例えばそれは一瞬で 3



 2月14日のアンサンブルコンサートも無事に終わって、本当に卒業までもう少しって感じだ。
 丁度バレンタインの日で、チョコレート渡して告白しようかな、なんてことも考えたけど、想像しただけで恥ずかしくなって結局出来なかった。
 でも、もう本当に、時間が無いんだよね。
 大学行っても、今までみたいに会いに行けるか解かんないし。
 そう思ったら、何だかちょっと、寂しい。


 昼休みに理事長室に行けば、仕事中みたいだった。
 邪魔しない方がいいのかな、と思ったけど、仕事中の吉羅さんもかっこいいから、見て居たい。邪魔だって言われたら、出て行けばいいよね。
 中に入っても何も言われなかったから、多分別に居ても良いってことなのかな。
 ソファに座って、吉羅さんの顔を見る。
 仕事中はいつも無表情で、でも何か今日は、いつもと違う。
 何となく、機嫌が良さそう…?
「吉羅さん、何か良いことあったの?」
「何故?」
「何か、機嫌良さそうだなって思って」
 どこがって言ったらいいのか解からないけど、何となく。
「まあ、悪くはないな。オーケストラコンサートの準備も順調のようだ」
「そうだよね、日野ちゃんすごい頑張ってるし」
「頑張って貰わねば困るがね。この学院の宣伝のためにも」
 最初は、日野ちゃんをコンミスにって聞いた時は驚いたけど。吉羅さんは本当に日野ちゃんなら出来るって思ったから指名したんだよね。
 それだけ日野ちゃんのこと、信じてるってことだよね。
 そう考えると、日野ちゃんがちょっと羨ましい、かも。
「そういえば、君もテレビCMに出ていたな」
「え…」
「もう出る予定はないのか?」
 突然、CMのことを出されて、びっくりした。そりゃ、知っててもおかしくないんだけど、今まで全然そういうこと言われなかったから。
 それに、出来れば、知らないで居て欲しかったなって思うから。
「で、出ないよ!やっぱりおれ、ああいうの向いてないなって、思うし」
 何か、言い訳みたいにまくし立てる。ていうか、言い訳、なんだけど。
「まあ…そうだな。学院の宣伝材料として考えるのなら、演奏されたトランペットの音も君のもので無ければ意味はないか」
「え…?」
 一瞬、吉羅さんが何を言ってるのか、解からなかった。
 今、何て言ったの?
「何だ?」
「あ、あの、吉羅さん、あのトランペットが、おれじゃないって……?」
「それが何だ?君の音は解かりやすい、聞き間違いではないと思うが」
 解かりやすいって。
 でも、先生だって気づかなかったし。
 吉羅さんだって、アンサンブルとかぐらいでしか、殆どおれの演奏、聞いたこと無いはずなのに。
「聞き間違いじゃ、無いけど」
 どうしよう。
 気づいてもらえるなんて、思ってなかった。
 みんな気づかなかったから、吉羅さんだって気づかないだろうなって、思ったのに。
 どうしよう。
 嬉しい。
 すごく嬉しい。
 気づいてくれた。
 何か、それだけで、どうしようもないぐらい嬉しくて。
 泣きそうになって。
 やっぱり好きだなって思って。
「吉羅さん、おれ…」
 好きで、好きで、どうしようもなくて。
 だから。
「おれ、吉羅さんが好きだ」
 気づいたら、そう言ってた。
 言ってしまってから、ああ、言っちゃったって思ったけど。
 でも、やっぱり言いたかったから。
 抑えられなかったから。
 すごく、すごく、好きだなって、思ったから。
「すごく、好きだよ」
「……知っている」
 だから、溜息を吐きながらそう言われて、びっくりした。
「え……?」
「君も、君の音と同じように、解かりやすいからな」
「え、えーーーっ!?」
 わ、解かりやすいっていうのは、何度も言われてたけど。おれが、吉羅さんのこと好きなのも、ずっとバレバレだったってこと?
 びっくりして、驚いて。
 よく解からなくなったところで、チャイムが鳴った。
「予鈴だな。教室に戻らなくてもいいのか?」
「あ、あ。うん。えーと。あれ?」
 何かよく解からないまま、そう言われて。
 でも、確かに、教室に戻らないと、いけなくて。
「えーと、じゃあ、また」
 解からないまま、理事長室を出て、教室に戻った。
 おれって、そんなに解かりやすいのかなあ。


「おれって、そんなに解かりやすいのかなあ?」
 屋上で、柚木と、土浦と、加地くんに囲まれて、その真ん中で蹲って、思ったことをそのまま、ぽつり。
「はい」
「…否定出来ないですね」
「というか、結局何があったの?」
 やっぱり解かりやすいのかなあって、思ったら、何かすごく、落ち込んできた。
 あ、落ち込んだって言うのとも、何か違うかな。
 でも凄く、複雑な気分。
 昼休みが終わって教室に戻った後も、すぐにおれの様子が変だって気づかれて、放課後、みんなに此処に連れてこられたんだし。
 まあ、おれも、相談したいって思ってたけど。
「……今日、吉羅さんに好きだって言ったら、知ってるって言われた」
「え?告白したんですか!?」
「むしろそっちにびっくりですよ!」
 土浦と加地くんが、凄く驚いた顔で言う。
 あれ、吉羅さんが知ってたことに対してはノーコメント?
「そんなに、驚くかなあ」
「驚きますよ。だって僕が告白しないんですかって言っても、ずっと引き伸ばしてたじゃないですか」
「あ、うん。それは…」
 確かに、そうなんだよね。
 考えただけで恥ずかしくて、緊張して、絶対無理、って思ったから。
 でも。
「何か、すごい、好きだなあって思ったら、我慢出来なくて」
「……いや、まあ、いいんですけどね」
「そんな顔は俺たちに見せなくてもいいですから」
 そんな顔って、どんな顔だろ。
 思わずぺたぺたと自分の顔を触る。
 よく解かんないけど。
「まあ、何というか幸せそうな所水を差して悪いんだけどね、火原」
「なに、柚木」
「結局、吉羅さんの返事は?」
「返事…?」
「そう、告白の返事」
 …そういえば、聞いてない。
 好きだって言って、知ってるって言われて。
「すぐ後に、予鈴が鳴っちゃって、教室に戻ったから、聞いてない…」
「……あの、火原さん。それって…はぐらかされたんじゃ?」
「確かに、そう思えるよな。さっきまでの火原先輩の状態考えても、あのまま何事も無かったようにされるって可能性もあるんじゃないですか?」
「え?え…、そ、そうかな?」
 吉羅さんは、そんなことしないって、思うけど。
 どうなんだろう、よく、解かんないけど、でも本当に加地くんや土浦の言う通りだったら、どうなんだろう。
「それって、遠まわしに振られたってことじゃ」
「ええええ!?」
「何か、そういう感じしますけどね」
 ふ、振られたの、おれ!?
 何かよく解かんないのに?
 そう考えたら、何か凄く、ショックだ。
 ていうか、本当にそうなのかな、はぐらかされちゃったのかな。
「ちょっと、三人とも落ち着いて」
「…柚木」
 半分涙目になりながら、座り込んでたおれは柚木を見上げる。
「僕の意見としては、むしろ脈があるんじゃないかなって思うんだけど」
「え?」
「どういうことですか?」
 おれだけじゃなく、土浦や加地くんも柚木を見て問いかける。
 どういうこと、なんだろう。
「だって、吉羅さんは火原の気持ちを知ってたんだろう?だとしたら、何とも思っていない相手に好意を寄せられて、その相手が理事長室に通う、なんて迷惑以外の何ものでも無いよね。例え許可した後に気づいたんだとしても、いくらでも理由は付けられるし、迷惑だってはっきり言っても良い筈だろう?吉羅さんはそれが出来ない人でも無いだろうし、その上で許されていたっていうなら、むしろ火原と同じような気持ちかどうかは兎も角、何がしかの好意は持ってると考えても良いと思う。少なくとも、好意を寄せられて迷惑だとは思われてなかったって事だからね」
「…なるほど、確かに」
「言えてますね」
 そう、だよね。
 迷惑なら、吉羅さんは多分、はっきり言うし。
 言われなかったってことは、迷惑じゃないって事だよね。
「まあ、だから問題はこれから火原がどうするか、だと思うよ。吉羅さんも立場的に受け入れ難いことだろうし、確かにはぐらかしたいって気持ちはあるかも知れない。でも、少しでも好意を持ってもらえているなら、後は火原の頑張り次第だよ」
「…そっか、そうだよね」
 例えば、一回振られたとしても、やっぱり吉羅さんを好きなことはやめられないだろうし、やめようとしても無理だと思う。
 だったら、何度だって頑張るしかないよね。
「うん、有難う。おれ、少しでも吉羅さんに好きになってもらえるように、頑張ってみるよ!何したらいいのかは、全然解かんないけど…」
「別に、火原は火原のままで頑張れば良いだけだよ」
「そうですね、むしろ火原先輩だから邪険に出来ないのかも知れないし」
「ああ。確かに」
「え?それってどういう意味?」
 何か、ちょっと面白がられてる感じがするなあ。
 それでも、みんなが居るから、こうして頑張ろうって気持ちで居られるんだよね。
 吉羅さんが本当にどういうつもりで言ったのかも解からないし、本当にただ知ってたから知ってたって言っただけかも知れないし。
 まだ、これから、だよね。
 だから明日は、告白の答えを、聞きに行こう。




 理事長室の前に立って、深呼吸。
 こんなに緊張するのは吉羅さんにお礼を言いに行った時以来だ。
 それよりも緊張してるかも。
 凄いドキドキして、何度も深呼吸して、ドアをノックしようと手を伸ばしては止める。
 うわー、ほんとにどうしよう!
「何をしてるんだ君は」
「わあ!」
 暫くドアの前で悩んでたら、急に後ろから声を掛けられて、すごくびっくりした。
 絶対一センチぐらい体が跳ねた。
 中に居るって思ってたのに、後ろから現れるんだもん。
「き、吉羅さん!」
「驚きすぎだ。大体いつまでそうているつもりかね。さっきから挙動不審だ」
「う…」
 挙動不審って、そうかも知れないけど…。
 でも、びっくりしたせいか、さっきまで緊張してたのがどっかに飛んでっちゃった。
「いつまで其処に立っているつもりだ?中に入りたいんだが」
「あ、ご、ごめんなさい!」
 慌ててドアの前から横に退いたら、吉羅さんがドアを開けておれを見る。
「それで、君は中に入るのか?入らないのか?」
「入ります!」
 吉羅さんの後に続くようにして、理事長室に入る。
 ドアを閉めて、いつも仕事している机の方に歩いていくのを見る。何か、後姿も凄く、綺麗だなあって思って、抱きつきたい、なんて。
 何、考えてるんだろう。
 絶対、怒られるよね、そんなことしたら。
 そんな風に見蕩れてるうちに、吉羅さんが椅子に座る。
「君は、今日は呆けすぎだな。いつまでドアの前に居るんだ」
「え?あ、そっか」
 そうだよね。
 それに、今日は聞きたいことがあって来たんだし。
 いつもはソファに座るんだけど、おれは座らずにそのまま机越しに吉羅さんの前に立つ。
「あ、あの、吉羅さん」
「何だ?」
「あの、昨日…」
「昨日?」
 うわ、また緊張してきた。
 でも、ちゃんと聞かなきゃ。無かったことみたいになるのは、嫌だし。
「昨日、おれ、吉羅さんに好きだって、言ったよね?」
「ああ。聞いたな」
「吉羅さんは…おれのこと、どう思ってるの?」
 言った。
 凄く緊張したけど、言った。
 吉羅さんは、座ってるからおれより頭の位置が下になってるから、じっと見上げられてるんだけど、何か、凄い緊張して、見上げられてるっていうより、見下ろされてるって気分になる。
 何よりも、じっと見つめられて、ドキドキして、でも絶対目は逸らしちゃいけない気がして、頑張って見返す。
 それに、そうして真っ直ぐおれを見てくる吉羅さんの目も、凄く綺麗だ。
 綺麗な、赤い色。
「君のことは、嫌いじゃない。それなりに、気に入っているとも思う」
「ほんと…?」
「だが。……まあ、それはそれとして、だ。君は、私に好きだと言って、それでどうしたい?」
「どうって?」
「恋人として、付き合いたいのか?」
 気に入ってるって言われて一瞬喜んだけど、吉羅さんは凄く真剣な顔で、おれにどうしたいのか聞いてくる。
 恋人としてって…そりゃ、おれは。
「おれは、吉羅さんの恋人になりたい、よ」
 なれるのなら、なりたい。
 今だって、好きで好きで、仕方なくて、ドキドキして。
 もっと吉羅さんも、おれを見てくれたらいいのにって思う。
 もっと、傍に居たいって思う。
「君はそう言うだろうとは思ったが…」
 そう呟いて、溜息。
 あ、何か、あんまり良いことは言われないんだろうなって、思った。
「私には立場というものがあるのでね。理事長という立場上、それだけで生徒と付き合う、ということは問題がある」
「それは……そう、かも知れないけど…」
 確かに、そういうのは、解からなくはないけど。
 その答えで、納得できるかっていうと、おれは、出来ない。
 だって、それって、吉羅さんの気持ちじゃ、無いよね。
 そんなおれの気持ちが、顔に出ていたのか、吉羅さんがふっと笑みを浮かべる。
「納得できないという顔だな」
「うん…」
「そういう答えは金澤さんにはずるいと言われたしな」
「金やん?」
 何で、そこで金やんが出てくるんだろう。
 そう思ったけど、そのことを聞くよりも先に、吉羅さんが言った。
「私は君の恋人にはなれない」
「それは、吉羅さんが理事長で、おれが生徒だから…?」
 はっきり言われて、胸がずきん、って痛くなった。思わず、胸の辺りの服をぎゅっと掴む。でも、そこで逃げちゃ駄目なんだって思う。
 一回振られたって、諦められないし、諦めないって決めたんだから。
「それもある…が、そういうことじゃない。君の事はそれなりに気に入ってはいるが、かと言って君と同じ感情が私にあるかと言えば、それは無い。だから、例え立場が無くとも、君と恋人になることは無い」
「………解かった」
 はっきり、そう言われたら、解かったって言うしかない。
 でも。
 やっぱり、諦められないから。
「解かった…。けど、おれ、諦めないから」
「火原君?」
「一回振られたぐらいじゃ、諦められないから。おれ、駄目だって言われても、何度だって、吉羅さんのこと、好きだって言うよ」
 おれの言葉に驚いたのか、吉羅さんが眼を見開いてこっちを見てる。
 そういう風に、おれが言うとは思ってなかったのかな。
 でも、そんなこと言っても、やっぱりいっぱいいっぱいなんだけど。
「じゃ、おれ、今日は戻るね。でも、何度だって、会いに来るから。吉羅さんが、嫌だって言っても何度も、来るから…」
 何とか笑って、そう言ったけど。
 ああ、やっぱり、泣きそうだ。
「またね、吉羅さん」
 こんな風に言っておいて泣いたりしたらかっこ悪いから、一生懸命我慢して、理事長室を出た。
 出たからってこんなとこですぐ泣いたら、迷惑だろうから、我慢。
 我慢して、屋上まで行って、誰も居ないのを確認して、そこでようやく、泣いた。
 次から次へとぼろぼろ溢れてきて、その場で蹲る。
「へへ、振られちゃった…」
 何となく、こうなるんだろうなって、思ってたけど。
 やっぱり、振られちゃった。
 でも、頑張ったよね。
 今ぐらいは、泣いても、いいよね。
 明日また、笑って吉羅さんに、会いに行くから。
 だから、今ぐらいは、いいよね?



 火原君が出て行ったのを見送って、思わず溜息を吐いた。
 笑顔を浮かべてはいたが、それでも必死に泣くのを堪えていたのは解かった。
 その顔を思い返せば、息苦しくなるような罪悪感を覚える。
 間違っては、居ないはずだ。
 立場的にも、心情的にも、到底彼と付き合えるものでは無い。
 それなのに、こうも罪悪感が駆り立てられるのは何故なのだろう。嘘も、誤魔化しもしていないというのに、何故こんなにも苦しいのか。
 今までにも、異性であれ、同性であれ、告白された事は何度もある。
 それでも、それを断るのにこんなにまで罪悪感を抱いたことは、今まで無かったかも知れない。
 それは、彼の人柄故か、それとも、私が、少なからず彼に対して好意を抱いているからなのか。どちらなのかは、よく解からないが。
 今頃は、一人で泣いているのだろうと思えば、胸が痛む。
 それでも、諦めないと言った。
 彼は言った通りに、また来るのだろう。
 何故、そうまで諦めずに居られるのだろうと、思う。
 それで、諦めてしまえばいい、それで終わりなら、こちらもどんなに楽だろうかと、考えずには居られない。
 そう割り切れるものでは無いことも、解かってはいるが。
「吉羅ー、居るか?」
「…ノックくらいしてください、何度も言っていると思いますが」
「おう、悪い悪い」
 全く悪いと思っていない口調で謝られても、まるで意味が無い。
 まあ、最悪のタイミングでなかっただけマシだが。あと数分早く来ていれば、火原君と鉢合わせしていたところだろう。
「それで、何か用ですか?」
「いや、別に。特に用は無いんだけどな。……今日は火原は居ないんだな」
「毎日居る訳でも無いでしょう。今日はもう戻りましたよ」
「……ふーん、とうとう告白でもされたか」
 それだけの会話で何を感じ取ったのか、にやりと笑みを浮かべて核心をついてくる。何故こうも無駄に勘が良いのだろう。
 思わず顔を顰める。
「で、振ったのか」
「以前にも言いましたが、受け入れる訳にはいかないでしょう」
「お前さんが理事長だからか?」
「心情的にも、です」
 生徒相手でも構わない、其処まで言えるだけの気持ちなど、私には無い。その時点でもう、無理だ。付き合える筈が無い。
「まあ、ちゃんとそう言ったんなら良いけどな」
「諦めてくれるのなら、良いですが」
「諦めないってか?」
「そう言っていきましたよ」
 来るたびに、何度も駄目だと告げなければならないのだろうか。
 それはそれで、気が重い。
 彼のことは気に入っているし、落ち込む顔も見たくない。出来れば早々に諦めてくれるのが一番良いのだが、それでも諦めないと言う。
「何が良くて、私を好きだと言うのか、全く解かりませんね」
「好きになる切欠なんてのは、些細なもんだろ」
「……そう、なんでしょうね」
 だからこそ、解からない。
 何をもってすれば、それは恋愛としての好意になるのだろう。
 それが解からない。
 だから、受け入れることもまた、出来ない。



BACK  NEXT



小説 B-side   金色のコルダ