「洗礼?」 エリヤは前に居る人物を見据える。 「そう、僕も六年前に集められた子供の一人で、君達と同じように両親を殺された。教皇は僕のことを信用している。どうだい、ためしに僕の洗礼を受けてみないか?」 「……受けよう」 エリヤは答える。 「どうぞ中に。この中は今じゃほとんどコンピューターで整備されている。機械は全て止めてきたから問題ないよ」 「今日の警備は居ないのか?」 「新月は月が出ないから真っ暗でね、機械に任せっきりさ」 ヨハネは先立って歩いていく。エリヤ達はその後に着いて行く。 「教皇に信用さていると言ったな。だったら教皇を裏切って大丈夫なのか?」 「バレるようなヘマはしないさ。僕は君達が来るのをずっと待っていたんだ」 イザヤの問いにヨハネは笑って答える。 「そのために教皇に取り入ったのか?他の皆は何処に居るんだ?」 「他の奴らは皆前と同じ場所に居る。教皇は馬鹿だから簡単に僕を信用したよ」 「…どうして六年前教皇は当時十歳の子供を集めたのか知っているか?」 ペトロがヨハネに尋ねる。 「教皇が集めたのは十歳の子供じゃない。聖書に出ている聖者の名を持つ子供を集めていたんだ。他の子供はカムフラージュだよ」 「じゃぁ、どうして俺達の両親を殺したんだ?」 「聖者の名を持つ子供には親なんてのは必要ないらしい」 「何だよそれ!?んぐっ!」 怒鳴りかけたユダの口をイザヤが塞ぐ。 「静かにしろ。見張りが居ないとはいえ、大声を出せば見つかるだろう」 「でも、どうして俺達なんだ。他にも……」 「キリストが死んでちょうど三千年。その年に生まれたからさ」 ヨハネは通路を歩く。カツン、カツンと足音が響く。 「やり方が気に入らないな」 エリヤは言う。 「その為に態々俺達の両親を殺したのか…!」 「それでも、私達がやろうとしている事は正しい事とは言えないわ」 「マリア…」 「マリア様か。そんなことを言うなら、どうして逃げた?逃げるには必ず犠牲が出る」 「マリアの所為じゃない。俺が連れ出したんだ」 「成る程、流石のマリア様も兄妹に言われたんじゃ仕方ないな」 「お前、何が言いたい!?」 「偽善者ぶってると必ず足元を掬われるという事さ」 ヨハネの言葉にペトロは憤慨する。 「なに!?」 「おっと、僕はいつでも君達を裏切って教皇の前に突き出しても良いんだよ?」 「なっ!」 「もしそうなったらお前が裏切ろうとしてた事をしゃべってやる!」 「教皇は君達の言う事と僕の言う事、どちらを信じると思う?」 「無駄口は止めておけ。今の状態が足元を掬われていると言うんだ」 エリヤの一言に皆黙り込む。 「流石だな、エリヤ。…そろそろいいか。このまま真っ直ぐに行けば教皇の部屋に着く」 そう言ってヨハネは上着を脱ぎ、それに火をつける。 「お前は一緒に行く気はないのか?」 「僕は此処が居心地良いんだ。もしまた何かするつもりなら協力するよ。それとも教皇に僕のこと話すかい?」 「いや…話さないさ」 エリヤ達はヨハネと別れて教皇の部屋に向かう。後ろでヨハネの「火事だ!」と叫ぶ声が聞こえる。 自分達が何をしなくても逃げたい奴等はこの騒ぎに乗じて勝手に逃げるだろう。セキュリティは解いてあるとヨハネは言っていた。問題ないだろう。 後は教皇と話すだけ……。 「教皇様!」 従者の一人が教皇の部屋に駆け込む。 「火事です、お逃げください!」 そのすぐ後にもう一人駆け込んでくる。 「教皇様、この騒ぎの所為で子供達が逃げ出しました。警備の者達も混乱しているようで・・・火を消すか、子供達を追いかけるかと…」 「子供達はいい。お前達、すぐに火を消させろ。すぐにだ!」 「はい!」 従者二人はそろって教皇の部屋を出て行く。 「子供達への執着はそんなものですか」 突然の声に教皇は驚く。 「だ、誰だ!?」 「お久しぶりです、教皇様」 そうしてエリヤは扉の影から姿を現す。 「エリヤ…それにお前達!この騒ぎはお前たちの仕業か!?」 「そうだ、俺達はお前に報いを受けてもらうために来た!」 ユダが調子に乗って言う。 「わ、私をどうするつもりだ!?」 「別に、今日のところは挨拶だけさ」 「ただ、真実を知りたい…」 イザヤとペトロが言う。 「聖者と同じ名前の子供を集めて、その為に両親を殺したというのは本当ですか、教皇様!」 「なっ、お前達、どうしてそれを!?」 「やっぱり、そうなんですね?どうして其処までして…」 マリアは問う。 「今のこの時代には象徴が必要なのだ。今、人々の心は病んでいる。だからこそ、その人々を救うためにお前たちは必要なのだ」 教皇は弁解する。 「確かに、やりすぎだとは思う。しかし、私も必死だったのだ!」 「教皇様…」 「マリア、騙されるな。そんな良心があるのなら普通殺す前に正気に戻るだろう。そんな言い訳が通用すると思っているのか?」 イザヤはマリアの肩を掴んで言う。 「それでも、お前達は必要なのだ。キリスト様が亡くなって三千年。だからこそお前達の中には不思議な力が宿っているのだ。解かるだろう、イザヤの天気を予想する力もその一つだ」 「不思議な力?」 「そうだ。お前達には不思議な力がある。だからこそこの世の象徴になるに相応しい」 教皇は必死に言う。 「それが如何した?」 「何?」 エリヤは教皇に言う。 「そんなもの俺達には関係ない。この世の象徴だか何だか知らないが、俺達は普通に両親と共に暮らせればそれて良かったんだ」 「そうだ。それをお前が滅茶苦茶にしたんだ!!」 ユダが叫ぶ。 「教皇様、何かあったんですか?大声が…」 其処にヨハネが入ってくる。エリヤ達を見ても何食わぬ顔をしている。 「おお、ヨハネ。どうしたんだ?火傷しているではないか」 教皇はヨハネに走りより、火傷した手を握る。 「ええ、ちょっと火事に居合わせてしまって、火を消そうと…」 「そうか、すまなかったな……」 ヨハネはエリヤを見て笑い、目配せする。 「それでは、教皇様、俺達はこれで」 エリヤ達は教皇の部屋から出る。 「ま、待て。お前達っ!」 「教皇様、あの方達は?」 「あれがエリヤだ!早く捕まえなければ!!」 「それでは僕が…」 「いや、お前は怪我をしているではないか。そんな事をさせる訳には・・・」 結局、教皇はエリヤ達を捕まえる事が出来なかった。 エリヤ達はどさくさに紛れて走って逃げた。 「それにしても、あのヨハネって奴はかなりの曲者だな」 イザヤが走りながら呟く。 「俺、あいつ嫌いだ!」 ユダはヨハネに言われた事に腹を立てている。 「ユダの私的な意見はいいとして、あいつは信用して良いのか?」 イザヤはユダを無視して話をすすめる。 「さぁ、どうだろうな…。でも俺はああいう奴は嫌いじゃない」 エリヤは答える。 「つまり、気に入ったのね、エリヤ的に」 イザヤは溜息を吐く。 「お前とタイプが似てるだろう」 「あそこまで酷くは無いと思うけど…」 苦笑するイザヤにエリヤは言う。 「あれぐらいでないと張り合いが無いだろう」 「はははは…」 イザヤの口から乾いた笑いが漏れる。 「なぁ、戻ったらとりあえず祝おうぜ。俺達の初勝利!」 「お、いいなぁそれ」 ユダの言った言葉にイザヤは同調する。 「確かに、ちょっと騒ぎたい気分…」 ペトロも言う。 「料理作ってくれる奴がいいならな」 エリヤが言う。 「私は別にいいけど…」 「っしゃ!パーッと騒ごうぜ!!」 「なぁマリア。今日だけはお祈りパスしてくれよ。せっかくのお祝いなんだからさ」 「せっかくのお祝いだからこそ、ちゃんとお祈りしなくちゃだめよ!」 ユダは騒ぎ、イザヤのお願いをマリアは拒否する。 「なぁ、エリヤ…」 ペトロはエリヤに話し掛ける。 「俺達に不思議な力があるって教皇は言ってたよな。だとしたらヨハネが俺達が今日来るの解かってたのもその力のおかげなのかな…」 「さぁ。どうだろうな…。今度会った時に聞けばいいだろう」 「今度会った時か…。会うのかな、やっぱり」 ペトロは遠い星空を見つめる。 これからどうするのか、微かな不安がよぎる。あの教皇が自分達の事を放っておくとは思えない。 「俺達はこれからどうすればいいんだろう…」 「余計な心配をするなよ。これから騒ごうと思ってるのにさ」 ペトロの呟きを聞いたイザヤが言う。 「ああ、そうだな」 闇の中、ヨハネは自分の手の包帯を見つめる。 教皇を信用させるのに火傷ですむのなら安いものだ。 ヨハネは今日初めて会ったエリヤ達を思い出す。 「エリヤは・・・想像通りの人間だったな」 自然と口元に笑みが浮かぶ。 「確かにね、此処は居心地が良いんだよ。それにまだ君達の処に行くのは早い」 星空を見つめながら言う。 「今日はせっかくだからお祝いでもしてるのかな…」 騒いでいる皆から離れてエリヤ達は屋上に行く。 もう日付は変わっている。 変わらず星は瞬いている。 「エリヤ」 呼びかけられてエリヤは振り返る。 「いつも誰かが邪魔しに来るな」 エリヤは溜息を吐く。 「屋上ばっかり来るからさ」 イザヤが笑う。 「何か用か?」 「いや、お前が出てくの見えたから着いて来ただけさ」 イザヤは星を見上げる。 「星は俺達にいろいろな事を教えてくれる。エリヤ、お前は何を見ていたんだ?」 「お前には関係の無い事だ」 「あら、そう…」 イザヤは苦笑する。 「じゃ、俺は邪魔なようなんで戻るよ」 エリヤはイザヤの背中を見送って、また空を見上げる。 風が吹き、微かな香りと音を伝える。 さぁ、次は如何しようか? 選ばれたのだと誰かが言う それが当然なのだと だけどそれは 正しい事じゃないのかも知れない |