空と太陽の瞳 act.3



 イーグルはランティスの腕に自分の腕を絡めたまま、ぐいぐいと引っ張っていく。
 しかし、この様子は回りから見たらどう見えるのだろう。親子のそれか、それとも恋人同士のそれか。どちらにしても、普通は男同士で腕を組むのは恥ずかしいだろう。
「イーグル、腕を放せ」
 溜息混じりにランティスがそう言うと、イーグルは振り返りランティスを見上げる。
「…嫌ですか?」
「嫌というか…」
 純粋に困っているのだ。こうまでストレートに好意を向けられるのは、慣れていない。
 しかし、上目遣いで不安そうに問いかけてくるイーグルを見ると、それを素直に言う気にもなれない。何故自分はこの少年にここまで振り回されているのだろうか、と考えずにはいられなくなる。
 しかし、そうしてランティスが困っている様子は、イーグルにも伝わったようで、渋々腕を放す。酷く詰まらなさそうな顔をされたが。
「解かりました。嫌がることをして、嫌われたくはありませんから」
「別に、嫌いになったりはしない」
「本当に?」
「ああ」
 頷くと、ほっとしたようにイーグルが笑う。
「良かった。やっぱり好きな人には嫌われたくありませんから」
「何故だ。会ったばかりの俺を…」
 こんなにも気に入られる理由が解からない。自分は、イーグルに好かれるようなことをした覚えは全く無いのに。
「…お前に勝ったからか?」
「それもあると言えばありますけど…」
 勝って余計に気に入られた、というのはあるのだろうが、その前からやたらと気に入られていた。それだけではないのだろう。
 少し考えていたイーグルが、にっこりと笑って答える。
「理由を挙げようと思えば、挙げられますけど…好きになるのに、理由なんて要りますか?」
「………いや」
 イーグルの言葉に、ランティスは首を横に振る。
 それならば、自分も同じだ。何故かは解からない。けれど、確かに彼に惹かれている自分が居ることに気づいていた。
「だったら良いじゃないですか。それで」
 そうかも知れない。ランティスが頷くのを見て、イーグルも嬉しそうに微笑む。それからふと気づいたように言った。
「あ、早く行かないと、ジェオを待たせてしまいますね」
「…だから、何処に行くんだ?」
「内緒って言ったでしょう?」
 結局、『恒例行事』が何なのか、着くまで教えてくれるつもりはないらしい。

 とある部屋の前に着き、イーグルがIDカードを差し込んでドアを開ける。
「此処がNSX内での僕の部屋です。ちなみに、隣はジェオの部屋になってます」
 そう言って中に入ると、何やら甘い匂いが漂ってきた。ランティスとしては、嫌な予感がしてならない。
「ジェオ。準備は出来てますか?」
「おう。丁度出来たところだ」
 何の準備なのか、と問う事も出来ずに、ランティスはイーグルに促されるまま、椅子に座った。目の前のテーブルには見慣れぬ類の菓子が置かれている。甘い匂いの元凶はそれらしい。
 イーグルがランティスの目の前に座ると、ジェオがカップにお茶を淹れる。
「そう言えば、ランティスは甘い物はお好きですか?」
「いや…」
 どちらかと言えば…否、どちらかなど聞くまでも無く、嫌いだ。
「そうですか」
 ランティスのはっきりとした拒絶に、イーグルは残念そうに呟く。
「折角ジェオに、ランティスのために作ってもらったのに…」
「なーにがランティスのためだ。お前が食いたいだけだろうが。この恒例の『お茶会』だって新人歓迎とは名ばかりの、ただの口実だろうが」
「いいじゃないですか。親睦を深めるには、一緒にお茶をするのが一番なんですよ」
「新人が居なかろうが、お前はいつもお茶してるだろうが。俺に菓子を作らせて」
「だって、ジェオの作るお菓子が一番美味しいですから。ランティス、ジェオはこう見えて、料理上手なんですよ」
「こう見えては余計だっ」
 二人の軽口の応酬は何処か微笑ましい。
 しかし、彼らの言葉からすると、『恒例行事』とはこのお茶会を指すらしい。そして、目の前に置いてある菓子はジェオが作ったようだ。
「ランティスは、ケーキは食べたことありますか?」
「ケーキ…これのことか?」
 目の前に置いてある円形の菓子を示すと、イーグルが頷く。
「セフィーロには無いんでしょうか。とっても美味しいんですけど。初めてなら、どうです、試しに食べてみては。甘い物が苦手でも、案外食べれるかも知れませんよ?」
 ね、と笑顔でそう言われるが、匂いからしてランティスは拒絶反応を示しているのだ。食べるなどとはとんでもない。
 しかし、食わずに嫌いと言うのも、イーグルに対して失礼だろうか。
 ランティスが悩んでいる間に、イーグルはケーキを切り分けて、ランティスの皿に盛る。
「一口でいいですから。ね?」
「………………解かった、一口だけだぞ」
 たっぷり考えた末、ランティスは覚悟を決めた。
 フォークでケーキを一口分取り、口に運ぶ。そして、口の中に入れた瞬間に、もう駄目だった。幾らなんでも吐き出すことは出来ないから、慌ててお茶で飲み下す。
「…………っ」
「…本当に、駄目なんですね……」
「大丈夫か?顔色悪いぞ?」
 青い顔で口元を押さえているランティスに、イーグルとジェオは同情の視線を向ける。お茶で全て流し込んだが、まだ口の中に甘さが残っているようで気持ち悪い。
「お茶、もう一杯飲むか?」
 ジェオの問いかけに、ランティスは無言で頷く。淹れられたお茶をもう一度すっかり飲み干して、ランティスはようやく一心地ついた。
 はぁっと大きな溜息を吐いたのを見て、イーグルは心配そうにランティスの顔を覗きこむ。
「大丈夫ですか?すみません、無理に食べさせてしまったみたいで…。これ程までに苦手だとは思わなくて…」
「いや、いい」
 イーグルの所為ではない。あくまで食べたのは自分なのだから。
「でも、この様子じゃ、お茶に誘っても一緒にお菓子は食べられそうにありませんね。僕一人で食べるのも何ですし…甘くないお菓子というのも、ジェオに作ってもらうべきでしょうか」
「俺は別に構わねーけどさ。ランティス、お前さん、甘いものは全部駄目なのか?」
 彼らの中で、お菓子は甘いもの、という構図でも出来上がっているのだろうか。確かに、そういうものも多いのだろうが。
 しかし、全く駄目かと聞かれて、思いつくのはセフィーロの果物だ。
「同じ甘い物でも、果物ならまだ平気なんだが…」
 甘さの種類が違う所為だろうか。お菓子の甘さと比べると、さっぱりしている分食べられる。
「果物ですか…。ジェオ、今度用意しておいて貰えますか?」
「おう。でも果物もやっぱりセフィーロのものとは違うんだろうな。ランティス、お前さんの国だと、どんな果物があるんだ?」
 ジェオもいつの間にか席に着いていて、自分の分のお茶とケーキを取っている。イーグルも自分の分のケーキを美味しそうに頬張っていた。その顔が幸せそうに緩むのに思わず見蕩れて、ジェオの質問はすっかり頭から抜けていた。
「おい、ランティス。俺の話聞いてるか?」
「あ、ああ。セフィーロの果物か」
 一応耳には届いていた。そして故郷の食べ物を思い出す。
「ブイ・テックとか、プラグとか、いろいろあるが…」
 セフィーロは自然が豊かで、美味しい果物や木の実も沢山ある。子供の頃は手近な木に登っては果物を取っておやつ代わりにしていた。そんなことをしても誰も怒らない。自然はみんなのもので、子供が食べた程度でなくなったりはしない。
 久方ぶりに思い出す故郷は矢張り、懐かしく、愛しい。けれど、その故郷は、紛い物の美しさなのだ。
「僕も一度、セフィーロの果物を食べてみたいです」
 イーグルの言葉に、ランティスははっと顔を上げる。ついつい、物思いに耽ってしまったらしい。
「いつか、行ってみたいです。セフィーロに」
 そうして呟くイーグルの瞳はきらきらと輝いていて、ランティスの故郷に対する、紛れもない憧れが見て取れた。ランティスがセフィーロの出身と知った時に見せた興奮した表情は、そのためなのだろう。
「いつかな」
 そう言うと、イーグルは一瞬驚いたようにランティスを見て、それから破顔する。
「はい」
「全く、イーグルはセフィーロのことになるとまるっきり子供みたいになっちまうからな」
「良いじゃないですか、別に」
 ジェオのからかうような言葉に、イーグルが少し拗ねたような声で答える。
「どうせ僕はまだまだ子供ですから」
「朝一人で起きられないお子様だもんなー」
「ジェオがいつも起こしに来るから、自分で起きる必要は無いんです」
 イーグルは少し頬を赤くして反論する。
「お前が朝素直に起きりゃ、俺も起こしに行く必要はないんだがな」
「睡眠は僕にとって、この世で最も大切な時間なんです。少しでも長く寝ていたいと思って当然でしょう」
「それで毎朝起こしに行って苦労してんのは誰だと思ってんだよ」
「だったら起こしに来なきゃいいんです」
 ぷいっと完全に拗ねた顔でそう言うイーグルに、ジェオははーっと溜息を吐く。
「起こしに行かなきゃ、お前一日中寝てるだろうが」
「どうせなら一日中寝てたいです」
「司令官が馬鹿なこと言ってんなよ」
 ジェオは苦笑いを浮かべる。そうして会話を聞いているだけでも、二人の仲が気の置けないものだということがよく解かる。
 口ではなんと言っても、ジェオのイーグルを見る目はいつも優しい。だからこそ、イーグルもジェオを信頼して、子供染みた態度をとるのだろう。
 微笑ましい光景に、ランティスの心が穏やかに凪いで行く。
 此処に、オートザムに来てから…イーグルに出逢ってから、自分の心が不思議なほど温かく満たされていくのを感じる。イーグルの笑顔を見ると、柔らかな日の光を浴びている心地がする。
 オートザムに太陽はない。でも、此処には、この場所には、暖かい日の光が降り注いでいる。イーグルの周囲だけは温もりに包まれていて、ランティスはセフィーロ城の中庭の木の上で昼寝をしていた時のような・・・否、それ以上の安らぎを感じるのだった。
 そうして、そんな暖かな空気に包まれながら、『恒例行事』のお茶会は過ぎて行ったのだった。



 数日経てば、此処の空気にも慣れてくるもので、ランティスの無表情にも最初は皆気圧されていたようだったが、そのうちあまり気にしなくなった。
 しかし、初日以来殆どイーグルとは会っていない。何しろイーグルは司令官で、普段は会議だ何だと忙しい日常に忙殺されているし、ランティスはランティスで、慣れない軍の規律や、ファイターメカの性能や仕組み、其の合間に訓練をこなしてと、忙しい生活を送っていた。
「ランティス!」
 自分の名前を呼んで手招きする人物を見て、ランティスは近づいていく。
「何だ」
「ちょっと、倉庫に荷物運ぶの手伝ってくれないか。一人じゃ流石にきつくてさ」
 ランティスを呼んだ人物、セルシオが苦笑いを浮かべて指し示した先にあるものを見て、流石に呆れた表情になる。
「二人でもきついだろう」
「だけど他の連中は演習中なんだよ。頼めるヤツが居なくてさ」
 山のように置かれた物。武器らしき物や、用途不明の物まで、いろいろ置いてある。
 確かに、他の人間は演習中で、今は周りには誰も居ない。地道にではあるが、こつこつ運ぶしかないだろう。
 何故自分が演習に参加しないのかと言えば、皆が相手をしたがらないからに他ならない。最初にイーグルを負かした事で、自分達じゃ相手にならない、とすっぱり言われたのだった。
 二人で持てるだけの荷物を運びながら歩く。
 恐らくここ数日で一番会話を交わした数が多いのはセルシオだろう。ファイターの纏め役だけあって、よくランティスの面倒を見てくれている。ランティスは無口、無表情で、周囲の人間もあまり気にしなくなったとは言え、進んで話しかけてくることもなく、演習にも参加しない自分は矢張りこの中で浮いてしまう。
 それを気遣ってか、セルシオはよくランティスに話しかけてきた。
「お前は、演習に参加しなくてもいいのか?」
「ん?俺はいいの。例え仲間相手でも手の内は見せたくないんでね。偶に練習する時はイーグルと二人だけの時だしなぁ」
「お前でも、俺の相手は出来ないか?」
「え?…そりゃ、流石に無理だ。俺だってイーグルには一回も勝ったこと無いんだぜ?ジェオだってそうさ。強さの桁が違う」
 ファイターを纏めているというのだから、それなりに強いのだろうと思ったが、それでも相手にならない、と言うのだからイーグルの強さは並外れているのだろう。そして、初日にイーグルに勝った事で自分も同レベルとされたのだ。
「それに言ったろ。俺は出来るだけ仲間にも手の内見せたくはないんだ」
 確かに、ランティスもセルシオが戦っているところは一度として見たことがない。ファイターメカの演習でも、生身の訓練でも。
 どんな戦い方をするのか、さっぱり解からない。
 演習でなく、本物の戦闘にならなければ見られない、ということだろうか。
「なぁ、ランティスは何でファイターになったんだ?」
「?」
「最初はあまり乗り気じゃなさそうだった、ってジェオが言ってたからさ」
「ああ」
 確かに、あの時イーグルに出逢わなければ、自分はとっくにオートザムを出ていただろう。
 何故残ったのかと聞かれたら、イーグルに出逢ってしまったから、としか言いようがないが、それを素直に言葉にするのもどうかと思い、少し考える。
「イーグルが戦っているのを見たから…だろうか」
「イーグルが?」
「軍に見学に来た日に、演習しているのを見た」
「ああ、その日は珍しくイーグルも演習に出ていたからな」
 セルシオは得心したように頷く。
「それを見て、俺も戦ってみたいと思った」
「ま、確かに、イーグルのFTOが戦う様は思わず見蕩れるぐらい綺麗だからな」
 ランティスの其の答えに、セルシオは納得したようだった。
 しかし、それが全てではない。確かにイーグルと戦ってみたいと思ったのは事実だが、自らの本当の気持ちを素直に言えば、イーグルの存在そのものに惹かれた、というのが一番正しい気がする。
「お前は?」
「え?」
「何故、軍に入った」
 自分が聞かれるとは思っていなかったのだろう。セルシオは驚いたようにランティスを見て、その後自嘲気味に言った。
「人を、探すためだ」
「人を?」
 軍に入って人探し、とは聞いたことがない。
 しかし、その表情を見ると、余り深く聞くのも戸惑われる。だが、セルシオはそれ以上尋ねるまでも無く、自ら話し始めた。
「俺の探している人が、軍で働いていると聞いた。だから、俺はファイターになったんだ。不純もいいところだろ?」
「…見つかったのか?」
「どうだろうな」
 曖昧な答えを疑問に思いながらも、ランティスはそれ以上尋ねようとは思わなかった。結局、そういうものは自分で答えを探すしかないのだろう。
「でも、軍に入れて良かったとは思ってるよ」
「…」
「最初は頭でっかちの口うるさいジジイばかりかと思ってたけど、此処に来て…良かったと思う。命を懸けても、守りたいものが出来た」
「……イーグルか?」
 セルシオは、言葉にせず、ただ微笑んだ。
 その微笑みが何よりもセルシオの気持ちを物語っている気がした。
 そうして話しているうちに倉庫に着き、取り敢えず持っている物を中に仕舞い込む。
 倉庫の中は薄暗く、けれどきちんと整理されている。保存食や長期保存が可能な酒類も置いてあるようだった。ランティスは何処に何を置いたらいいか解からないから、セルシオの指示に従って仕舞っていく。
 一通り、持っていたものを片付けると、もう一度元居た場所に戻る。まだまだ沢山あった筈だから、後何往復しなければならないだろう、とランティスは少しうんざりする。
「いつも、一人でこんなことしているのか?」
「違う。今日は貨物用のバイクが壊れて使えないんだ。いつもならそれを使って一回で済む」
 セルシオは軽く溜息を吐いてそう言う。
「ごちゃごちゃ言ってても仕方ない。さっさと終わらそう」
 その言葉に頷き、元居た場所に戻り、其の後何往復か…少なくとも10回近くは往復したに違いない。

 全て終わった頃には流石に二人ともくたびれていた。
「終わったーっ」
 セルシオはもう歩かない、とばかりに座り込む。
 ランティスも、座り込みはしないものの、暫くは動きたくなかった。演習せずとも、これで充分な訓練になるのではないだろうか。
「ランティス!」
 不意に上から声が降ってきて、ランティスは上を向く。ランティスとセルシオが居る場所より3階分は上の手すりから手を振っている。
 何だか久しぶりに顔を見た気がする。
 そう思ったのも束の間、イーグルは行き成り其処から飛び降りた。
「イーグル!!」
 そんな高さから落ちて、普通は無事では済まない。ランティスは慌てて駆け寄り、落ちてくるイーグルを抱きとめた。
「馬鹿!何やってんだ!!」
 また上から声が聞こえて見上げると、先ほどまでイーグルが居た場所にジェオが居る。ジェオも行き成りイーグルが飛び降りたので驚いたのだろう。
 ジェオは流石に飛び降りることはせず、そのまま姿を消した。ちゃんと正規のルートでこちらまで降りてくるつもりなのだろう。
 しかし、そんなランティスやジェオの心配も気にした様子もなく、イーグルはランティスに抱えられたまましっかり首に腕を回して、くすくすと楽しげに笑っている。
「イーグル、あんなところから飛び降りるのは無茶だ」
「大丈夫ですよ。貴方が受け止めてくれますから」
「…」
「それに、そうでなくても、ちゃんと着地できますよ」
 にっこり笑って言うからにはそうなのだろうが、見ている方としては心臓に悪い。
「ちゃんと階段から降りてくればいいだろう」
「早く貴方に会いたかったんです」
 無邪気に笑ってそう言われれば、これ以上何も言えなくなる。ぎゅっとしがみ付いてくるイーグルに、嫌な気分はしないが、セルシオもすぐ傍に居るのだ。いつまでもこの体勢というのも問題がある。
「イーグル、そろそろ離れてくれ」
「嫌です」
「…イーグル」
「本当にもう、最近忙しくて忙しくて忙しくて……昼寝をする暇もお茶をする暇も、貴方に会う暇もないなかったんですよ?傍に居るのはいつも口五月蝿いジェオや上役の人ばかりで…」
 愚痴を溢しながらも、ランティスに抱き付く腕は緩めない。
「俺も疲れてるんだがな…」
 慣れない軍での集団生活にも疲れているが、先ほどの10往復に、イーグルが飛び降りてきたことで心労も増えた。
「ランティスは丈夫そうですから」
「…」
 ランティスが何も言えずに溜息を吐くと、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「イーグル!」
「あ、ジェオ。早かったですね」
「早かったですね、じゃない!行き成り飛び降りるヤツがあるか!!」
「いいじゃないですか。無事だったんですから」
「そういう問題じゃねーだろ…」
 毎度の事ながら悪びれた様子もないイーグルに、ジェオは頭を抱える。
 最近忙しかった、とイーグルはぼやいていたが、其の間に一番大変だったのは実はジェオだったのではないだろうか。
「大体、いい加減ランティスから離れろよ。何時までくっ付いてるつもりだ?」
「嫌です」
 先ほどランティスが離れてくれと言った時と寸分違わぬ対応。
「ガキじゃねーんだから…」
「子供ですよ、僕は」
「こんな時ばっか都合よく子供になるな!」
 ジェオが力づくで引き離そうとすると、イーグルは負けじとランティスの首にがっちりとしがみ付く。殆ど首を絞められるような形になって、流石に苦しい。
「イーグル、腕を緩めろ」
「う〜っ…」
「ほら、いい加減離れろ。こんな所他のヤツに見られたら、何て言われるか解かったもんじゃないんだぞ!」
「別にうちの人間なら誰に見られたって変わらないですよ」
「他のトコのヤツらに見られたらどうすんだ!」
「知りません!」
 頑固だ。しかも、腕の力を緩めるつもりも無いらしい。確実に首が絞まっていくのだが、ジェオもイーグルもそれに気づいている様子がない。見かねて口を出したのは傍観していたセルシオだった。
「イーグル、そのまま締め続けると、流石にランティスが死ぬぞ?」
「えっ?」
 どういう状態なのかようやく気づいたイーグルがぱっと腕を放す。その瞬間にバランスを崩したイーグルを慌ててジェオが支える。
「イーグル…」
「大丈夫ですか…?ランティス」
「ああ」
 流石に限界に近いところではあったが。絞まっていた首元を思わず手で押さえる。
「全く、お前は加減てものを考えろよ…」
「すみません…」
 流石に反省したのか、しゅんと落ち込んだ返事が返る。
「しかし、どうしたんだ、イーグル。此処まで駄々を捏ねるなんて珍しい」
 セルシオの問いかけに、イーグルは上目遣いでそちらを見る。此処に居る人間は皆イーグルより背が高いから自然とそうなるのだが、その様子がどうにも子犬が訴えるような眼差しを向けているようで無碍に出来ないような気分にさせられるのだ。
「約束…したじゃないですか」
「え?」
「また、試合してくれるって、約束したじゃないですか」
「…ああ」
 ファイターメカでの演習のことだろう。ランティスが頷くと、イーグルは尚更膨れた顔をする。
「なのに忙しくて全然全然全然っ、そんな暇なくて、それどころかランティスに会う暇さえなくて、これじゃあいつになったら試合出来るのか解からないじゃないですかっ!」
「それで拗ねていたのか?」
 確かに、互いに多忙で、約束はしたがそんなことをしている余裕もなかったが。
「楽しみにしてたんです」
 そのイーグルの様子に、ジェオとセルシオは思わず顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。この17歳の子供の上司を相手にしていると、どうにもそんな風に笑うしかなくなるらしい。
 ランティスはそっと、イーグルの頭を撫でた。
「いつ頃なら、時間が空く?」
「………早くても、明日の夕方です」
 大体、夕方頃には演習は終えてそれぞれ別の仕事をしている。成る程、こんな調子で予定が合わないのだろう。司令官ともなれば、それだけ忙しい、ということだ。
「じゃあ、明日の夕方、演習が出来るように頼もう」
「え?」
「…構わないか?」
 ジェオに尋ねると、仕方がない、とばかりに首を竦める。
「解かった。ヴォルツじーさんにも頼んでおくよ」
「…いいんですか?」
「お前にずっと不機嫌なままで居られるよりはマシだ」
「有難う御座います!」
 嬉しそうに笑うイーグルに、三人はほっと息を吐く。
 泣く子に勝てない、とよく言うが、拗ねるイーグルにも誰も勝てないのだ。我侭をきいて、こうして笑顔が返って来るなら、いくらでもきいてやりたい、とさえ思ってしまう。
 無邪気な子供かと思えば、酷く真剣な戦士の顔をしたり、かと思えばこうして拗ねてみたり、何もかも計算しているかのように見えても、その実何処か抜けていたり。
 掴み所のないイーグルに、散々振り回されて、それでもそれが嫌ではない、そう思う自分が一番問題なのかも知れない。
 そう思い、ランティスは苦笑いを浮かべたのだった。



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