第五話 〜訪問者〜



「ダリス!!」
 一声叫んだかと思うとイザヤは足音の主にがしっと抱きつく。
 それに周りの皆は驚くが、抱きつかれた本人は気にする様子は全くない。
「久しぶりだな、イザヤ」
 言葉とは対照的に、表情から何らかの感情を知ることは出来ない。
「ダ…リス」
 そのエリヤの様子をみてダリスは微かに溜息を吐く。
「エリヤ、話がある。屋上に行かないか?」
「あ、ああ…」
 そしてダリスはエリヤと一緒に部屋から出て行く。イザヤ以外の三人はダリスの不思議な雰囲気に言葉を失っていた。
「何…あの色男、イザヤの知り合いか?」
 ユダがイザヤに尋ねる。
「ああ。ダリスはイイ男だろ」
「そういうこと聞いてんじゃねーよ!」
 ユダにつっこまれてイザヤは面白くなさそうな顔をするが、一応答える。
「ダリスは俺達と同じ十六歳。貴族の家なもんだから教皇も手出しできなかったみたいで六年前には捕まらなかった」
「その貴族と一体何処で知り合ったんだよ」
 ペトロが尋ねる。
「それは秘密。エリヤと知り合いだったのは驚いたけど、まぁあの人だしな」
「私はイザヤが誰かに抱きついた事の方が驚いたわ」
「同感」
 マリアの言葉にユダが同意し、ペトロも頷く。
「あの人は特別なんだよ。皆も解かるだろ、あの人の凄さが」
 イザヤは嬉しそうだ。こんな嬉しそうなイザヤは見たことがない。
「ま、只者じゃないのはな…」
 ペトロは呟く。
「まぁ、イザヤがこんなんだから本当にすごいんだろうけど…」
「あのエリヤ以上の無表情は恐いな」
「イザヤに抱きつかれて平然としてるんだもの」
 三人三様で感想を述べるのに、イザヤは苦笑する。
「ああいう人だから誤解は受けやすいけどいい人だよ」
「ふ〜ん?」
「イザヤがこれだけなつくんだからな…」
「皆にもそのうち解かるさ」
 そうしてイザヤは屋上にいるその人を想う。


「ダリス、どうして此処に?」
 夜の闇の中でエリヤは尋ねる。
「昨日、星を見なかっただろう」
「え?」
「昨夜意志を星に飛ばした。なのに俺の訪問に驚いているのはそういうことだろう?」
 星は意志を読み取り、それを伝える不思議な力がある。
「ああ、すまない。昨日は…」
「別に責めている訳じゃない。其処までお前を拘束する権利は俺にはない」
「……それで、用件は?」
 ダリスはしっかりエリヤの瞳を見据える。
 エリヤの瞳の色は真紅。それに対するダリスの瞳は、空の蒼よりも海の藍よりも深い青だった。
「単刀直入に言おう。教皇を殺して欲しい」
「なっ…!」
 エリヤは目を見開く。
「本当なら俺がやるべきなんだが、今真っ先に疑われるのは俺だからな」
「どういうことだ?」
 エリヤは表情を険しくする。
「今、俺の家と教会は対立している。六年前、子供達が攫われた事に関してだ。教皇は何人かの子供を売買に利用しているらしい。教皇は否定しているがな」
「表沙汰にするつもりなのか?」
「そうだ」
 ダリスは若干十六歳ながらその家の当主を務めている。これが上手くいけばダリスの家の株は上がるだろう。
「しかし、今教皇を殺して疑われるのは俺も同じだ」
「責任は持つ。絶対にお前達に疑いは向かないようにしよう」
「……だけど」
 なお渋るエリヤにダリスは言う。
「教皇はお前たちを探している」
「!」
「どんな事をしても捕まえるつもりだ。教皇は全く諦めていない」
 ダリスの言葉にエリヤは考えるが、その後すぐにダリスをしっかり見つめる。
「方法は?」
「教会にはちゃんと手引きする。どう殺るかはお前次第だ」
「解かった。協力しよう」
 エリヤの了承にダリスは多少表情を和らげた。
「俺も一つ聞いていいか?」
「――なんだ?」
「あの、教皇の所に居るヨハネは……」
「ああ、彼にはいろいろと協力してもらっている」
「イザヤと知り合いだというのも知らなかった」
 エリヤの口から不平の声が漏れる。
「なんだ。妬いているのか」
「っ違う!!」
 素の表情で言うダリスにエリヤは怒鳴る。
「ヨハネはお前と連絡をとっていただろう。顔も名前も知らないにしろ、お前は彼を信用して独断で行動した」
「……」
「イザヤはイザヤで彼が話さなかっただけだ。それが不満か?」
「〜〜〜〜〜っ!お前のそういうところが気に入らない」
「悪いな、俺は気に入っている」
 エリヤをからかっているのか本気で言っているのか解からない。
 ダリスは本気なのだろうが、エリヤはどうしてもからかわれているような気がしてならない。
「―――エリヤ」
「…なんだ」
「教皇から不思議な力があることは聞いたな」
「ああ」
「教皇は――、これは俺の勘だが、その力を使って世界を支配しようとしている」
「どういうことだ?俺達にはそれほどの力はない」
 エリヤは眉間に皺を寄せる。
「あくまでも象徴的なものだ。天気を当てるにしろ、誰かの怪我を治すにしろ、それだけで人々は憧れ慕う。今のような宗教色の濃い時代には特にそうだ。世界を救うメシアを求めている」
「メシア…救世主だと?そんなもの、俺は信じない」
「お前がそうでも他の人々は違う。不可思議な力がお前達にあると知れば、人々は一気にお前達を祭り上げるだろう。教皇はその前にお前達を手に入れておきたいんだ」
「それが本当なら余計に捕まる訳にはいかなくなったな」
 ダリスの勘が当たっていれば…否、当たっているだろう。そういう点では信用している。
「エリヤ、お前は何を望む?」
「え?」
「さっき言った通り、お前達のまだ自覚していない力が目覚めて知られれば、人々はお前達を祭り上げるだろう。お前がそれを望むのならそれでもいいが、もし普通に暮らしたいと言うのなら―――」
「そんな力はいらない。隠しとおす」
「そうか」
 エリヤの言葉でダリスの顔に安心したような表情が浮かぶ。
「まだ聞いてないな」
「?」
「教皇を殺す明確な理由だ」
 ダリスの表情は一気に険しくなる。
「対立している。それだけの理由でお前が俺にそんな事を頼むとは思えない」
 エリヤはじっとダリスを見つめる。
「そうだ。対立しているからといって教皇を殺しても俺には何の意味も無い」
 ダリスは空を見上げる。
「エリヤ、お前だったらこの空を汚しているのが教皇だと知ったら、どう思う?」
「!」
「この空だけじゃない。森林の伐採、海への排出物の垂れ流し、それら全てを教皇が率先してやっていると知ったら、お前達ならどうする?」
「……」
 エリヤは表情を険しくしたまま答えない。
「このままでは、人も、動物も植物も生きてはいけなくなるだろう。全てが病み、死んでいく」
「話し合いは…」
「今まで何度となく掛け合ったが無駄だった」
 いざとなると殺したくないと思ってしまう。相手が誰であれ、人を殺す事で自分は穢れてしまう。
 それが厭だった。
「あの男に話し合いは通用しない。そして、これ以上自然を汚させる訳にもいかない」
「自然のために?」
「自分のためだ」
 ダリスはあっさり言い放つ。決して自分を飾ろうとはしない。偽善など醜いだけだ。
「他に聞きたい事はあるか?」
「いや……」
「いつ決行するかはお前に任せる。星によりて導きを。エリヤ」
「ああ」
「そろそろ下に行こう。イザヤとも話したい」
「他の皆も巻き込むのか?」
「お前次第だ」
 ダリスは踵を返し、建物の中へと入っていく。エリヤも後ろに続く。
「ダリス!もう一つだけ」
 階段を下りる途中、エリヤはダリスを呼び止める。
 ダリスは振り返りエリヤと視線を合わせる。
「お前はそれでいいのか?」
「――どういう意味だ」
「お前は、本当に教皇が死ねばいいと思っているのか?」
「お前はどうなんだ」
「俺は、出来れば殺したくはないが、それでも親の敵だ。しかしお前は…」
「敵じゃないからと言って殺せない訳じゃない。諦めはついているさ」
 眉一つ動かさない。一体、何を考えているのか解からない。
 だけどそれが真実だとは思えない。思いたくなかった。何故か…。
「もういいだろう」
 ダリスは向きなおして階段を下りていった。エリヤは無言でその後に続く。


 ダリスに逢った事でイザヤは思いのほか喜んでいる。
 イザヤはダリスが泊まっていく事を望んだが、ダリスには帰る家がある。そういう訳にはいかない。
「今日はもう帰るが、また来てもいいか?今日は持ってこなかったが渡したい物がある」
「…ああ」
 ダリスの出現によって皆それぞれ不思議な感情に捉われていた。
 奇妙な、それでいて何処か安心するような…でも不安な……不思議な感覚。
「ダリス、いつか何の心配もなく暮らせる日が来るかな?」
 イザヤはダリスに問う。
「来るかも知れないな。いつか―――」
「その時は、皆一緒に……」
「出来ればな」
 ダリスを前にしたイザヤはまるで甘える子供のようだ。名残惜しそうにしている。
そんなイザヤの様子を見てダリスは溜息を吐く。
「これで会えなくなる訳でもないだろう。また来ると言ったな?」
「ああ…」
 子供をあやしている気分になる。イザヤとダリスは(他の皆もだが)同じ年で、ダリスよりイザヤの方が身長も高い。それでも普段大人びているイザヤをダリスは更に上回っている。
「また来る」
 もう一度そう言ってダリスは出て行った。
 イザヤは、はぁ〜っと溜息を吐いて座り込む。
「何だ、あの人が居なくなったのそんなに寂しいのか?」
「うるせぇ」
「まるで子供みたいね」
 ユダとマリアがからかって言う。
「安心して話せる相手が居るのは良いことじゃないか」
 ペトロはフォローする。
「ダリスは特別なんだよ。なんか…何言っても必ず応えてくれるような、そんな気がするんだ」
 イザヤはエリヤを見る。
「エリヤも、解かるだろう?」
「………ああ」
 自分達と同い年なのに、もっと年上と話している気分になる。
 それが何故なのか、解からないけれど……。


 ヨハネは自分の部屋で溜息を吐いていた。
「エリヤの所に行ったんだな」
 それは星を見ながらのこと。
「僕に逢えないのは解かるけど、やっぱり腹が立ってくるんだよね…」
 低く呟く。
「まぁ、ダリスにそんなこと言っても無駄か…。今度逢った時に憂さ晴らししよう」
 誰にとは言わないけれど……ね。


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