腰を動かすたびに、ぐちゃりと音が立って、中に放ったものが溢れて吉羅さんの太股を伝って落ちる。 僕のネクタイは吉羅さんの腕を後ろ手にきつく縛っていて、手首が擦れて赤くなっている。そこを指で優しく撫でれば、それだけで吉羅さんの身体がひくりと跳ねた。 「あ、あ…っ」 「これだけで感じるんですか?本当に、淫乱ですね」 くすりと笑って、また奥まで突き入れる。 「やっ、あ――…っ」 抵抗らしい抵抗も殆ど無い。この状態ではする気も無いだろうし、出来ない。 吉羅さんのネクタイで、ペニスを強く、それこそ達することがないようにきつく縛っているから、限界の状態のまま、もう一時間以上は経っているだろうか。 今では何をしても、何処を触っても反応するほどに敏感になっている。ほんの少し腰を揺らしただけで、そっと指先で太股を撫でただけで。ソファにぐったりとうつ伏せになって、後ろから僕に突き入れられながら、ただひたすら耐えるしかない。 「あ……、も、う…っ」 「駄目だって、さっきから言ってるでしょう?」 「ひっ、あ、あぁっ」 腰を掴んで、激しく抽送を繰り返す。何度も、何度だって吉羅さんが相手なら、いくらでも出来る。それこそ、枯れてしまうまで。 「や、あうっ、あ、あっ……も、おかしく、な…ッ」 「おかしく?なれば良いでしょう、構いませんよ」 どんな吉羅さんだって僕は愛せるから。いっそおかしくなって壊れてしまえば、本当に僕だけのものになるだろうか、と考えて自嘲する。 そんなことは無理だと解かっているのだから。 「ふ、う…っ、うぁ……っ」 顔を、汗と涙と涎でぐちゃぐちゃに濡らして、全身を赤く染めて、とろとろと零れ出る先走りでソファを汚して、僕に達かせて欲しいと懇願する、その濡れて、過ぎる快楽で辛そうな、それが取り分け、色っぽい顔に、唇を寄せてキスをする。 「ふっ、ん、んぅ…んんっ…」 口の中を舌でかき回して、苦しげに逃げようと前を向く顔を掴んで押さえつけて、更に深く絡めて行く。更に腰を動かして、更に深くまで突き入れて、何処までも繋がって溶けてしまえたら良い。 片足を抱えて、どこまでも深くまで押し入って。 その熱に、溶けてしまえたら。 何度も僕の熱を受け入れた場所は、今にも境界が解からなくなりそうなのに、その境界が消えてしまうことは決して無い。 「は、あ、あぁ――ッ、も、ゆる、し……」 「駄目」 許さない。 自分がどれだけ酷いことをしているのか、それくらい解かっている。離したくないと思いながら、願いながら、僕のしていることは全くの逆で。 でも、いっそ僕の事なんて嫌いになれば良い。そう思うのも本心だった。 嫌われて、はっきり振ってくれれば諦めもつくから。 今にも弾けそうなほど硬く、熱くなって雫を零しているペニスを握り込む。 「いっ、あ、あ…っ!」 きゅっと扱いて、先端に爪を立ってると、びくんと大きく身体が跳ねた。 「ひぁっ、あ、ああああッ!」 がくん、とそのままソファに突っ伏して、ぐったりとした様子で、目も虚ろになっている。 僕が握っているそこは、硬度を保ったままで、けれど、さっきの反応は…。 「ひょっとして、出さずに達ったんですか?」 「あ……」 問いかけても、反射的に声を出すだけで、まともな返答は無い。 完全に意識が飛んでしまったようだ。 流石にもう限界か。 縛っていたネクタイを両方外しても反応は無い。腕はだらりと落ちて、身体を支えることすらしない。 それでも触れればやっぱり反応はある。反射的なものだろうけれど、別に構わない。 再び抽送を始めて、張り詰めたままのペニスを優しく握る。 「あ…ッ、あ…」 声も、矢張り反射なのだろう。動きに合わせて声が零れて。 「や、ぁああっ」 そして射精する。 溜まったそれが勢い良く飛び出して、僕もまた、中に何度目かの精を注ぎ込む。 くたりと気を失った吉羅さんを見て、罪悪感が湧いてくる。解かっていてしたことなのに。 濡れた頬に、そっとキスをして、呟く。 「ごめんなさい」 許して欲しいとは思わないけれど。 改めて見ても酷い状態だ。 吉羅さんも、ソファも。 後で詰られるのを想像して、ひっそりと自嘲した。 目を覚ました吉羅さんは、静かな目で僕を見る。 体を起こすのもままならないようで、ベッドの上で横になっまま。指一本動かすことすら億劫そうで。 「大丈夫ですか?」 大丈夫な筈が無いと解かっているのに聞いてしまう。今更、嫌われるのが怖くなる。 なんて情けないんだろうと、自分でも思う。 「…大丈夫とは言えないが、そんなに申し訳無さそうな顔をするな」 苦笑いを浮かべてそう言う吉羅さんに、どう反応を返したら良いか解からない。怒られても、嫌われても愛想を尽かされても仕方の無い事をした。 そういう自覚がある。 それなのに、吉羅さんからは微塵も怒っている様子が見受けられない。 「怒ってないんですか?」 「ああ」 「どうして…」 僕のせいで、今そうして、ベッドの上から起きられないような状態になっているのに。 「あのままソファの上に放置されていたとしても、仕方ないと思っていたしな」 「…どれだけ酷い人間なんですか、僕は」 「それだけ怒らせたし、傷つけたと思った」 傷ついていない訳じゃない、怒ってなかった訳でもない。確かに、あの時この人に無性に腹が立っていた。 でも。 「好きな人を、そんな、酷い状態のまま放置なんて出来ませんよ」 そういう状態にしたのは、僕自身ではあるけれど、それとこれとは別だ。 あのままになんて、とてもできない。体を拭いて、綺麗にして、ベッドに運んだ。 「…すみません」 「謝らなくて良い」 「でもっ」 ちゃんと謝りたい。酷いことをしたのは変わらないんだから。 吉羅さんは怒っていないようだけれど、それでも。 「良いんだ、解かっていて挑発したのは私の方だ。自業自得なんだから、君が気に病む必要は無い」 「挑発したって…どうして」 確かに、あんな風にムキになっている吉羅さんは珍しかったし、挑発されているとかどうかと考える余裕も、僕は無かったけれど、わざわざそうする理由が解からない。 「君が人の話を全然聞こうとしないし、最初から諦めているのが腹が立った」 「それは…」 「私は君を選ぶと言ったのに全く信用していないし、君もこのことに関してはやたらと悲観的で自信が無い。それが腹立たしかった」 吉羅さんの言っている事はぐさりと僕の痛い所を突いてくる。 自信が無い。 結局、僕の吉羅さんに対する言動には、それが一番影響している。 自信が無いから傷つく前に手放そうとして、自信が無いからいっそ嫌われようと思った。 本当は手放したくないし、嫌われたくも無いのに。 「吉羅さん…あの、僕は……」 「君は放さないと、放せないといったのに、離れることばかり考えているから」 「ごめんなさい」 確かにそうだ。 吉羅さんだってそれを望んでいる筈だと思い込んで、足掻こうとせずに決め付けて。 それで、怒らない筈が無い。 腹が立たない筈が無い。 「ごめんなさい」 もう一度そう言って、キスをする。 これで許してもらえるなんて思わないけれど、ただそうしたかったから。 「謝らなくて良い。さっきも言っただろう」 「でも、それとこれとは、また違うでしょう」 「…違う、そうじゃない。どちらにしても、君が謝る必要は無いんだ」 「どういう、意味ですか?」 まだ、何かあるんだろうか。 吉羅さんは一度気まずそうに視線を逸らして、意を決したようにまた、僕を見る。真っ直ぐな瞳で。 「腹が立ったのも確かだが、結局私がそうして欲しかったから、わざわざ挑発したんだ。責めて欲しかった」 「……それは」 ざわりと、また心が不安に揺れる。 何度も、何度も吉羅さんの言葉で、僕は揺れる。 「君を選ぶと決めたのに、あの時確かに、あの人に好きだと言われて心が揺れた。だから、君が指摘したように後ろめたかったし、責めて欲しかった。それは結局、私の勝手な言い分でただ、責められて、楽になりたかっただけなんだろうが」 「吉羅さんは…やっぱり金澤先生の方が好きなんですか?」 「……」 冷静になるようにと自分に言い聞かせながら、問いかける。吉羅さんの本心が聞きたい。たとえそれがどんな答えであったとしても。 それでも、沈黙がとても恐ろしい。 少し考え込んだ後、吉羅さんが口を開く。 「君の言う通り、ちゃんとあの人に伝えれば良かったのかも知れないな」 「え…」 「以前、言っていただろう。あの人に好きだと伝えないのかと」 「それは」 僕の自信の無さの裏返しに過ぎない。 吉羅さんだって、そんなことは解かっている筈だろう。 「言わないままだから、結局中途半端になるんだろうな」 「吉羅さん、それって…」 「ちゃんと、言う事にしよう。私の気持ちを、君にも、あの人にも」 薄く笑って、吉羅さんがそう言うのを見て、がくりと肩を落とした。 「それって…その時まで答えはお預けって事ですか?」 「いっそまとめてはっきりさせた方が良いだろう」 それはそうなのかも知れないけれど…。 生殺しのままだ。 「君は、どうして欲しい?」 試すように、吉羅さんが僕を見て問いかける。 どうして欲しいか、なんて。僕の本心は、気持ちはたった一つしか無いのに。 「僕は、吉羅さんと離れたくないし、恋人で居たいです」 誰にも渡したくない。僕だけのもので居て欲しい。 「そうか」 満足そうに吉羅さんはそう呟いて、僕は。 ひっそりと溜息を吐いた。 理事長室に放課後。 吉羅さんと、僕と、金澤先生。 気まずい事この上ない。 「で、話って何だ?まあ、この面子だから大体想像はつくけどな」 肩を竦めて見せてから、金澤先生はどかっとソファに座る。 僕は落ち着かなくて、立ったままだ。 「ご想像の通りだと思いますよ。私の気持ちを、はっきりと伝えておきたくて呼んだんです」 「気持ちって言っても、解かりきってるだろ、そんなの」 金澤先生にしてみればそうなんだろう。金澤先生が知っているのは僕と吉羅さんが恋人同士ということだけなんだから。 吉羅さんた金澤先生をどう思っていたかなんてことも、全然知らずに。 「…聞いて欲しいんです、ちゃんと」 「……解かった」 ひっそりと笑みを落とす吉羅さんは、執務机の前に立って、僕と金澤先生を見る。 その様子に何か察したのか、真面目な顔で金澤先生も頷く。 僕は、死刑宣告を前にした囚人のような気分で、吉羅さんの言葉を、答えを待つ。 「金澤さん、私はずっと…あなたの事が好きだったんです」 「は…?」 「学生の頃から、あなただけが、好きでした」 改めて、吉羅さんの口からそういう事を聞くと辛い。解かっていた事なのに。 吉羅さんが、どれほど長い間、金澤先生を想って来たのか。ずっと、ずっと想いながら、それを隠して、気づかれないように、してきたか。 金澤先生は一瞬息を呑んでから、じっと吉羅さんを見詰めて、言葉を噛み締めるようにして口を開いた。 「…『好きだった』『好きでした』って過去形なんだな。今は違うって事か?今の、お前の気持ちはどうなんだよ」 僕が聞きたいのも、吉羅さんの今の気持ちだ。 ぎゅっと拳を握り締めて、どんな答えでも受け入れようと覚悟を決める。 「あなたに好きだと言われて嬉しかった…告白されて、迷ったのも事実です。でも…」 「でも?」 「今は、加地くんを大切にしたい、彼の方が、大切だと、思っています」 はっとして吉羅さんを見れば視線がぶつかる。僕を見ている、吉羅さんの赤い瞳と。まるで、引き込まれるように見詰め合う。 その瞬間、まるで、世界の全てが静止したかのような感覚に陥る。 そんなに長い時間では無かったのに。 「あー、くそっ」 突然金澤先生が声を上げて、驚いてそちらに視線を向ける。 「もっと早く気づいてりゃ良かったなあ。というか、改めて振られただけじゃねーか」 「すみません。ちゃんと、伝えたかったんです、あなたに。そうしなければ、あなたへの気持ちをちゃんと終わらせられないから」 「もう良いよ。解かったから。むしろ今まで気づかなかった自業自得って気がするしな」 溜息を吐いて、金澤先生はソファから立ち上がる。 「金澤さん…」 「ちゃんと、幸せにやれよ、お二人さん」 そう言って笑ってみせて、すれ違いざまにぽんと肩を叩かれて、先生は理事長室から出て行った。暫くそれを二人で見送った後、今度は僕が、ソファに座る。 「やっぱり、金澤先生は大人ですね。僕だったら、あんな風に物分かり良く引き下がれませんよ」 きっと、心中はもっと複雑だったろうに、それを表面に出さずに、吉羅さんに負担をかけないようにしたんだろう。 僕には無理だ。 結局自分の事ばかりになってしまって、いつも吉羅さんを思いやる余裕なんて無い。 「本当に、僕で良いんですか?」 「…君が良いんだ」 吉羅さんも多分、僕の不安を取り除こうとしてくれているんだろう。はっきりとそう告げてくれて。 僕は、まだまだ自分が子供だと思い知る。 「僕と付き合ったって、良い事なんて無いですよ。嫉妬深いし、すぐ不安になるし、余裕なんて全然なくて、疑心暗鬼に陥って、吉羅さんを困らせることばかりしますよ」 「そんなことは知っているし、どうでも良い。むしろ、それが私にとっては、必要なんだ。後の問題は君がどうしたいかだろう」 吉羅さんが、僕の前に歩み寄る。それを見上げて目の前にある吉羅さんの腰に抱きついた。 「吉羅さんが好きです。あなたの恋人で居たい」 「だったら、それで良い。君は放せないと言っていたくせに、すぐに諦めようとする」 「ごめんなさい」 「…私も放すなと言った。私が迷っていたなら、無理矢理にでも引き止めるぐらいしてみせろ。君にはその権利があるんだから」 本当にそうだ。結局本当に諦める事なんて出来ないんだから。 「そんなこと言ったら、本当に一生、放しませんよ」 「それで良い」 その言葉に、酷く安心する。 あなたがそう言うのなら、本当にそうする。 もう嫌だと言われても絶対に放さない。 顔を上げて、腕を引いて、顔を近づける。 唇が重なって、その甘さに酔う。 抱き締めて、キスをして、飽きることなくあなただけを貪って、一生放さない。 放せない。 あなたもそれを望んでくれるのなら。 あなたという甘美な秘密に酔い痴れながら、この関係を永遠のものにしよう。 「愛しています」 あなたに溺れて、囁いて。 永遠に。 Fin |