熱の在処 4



 シーツに顔を埋めて、与えられる感覚に只管耐える。
「う……ふ…っ」
 体から力が抜けて、足が震える。
 金澤さんの舌が奥へと押し込まれる度に、悲鳴が漏れそうになるのを堪えて、シーツを握り締める。
 どれほどの間そうしていたのか、体感時間も完全に麻痺した頃、舌とは明らかに違う硬さと質量のものが中に入ってくる。
「う、あ…っ」
「一本、入った。解かるか」
「あ…っ、ゆ、び…っ」
「ああ……狭いな」
 指一本入っただけだというのに、酷い圧迫感に息が詰まって、指や爪先やその場所に、力が篭る。それが指を締め付ける結果になって、金澤さんの指の形まで、解かる気がする。
「大丈夫か?痛くないか?」
「大丈夫、です」
 痛くは、無い。
 ただ、本来の質量の何倍にも感じる圧迫感と異物が中に入っているのだという違和感で、どうしても体に力が入る。
 それでも何とか力を抜こうと、呼吸を繰り返す。
「痛かったら言えよ」
 金澤さんの、気遣ってくる声を聞いて、ほっとする。
 舐められている間、ずっと無言だったことが自分で思っている以上に不安だったことに気づく。
「…ほんとに、大丈夫です」
 触れているのが金澤さんなら、何をされても耐えられないことは無い。それに、話している間に違和感も少し和らいだ。
「じゃ、続けるぞ」
 中に入っている指が、ゆっくりを抜き差しされる。それだけではなく、再び舌が、其処を舐めてきて。
 矢張り、体に力が入りそうになるのを深呼吸を繰り返して抑えて。
 指は、襞の一つ一つを広げるように、舌は、その間の滑りを良くする様に唾液を流し込んできて。
 少しずつ、そこが受け入れるために解されていくのが解かる。
「は…、ん…っ」
「もう一本、入れるぞ」
 少し広がったところに二本目の指が入ってくる。それを感じて、また締め付ける。
 締め付けては緩んで、蠢く。無意識のその動きが、まるで欲しがっているようだと思う。
 それが恥ずかしいと思うのと同時に、欲しいと思っているのがまぎれもなく本心なのだと気づく。もっと、もっと、乱暴でも良いから、早く金澤さんと繋がりたいのだと自覚して、堪らなくなる。
 指が内壁を擦る度に、熱が生まれて、快感へと変化していく。
 唾液でしっかりと濡らされたせいで、指が動くたびに体の内側から水音が響いて恥ずかしいけれど、もっと、滅茶苦茶に動かして欲しいと、思ってしまう。
 舐められて、指を動かされて、感じる度に、足が震えて、力が抜ける。
「金澤、さん…っ、もう、いいです、から…っ」
「何言ってんだ。まだ、無理だろ」
「でも…っく、ぁ」
 反論しようとした所で、三本目の指を入れられて、呻く。ぎゅっと、強く締め付けて、中の指を感じた。
「指三本でこんなにきついのに、まだ入る訳無いだろ」
「ちが…っ」
 違う、そうじゃない。
 欲しいだけだ。欲しくて仕方ないから締め付けているのだと、言葉にしようとして、けれどその前に三本の指が根元まで突き入れられる。
「あ…うっ」
 膝が震える。足が、もう立たない。
 欲しい。
 早く。
 指ではなくて、もっと。
 自分でもおかしいと思う。初めてだというのに、こんな風に思う自分がおかしい、変だ。
 でも、ずっと、もうずっと、欲しかった。
 この人が、この人だけが、ずっと。
「もう、本当に…お願い、ですから…」
「吉羅…」
「早く、あなたが欲しい」
「お前な…」
 大きく溜息を吐いて、指が引き抜かれる。
「あ…」
 それが、名残惜しく感じてしまう自分は、もう、本当におかしい。
「解かったよ、痛くても、文句言うなよ」
「あ、あの…っ」
「何だ」
「前から、してください」
 そのまま腰を掴まれて、入れられそうだったのを、慌てて止める。
 後ろからは、嫌だ。
「前からって……多分、このまま後ろからした方が楽だぞ?」
「構いません。辛くても……あなたの顔を見ていたいんです」
「……お前、わざとやってんのか、それ」
「え?」
 何のことかと振り返ろうとすると、強い力で肩を掴まれて、体が反転する。
 目の前に、金澤さんの真剣な顔がある。
「金澤さん…?」
「言う通り、ちゃんと正面からしてやるよ」
 一度、触れるだけのキスをされて、足を抱えられる。
 かなり恥ずかしい姿を晒しているのだが、それでも金澤さんを欲しいという気持ちが大きくて、羞恥心を押さえつける。
「息、吐いて。力抜けよ」
 頷いて、言われた通りに大きく息を吐いた。その瞬間を狙って、先ほどの指とは比べ物にならに程の、硬くて、大きくて、熱いものが、入ってくる。
「あっ、あああああっ!」
 一息に奥まで貫かれて、口から悲鳴が溢れる。
「あ…っ、く……ぁ……あ…っ」
「っ、きっつ…」
 痛い。
 痛い、痛い。
 体が裂ける。
 金澤さんが入っている場所から、熱く、焼け付く様な痛みが、それこそ全身に広がって、何処が痛いのかさえ解からないほどの、想像以上の激痛に、呻くことしか出来ない。
「う…くっ…ぅ…」
「吉羅、ゆっくりで良いから、息吐いて、深呼吸しろ」
「は…あ、あ…」
 金澤さんの声を聞いて、殆ど条件反射でその言葉に従う。
 息をするのさえ、苦しい。
 それでも。
 痛みは、変わらずにあるけれど、目の前には心配そうな、金澤さんの顔があって、この痛みが、この人が、この人の存在が、私の中に刻み込まれているからなのだと思えば、それさえも嬉しい。
「ぜん、ぶ…はいった、ん…です、か?」
「ああ……大丈夫か?」
「だいじょう、ぶ…です」
「吉羅」
「あなたが、中に入っているのを…感じられて、嬉しい、ですから…」
「……くそっ、お前な」
 突然、中に入っているものが、体積を増す。どくんと、大きく脈を打つのさえ感じて。
「あ…、大きく、な…っ」
「お前の所為だ」
「え……」
 どういう意味なのか、聞こうとしたところで、ずるりと半ばまで引き抜かれて、ひきつるような痛みにまた、悲鳴が漏れそうになる。
「うっ……くぅ…っ」
「やっぱ…、まだ、きついか」
「いい、ですっ。構いません、から…そのまま…」
 半ばまで抜いたところで動きを止めた、金澤さんの腕を掴む。
「痛くても、良いんです。あなたが中に居て、あなたを感じられるなら、それが痛みでも……あなたが感じてくれるなら、その方が、嬉しい、です…」
「お前な……さっきからそれ、わざと言ってんのか?」
「……なんの、ことですか…?」
「…ああ、もう良い。止めろって言ったって止まらんからな。お前が悪い」
 何が悪いのか解からないまま、動きが再開され奥まで突き入れられる。
「あっ、あ、く…っ」
 引き抜かれては、奥まで突かれる。
 その度に激しい痛みが全身に響き、体が軋む。
 それでも、それが金澤さんから与えられるものなら、嬉しいと思う。むしろ、痛い方が良い。
 決して、今この時のことを忘れないように、夢では無いのだと思えるように。
 この痛みが、この人に抱かれた証になるのなら。
 激痛に耐えながら、それでも薄っすらと目を開く。
 眉を寄せて、頬が熱に染まっていて、汗がぽたりと体に落ちる。
 私の体で、感じてくれているのだと解かって、嬉しくなる。
「かな、ざわ…さ…っ」
 金澤さんの、腕を掴んだ手に力が篭る。
「…き、です…。好き…好き、ですっ…あなたが…」
「吉羅…」
 好きだ。
 この人が、好きで、好きで、どうしようもないほど好きで。
 溢れ出して、止まらない。
 今まで、抑えていたものが溢れ出して、堪え切れなくて。
「う…っく、好き、です……好き…」
「んとに、お前…っ、くそっ」
 膝裏を掴まれて、足を抱えなおされて、ぐっと、更に奥まで貫かれる。
「あああ…っん、んんーーーーッ!」
 溢れ出した声は、唇で塞がれる。
 そのまま、激しく突かれて、縋るものが欲しくて、腕を背中に回す。激しい突き上げとキスで、上手く呼吸が出来なくて、息苦しい。体中に振動が響いて、痛みさえもが麻痺してくる。
「んッ……ふっ、ん、んぅ…っ」
 体を、更に深く折り曲げられて、突き上げられる角度が変わって。
 不意に、電流が走ったような痺れが、体中に、それこそ、頭の先から、爪先まで走る。
「ひあッ…あ…!」
 何が起こったのか解からないまま、びくびくと滑稽なほどに体が痙攣して、背が撓る。
「……ここ、か」
「やっ、な……ひ、ああっ!」
 何が何だか解からないまま、そこを狙って突かれて、何も、考えられなくなる。それが快感なのか何なのか、それさえも解からなくて、ただ強すぎる刺激に声を上げて、背中に縋りついた指に、力を込めることしか、出来ない。
「や……っ、あ、あ…っ」
「っ、お前も、良くなきゃ、意味無いよな」
 前を、握られて、其処を突かれるのと同時に扱かれると、更に強い痺れが全身を駆け抜ける。
「やぁ…っ、あ、あ―――ッ!」
 それが、信じられないほどの、今まで感じたことの無いほどの、快感なのだと理解して、尚更、快感が深まる。
 触れる肌が、貫かれる場所が熱くて、熱くて。
 気持ち良いと言うには良すぎて、まともに思考も回らなくなる。
「あ…ふ…ッあ、あぅ……ああ……っ」
「…吉羅、吉羅……っ」
「な…ざわ…さ…ッ、あ…」
 名前を呼ばれて、呼び返したいと思うのに。
 舌が回らない。
「ひっ、あ……か…な……んぱ…っ」
「吉羅……気持ち良いか…っ?」
「は…い……あ、あ……っせん、ぱい…っ…あああっ」
 やっと明確に口に出来たのは、それだけで。
 それでも、充分だった。
「先輩…っ、先輩……あ、ぅあ…熱い……っ」
「…確かにっ、お前の中、熱いな……っ、吉羅…」
 名前を呼ばれて、呼んで、それが嬉しくて。もっともっと、ずっと、この時が続けば良いと思う。身の内にこの人を、感じ続けたいと願う。
 けれど、限界はどうしたってやってきて。
 どんどん、金澤さんの動きが激しくなって、中に入っている、金澤さん自身が、今にも弾けそうなのだと解かる。
 そして私の限界も、もう。
「せん、ぱい…っあ…」
「…吉羅……おれも、お前が、好きだ…っ」
「せんぱ…ッ…あ、ああああっ!!」
 ずんっと、激しく奥まで突かれて、前を扱かれて、頭の中が、真っ白になる。何も考えられなくて、でも、酷く気持ちが良い。
 そして同時に、金澤さんの熱が放たれるのが解かって、中に満ちていくのを、感じて。
 本当に、金澤さんに抱かれたのだと実感して。
 幸せだ、と思った。




 朝の光を感じて、目が覚める。
 それと同時に、腕の中の温もりも感じて、殆ど無意識に引き寄せる。
 まだ眠っている。
 昨夜、達した後そのまま眠ってしまった…というよりは殆ど気絶してしまった、という方が近いか。
 それでも、その時の顔が幸せそうで、まあ良いか、なんて思って。とりあえず簡単に体だけ拭いて、俺も眠ったんだった。
 セミダブルのベッドで、腕の中の吉羅をしっかりと抱き締める。
 愛しい。
 ただ、それを実感する。
 頬をゆっくりと撫でて、眠っている吉羅の額にキスをする。それから唇を親指でなぞると、薄っすらと開かれて、吐息が漏れた。
「んっ…」
「……起きたか?」
「…か、なざわ、さん」
 ゆるりと目を開いて、焦点の合っていない瞳が、段々と俺を捉えてくる。
「おはようさん」
 言って、唇にキスをする。
 すると、さっと頬に朱が差して。
 やっぱり、可愛いな、と思う。
 大概俺の頭も色ボケしているんだろうが、そう思うのだから仕方ない。
「おはよう、ございます」
 照れた様子で挨拶をしてくる吉羅を、もう一度ぎゅうっと抱き締めてから開放してやる。
 もぞもぞとベッドから起き上がって、伸びをする。その隣で吉羅もゆっくりと身を起こす。
「大丈夫か?」
「……まだ、中に何か入っているような気がします」
 腰を押さえながら呟く吉羅に苦笑する。
「悪いな、手加減できなかった」
「いえ、それは…」
 最初はもう少し、優しく気遣ってやるつもりだったのだが、実際にはそんな余裕はさっぱり無かった。
 初めての時でも、もうちょっと余裕があった気がするのだが。
「お前があんまり煽るもんだから」
「…煽るって、何のことです?」
 本気で、解かっていないのだろう、眉を顰めて聞いてくる。
「…いや、別に」
「金澤さん?」
 笑って誤魔化してから、内心で溜息を吐く。
 吉羅の言葉の一つ一つを思い返して、あれで煽っていないというのなら、何なんだと思う。
 早く俺が欲しいとか、前からして欲しいとか、中に居て嬉しいとか、感じて欲しいとか、今まで口にしなかったくせに、何度も好きだと言ってきたり、先輩なんて呼んできたり。
 あげだしたら切りが無い。
「いや、最後ので反応するのはマニアックすぎるか」
「あの、どうしたんですか?」
 ぶつぶつ呟く俺に、吉羅が不審そうな目を向けてくる。さっきまで、もう少し甘い空気が流れていた気がするのになあ。
「別に、何でもねえよ」
 まあ、考えたところでどうしようもないことだ。
 隣に居る吉羅を引き寄せて、抱き締めて、鎖骨に唇を寄せて、きつく吸い上げる。
「っ…、なに、を」
「俺の物だって印をつけただけだろ」
「な…っ」
 俺の言葉に、吉羅の顔が真っ赤に染まる。
 その様子を見て、また抱き締める。
「好きだぞ、吉羅」
「……」
 一瞬身を強張らせてから、吉羅は背に腕を回してくる。
「私も……あなたが好きです」
 かき消えるような小さな声が、それでもしっかりと俺の耳に届く。
 それに思わず肩を揺らして笑って、少しむっとした様子の唇に口付けた。
 それだけで、また頬を染めて、恨めしげに睨んできて。
 本当になんて可愛い。
 抱き締めて、その熱を感じる。
 この熱は、俺だけの物だ。
 そして、俺の熱も、お前だけの物だ。
 可愛くて、愛しい、俺の恋人。


Fin



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小説 B-side   金色のコルダ