第七話 〜恨みの跡〜



 広くて静かな家。否、静かに見える家。
 明かりが漏れ出る家は、温かな気配がする。実際がどうかは別として。
「おい、ダリス。こんな夜中に何処に遊びに行くんだ?良いのかよ、この家の主がこんなことしてて」
 出掛けようとするダリスに、一人の青年が嫌味を言う。
「俺は遊びに行くんじゃありません。兄さん、貴方と一緒にしないでください」
「何だと!?」
 頭に血が上りやすい兄は、ダリスを殴りつける。
 殴り倒されたダリスは壁に背中を打ち付ける。
「っ!」
「ふん、親父が何て言ったか知らないがな、此処の長男は俺なんだよ。この寄生虫がっ!」
 すかさずダリスの胸倉を掴み、睨みつける。しかし、ダリスは真っ直ぐ兄を見つめる。怯んだ様子は見えない。
「金を食いつぶしているのは貴方でしょう。夜遊びもいい加減にしたらどうです」
 ダリスはわざと怒らせるようなことを言う。
「何してるの!ダリス!?」
「ああ、母さん」
 兄はさっきまで掴んでいたダリスの胸倉をぱっと放す。
「何でもないよ、母さん。ダリスがこんな時間に出掛けようとするから止めてたんだ」
「そうなの?ダリス、こんな時間に出掛けるなんて非常識な!あの人がどうして貴方を後継ぎに選んだのかは知らないけれどね、そんな事この家の誰も認めちゃいないのよ。本当はジルが継ぐべきなんだから」
「お二人がどう言おうと、今は俺がこの家の主です。それでは、俺は出掛けなければいけないので」
 ダリスは踵を返して家を出る。
 打ち付けた背中が痛む。けれどそんなものは何でもない。
 一人だ。一人で居なければならない。何があっても、それだけは――。
 ダリスはそのまま歩いてエリヤのところに向かう。


「ダリス!」
 扉を開けて一番にイザヤの笑顔が飛び込んでくる。
「何か犬みたいだな」
「あ、そんな感じする」
「忠犬?ご主人様の帰りを待つ」
「でも雑種だろ」
「オイ、勝手な事言ってんなよ」
 皆が自分の事で騒ぎ出すのでイザヤは止めに入る。
 暖かい場所だ。父が亡くなってからこんな光景を見ることは無かった。否、父が亡くなる前でもこんな賑やかな事はなかった。
「ダリス?どうしたんだ?」
 エリヤが声を掛けてくる。
「いや、なんでもない。エリヤの方こそ、気持ちが晴れたようだな」
「…ああ」
 エリヤは微笑む。
「そう言えば、渡したい物があると…」
「後でいいさ、そんな事は。それよりあいつらを止めなくてもいいのか?」
 ダリスの指差した方を見るとイザヤとユダが取っ組み合っていた。
「……あいつら」
 エリヤは諦めたような声を上げる。
「子守りも大変だな」
「イザヤはお前が面倒見たほうが良いんじゃないのか?」
「いや、エリヤの仕事だ」
「何を考えているんだ?お前が自分を一人だと思っていても、イザヤや俺はお前と共にある」
 言うだけ言って、エリヤは二人を止めに行く。
「―――エリヤ、俺は限りなく一人でなければいけないんだ」
 聞こえないのを解かっていてダリスは呟く。
「あのっ」
 マリアがダリスに話し掛けている。さっきの声が聞こえたのかとも思ったが、そうではないらしい。
「エリヤの、事で……」
「外に出よう」
「はい」
 マリアはダリスの言葉にちょっと安心したような顔をした。

 外に出ると、車のクラクションの音が響いてくる。
 これでは話していても本人達にしか聞こえないだろう。
「この前、貴方はエリヤと何を話していたんですか?」
 マリアは率直に聞いてくる。
「俺から話すことじゃない」
「でもっ!エリヤは…貴方と話してから、少しの間元気が無かったし、それに夢に魘されてたみたいで…」
「夢?」
「両親が死んだ時の夢です。私達皆が見る、共通の夢…」
 マリアは真っ直ぐダリスを見る。
「もう、全て終わったと思ってたのに」
「確かにエリヤの心を揺るがしたのは俺だろう。しかし、まだ終わっていない。夢も、現実も」
「終わってない?」
「教皇は俺達を探しているらしい」
 エリヤが急に声を掛けてきたのでマリアは驚く。
「エリヤ!皆も…」
「俺は、ダリスに教皇を殺してくれと頼まれた」
「え?」
 エリヤの言葉にダリスとイザヤ以外の三人が目を見開く。
「俺は、それを受けた」
「どうして!?」
「そうだよ、何で…」
 マリアとペトロが非難する。
「俺もエリヤと一緒に行くつもりだ」
 イザヤが皆の顔を見回して言う。
「驚かないんだな、ダリスは……。俺が着いて行くと最初から解かっていたんだろう?」
 ダリスは応えない。イザヤは溜息を吐く。
「俺も着いてくぜ」
 ユダが言う。
「恨みはいくらでもあるんだからな!」
「でも、だからって…」
「俺達の両親を殺したのは誰だと思ってる!それに、俺のこの額の傷は教皇がやったんだ!!」
 ユダはいつも頭に巻いているバンダナをとって怒鳴る。
「あいつはちょっと反抗したからって、ガラスに子供を投げつけるような奴なんだ!」
「……」
 ユダの怒鳴り声に皆、何もいえない。
「ユダとイザヤは一緒に行くんだな。他の二人は?」
 ダリスがペトロとマリアを見る。
「俺は……俺も一緒に行く」
「ペトロ!?」
「多分、俺も解かってたんだ。教皇を殺さなきゃ終われない。マリア、お前は危ないから此処にいろ。ダリス、頼んでいいか?」
「ああ」
「そんな…本当に殺さなければいけないの?そうしなければ、本当に終われないの?」
 マリアは訴えかける。しかし、今更皆の意志は変わらない。
「教皇が改心するような奴ならそうもしただろう。しかし、奴に話し合いなんて通じない」
 エリヤがマリアに言う。マリアは俯いて何も言えない。
「決まりだな。いつにする?」
「次の新月の時が良いんじゃないか?その日は警備が薄いんだろ?」
「いや、あの日から警備が強化されてあの時のようにはいかない。行くなら、次の安息日がいいだろう」
 ユダの言葉にダリスは返す。
「次の安息日っていうと、四日後か?」
「上手く中に入る手はあるのか?」
「中に味方がいるだろう?」
 ダリスの言葉にペトロとユダが一瞬固まる。
「あいつか?」
「あいつだろう」
「ヨハネだろ?」
 イザヤがけろっとした顔で言う。
「俺、あいつって生理的にダメなんだよ…」
 ペトロががくっと肩を落とす。
「仲間とはとーてー思えない」
 ユダが呟く。
「何故だ?」
 エリヤが解からない、という顔で尋ねる。
「解かんないだろ〜なぁ、エリヤには。あいつの事気に入ってるし」
「あいつの口調は好かない」
 ペトロとユダは二人して言う。
「エリヤの好みって解かんないもんな」
「悪い人じゃないわよ」
 マリアは苦笑する。
「良い人でもないと思うけどな」
 ペトロは溜息を吐く。
「ひょっとして、ヨハネってダリスの知り合い?」
 イザヤがはっとしてダリスに尋ねる。
「ああ」
「やっぱりなぁ…。ダリスってやっぱ計り知れないな〜」
 そう言いながらイザヤはダリスの肩に手を置くが、ダリスはその手を叩く。
「意地悪」
 自分の手を摩りながら、イザヤは恨めしそうにダリスを見る。
「馬鹿」
「ひっでー」
「本当の事言われて怒るな」
「何でそこでエリヤが出て来るんだよっ!」
 エリヤにまで言われてイザヤは拗ねる。
「どーせ、エリヤはダリスの味方だよなぁ」
「拗ねるなよ」
 エリヤは苦笑する。
「イザヤ、拗ねてる暇があるんなら、買出し行ってこいよ」
「こんな夜中に開いてる店、ほとんどないだろ!?」
「コンビニでいいだろ、酒はダメ。ジュースと腹の足しになるもの」
「え〜っ!酒ナシ!?」
 それにユダが不満の声を漏らす。
「当然だろ。この間二日酔いになってたのは誰だよ」
 イザヤはユダを小突く。
「俺も酒は暫くパスだな」
 ペトロが溜息を吐く。
「二日酔いになったら面倒を見るの私だもの」
 マリアも言うのでユダは言い返せない。ユダは諦めるしかなく、そして、イザヤに無理矢理引っ張られて一緒に買出しに行った。

 二人が戻ってくると宴会になった。
 ユダはジュースで酔っ払っている。
「器用な奴だな」とイザヤは苦笑しながら言った。
「それでダリス、渡したいものって?」
 エリヤが思い出してダリスを見る。
「ああ。これを渡そうと思っていたんだ。携帯電話とそれぞれの番号はメモリに入ってる。それから、拳銃だ」
 ダリスの言葉に皆、一斉に静かになる。
「教皇を殺しに行くのに武器は必要だろう」
「そうだな」
 ダリスもこうなるのが解かっていて後回しにしていたんだろう。
「連絡を取るのに携帯電話があるのは便利だな」
 ペトロが言う。それぞれ自分の携帯と銃を持つ。
「別に、殺すためだけに渡すんじゃない。身を守るのにも役立つだろう」
「そうだな。一人一丁。丁度良いのかもしれない」
 エリヤは呟く。
「迷っているのか?」
「いや、ただ、こういう物を目の前にするとやたらと実感が湧いてくるな」
「人を殺すのは罪だ」
 ダリスは言う。皆はダリスの言葉にはっと耳を傾ける。
「嫌なら止めてもいい。俺にお前達を強制する権利は無いからな。罪だと解かっていて、その上で教皇を殺すというのなら、忘れるな。俺も一緒に罪を背負う」
「ああ。止めたりしない。俺達は…」
「決ってるさ、そんなこと…。俺達は一人じゃない」
「罪なんて始めから背負ってるんだよ。俺達は解かってて」
「今更戸惑ったりしない!」
 皆、口々に言う。
「それでは四日後に」
 ダリスはそう言って帰っていった。


 ヨハネは星と睨みあっている。
「四日後の安息日ね…」
 溜息が自然とこぼれる。
「その時にもダリスは来ないんだろうなぁ…」
 全然面白くない。ダリスはエリヤ達にばかり逢いに行くのだから。
「ちょっとぐらい、苛めても良いよね」
 それは、とても楽しそうな声だった。


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