第十四話 〜叶う日〜



 死刑執行当日。
 天気は晴天。からっと晴れ渡っている。
 人々は公開処刑の話を聞いて公園に集まってきている。
 エリヤ達は公園の裏手に回って様子を伺う。
 処刑の場所は公園の中央に位置する丘の上に台座を置いたところだ。一定の距離を保ち、人を近寄りすぎないようにしている。
 なんとも気分が悪い。
 此処に集まっている人々は人の死を見に来ているのだ。興味半分で。
 この人間達はダリスが死ぬのに、哀れみを持ってみても悲しんだりはしないのだ。
「胸糞悪い」
 ユダが呟く。
「同感だな。嫌なもんだぜ」
「手順は解かってるな?」
「もち!」
 ユダの手には弓が握られている。
 それぞれダリスから貰った携帯と拳銃も持参している。
「携帯を使うのは初めてだな」
 エリヤが携帯を見ながら言う。
「それぞれの持ち場に」
「了解」
 エリヤとマリアは教皇の座る椅子の真後ろに。ユダは向かって右、イザヤは左だ。
 教皇が椅子につくと、辺りは静かになる。隣にはヨハネが控えている。
 教皇はそれを見渡して言う。
「此れより、公開処刑を行う!」
 声はあちこちに響き渡る。
「罪人をこちらへ」
 人々はこれから処刑されるのがどんな人間なのか、興味を示している。
 ダリスが連れられてきた時、人々は息を呑んだ。まだ若い少年だからだ。興味を示していた人々の感情は一気に哀れみに移り変わる。
 その人々の感情を読み取って教皇は言う。
「皆、彼の若さに驚くかも知れないが、彼はたびたび仲間の少年達と共に私の命を付けねらったのだ。仲間の少年達は被害者だ。恐らく彼に脅されたのだろう」
 人々の視線がダリスに集中する。教皇は一瞬にやっと笑った。
「それだけではない。彼は自らの父親を貶め、兄ではなく、自分が後を継げるように仕向けたのだ。でなければ当時十二歳だった彼が後を継げる筈が無かったのだ。気づかなかった私は馬鹿だったのだ。これには証人もいる。彼の母親だ」
 そしてダリスの母親が招かれる。
 そして彼女は悲壮感たっぷりに訴えたのだ。
「間違いありません!この子が夫を脅しているのをこの耳で聞いたんです!まさか私がお腹を痛めて生んだ子がこんな事をするなんて…。夫もこの子が殺したに決っています!」
 そう言って彼女はその場に蹲る。
 嘘八百もいいところだ。
 其処で教皇はすかさず彼女の肩に手を置く。
「哀れなご婦人。もう下がってよろしいですよ」
「すみません。取り乱してしまって…」
 彼女は泣きながらその場に留まると言う。
「自分のこの罪はこの場でしっかり見つめなければいけません。お願いします」
「ああ、それが願いならば」
 教皇は頷く。
 此れでこの場の人々の心は彼女への哀れみと、教皇への信頼感、そしてダリスへの憎しみで一杯になった。馬鹿らしい、とダリスは思う。
 自分を殺すためにここまで理由付けするのだから。
「これで彼の罪状は明らかだろう」
 そしてダリスを更に人々の前に連れて行く。手は縄で縛られている。
 ダリスを前に出した事によって人々は罵声を浴びせる。そのどんな言葉にもダリスは目を瞑って顔色一つ変えない。
 ダリスはゆっくり瞳を開き人々を見据える。
 人々は一気に静かになる。まるで金縛りを掛けられたように動かない。
 ダリスの瞳は人々の心を揺るがした。
 死を目の前に、恐れをも感じていないような瞳。それが人々を迷わせた。
 しかし、教皇はそれに気づかない。
「罪人、何か言う事はあるか?」
 ダリスはこの時を待っていた。深く息を吸う。
「私は、教皇様を殺そうとした事を否定するつもりはありません。後悔もしていない」
 人々はざわめく。
「ただ一つ否定すると言うのなら、私は父を殺してはいないということです。脅したりもしてない。私は権力への執着など全くないし、別に欲しいとは思いませんから。父は病気で死んだんです。父は誰かの手に落ちるほど愚かではありません」
 ダリスは教皇になど言っては居ない。他の人々に言っているのだ。
 人々はダリスの言葉を信じている。ダリスが次の言葉を放つのを待っている。
「私は教皇様を殺そうとした事を間違いだとは思っていない。教皇様こそ裁かれる人物だからです」
 人々はダリスを見守っている。
 ダリスは人々の関心が自分に向かっているのをひしひしと感じていた。
「一体誰が悪いのか、解からないのか?そこまで馬鹿ではないだろう。この男は人々から信頼を得られるような人物じゃない」
 人々はざわめきだす。やっと教皇は慌て始める。
「もういいだろうっ!」
「よくない!知っている筈だ。誰が俺達の世界を汚した?一体誰が六年前、当時十歳の子供を連れて行った?この中に彼等の親もいる筈だろう」
「黙らせろ!」
 教皇は叫ぶ。
「ダリス!」
 イザヤは慌てる。
『まだだ、落ち着け!』
 今にも飛び出そうとするイザヤをエリヤは携帯から呼びかけて止める。
『大丈夫だ。ヨハネの合図があるまで待つんだ』
「ああ…」
 イザヤは悔しそうにダリスを見つめる。
 教皇はすぐにでもダリスを殺そうとしている。出来ないのは人々が見ているからだ。
「考えろ、一体今まで誰が俺達を苦しめてきた。彼等を連れて行って何をしていたと思う?躾と言う名の暴力を受け、部屋だと言って牢屋を分け与えた。保護という名のもとに彼等を閉じ込めていた。解かる筈だ。誰がやったのか」
「処刑を開始する!」
 教皇は堪らずに言う。
 ダリスは其処に跪かされ、首を切り落とされるのだ。
 処刑人は大きく剣を振りかぶった。
「ストップ!」
 声がして処刑人の手が止まる。
 人々は呆然としている。ヨハネが教皇の頭に銃を突きつけている。
「ヨハネ、何を…」
「僕が自分の親を殺した人間に大人しく従うと思う?人の心を動かしたいなら、もっとやり方を考えなよ。ダリスのように命を投げ出す覚悟もないくせにね」
 ヨハネの言葉に人々はまた動揺する。
「ヨハネ…」
 ダリスが目を見開いてヨハネを見る。
「君の思い通りにはさせないって言わなかった?」
「ヨハネ、お前もダリスに通じていたのか!?」
「何を今更」
 ヨハネはにっと笑って銃を空に向かって撃つ。
 それと同時に矢が二本飛んできてダリスと処刑人の間に突き刺さる。
 ユダが放った矢だ。
『イザヤ』
 エリヤがイザヤに呼びかける。
「ああ」
 イザヤは驚いている人々の前に飛び出す。
 ユダはもう出てきて処刑人の頭に銃を突きつけている。
「今から、教皇の処刑をするのに反対の人はいますか?」
 ざわざわと人々はどよめく。
「教皇は今まで何人もの罪の無い人を殺してきた。俺達の両親も、仲間も」
 エリヤとマリアは出てきてダリスの縄を解く。
「反対の人はいるか?」
 今度はエリヤが言う。
 人々は静まり返る。そして誰かが言う。
「反対の奴なんているもんか!」
「そうだ!!そんな奴、居やしない。居たら殴り飛ばしてやるよ!!」
 それにつられて皆賛成の声を上げる。
「決まりだな」
 イザヤが教皇を見て言う。
「やめてくれっ、たっ、助けてくれっ!!」
 教皇は助けを求めるが誰も哀れむ者などいない。
「いいのか?」
「何が?」
 エリヤに助け起こされ、ダリスが言う。
「怪我を治すわ。話すのは後」
 マリアがそう言って、傷ついたダリスの身体に手を触れる。すると、暖かい光に包まれ、傷は癒える。人々はそれを目の前に呆然としている。
「もう、普通に暮らすことは…」
「俺達は普通に暮らせなくなるより、ダリスが居なくなる方が嫌だったんだよ」
「馬鹿だな。自らの手を汚す事は無いのに」
「良いんだよ。此れが俺達のケジメなんだからな」
 イザヤが言う。
「俺が殺るぜ。いいよな?」
 ユダが同意を求める。
「…ああ」
 ダリスは頷く。
 ユダは教皇に銃を向ける。
「た、助けてくれっ、頼む!」
 必死に教皇は助けを求める。
「サヨウナラ」
 ユダはそう言って引き金を引く。
 高く音が鳴り響いた。

「くっ…ははははは、ユダ、お前最高だぜ!」
 イザヤは大笑いする。
「笑うなよ、イザヤ!!」
 ユダは頭を抱えている。
 辺りには赤ん坊の泣き声が響いた。
 ユダに撃たれた教皇は赤ん坊になったのだ。
「此れがユダの力か?はぁ〜…まさかこう来るとはな…」
「何でこうなるんだよ!俺が!どうせならこれはマリアだろ!!」
 ユダは叫ぶ。
「いや、そうとも限らない」
 ダリスが言う。
「確かに、キリストはユダの裏切りで死んだが、三日後に蘇った。それを生まれ変わりと喩えるなら、きっかけを作ったユダがそれを行っても不思議じゃないだろう」
「成る程」
 イザヤは感心する。
「へぇ〜っ、んじゃ、こっちのオバサンでも同じな訳だよな?」
 ユダがダリスの母親に銃を向ける。彼女は腰を抜かしていて動けない。
 撃てばやはり、彼女も赤ん坊になった。
「最初からやり直すべきだよな、やっぱり」
「んで、二人どうするの?まさか俺達が育てるとか?」
 イザヤの言葉にユダは嫌そうな顔をする。
「げぇ、それはパス!」
「元はといえばお前がやったんだろ!?」
 イザヤとユダは言い合う。
「あの、俺が引き取ります!」
 一人名乗り出たのを見てダリスは目を見開く。
「兄さん…」
「母さんは俺が引き取るよ。ごめん、ダリス。俺、母さんに見放されるのが恐かったんだ。父さんがダリスばかり気にかけるのに嫉妬してた。さっきのを見て、感動した」
 ダリスの兄、ジルが言う。
「母さんは俺が育てるよ。ダリスは今まで通り当主として…」
「いえ兄さんが後を継いでください。父さんは俺が動きやすいように当主にしてくれたんです」
「しかし…」
「ただ、お願いがあるんです。彼らも一緒にあの家に住まわせてくれませんか?」
 ジルの言葉を遮ってダリスは言う。
 ジルは頷く。
「勿論じゃないか。一緒に住んでくれないか?」
 エリヤ達は顔を見合わせ、頷く。
「よろしくお願いします」
 ダリスは良かったと思う。
 父は間違っていなかった。
 父が死ぬ前、ベッドの傍で話した事を思い出す。


「もう、時間が無いな」
「父さん」
「頼むぞ、彼等に平穏な日々を…」
 ダリスは寝たきりになってしまった父の手を握る。父は優しく握り返してくれた。
「解かっています。彼等を苦しませはしません」
「ありがとう。しかし、ジルはお前に後を継がせると言ったら何と言うかな」
 ダリスはじっと父を見つめる。ダリスはぎゅうっと皺だらけの手を握る。優しく大きい父の手。
「ジルは、育て方を間違ったのかも知れんな…」
「父さん!そんなことは…」
「あれは母親の影響を強く受けている。宗教にも、人の善悪にも無関心で自分の望みにばかり忠実に動く」
「そんなことはありません。兄さんだって本当は解かっている筈です。ただ素直になれないだけなんだ」
「だと良いがな」
 日に日に衰えていく父を見ているのは辛かった。
 父が間違っているのを認めるのも嫌だった。
「そんな風に言わないで下さい」
「いいんだ。私はもう先が短いしな」
「父さん!」
「そんな顔をするな。お前はこの家を継ぐ。善い事を行い、人を助けてやれ。助けてやってもそんな顔をしていたんじゃ相手も素直に喜べないだろう」
「はい…」
 ダリスはもう一度父の手を強く握った。


 ジルは、母を抱き上げる。否、もう母親ではないのかも知れない。
「教皇の方はどうする?」
「俺に育てさせてください」
 また声が上がり、今度はヨハネと顔を見合わせる。あの見張りだ。
「ダリスの知り合いか?」
 エリヤが聞くのに、ダリスは頷く。
「まさか君が出てくるとは思わなかったよ」
 ヨハネが彼に言う。
「いけませんか?」
 彼はむっとしたように言う。
「別に…」
 ダリスは二人のやりとりを見て苦笑する他ない。
 他の皆も、何故この二人が仲良くないのか何となく解かった。
「ダリスって八方美人だよな…」
 イザヤは呟く。
「今更だな」
 エリヤが言う。
「ヨハネ、この二人を洗礼してくれないか?生まれ変わったんだ。新しい名前を付けよう」
 エリヤの言葉にダリスは頷く。
「解かった。じゃぁその二人を並べて置いて」
 並べて置かれた赤ん坊にヨハネは言う。
「洗礼者ヨハネの名において、この者たちに新しい名を。女子の名をルカ、男子の名をマルコとする」
 ヨハネがそう言うと、赤ん坊から眩い光が発せられる。
 皆、しんと静まり返る。
「なぁ、それ、合ってるの?」
 ユダの言葉にヨハネは首を竦める。
「知らない。適当だからね。今時洗礼なんてしないし。いいんじゃない、気分だよ、気分」
「お前らしいな」
 エリヤは溜息を吐いた。
 ジルは、ルカとなった母を抱き上げ、見張りは、マルコとなった教皇を抱き上げる。
「あ、貴方はこれからどうするんです?行く当ては?」
 ダリスは見張りに聞く。
「いえ、特には…」
「それじゃぁ、うちに来たら良いんじゃないか?ルカとマルコの養育係に」
 ジルが提案する。
「それは、有難いですけど…」
 彼は戸惑う。
「俺が当主になるんだったら、これからの引継ぎが忙しくて子育てどころじゃないだろうからな。うちに来てくれると嬉しい」
「はい、よろしくお願いします!」
 彼は頭を下げる。
 すると、一気に拍手が上がる。見ていた人々が歓声をあげる。
 鳴り止まぬ拍手の中、皆新しい生活に心躍らせていた。


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