熱の在処 3



 苛々する。
 何でも良いから当り散らしたい気分だ。
 足早に音楽準備室に行き、乱暴に椅子に腰かける。
 ガタン、ときつい音が室内に響き渡った。
 誰か見かけたら、誰でも良いから八つ当たりしていたに違いない。
 先程目にした光景を思い出して、また腹の底からムカムカと苛立ちが湧き上がる。
 それを目にしたのは、完全に偶然だった。向こうも気づいていなかった筈だ。
 見たくなかった。
 本気でそう思う。
 理事長室の、僅かに開いたドアの隙間から見えた、吉羅と衛藤のキスシーン。
 見た瞬間に感じたのは、血が沸騰するような怒りだ。
 ともすれば、中に入って衛藤を殴りつけていたかも知れないほどの。
 それを何とか押さえ込んで此処まで歩いてきたが、それでも怒りが収まった訳じゃない。
 何故。
 あんなことをしていたのか。
 何故。
 こんなにも腹立たしいのか。
 答えは簡単なことだ。
 恐らく、あの従弟は吉羅のことが好きなのだろう。随分なついているとは思っていたし、それが従兄に対する以上のものであっても、別に不思議だとは思わない。むしろ、あの懐きっぷりを見れば納得できるレベルだ。
 あれはその結果なのだろう。
 そして俺のこの苛立ちは、考えるまでも無く嫉妬だ。
 誰にも渡したくない、あの従兄にも、他の誰にも。
 独占して、俺だけを見て。他の何も見ないように出来れば良い。
 その感情が何処から来るのか。
 友人に対する独占欲だとするなら、明らかにいきすぎだと、自分でも解かっている。
 他の誰にも渡せない、渡したくない。俺だけを見て、俺のことだけ考えて、何もかもを俺のものにしてしまいたい。
 そう思うのならもう、答えは一つしかない。
「くそっ」
 別に、それは良い。それは良いが、やっぱり腹立たしいのに変わりは無い。
 何より、気づくのならこんな風に気づきたくは無かった。
 しかし、こういう事でもなければ気づかなかったかも知れないと思う。
 のらりくらりと、自分の本心から目を逸らし続けていたのかも知れない。
 それが悔しくも、腹立たしい。
 それでも、吉羅を疑う気持ちは少しも無かった。
 あの表情も、あの言葉も、あの涙も、全て本当だったと信じている。
 だから、あのキスも衛藤からのものだろう。
 腹が立つのは、結局のところ自分がこんな風にしか気づけなかったことと、そんな風にたらたらとあいつの好意に甘えていたから、衛藤に手出しを許してしまったことだろう。
 今の苛立ちは、全て自分に対するものだ。
 だから、衛藤にそれをぶつけるのは間違っている。
 そもそも、今の俺にそんな資格は無い。
 今はそんな自分をただ受け入れて、この気持ちをもっとはっきりと形にしてから、あいつに伝える。
 今出来ることは、それだけだ。


 そして、心を決めて吉羅のマンションの前まで来るのに、結局一週間もかかった。
 あのすぐ後に行くのもどうかと思ったし、何となく言い出し辛かった。
 けれど引き伸ばせば引き伸ばすほど、言い辛くなるのも解かっていて、何とか自分を奮い立たせて此処まで来た。
 今日は金曜で、明日は休日。
 さり気無く聞いたところでは、吉羅も明日は休みのようだ。
 もしマンションに吉羅が居なくても、いずれは帰ってくるだろうし、張り込むには丁度良い。加えて若干の下心もある。
 本当に馬鹿みたいだな、と苦笑してインターホンを押した。

 幸い、吉羅は部屋に居て、すぐに中に入れた。
 玄関先で顔を合わせた吉羅は、まだ帰ってきたばかりだったのか、ジャケットこそ着ていなかったが、まだネクタイを締めたままだった。
 そして、仕事以外でまともに顔を合わせるのは随分久しぶりだと思い出して、同時に、一週間前のあの光景も脳裏に浮かび、再び苛立ちが湧き上がる。
 気づいた時には玄関先であるにも関わらず、吉羅にキスしていた。
「ん…っ」
 吉羅は突然のことに目を見開いて、慌てて腕を突っぱねてくる。
 しかし、そんな抵抗が逆に焦燥感を募らせて、無理矢理口腔内に舌を押し入れて吉羅のそれを絡め取る。
「んん…っぅ」
 何とか逃れようと、顔を逸らして、俺の肩を掴んで引き離そうとする。
「な、にを………んぅっ」
 文句を言おうとした口をもう一度塞ぐと、一歩二歩と吉羅が後退り、俺はそれを追いかけて前に進む。吉羅の背中が壁にぶつかり、後がなくなると、ずるずるとその場に座り込む。
「ふ……ん、ん…っ」
 逃れようとする顔を掴んで固定する。もっと深く、もっと奥まで貪りたい。
 これだけじゃ、全然足りない。
 でも、また泣かれても堪らない。
 まずは、伝えなければならない言葉がある。
 唇を開放すれば、潤んだ熱っぽい瞳が俺を見上げてくる。同時に、苦しげに揺れて。
 息が詰まって、こっちまで苦しくなる。
「吉羅、俺は…」
 声が擦れる。
 柄にもないほど、緊張しているのが、何だかおかしい。
「お前が、好きだ」
 目をしっかりと合わせて言い切れば、吉羅は大きく目を見開いて、口を何度かぱくぱくと開け閉めして、そして出てきた言葉は、半ば予想していたものだった。
「嘘、でしょう?」
「嘘じゃない」
 すぐさま否定して、視線を逸らそうとする吉羅の頬に手を添えて、こちらを向かせる。
「お前が好きだ。だから、こうしてる。…約束したしな」
「金澤、さん」
 信じられないのも、無理は無い。
 それでも、今のこの言葉は嘘じゃない、少しでも、俺の気持ちが伝わればいい。真っ直ぐに吉羅の目を見て、もう一度言う。
「お前が好きだ、後輩としてでも、友人としてでもなく、恋愛対象として」
「…で、ですが、矢張り、金澤さんは、女性の方が良いんじゃないんですか?男が、好きな訳では無いでしょう?」
「そうだな。…そりゃ、男より女の方が、やっぱり良いとは思うさ」
 別に俺はゲイじゃない。今まで好きになったのだって、女ばかりだ。
 俺がそう言えば、吉羅の視線が下へと落ちていく。
 吉羅が、信じられないと思うのは当然のことだ。俺だって、素直に認められた訳じゃない。
 でも。
「でもな、それでも、俺はお前が良いんだ。お前だって、俺が男だから好きな訳じゃないんだろう?」
「それは、そう、ですが…」
 頬に触れている指先に、微かな震えが伝わる。少しだけその指先に力を込めた。
「例えば、もしこれから先、俺好みの女に告白されたとしても、俺はきっと、お前を想う」
 伝われ。
 伝わって欲しい。
 考えて、考えて、あらゆる可能性を一週間考えた。
 どんな場合でも、吉羅を選び続けられるだろうかと。
 女の涙に、男は弱いものだ。
 それでも。
「もし相手に泣かれたとしても、俺にとってはお前に泣かれる方が辛い。二人同時に泣いてたとしたら、俺はお前の方に行くし、少しでも泣かせるような真似はしたくない」
 泣かせたくない、誰よりも、何よりも。
 俺にとっては、女の涙より、お前の涙の方が強烈なんだ。
 だから、信じて欲しい。
 そんな想いをこめて、もう一度キスをする。
 優しく触れて、何度も何度も、そうして触れるだけのキスを繰り返して。
 指先に濡れた雫が落ちてきて、それも唇で吸い取った。
「泣くなよ」
 お前に泣かれると、本当に困る。
「……すみ、ません、でも…っ」
「信じろよ。嘘でも、夢でもないから」
 キスして、舐めとって、何度でも。
 お前が泣き止むまで、そうするから。
 涙を溢れさせる目尻にキスをして、頬を辿ってもう一度キスをする。
「は……ふ……っ」
 しっかりと、その細身の体を抱き締めると、おずおずと、それでも吉羅の手が背中に回された。それが無性に嬉しい。
「お前、最近泣きすぎだろ」
「あなたの、せいです」
 思わず苦笑いを浮かべて漏らせば、くぐもった声でそう帰ってくる。
 確かに、それはそうだ。
 結局、いつも俺が泣かせている。
 それが何だか堪らなくいじらしく思えて、抱き締める腕に力を込める。
 本当に、何でこんなに可愛いと思うんだろう。
 三十路も越えた、身長も体格もそう変わらない男相手だというのに、その仕草や表情の一つ一つが、可愛く思えてならない。
 いや。
 違う。
 可愛いと思う、それは勿論そうだが。
 そうじゃなくて。
 愛しい。
 そう思うんだと、気づく。
 もう、ずっと。
 可愛いと思うたびに、それはこいつを愛しいと思っていたんだと気づいて、おかしくなった。
「なあ、吉羅」
 抱き締めていた腕をゆっくりと解いて、殆ど涙の止まった吉羅の顔を見る。まだ、若干潤んではいるけれど。
「はい」
「愛してるぞ」
「…な、な、にっ!」
 一瞬で赤く染まる顔を見て、可愛いと、愛しいと、そう思って。
 欲に火がついた。
 引き寄せて、抱き締めて、キスをする。
 抵抗は無い。
 いつもは、少なからず抵抗があるのに。
 それが、やっと想いが重なった証のようで、たまらなくなる。
 もっと、もっと欲しい。
 欲が膨れ上がる。
 舌を絡めれば、応えるように吉羅からもおずおずと絡められる。そんな吉羅の反応に、感動すら覚える。
「ん……っん、ん……う…っ」
 深く深く、舌を絡めて、口腔内を余すことなく嘗め回す。
「ふ…っ、う……んんっ」
 漏れる吐息に煽られる。
 足りない。
 キスだけでは、到底足りない。
 ワイシャツの裾から手を差し入れて肌を撫でると、その手を掴まれた。
「ま、待って、ください」
「嫌か」
 此処に来て止められるとは思わなかったから、若干声に不機嫌さが混じってしまう。
 それに対して、びくりと怯えたように震える吉羅に、しまったな、と思う。
「嫌、ではありませんが…」
 何処か躊躇うような表情を浮かべ、視線を逸らす。
 つい苛ついてしまうが、吉羅が躊躇するのも当然の事だ。
 今までみたいな触り合い程度で終わるとは、吉羅の方も思っていないだろう。
 俺としては、早く吉羅が欲しいし、抱きたい。
 しかし、それを押し付ける事は出来ればしたくない。大切だと、思うからこそ。
「なんだ、怖いのか?」
「怖くないかと聞かれれば、怖い、です。でも、そうではなくて…」
「何だ?」
「あの、此処では…」
「……ああ」
 そういえば此処は玄関先だった。
 いくらなんでも、こんなところですることは無いだろう。
 早く欲しいという気持ちはあるものの、こんなところで抱くほど無粋でもない。
「じゃ、ベッドに行くぞ」
「………はい」
 緊張した、硬い声で頷く吉羅を見て、やっぱり愛しい、と思う。
 今まで、何をそんなに悩んでいたんだと思うほどに。
 こんなにも。

 愛している。



 寝室に移動して、けれど、まともに金澤さんの顔が見られない。背を向けて、何か別の話題で誤魔化そうとする。
「金澤さん、あの、シャワーを…」
 言いかけたところで後ろから抱き締められる。
「いいって、そんなの。これ以上我慢出来ん。それに…」
 首筋をすっと舐め上げられて、ぞわりと体が震える。
「ひっ…」
 悲鳴を上げそうになって、慌てて口を塞ぐ。
「その方が、お前の味がする」
「何、言って…」
「兎に角、これ以上は無理」
 そう言ったかと思えば強く体を引かれて、気がつけば天井を見上げていた。更に上から圧し掛かられ、本当に、今からこの人に抱かれるのだと実感する。
 そして尚更、怖じけ付く。
 ずっと、金澤さんが好きだった。
 だからこれは、夢のような状況だ。でも、改めてこういう状態になって気がつく。
 今まで、そういうことを具体的に考えた事が無かった。
 この人を抱くにしても、抱かれるにしても、完全に想像の外で、有り得ないことだと思っていたから。
 だから、今こんな状況になって、慌てている。
 キスされて、ネクタイを解かれて、シャツのボタンが外されて、そうして金澤さんが触れてくる度に、どうして良いか解からなくて、硬直する。
「おい、大丈夫か?」
「あ…」
「逆の方が良いのか?すっかり俺が上のつもりで居たんだが」
「い、いえっ」
 抱く側と抱かれる側と、どちらがと言われれば、抱く側の方が怖い。
 こちらから手を出して、金澤さんに何かするというのは、とても想像出来ないし、恐ろしい。
 もしそれで嫌われたらと、考えずにはいられない。
 金澤さんが私を好きだと言ってくれて、それは本当だと思う。それでも、こちらから手を伸ばすのは、矢張り怖い。
「大丈夫、です」
 怖いけれど、嫌な訳ではない。嫌なはずがない。
「解かった。つーか、これから先は、嫌だって言っても止められないからな」
「はい」
 それで良い。その方が良い。
 体を繋げば、少しはこの怖れも薄れるかも知れない。
 確かな、何かがあれば。
 また唇が重なって、金澤さんの舌が口腔に入ってくる。そして、まるでゆっくりと労わるように優しく舐められる。舌を絡める動きも、今までとまるで違う。
 今までは乱暴に、何もかもを絡め取るように、無理矢理体に火をつけるように激しかったのに、今は、ゆっくりと溶かしていくように、優しい。
 そんなキスのおかげか、徐々に体の力が抜けて、恐怖心も柔らぐ。そしてそれが薄れれば、このキスが気持ち良い、と思う。
 いつの間にか閉じていた目を開ければ、優しく見つめてくる視線とぶつかった。
「あ…」
「お前、男とはこれが初めてなんだよな?」
「は、い」
 キスが解かれて、問いかけられた言葉に、頷く。
 この人以外の同性相手だなんて、無理だ。考えられない。
「なら、良い」
 何となく、嬉しそうな顔をしてそう言った後、金澤さんの唇が首筋を辿って、鎖骨を舐める。その生々しい舌の感触に、一気に羞恥心が湧き上がる。
 恥ずかしい。
 金澤さんに、自分の体を見られて、触れられているのが、恥ずかしくてたまらない。
 指が、乳首に触れて、鈍く痺れるような刺激にむず痒さを覚える。そして、その後を追うように、舌が反対側のそれをぺろりと舐めて。
「あっ」
 思わず、声が漏れて、慌てて口を塞ぐ。その私の仕草に、金澤さんが顔を上げる。
「声、出せよ。お前の声、結構好きなんだ」
「でも……ぅあっ」
 きゅ、っと指で強く乳首を摘まれて、ひりひりとした痛みを伴う快感に、上ずった声が出る。
 そんな場所を触れられて感じることに、自分の出してしまった声に、羞恥心が募る。
「これぐらい、今まで気にして無かっただろうが」
「それは…」
 確かに、今までもこれくらいの触れ合いはあった。その時も羞恥心を感じなかった訳ではない。ただ、余裕が無かっただけだ。
 羞恥心よりも、触れられる悦びと怖れの方が大きくて、気にしている余裕がなんて無かった。
 そして、改めてこんな状況になって、どうしようもない恥ずかしさを感じている。
 けれどそれを言葉にすることは出来なかった。する前にまた、金澤さんの動きが再開されたから。
「あ…ん、んっ」
 濡れた舌が乳首を舐めて、その突端を擽るように舌先が動いて、ぞくりと、快感が背筋を駆け抜けて、腰の辺りに熱が篭る。
「んんっ……ぅ…」
 手で口を塞いで、声を出さないようにと思うのに、金澤さんの舌が、指が、執拗に其処ばかりを嬲って、その度に、抑えきれずに声が零れる。
 胸を触られてこんなに感じるなんておかしい、と思うのに。それでも触られたところから体が熱くなる。
「金澤さ……そこ、ばかりは…っ」
「嫌だってか?でも、ちゃんと感じてるだろ?此処も、赤くなって、硬く立ってる」
 言いながら、またそこをきゅっとつままれて、快感に体が震える。
「うっ」
「ま、確かにこれだけじゃ先に進まんしな」
 そう言って身を起こすと、金澤さんは着ていた服を脱ぎ捨てる。
「ほら、お前も」
「じ、自分で脱ぎますっ」
 脱がせようとしてくる手を止めて、自分で脱ぐ。と言ってもワイシャツは既に殆ど脱がされていたような状態だったが。
 お互いに、身に纏っている物を全て脱ぎ去ると、本当にするのだという実感がまた改めて湧きあがる。
 今までの、触れるだけの行為では、殆ど脱ぐことは無かった。
「…お前、ちょっと痩せたか?」
「え……いえ、そんなことは」
「痩せただろ」
 最初は疑問系だったのに、否定しようとすると断定的な口調で被せられる。初めから、確信していたのだ。
「…俺のせいか」
「違いますっ」
「違わないだろ」
「違います。これは、ただ、私が……情けないだけ、です」
 この人が、責任を感じることでは無い。
 ただ、私がどうしようもなく愚かで、情けないだけの事だ。
「…まあ、これ以上言い合っても仕方無いか」
 金澤さんは溜息を吐いて、それ以上言うことは無かった。
 そのことにほっとする。
 しかし、安堵したのも束の間で、すぐにまた肩を押さえつけられて、天井を見上げることになった。そして、何かを言う間もないまま、ペニスを握りこまれる。
「ああっ」
 不意打ちの刺激に、声を抑える間も無かった。
 そして再び乳首を舐められ、唇が臍へ、そして更に下へと移動して、ペニスに辿り着く。
「や…っ」
 一番感じやすいところを舐められて、羞恥心と快感で全身が熱くなる。
 咄嗟に足を閉じようとするが、すぐに太股を掴まれて開かれる。
「だ……め、ですっ」
「駄目って、何が?」
 聞いておきながら、すぐに舌で先端を突付いてきて、答える余裕など与えられない。
「あ、あ…っ」
 絶対、初めから答えさせるつもりなど無いのだ。
 金澤さんは何度か根元から先端まで舐め上げた後、すっぽりとそれを口に咥えてくる。
「や…ああっ!」
 舌が、唇が、金澤さんの、口内が、熱くて、火傷しそうだ。それなのに、ねっとりと濡れた感触がして、訳が解からない。
 離して欲しくて、金澤さんの頭を掴んで、引き離そうとするのに、力が入らない。
 その間にも、金澤さんは執拗に其処を責め立てる。
「あ…っあ、や…あぁ…っ」
 唇で扱かれて、舌で嬲られて、口全体で締め付けられて、耐えられる訳が無い。
 駄目だ。
 もう。
「は……あっ…あ、も……ぅあっ!」
 限界まで高められて、達する直前で、根元を指できつく戒められる。
「今日は、先に達くなよ」
「ふ…ぅっ…だ、ったら……どうして……」
 こんな風に、一方的に感じさせられて、達くな、なんて言うのは理不尽だ。
 途中で堰き止められた熱が、今すぐにでも出たいと身の内で猛っている。
「まあ、今は出来るだけ気持ち良くしてやろうかと思ってな。すぐに、お前を気遣う余裕もなくなりそうだし」
「だからって…」
「良くなかったか?」
「そういう、訳では…ありませんが」
 むしろ、気持ち良かったから、感じたから今辛いというのに。この人は、きっとそれも解かっていて惚けている。
「だったら良いだろ。ほら、後ろ向け」
「後ろ…?」
「解さなきゃ入らんだろ」
「っ!」
 余りにも直接的な事を言われて硬直する。
 そんな私の様子などお構いなしに、腕を取って後ろを向かせられる。
 勿論、必要だということは解かっているし、抵抗するつもりも無い。それでも、言い方というものはあるだろう。
 男同士の行為で、其処まで気にする方がおかしいのかも知れないが、それでも。
 金澤さんに尻を向ける形で、四つ這いになって、恥ずかしくない訳が無い。
 だから。
 尻を、掴まれて。
「ひっ」
 一番、汚い場所を舐められて。
 舌が、其処に触れるのを感じて。
「やっ……やめ…っ、だめです!」
 前に進んで、逃れようとすれば、ペニスを握りこまれて。
 逃げることも出来ないまま、濡れた舌を感じて。
 恥ずかしくない訳が、無い。
「駄目、です、きたな…いっ」
 シャワーすら、浴びていないのに。
 例え浴びていたとしても、こんな。
 こんなことは。
「止めて、下さいっ」
 恥ずかしい。
 恥ずかしい、恥ずかしい。
 恥ずかしくて、恥ずかしくて、気が狂いそうだ。
 死ぬほど恥ずかしい。
 今なら、羞恥心で死ねるのではないかと思うほど。
 全身が羞恥で熱くなって。
 それなのに、そんな場所を見られて、あろう事か、舐められて。
「ほんとに…駄目、です」
 どんなに駄目だと言っても、止めてくれなくて。
 濡れた舌が、小さく窄まった其処を濡らして。
 唾液が、ゆっくりと少しずつ流し込まれて。
 伸ばされた舌が、中へと少しだけ押し込まれて。
「ひ、ゃっ…う…くっ」
 見えない分、余計にそうして触れられていることが、リアルに感じられて。
 舌の動きも。
 唾液で濡らされる感触も。
 かかる吐息でさえも感じて。
 恥ずかしい。
 恥ずかしい、恥ずかしい。
 何よりも、そうして、舐められて、感じている自分自身が、一番おかしい。
 前を握り込んでいる金澤さんには、それさえもきっと知られているのだろうと思えば尚更。
 恥ずかしくて、たまらない。



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小説 B-side   金色のコルダ