Secret relation 5



 フライパンの上で卵が固くなっていく。むしろ、焦げていく。綺麗な黄色から、段々茶色に変わっていく。
「…おかしいな」
「呟く前に火を消しなさい」
 溜息と共に吉羅さんの手が伸びてきて、コンロの火を消した。いや、今ではどちらかと言えば主流の電気コンロだから、実際に火はでていないからその表現はおかしいのかも知れない。
 正確にはスイッチを切った、が正しいのだろう。
 でも結局実際に火が出ていなくてもそう呼ぶのだからおかしなものだと思う。
「呆けてないで、皿を出しなさい」
「あ、はい」
 言われて皿を出す。それにフライパンから中身を移す。うん、茶色い。黒くは無いから、まだ食べられるかな。
「で、何を作ろうとしたんだ?」
「…玉子焼き、もとい、スクランブルエッグ?」
「形状は君が想像した通りなのか?」
「…違います」
 目の前の玉子焼きは、それはもうぐちゃぐちゃになっている訳だけれど、僕はお弁当に入っているような、巻いてある卵焼きを作りたかったのに。
「…味つけは?」
「これは砂糖が入っている甘いやつです」
「…まあ、食べられないことは無いな。食べられない物になるところではあったが」
「…すみません」
 確かに、吉羅さんがあそこで止めてくれなかったら更に悲惨なことになっただろう。
 ちゃんと玉子焼き用のフライパンを使ったのにおかしい。
「砂糖が入っているものは塩で味をつけたものより焦げやすいから、もう少し火を弱めなさい。それから、卵は一度に全部炒れずに、少しずつ薄く作ってそれを巻いていくんだ。流しいれて巻く度に油をひいて、焦げ付かないようにして」
「…結構手が込んでる物なんですね、玉子焼きって」
「食べる時の有難味も増すだろう」
「感謝しながら味わいたいと思います」
 畏まって見せながら言う。
 実際ここまで面倒だとは思って居なかったから尚更。本当に感謝しないとなあ。
「…だが、こういう玉子焼きは初歩の初歩だろう。小学校あたりの授業で習わなかったか?」
「記憶に無いので…やってないか、もしくはその日に休んだのかなあ」
「まあ良い。もう一度作ってみるか」
「そうですね。さっきの吉羅さんの説明を忘れないうちに……あ、さっき作ったのはどうしましょう」
「私が食べる」
「でも、焦げてますよ、大分」
「食べられない程じゃないだろう」
 そう言って笑う吉羅さんをまた、改めて好きだなあ、と思う。僕の作った物を食べてくれるのだと思えば、すごく嬉しくて、幸せな気持ちになる。
 だって、どう見たって失敗作なのに。
 吉羅さんが作ったものを僕が「美味しい」って言うと嬉しそうに笑ってくれるけど、こんな気分なんだろうか。
 勿論、僕の作った物はお世辞にも美味しいとは言えないだろうけれど、それでも食べてくれるだけで、凄く嬉しい。
「何だ、にやけた顔をして」
「にやけたって、酷いですね。僕の作った物を吉羅さんが食べてくれるのが嬉しいだけですよ」
「玉子焼きは失敗しても余程おかしなものを入れない限りは、食べられない味にはならないだろうからな」
 事実だろうけど、今は照れ隠しのようにしか思えない。それでもやっぱり食べてくれるだけで嬉しいし。
「何でも良いです、食べてもらえるなら」
「次、作るんだろう」
「あ、そうですね。すぐに作ります。出来たら一緒に」
 食べましょう、と言葉を発する前に呼び鈴が鳴った。
 誰だろう。
 今まで、僕がこの部屋に来ている時に誰か来た事なんて無かったから、緊張する。恐らく吉羅さんも誰ともかち合ったりはしないように気をつけてくれていたんだろう。
 見つかったら、困るから。
 上がらずに帰ってくれるような用件だと良いのだけれど。
 吉羅さんが、誰かを確認するために受話器を取って問いかける。
「はい…………金澤さん、ですか?」
 ぴく、と吉羅さんの背中が緊張したのが解かる。僕も自然と息を詰めて今向こうから見られている訳でも無いのに身体を縮こまらせる。
 何で、こういう時に来るのはいつも金澤先生なんだろう。
 他の相手なら、吉羅さんだってそこまで動揺はしないだろうに。
「…酔っているんですか?……金澤さん、聞いてますか?今来客中なんです」
 中に入れろと言っているのだろうか。僕には声が聞こえないから想像するしか出来ないけれど、多分大きく外れてはいないのだろう。
「人の話を聞いてください。ちょっと………………はあ、解かりました、上がって下さい」
「え…?」
 まさか、中に入れるとは思わなかった。
「良いんですか?僕が居ることを何て説明するんです?」
「ありのままを言うしか無いだろう。上げないと、そのままエントランスで寝てしまいかねない様子だったからな」
 何て迷惑な。
 というか、ありのままって、セフレだとでも言うつもりなのだろうか。
 それで金澤先生が納得するのだろうか。
 それとも一から全部説明する?どれだけ時間がかかるか解からないし、それに、吉羅さんの気持ちは…。
 僕自身どうして良いか解からないまま考え込んでいると、はたりと吉羅さんと目が合った。
 どこか儚げで、でも静かな瞳で笑みを浮かべて、僕を安心させるように。
 僕が何を考えたところで、無駄でしか無いのだろう。これから先はどうしたって吉羅さんと金澤先生の問題になるのだから。
「大丈夫だ。君が心配する事は無い」
 僕が心配なのはあなたのことだと、そう言っても余計な心配でしかないのだろう。
 金澤先生はずるい。
 ほんの些細なことでも、あっという間に吉羅さんの感情を揺らしてしまうのだから。
 やっぱり、敵わないんだろうか。
 どうしたって、金澤先生には勝てないんだろうか。
 結局取り留めの無い、実にならないことばかりを考えているうちに、金澤先生は部屋までやって来た。
「よー、吉羅、元気そうだなあ」
「昼間、会ったばかりだから当然でしょう。…本気で酔ってますね」
「飲んでるからなあ」
 随分機嫌が良さそうだ。酔ってるからかも知れないが。そんな金澤先生の視線が、不意に僕の方に向く。
「ん?」
「……」
「……なんで加地がいるんだ?」
「来客中だと言ったでしょう」
「そうか…って、何で居るのかそれじゃ解からんだろ」
 酔っている割に、ちゃんと頭は働いているらしい。僕が此処に居るのが普通ならおかしいっていう事がちゃんと解かっている。
「何で、加地が此処に居るんだ?」
 改めて問いかける金澤先生に、何と答えるつもりなんだろう。吉羅さんが望むのなら、今からだって適当に嘘をでっち上げたって良いけど。
 それでも吉羅さんはありのままを言うと、そう言ったのだから。解かっていても、否が応にも緊張する。
 吉羅さんが、何と答えるのか。
「彼が、私の恋人だからですよ」
「はっ?」
「え?」
 金澤先生とほぼ同時に声を出してしまう。
 ありのまま、と吉羅さんは言っていたのに。それともこれが、今の吉羅さんにとって、ありのままの答えなんだろうか。
「恋人…?」
 呆然と、金澤先生が繰り返す。
「はい」
「男同士だろ?」
「それが何か問題ですか?」
「問題って……あー、いや…」
 答えに困ったように金澤先生が口篭る。問題はあると言えばあるが、面と向かって問われれば答えにくいだろう。
 それにしたって、恋人なんて。
 本気で、言っているのだろうか。しかも、金澤先生相手に。
 真意を測りたくて、吉羅さんを見る。
 表情はいつも通りに見える。
 だけど。
 握り締めている手が、震えていた。
 何でも無い風を装いながら、どれほどの気持ちを振り絞ってそれを口にしたんだろう。僕に対しても、金澤先生に対しても、誤魔化せないような言葉でそう言ったのは。
 だったら、僕に出来る事は何だろう。
 考え付くよりも先に、後ろから吉羅さんを抱き締めていた。
 ただ、そうしたかったから。
「加地…」
 吉羅さんの身体の震えが少しでも止まるように、腕に力を込める。
「もう良いでしょう、金澤先生。これ以上恋人同士の時間を邪魔するのは野暮だって、解かるでしょう?」
「あ、あー…、いや、すまん」
 未だに驚き覚めやらぬ様子で、それでも何か理解はしたのか、謝ってきた。それから足元をふらつかせながら、部屋を出て行こうと身体を後ろに向ける。
「じゃあ、邪魔したな」
「いえ、すみません」
 吉羅さんは何に対して謝っているんだろう。謝る必要なんて、何処にも無いのに。
 金澤先生が出て行ったのを見送って、腕の中に居る吉羅さんの顎を掴んでキスをする。
「さっきのって、吉羅さんからの告白だって、思って良いんですよね?」
「……ああ」
 頷いたのを確認して、改めて正面から向き合う。
「本当に良いんですか?嫌だって言っても、もう放せませんよ」
「良い。良いから、放すな」
 引き寄せられて、キスをする。
 吉羅さんからのキスに、理性が融ける。
 夢のようで、まだ信じられなくて、それでも。
 夢中でキスを交わしながら、その合間に囁く。
「好き、好きです、吉羅さん…」
「ああ、私も…――」
 好きだ、と確かに聞こえて。
 泣きそうになる。
 抱き締めて、キスをして、思う存分抱き合ったら。
 冷めた玉子焼きを暖めて、もう一つ作って、一緒に食べよう。
 甘い玉子焼きが、涙でしょっぱくならなければ良いけど。いや、別にそうなっても良い。
 幸せだから。
 目が眩むほどに幸せで、きっともう、どうしたってこの人を手放せない。
 放したくない。
 何があっても。



 それからしばらくは夢現のような気分だった。
 吉羅さんの態度はあまり変わらなかったけれど、晴れて恋人同士、両想いなのだと思えば、僕の気分は全く違う。
 嬉しくて、それでもまだ信じられなくて、多分、その時の僕の態度や表情は相当おかしかったのだろう。
「浮かれるのも良いが、流石に気持ち悪い」
 ばっさりとそう言われて、少し自重しようと思いつつ、そんな態度が吉羅さんらしいと思えば、やっぱり好きだなあ、なんて考えてしまう。
 やっぱり僕はマゾなのかなあ。
 冷たくされても嬉しい、なんて。
「料理を作っている最中に呆けるな。……そもそも、何なんだこれは」
「玉子焼き、ですけど」
 吉羅さんに教えてもらって作ったから、ちゃんと形なっている。どこからどう見ても玉子焼きだ。
「そうだな、形はちゃんと玉子焼きらしくなっている。問題は中に何を入れたかという事だ」
「えーと、こっちがチョコレートで、こっちが林檎、それからこっちが黒ゴマ入りです。美味しくなるかなと思って」
「辛うじて食べられない事は無いだろうが…それでもまだ玉子焼きに慣れただけで、変な創作をしようとするんじゃない。合宿のカレーも、それで失敗したのではないのかね?」
「う…っ」
 まあ、確かに調子に乗って色んなものを入れすぎたのが敗因なのかも知れない。
「その方が美味しくなるかなって思ったんです」
「好きな物を入れれば美味しくなるとでも思っているのか?それよりもまず基本をちゃんと覚えなさい。人に美味しく食べて欲しいと思うのなら尚更だ」
「はい」
 素直に頷いて、それから出来上がったチョコレート入りを食べてみる。
「…あんまり、玉子焼きって感じじゃないですね……おかずっていうより、おやつかな、美味しいけど…」
「卵は味がシンプルだからそれで済んでいるんだがな」
 ちくりちくりと、さっきから嫌味が突き刺さる。
「今後は気をつけます」
「そうしてくれ」
 そうやって厳しい事を言うけれど、結局作った物はちゃんと食べてくれるんだから、吉羅さんって優しいな、なんて思ってそれがクセになるのかも知れない。
 一緒にご飯を食べて、話をして。
 恋人になってから、何が変わった訳でも無いけれど、それでも時折、以前よりも表情が柔らかくなったかな、とかそんなことを考えて、ほんのり幸せに浸る。
 そうして、幸せに目が眩んでいたから。
 以前感じた予感を、不安を忘れていた。


 日野さんにも、最近機嫌が良いね、なんて言われて、勿論理由を話す訳にはいかないけれど、それでまた嬉しくなって、昼休み。
 取り立てて用は無いけれど、外はじっとりと薄暗く雨に濡れていたけれど、陽気な僕は少しでも吉羅さんの顔が見れないかな、なんて考えて理事長室の前を通る。
 理事長室の前は普段からあまり人影が無い。人の通らない場所だっていうのもあるんだろうけど、一番は吉羅さんが生徒に恐がられているっていうのが大きい。
 目が強いし、言葉もきつい。
 何もしていなくても、何か悪い事をしているような気分になってくる。
 だから恐いと感じるんだろうし、僕も最初は苦手だったけれど。
 恐いだけじゃなくて、優しかったり、ほんの少し子供っぽいところもあったりして、話してみれば考えていたよりもずっと素敵な人で。
 まあ、そんな事は他の生徒は知らなくても良い。
 その方が都合が良いし。
 そんなことを考えながら理事長室の前を通ると、不意に話し声が聞こえた。中で誰かが話しているんだろう。
 気になって足を止めて、耳をすませる。
 声は、吉羅さんと金澤先生のものだ。
 ひたりと背筋に冷たいものが走る。別に、吉羅さんと金澤先生が話していても、おかしいことなんて無いのに。
 仕事の話だってするんだろうし、気にすることはない、筈だけれど。
 予感がした。
「……この前は、悪かったな」
「いえ、それはこちらの台詞です。まるで追い払うようになってしまって」
 まるでではなくて、僕は追い払うつもりで言ったんだけどね。
「いや、俺がいきなり押しかけたのが悪いんだ」
「……」
「……」
 沈黙。
 見なくても気まずそうな空気が流れているのは解かる。
 それでも中の様子が、吉羅さんがどんな顔をしているのか気になって、少しだけドアを開く。気づかれないようにゆっくりと。
「…すみません」
「何が」
「矢張り、気持ち悪いでしょう、男同士でというのは」
「いや、そんな事は無い。男同士だろうが関係ないだろ。それより俺は」
 何か言いかけて、口を噤む。
 それから先の言葉を予測して、言わせてはいけないと思うのに、指一本動かす事も、声を発することも出来ない。
 まるで金縛りにでもあったかのように。
「それより、何ですか?」
 吉羅さんは全く気づいていないのだろう。気づいていたならこんな風に促すはずもない。
 恐らく吉羅さんは想像すらしたことが無いに違いない。
 だからこそ今、止めたいのに。
 止めなければいけないのに、どうしてこんな時に限って、僕は動けないんだろう。動かなければいけないと、考えているのに、まるで体が言う事をきかない。
 金澤先生が意を決したように、動く。
 真剣な表情で、吉羅さんの肩を掴んで、引き寄せて。
 キスをする。
「……お前が好きだ」
「っ」
 触れるだけのキスと、告白に、吉羅さんが息を呑む。
「お前が加地と付き合ってるのは解かってる。どうなる訳でも無いって事も……悪いな、困らせるような事言って」
 解かっているなら、言わないで欲しい。
 それが僕の身勝手だと解かっていても、そう思う。
「金澤さん…」
 吉羅さんの声が、揺れている。表情も声も、吉羅さんの意識の全てが金澤先生の方を向いている。
 嫌だ。
 見たくない。
 やっと、吉羅さんが僕を見てくれたのに、どうして今頃そんな事を言うんだろう。
 視線を逸らして、ドアを閉める。
 いっそ、何も無かった事に出来たら。
 そうできたら、どんなに良いだろう。
 ぎゅっと目を閉じて、その場を離れて、逃げる。
 どうしたら良いのか解からないまま。いや、僕はどうする事も出来ない。
 決めるのも、選ぶのも吉羅さんなんだから。
 僕はただ、それを受け入れるしかない。
 それしか、出来ない。


 その日の夜。
 まるでいつも通りの様子で、吉羅さんの部屋で過ごす。
 何も無かったかのように。
 だけど、やっぱり違う。
 いつも通りなんて、見せかけているだけで、全然違う。
 視線が合わない。
 いつも、話している時は真っ直ぐに僕を見るのに。
 視線を背けるのはいつも、吉羅さんが後ろめたいと思っている時だ。何も無い風を装いながら、確実に僕に対して後ろめたさを感じている。
 それが解かるから。
 嫌だけど、このままは、こんな生殺しの状態は、もっと嫌だから。
「吉羅さん、僕に何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
「…何の事だ」
 吉羅さんの目が、やっと僕をちゃんと見た。
 別れ話なら、いっそさっさとして欲しい。生殺しは耐えられないから、はっきりと、吉羅さんの口から言って欲しい。
 何も言わなければこのままで居られるかも知れないと、そんな事も考えたけれど、そんな状態がいつまでも続くはずも無いんだから。
「今日、昼休みに金澤先生と話してましたよね」
「……何故」
「昼休み、理事長室の前を通ったら、偶然声が聞こえたんです」
 僕の言葉に、吉羅さんの瞳が揺れる。動揺しているのが、解かる。
 吉羅さんは、慣れるまでは解かり辛いけれど、意外と表情に出る。瞳に出る、と言った方が良いかも知れない。
 目は口ほどにものを言うと、実感する。
「…聞いていたのか」
「見ていたんです。…金澤先生にキスされているのも」
「加地…っ」
「それで、どうするんです?金澤先生に告白されてましたよね。僕と別れて、金澤先生と付き合いますか?それなら――」
「違う!」
 僕の言葉を遮るように、吉羅さんが声を荒げる。
「私は、そんなつもりはない」
「……」
 何で、この人が僕の言葉で傷ついた顔をしているんだろう。本当なら、そうしたいのは僕の方なのに。
「…そんなつもりはないって、じゃあ、何で今日僕とまともに目を合わそうとしないんですか?後ろめたいからでしょう」
「それは…」
「別に良いじゃないですか。吉羅さんは元々金澤先生が好きだったんでしょう。両想いじゃないですか、ハッピーエンドですよ」
 口調に、嫌味めいたものが混じるのは仕方ない。僕だって本当は、こんな風に言いたくない。
 だけど。
「違う、私は…」
「何が違うんですか?何も違わないでしょう。好きだった人に好きだって言われたんでしょう?僕に遠慮なんてしなくて良いですよ。下手に同情される方がよっぽど…」
「だから、違うと言っているだろう!」
 怒ってる。
 いや、悲しんでいるのか。それとも口惜しいのだろうか。こんなに感情を露にした吉羅さんは初めて見る。
「同情なんかじゃない、勝手に決め付けて、勝手に諦めるな。私は別れるつもりは無いと言っているだろう!」
 すうっと、心が冷えていく。吉羅さんが熱くなればなるほど、逆には冷たくなる。
 冷静になった訳じゃない、ただ冷たく吹雪いている。
 僕が素直に別れてあげようと言っているのに、吉羅さんがそのつもりなら、別にそれで構わない。
 吉羅さんの肩を掴んで、そのままソファに押し倒す。
「っ、加地!」
「別れるつもりはない、ですか。それは結構な事ですね。僕としても嬉しいですよ。…本気で言っているのなら」
「…本気だ。君の方こそ、覚悟が無くて、逃げてるだけだろう」
 肩を掴んだ手に思わずぎりっと力が篭る。
「痛っ」
 痛みに顔を歪めながらも、真剣な眼差しで僕を見詰める。僕がこれから何をしようとしているのか、気づいていない筈も無いのに。
 まあ、良いか。
 どう転ぼうがもう知ったことじゃない。
 半ばヤケクソな気分で、吉羅さんの体を押さえつけて、考える事も全て放棄して、唇を塞いだ。



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小説 B-side   金色のコルダ