第二話 〜決意の時〜



 強い雨が降る。
 強い、酸性の雨が。
 こういう日に態々外に出る人は居ない。
 人目を避けて移動するには丁度いい。雨具で完全に身を固めてエリヤ達は走る。
 首都に入るまでは止まったりはしない。姿を見られることは避けなければならない。
 無言で走り続ける。
 首都に着くと、ちょうどいい廃ビルを見つけて其処に入る。
「ふぅ、やっぱ雨は苦手だな」
「得意な奴なんて居るのかよ」
「…いないだろうな」
 イザヤとユダが話す。
「酸性の雨…現代の人間がしてきたことへの報いだな」
 ペトロが呟く。
「今更言ってどうなる訳でもない」
 エリヤはペトロに言う。
「そうだけど…」
「この文明で得た便利なものを捨てる事が出来る人間なんていないさ」
「イザヤ」
「自然環境なんて俺達の気にするところじゃない」
「…そうだな」
 ペトロは溜息を吐く。
「エリヤ、これからどうするの?」
「暫くは此処に居る事になるな。教会を下見して、新月になる十日後、行動に出る」
「十日後か…。たぶん晴れるな」
 イザヤは空を見て言う。
「そんな先まで解かるのか!?」
「ば〜か、勘だよ」
 ユダの言葉にイザヤは笑う。
「当てになんねーじゃん」
「でも多分当たるさ」
 イザヤは自信たっぷりに言う。
「教会の場所は覚えているのか?」
「当然だろ。忘れるわけ無いさ」
「それもそうか…」
 みんな其処から逃げて来た。そして、教皇に自分達の苦しみを思い知らせるために戻ってきた。
「十日後が楽しみだな」
 ユダは笑みを浮かべる。
「マリアは、一緒に来るか?」
 ペトロはマリアを見て言う。一緒に行って大丈夫なのだろうか。
「一人にしておく訳にもいかないだろう。ペトロ、マリアはお前に任せるからな」
「ペトロがマリアを守るのは当然だろ。兄妹なんだし」
「そうそう」
 エリヤ、イザヤ、ユダの三人がそろって言う。
「解かった」
「私、出来るだけ足手まといにならないようにするわ、ペトロ」
「ああ」
 ペトロはマリアの頭にポンッと手を置く。
「全然似てないよな〜、双子なのに」
 ユダは二人をまじまじと見て言う。
「仕方ないだろ、男女の双子なんてそうは似ないよ」
 ペトロはユダの言葉に答えて言う。
「そうか?」
「そうだよ」
「そんなことはどうでもいい」
「エリヤ」
「今日はもう休むんだ。雨の中走ってきたんだから疲れただろう」
 エリヤの言葉にみんな頷く。


 夜も更け、雨は止んでいた。
 エリヤは廃ビルの屋上に行く。星が出ている。首都のはずなのに街明かりが少ない。
 空を見上げると、昔の事を思い出す。両親が生きていた頃の事。それから……。
「エリヤ、寝ないのか?」
 振り返るとペトロが立っていた。
「起きたらお前が居ないから…」
 言い訳めいた言葉を口にする。
「ペトロ、お前はどうしたい」
「え?」
「本当に教皇のところに行く気があるか?」
「……あるよ」
 ペトロは言う。
「両親を殺した教皇は憎い。それに、どうして十歳の子供ばかりを集めたのかちゃんと知りたい」
「…そうか。ならいい、俺は今更止めるつもりはないからな」
「解かってる」
 六年前のあの時に。エリヤに着いて行くと決めた時から。
「マリアは不本意らしいが…」
「マリアは優しすぎるんだ。誰かが傷つくのに耐えられない」
「俺には関係ないが、邪魔はさせるな」
「関係ないって、マリアはお前の事が…」
「関係ない。マリアがどうだろうと俺には関係ないんだ」
「エリヤ…」
 エリヤが何を考えているのか、ペトロには解からない。
「エリヤ、マリアの事は俺がちゃんと見てるから…」
 出来ることはそれだけしかない。ペトロはまた他の皆が居る場所に戻っていく。
 エリヤはペトロが居たところを見つめて呟く。
「誰かを、好きになるなんて今更出来る訳が無い…」


「エリヤは首都に入ったか…」
 ヨハネは彼だけに感じられる不思議な感覚でエリヤ達の居る場所を知る。
 洗礼者ヨハネの名を貰ったからなのか。
「まぁ、そんなことはどうでもいいか。僕もそろそろ用意しないとね」
 暗い部屋を見渡し、それからこの教会の見取り図を手にとる。
 エリヤが来た時、此処の全ての警備装置は解いておかねばならない。此処のセキュリティは知り尽くしているから簡単だろう。あの馬鹿な教皇は自分を信用している。
「次の新月は十日後か…。恐らくこの日かな」
 ヨハネは部屋から出る。廊下も真っ暗だ。しかし、ヨハネに明かりはいらない。
 教皇の部屋に向かう。
 エリヤがこの街に来ているのを知られてはまずい。
 教皇の部屋の扉の前で耳を澄ます。教皇の声が聞こえる。
「エリヤ達はまだ見つからんのか。ヨハネは何をしているのだっ!」
「もしや知っていて隠しているのでは?」
 教皇の従者の一人が言う。
「そんなはずは無い。もし、そうだったとしても証拠もないのに奴を問い質す事は出来ん。今、奴を手放す訳にはいかんのだ」
 其処まで聞くとヨハネは部屋に戻る。
 これから先は今まで何度となく繰り返されてきた会話だ。
「証拠も無いのに…か。そんなもの掴ませるわけが無いだろう」
 エリヤが首都に入った事は知られていない。好都合、知っているのは自分だけだ。
「さて…もう寝るか」
 ヨハネは毛布を手にとって椅子に座る。ベッドは使わない。慣れないのだ。
「十日後か…」
 笑みを浮かべ窓から空を見上げる。昼間降っていた雨は止み、星が出ている。
 星空を見ながらヨハネは眠りについた。


 十日後。
 闇の中、エリヤ達は教会に向かう。
「どうやって教会に入るんだ?」
 ユダはエリヤに尋ねる。
「とりあえず正面に行って様子を見るしかないだろう」
 何日か下見に行ったが、その度に警備の位置が違う。運に頼るしかないだろう。
「中に入って、どうする?」
「何とか騒ぎを起こすしかないだろう。それに乗じて中に居る奴らを逃がす」
「顔はもちろん、拝みに行くんだろ?」
 ユダはかなり興奮している。
「そうしなければ、俺達がやったと解からないだろうからな」
「火事でも起こすか……それとも……」
 イザヤはどうやって騒ぎを起こすか考えている。
「ま。向こうが勝手に騒いでくれるかもな」
「中の様子も大分変わっているだろうし……皆が何処にいるかも解からない」
 ペトロは不安になって言う。マリアも、
「やっぱりやらない方が…」
「お前ら今更…」
「この間似てないって言ったの取り消すわ。そっくりだよ、お前ら性格が!」
 ユダが怒って言う。
「静かにしろ」
 エリヤが注意する。
「へ〜い」
 ユダは間延びした声で答える。
「今更止めるなんてことは絶対にない。やりたくない奴は着いてくるな」
「着いて行くさ、絶対」
 ペトロは言う。
「流石だな。兄貴の方は思い切りがいい」
 イザヤは笑う。
「私も、着いて行くわ」
「そうこないと」
 マリアの言葉にユダは言う。
「しっ、しゃべるな。もうすぐ着くぞ」
 エリヤの言葉に一斉に緊張する。
 教会の屋根の上にある十字架が見える。
 皆それぞれ昔の事を思い出す。皆、誰かを盾にあそこから出てきたのだ。
 ぞくり、と寒気を感じる。
 五人は門の前まで来る。
 見張りは誰も居ないようだった。熱光線も作動していない。
「どういうことだ?」
「エリヤ」
 五人は、はっと上を見上げる。
 塀の上に自分達と同じ年頃の少年が座っている。黒い服に身を包んで闇に紛れていた。
「僕の名前はヨハネ。エリヤ、僕の洗礼を受けてみないか?」
 ヨハネは笑みを浮かべてエリヤの前に降り立った。


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