広くて静かな家。否、静かに見える家。 明かりが漏れ出る家は、温かな気配がする。実際がどうかは別として。 「おい、ダリス。こんな夜中に何処に遊びに行くんだ?良いのかよ、この家の主がこんなことしてて」 出掛けようとするダリスに、一人の青年が嫌味を言う。 「俺は遊びに行くんじゃありません。兄さん、貴方と一緒にしないでください」 「何だと!?」 頭に血が上りやすい兄は、ダリスを殴りつける。 殴り倒されたダリスは壁に背中を打ち付ける。 「っ!」 「ふん、親父が何て言ったか知らないがな、此処の長男は俺なんだよ。この寄生虫がっ!」 すかさずダリスの胸倉を掴み、睨みつける。しかし、ダリスは真っ直ぐ兄を見つめる。怯んだ様子は見えない。 「金を食いつぶしているのは貴方でしょう。夜遊びもいい加減にしたらどうです」 ダリスはわざと怒らせるようなことを言う。 「何してるの!ダリス!?」 「ああ、母さん」 兄はさっきまで掴んでいたダリスの胸倉をぱっと放す。 「何でもないよ、母さん。ダリスがこんな時間に出掛けようとするから止めてたんだ」 「そうなの?ダリス、こんな時間に出掛けるなんて非常識な!あの人がどうして貴方を後継ぎに選んだのかは知らないけれどね、そんな事この家の誰も認めちゃいないのよ。本当はジルが継ぐべきなんだから」 「お二人がどう言おうと、今は俺がこの家の主です。それでは、俺は出掛けなければいけないので」 ダリスは踵を返して家を出る。 打ち付けた背中が痛む。けれどそんなものは何でもない。 一人だ。一人で居なければならない。何があっても、それだけは――。 ダリスはそのまま歩いてエリヤのところに向かう。 「ダリス!」 扉を開けて一番にイザヤの笑顔が飛び込んでくる。 「何か犬みたいだな」 「あ、そんな感じする」 「忠犬?ご主人様の帰りを待つ」 「でも雑種だろ」 「オイ、勝手な事言ってんなよ」 皆が自分の事で騒ぎ出すのでイザヤは止めに入る。 暖かい場所だ。父が亡くなってからこんな光景を見ることは無かった。否、父が亡くなる前でもこんな賑やかな事はなかった。 「ダリス?どうしたんだ?」 エリヤが声を掛けてくる。 「いや、なんでもない。エリヤの方こそ、気持ちが晴れたようだな」 「…ああ」 エリヤは微笑む。 「そう言えば、渡したい物があると…」 「後でいいさ、そんな事は。それよりあいつらを止めなくてもいいのか?」 ダリスの指差した方を見るとイザヤとユダが取っ組み合っていた。 「……あいつら」 エリヤは諦めたような声を上げる。 「子守りも大変だな」 「イザヤはお前が面倒見たほうが良いんじゃないのか?」 「いや、エリヤの仕事だ」 「何を考えているんだ?お前が自分を一人だと思っていても、イザヤや俺はお前と共にある」 言うだけ言って、エリヤは二人を止めに行く。 「―――エリヤ、俺は限りなく一人でなければいけないんだ」 聞こえないのを解かっていてダリスは呟く。 「あのっ」 マリアがダリスに話し掛けている。さっきの声が聞こえたのかとも思ったが、そうではないらしい。 「エリヤの、事で……」 「外に出よう」 「はい」 マリアはダリスの言葉にちょっと安心したような顔をした。 外に出ると、車のクラクションの音が響いてくる。 これでは話していても本人達にしか聞こえないだろう。 「この前、貴方はエリヤと何を話していたんですか?」 マリアは率直に聞いてくる。 「俺から話すことじゃない」 「でもっ!エリヤは…貴方と話してから、少しの間元気が無かったし、それに夢に魘されてたみたいで…」 「夢?」 「両親が死んだ時の夢です。私達皆が見る、共通の夢…」 マリアは真っ直ぐダリスを見る。 「もう、全て終わったと思ってたのに」 「確かにエリヤの心を揺るがしたのは俺だろう。しかし、まだ終わっていない。夢も、現実も」 「終わってない?」 「教皇は俺達を探しているらしい」 エリヤが急に声を掛けてきたのでマリアは驚く。 「エリヤ!皆も…」 「俺は、ダリスに教皇を殺してくれと頼まれた」 「え?」 エリヤの言葉にダリスとイザヤ以外の三人が目を見開く。 「俺は、それを受けた」 「どうして!?」 「そうだよ、何で…」 マリアとペトロが非難する。 「俺もエリヤと一緒に行くつもりだ」 イザヤが皆の顔を見回して言う。 「驚かないんだな、ダリスは……。俺が着いて行くと最初から解かっていたんだろう?」 ダリスは応えない。イザヤは溜息を吐く。 「俺も着いてくぜ」 ユダが言う。 「恨みはいくらでもあるんだからな!」 「でも、だからって…」 「俺達の両親を殺したのは誰だと思ってる!それに、俺のこの額の傷は教皇がやったんだ!!」 ユダはいつも頭に巻いているバンダナをとって怒鳴る。 「あいつはちょっと反抗したからって、ガラスに子供を投げつけるような奴なんだ!」 「……」 ユダの怒鳴り声に皆、何もいえない。 「ユダとイザヤは一緒に行くんだな。他の二人は?」 ダリスがペトロとマリアを見る。 「俺は……俺も一緒に行く」 「ペトロ!?」 「多分、俺も解かってたんだ。教皇を殺さなきゃ終われない。マリア、お前は危ないから此処にいろ。ダリス、頼んでいいか?」 「ああ」 「そんな…本当に殺さなければいけないの?そうしなければ、本当に終われないの?」 マリアは訴えかける。しかし、今更皆の意志は変わらない。 「教皇が改心するような奴ならそうもしただろう。しかし、奴に話し合いなんて通じない」 エリヤがマリアに言う。マリアは俯いて何も言えない。 「決まりだな。いつにする?」 「次の新月の時が良いんじゃないか?その日は警備が薄いんだろ?」 「いや、あの日から警備が強化されてあの時のようにはいかない。行くなら、次の安息日がいいだろう」 ユダの言葉にダリスは返す。 「次の安息日っていうと、四日後か?」 「上手く中に入る手はあるのか?」 「中に味方がいるだろう?」 ダリスの言葉にペトロとユダが一瞬固まる。 「あいつか?」 「あいつだろう」 「ヨハネだろ?」 イザヤがけろっとした顔で言う。 「俺、あいつって生理的にダメなんだよ…」 ペトロががくっと肩を落とす。 「仲間とはとーてー思えない」 ユダが呟く。 「何故だ?」 エリヤが解からない、という顔で尋ねる。 「解かんないだろ〜なぁ、エリヤには。あいつの事気に入ってるし」 「あいつの口調は好かない」 ペトロとユダは二人して言う。 「エリヤの好みって解かんないもんな」 「悪い人じゃないわよ」 マリアは苦笑する。 「良い人でもないと思うけどな」 ペトロは溜息を吐く。 「ひょっとして、ヨハネってダリスの知り合い?」 イザヤがはっとしてダリスに尋ねる。 「ああ」 「やっぱりなぁ…。ダリスってやっぱ計り知れないな〜」 そう言いながらイザヤはダリスの肩に手を置くが、ダリスはその手を叩く。 「意地悪」 自分の手を摩りながら、イザヤは恨めしそうにダリスを見る。 「馬鹿」 「ひっでー」 「本当の事言われて怒るな」 「何でそこでエリヤが出て来るんだよっ!」 エリヤにまで言われてイザヤは拗ねる。 「どーせ、エリヤはダリスの味方だよなぁ」 「拗ねるなよ」 エリヤは苦笑する。 「イザヤ、拗ねてる暇があるんなら、買出し行ってこいよ」 「こんな夜中に開いてる店、ほとんどないだろ!?」 「コンビニでいいだろ、酒はダメ。ジュースと腹の足しになるもの」 「え〜っ!酒ナシ!?」 それにユダが不満の声を漏らす。 「当然だろ。この間二日酔いになってたのは誰だよ」 イザヤはユダを小突く。 「俺も酒は暫くパスだな」 ペトロが溜息を吐く。 「二日酔いになったら面倒を見るの私だもの」 マリアも言うのでユダは言い返せない。ユダは諦めるしかなく、そして、イザヤに無理矢理引っ張られて一緒に買出しに行った。 二人が戻ってくると宴会になった。 ユダはジュースで酔っ払っている。 「器用な奴だな」とイザヤは苦笑しながら言った。 「それでダリス、渡したいものって?」 エリヤが思い出してダリスを見る。 「ああ。これを渡そうと思っていたんだ。携帯電話とそれぞれの番号はメモリに入ってる。それから、拳銃だ」 ダリスの言葉に皆、一斉に静かになる。 「教皇を殺しに行くのに武器は必要だろう」 「そうだな」 ダリスもこうなるのが解かっていて後回しにしていたんだろう。 「連絡を取るのに携帯電話があるのは便利だな」 ペトロが言う。それぞれ自分の携帯と銃を持つ。 「別に、殺すためだけに渡すんじゃない。身を守るのにも役立つだろう」 「そうだな。一人一丁。丁度良いのかもしれない」 エリヤは呟く。 「迷っているのか?」 「いや、ただ、こういう物を目の前にするとやたらと実感が湧いてくるな」 「人を殺すのは罪だ」 ダリスは言う。皆はダリスの言葉にはっと耳を傾ける。 「嫌なら止めてもいい。俺にお前達を強制する権利は無いからな。罪だと解かっていて、その上で教皇を殺すというのなら、忘れるな。俺も一緒に罪を背負う」 「ああ。止めたりしない。俺達は…」 「決ってるさ、そんなこと…。俺達は一人じゃない」 「罪なんて始めから背負ってるんだよ。俺達は解かってて」 「今更戸惑ったりしない!」 皆、口々に言う。 「それでは四日後に」 ダリスはそう言って帰っていった。 ヨハネは星と睨みあっている。 「四日後の安息日ね…」 溜息が自然とこぼれる。 「その時にもダリスは来ないんだろうなぁ…」 全然面白くない。ダリスはエリヤ達にばかり逢いに行くのだから。 「ちょっとぐらい、苛めても良いよね」 それは、とても楽しそうな声だった。 |