやり難い。
『ちっ、鬱陶しい!』
 汎用機に乗った一人が、一息に片をつけようと、敵の戦闘機に突っ込んでいく。どうやら気が短いタイプらしい。
『駄目ですっ!』
 イーグルが焦った声で制止をかけようとするが、相手は聞き入れない。ランティスも、他の面々も囲まれていて、止めに行くのは無理だ。
 しかし、イーグルはその包囲から猛スピードで抜け出し、囲んでいた一角のメカを切り裂き、突っ込んでいった一人を追いかける。ランティスもそれを見て何とか抜け出そうとするが、性能の差か、FTO程のスピードは出ない。
 突っ込んでいった汎用機が何体かを戦闘不能にしたが、殆ど回りが見えていない。いつの間にか後ろに回りこまれているのにも気づいていない。
 殆ど離れていない至近距離から、レーザービームが打たれた。しかし、猛スピードでその汎用機に追いついたFTOが間に割り込み、シールドを展開させた。
『イーグルッ!』
『くっ!』
『司令官!!』
 NSXから様子を伺っていたジェオの叫びと、イーグルの苦しげな声。そしてもう一人は暴走したファイターの声。いくらFTOとはいえ、至近距離からレーザービームを受け止めて、何の衝撃もない筈はなかった。
 一瞬動きが止まったFTOをここぞとばかりに反乱軍のメカが撃とうとしたが、その前に気配もなく近づいた汎用機がその反乱軍のメカの腕を切り捨てていた。
『大丈夫か、イーグル』
 あっという間の出来事に、全員が動きを止めていた。セルシオの機体が、その隙にバルカン砲を発射し、また何体かを戦闘不能にする。
『ええ。相変わらず、タイミングがいいですね』
『一応こちらのデータ収集は終わった。こっちは俺が引き受ける。イーグルとランティスは大元を叩け』
『ええ、そうすることにします。行きましょう、ランティス』
 イーグルに促され、ランティスも包囲網を抜けて中央塔へと二人で向かう。
 こちらに追ってこようとする反乱軍のメカをセルシオはすかさず撃ち落とす。動きに無駄がない。しかも、先程はそれこそ誰も、セルシオの機体が其処まで近づいていることに気づかなかった。完全に気配を消していたのだ。
 ランティスでさえ、相手の戦闘機を切り伏せるその時まで、其処にメカが『居る』ということに気づかなかった。
 驚きはあったが、それに捉われてばかりも居られない。
 イーグルの後を追って中央塔へと向かう。
「あっちは、大丈夫なのか?」
『セルシオが居れば大丈夫でしょう。割と三人とも気が短いですが、セルシオがフォローしてくれます』
「そうか」
『こっちはこっちで集中しましょう。ボスのお出ましのようですから』
 そのイーグルの言葉とほぼ同時に、今までの反乱軍のファイターメカとは明らかに異なった形のメカが現れる。成る程、『ボス用』のメカなのだろう。他に二機のメカを従えているところが、尚更それらしい。
 イーグルはすぐさま攻撃に移りバルカン砲で相手の動きを乱す。ランティスはその後に続き、レーザーソードで雑魚の一機に切りかかる。
 流石にボスの腰ぎんちゃくだけあって、一太刀で切り伏せるのは無理らしいが、実力的には明らかにランティスが上だ。イーグルの方はと言えばボスを倒す方に集中しているらしいが、もう一機の雑魚機が邪魔でやり難そうだ。さっさとこちらを片付けてしまった方がいい。
 一度距離を置き、レーザービームを発射させる。それも素早く除けられたが、すかさずレーザーソードで切りかかる。イーグルほど強い訳ではない。
 すぐに戦闘不能に追いやり、イーグルの方を振り返る。戦闘は予想以上に長引いているし、長引く分だけこちらの精神エネルギーが削られて不利だ。
「イーグル、俺が囮になる。其の間にそいつを撃て」
『ランティス?』
「さっさと終わらせる」
『…解かりました』
 イーグルは頷いたかと思うと、ボスの機体と距離を置く。其の間にランティスがそちらに近づき、レーザーソードで切りかかる。残っているもう一機をイーグルが素早く戦闘不能にし、ボスの機体にレーザービームを向ける。
 その様子を確認してから、ランティスはバルカン砲で相手を撃ち、距離をとる。ボスの機体がランティスに気を取られている間に、イーグルのレーザービームがその機体を打ち抜いた。
『くそっ、こうなったら、道連れにしてやるっ!!』
 聞こえた声はその反乱軍のボスのものだろう。最後のエネルギーを振り絞ってFTOに突っ込んでいく。流石にイーグルも除けきれず、体当たりをまともに受ける。
『っ!』
「イーグル!」
 FTOもろとも自爆する気だ、というのはすぐに察せられた。ランティスは出せる限りのスピードで二機に近づき、レーザーソードをボスの機体に突き立て、FTOから引き剥がした。
 そしてバルカン砲で衝撃を与え、すぐさまその傍から離れる。
 数瞬の後、爆音と共にその機体は粉々になった。
『すみません、ランティス。助かりました』
「いや…」
 短く答えて、先程まで戦っていた機体の方を見る。あの様子では、命は助からないだろう。元々、そのつもりで自爆しようとしたのだろうが。
『一度、NSXに戻りましょう。これ以上のファイターメカがあるとも思えませんし、あちらも終わったようです』
 そう言ってイーグルはセルシオ達の方を見る。こちらも片が付いたようで、最後の一機を戦闘不能に陥らせていたところだった。
 六機のファイターメカはイーグルが命じるままNSXに戻った。


 ランティスが自分が乗っていた汎用機から降りると、ジェオが出迎えた。
「お疲れさん。大丈夫だったか?」
「ああ」
 こちらは大したことはなかった。
 暫くすると、イーグルもまたFTOから出てくる。が、すぐ脇に蹲ってしまった。
「おい、イーグル?」
 ジェオが心配そうに話しかけると、疲れ切った様子でイーグルが呟いた。
「眠い…」
「…精神エネルギーの使いすぎだな。暴走したのを庇った時に無理したんだろ」
 ジェオの言葉を聞き終わりもしないうちに、イーグルはすっかり沈没している。
「…あいつらっ、後でぶっ飛ばす」
 何とも不穏な声で呟く声が聞こえて振り返ると、セルシオがふらふらとこちらに歩いてきた。こちらも疲れ切っているようで、ジェオの所まで歩いたかと思うと、そのまま凭れかかった。
「…こっちもか」
「んっとに、暴走しまくりやがって…おかげで俺がどれだけ苦労したか…」
「あー、はいはい。お疲れさん」
「…起きたら、一人ずつぶん殴る……っ」
 不穏な言葉を次々漏らしつつも、どんどんと眠気に支配されているのか尻窄みになる。ジェオはその様子を見て溜息を吐いて、苦笑いを浮かべる。
「ランティス、イーグルを任せていいか?俺はセルシオを部屋まで送っていくから」
「解かった」
 ランティスは頷き、蹲っているイーグルに近づく。その後ろで、ジェオがセルシオに話しかけていた。
「おい、部屋まで歩けるか?」
「……多分」
「何とか部屋までもってくれよ…」
 そう言ってジェオが肩を貸して歩いていく。その二人を見送った後、ランティスはイーグルに声を掛ける。
「おい、イーグル。起きているか?」
「……眠い」
「…」
 この調子では立って歩くなんてことは出来そうにない。ランティスは溜息を吐いて、イーグルを抱え上げた。もう既に半分夢の中に入っているイーグルは、温もりを求めるようにランティスの胸元に擦り寄ってくる。
 その子供染みた様子に苦笑いを浮かべながら、ランティスはそのままイーグルの部屋へと歩いて行ったのだった。



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