第四話



 文芸部の部室で来栖は欠伸をしながら目を醒ました。
 時計を見ればまだ授業中。殆どの授業をサボっているから、今年は本当に留年どころか退学だろうな、と思う。
 今まで紫苑があれやこれやと世話を焼いて退学だけは免れてきたが、流石にもう限界だろう。両親もいい加減卒業してウィンフィールドに帰って来いと言っている。
「でも、なーんかやる気しねーんだよな」
 来栖は溜息を吐いた。
 それでも水落の授業だけは出るようになったんだからマシな方だと自分では思うのだが。目的は授業よりも水落本人だが。
 此処にいても仕方がないから寮に戻ろうと部室を出る。
 すると、廊下に人影が見えた。わずかな後ろめたさから壁際に身を寄せて様子を伺う。
(あれは…水落と…ラン?)
 何とも微妙な組み合わせだ。いや、担任するクラスが隣同士だし、話していても可笑しくはないのだが、矢張り榊原乱という人間に問題があるから、彼が学園長以外の誰かとツーショット、っというのは酷く珍しいのだ。
 誰も一人では近寄りたがらない。
 空き教室に入っていくのを見て、本格的にまずいな、と思う。
 別に無視しても来栖自身は困らないが…やっぱり見てしまっては放っておく訳にもいかない。
(後で感謝しろよ、御園生、羽村)
 水落にベタ惚れしている従兄弟二人を思い浮かべながら、来栖は二人が入っていった教室まで行く。
「水落センセ」
 声を掛けると、水落が少し目を見開いて振り返る。
「逢坂くん。…今は授業中のはずですが?」
「今更オレにそんなこと言うなって。それより話あんだけど、ちょっといい?」
「はあ…ですが」
 そう言って言葉を濁したあとランの方を伺う。ランはと言えば作り笑顔でにっこりと笑う。
「私の方の用事は急ぎませんので、どうぞ」
「はい、それでは」
 そうやって水落が頷いたのを確認して速攻でその手を取って教室から出た。
「あの、どうしたんですか?」
 暫く歩いたところで戸惑いがちに水落が尋ねてくる。来栖は水落を引っ張っていた手を離して、向き直った。
 そしてふと思いつく。
「そいや、マトモに話すのってあの晩以来だな」
「ああ、そうですね」
 来栖の言葉に水落も頷く。水落がウィンフィールドの人間だと紫苑が言った時は本当に驚いたが。まあ、おかげで紫苑がやけに水落に拘る理由も解かったけれど。本人もそれですっきりしたのか、水落とは良好な関係を築いているようだ。
 あんまり仲良くするとあの双子が妬くだろうが。
「そういえば、一度聞きたかったのですが、今この学園にウィンフィールドの人間はどれぐらいいるんですか?」
 その問いかけに、来栖は指折り数えて応える。
「今この学園にいるのは、オレと紫苑と、学園長のレイヤード、榊原乱、寝屋川花恋、新島瑠伽…で六人だな。オレと紫苑以外は全員黒い翼だけどな」
「黒い翼?」
「そ。総帥レイヤードの学園経営って趣味につき合わされてるんだよ、あいつら」
「趣味…なんですか?」
 水落が笑いたいのか呆れたいのか解からない微妙な顔をする。無理もないが。
「まあ、それは置いといて、お前、あんまりランに近づくなよ?」
「榊原先生に?それはちょっと…」
 いや、無理だというのは来栖も解かっているのだ。同学年を担当している教師というだけで接点は結構多い。職員室も一緒だし。
「あー、だから、出来るだけ二人きりになんないようにしろよ」
「何故です?」
「わかんねー?」
「はあ?」
 大抵の人間は直感でこいつヤバイって思う筈だ。やっぱりそこら辺抜けているらしい。
「あいつは正真正銘真性のサディストなの!気に入った奴を苛めて遊ぶのがだーい好きなの。んで、あんた絶対あいつの好みなんだよ。危ないからあんまり近寄るなよ」
「はあ…」
 何とも間の抜けた返答である。本当に解かってるのだろうか?
 しかし、これ以上言ってもどうしようもないだろう。
「話は終わりましたか、逢坂くん」
 突然後ろから話し掛けられ、驚いて振り返る。
「気配殺して後ろから近づくんじゃねえよ」
「話は終わりましたか?」
 呆れたように言う来栖の言葉には答えず、ランは再度問い掛ける。
「一応な」
「では、行きましょうか、水落先生」
「あ、はい」
 ランに促され、水落はついて行った。先ほど来栖が言った事が少しは気に掛かっているようでいくらか緊張しているようだが。
 しかし、警戒したところでどうにかなる相手でもない。
 あれは警戒されて怯えれば怯えるほど喜んで苛めるだろう。小さな兎を弄ぶ狼だ。
 でも、忠告はしたのだ。これでどんな目に合おうと、それは水落の自己責任でしかない。来栖には関係ない。
 そう結論付けて、寮に帰ろうと足を向けた。
 けれど…。
「ああ、くそっ、どーしてこうお人好しなんだ、オレは!」
 そう一声叫んで二人が向かって行った方へ足を向けた。


「榊原先生、話とは何です?」
 問いかける瀬那に榊原は薄く笑みを浮かべる。
「先ほど、逢坂くんと何を話していたんですか?」
「それは…」
 あなたに近づくな、と言われた。なんて正直に言える筈もなく言葉を濁すと、榊原はふっと笑った。
「大体想像はつきますがね」
「え?」
「それでもこうして着いてきたんですから、それなりの覚悟はあるということでしょう?」
 そう言って、榊原は行き成り瀬那の腰を掴んで引き寄せた。
「一体、何……んっ」
 突然口付けられ、瀬那は目を見開く。
 舌が口腔に割り込もうとしてくるが、瀬那は歯を食いしばってそれを拒む。
「意外と頑固ですね」
「何のつもりです、これは」
「何…って解かりませんか?」
 榊原はくすくすと笑いながら瀬那の尻を掴んで揉む。
「あ…っ、何処、触って…」
「ああ、意外と感じやすいんですね。ストイックなように見えて結構…」
「いい加減にしてくださいっ」
 瀬那は榊原の腕を振り解こうとするが、思ったよりもその力は強く、多少瀬那が抵抗したところでびくともしない。
 榊原の手は明らかな意思を持って瀬那に触れてくる。ネクタイを緩められ、シャツのボタンを外され、首筋に吸い付かれた。
「んっ…ぁ…離して…ください…」
 榊原は瀬那の感じやすい所を確実についてくる。次第に快楽に呑まれ、抵抗の手が弱まる。その手がズボンのボタンを外そうと前に伸びているのにも気づいたが、最早抵抗も出来ない。
「ストップ!」
 突然の声に手がぴたっと止まる。
 声の主は来栖で、少し怒気を含ませた声音で榊原に言った。
「そいつはオレのお気に入りなんだ、手を出さないで欲しいね」
「それは全校生徒が知っていることですよ。けれど、私も彼のことは気に入っているんです。いくらクリストファー様といえど、そう簡単に言う事を聞くわけにはいきませんね」
「そいつがお前の好みだってのも、オレもよーく知ってるけどな」
 来栖が溜息を吐いて、二人に近づく。
「手、離せよ」
「仕方ありませんね。興も削がれたし、今日の所は止めておきましょう」
 そう言って、榊原は瀬那の腰を掴んでいた手を離した。瀬那はその場につい座り込んでしまう。足に力が入らない。
 榊原が部屋を出て行くのを見送って、瀬那は安堵の息を吐いた。

「おい、大丈夫か?」
 座り込んでしまった水落に声を掛ければ、ゆっくりと頷いた。
「はい、ありがとうございます。助かりました」
「だから二人きりになるなって言ったんだ」
「すみません」
 本当に申し訳なさそうに謝るので、これ以上何か言う気も起きない。
 それよりも、座ったまま立ち上がらない事の方が気に掛かる。
「どうしたんだ?腰が抜けたとか情けないこと言うなよ?」
「い、いえ…」
 来栖の問いかけに少し顔を青くして言う水落に訝しさが増す。その前にしゃがみ込み、頬に触れるとびくっと震えた。
「あんた、ひょっとして…」
「…」
 来栖の言葉に俯いてしまった水落の顔を覗き込むと真っ赤に染まっている。そんな顔を見るとついつい意地悪をしたくなってしまう。
「抜いてやろっか?」
「え、いえ、結構ですっ」
「遠慮すんなって」
「遠慮じゃなくて…」
 水落の声を無視して、前に手を伸ばす。ズボン越しに触れるだけでも反応しているのが解かった。其処から少し撫で上げてやると身体を震わせて、思わずといった風に来栖の袖にしがみ付いた。
 これは、かなり気分がいい。
 ズボンのボタンを外し、下着の下に手を滑り込ませて直接握り込んでやる。
「あっ…クリストファー様、止めてくださいっ」
「今更止まるかよ」
 そう言って手を上下に動かすと水落は甘い息を零した。
「はっ…あ、あ…っ、あぁ…」
 俯いて耐えている水落の顔を、空いている方の手で上げさせて、キスをする。
「んっ…んん…っ」
「これで二回目、だな」
「え?」
「前、あんたが昼寝してた時」
「え…それ、じゃあ…ああっ…」
 驚いたような顔をする水落を強めに扱いてやるとぎゅっと目を瞑って来栖にしがみ付いている手に力を込めた。
「あんたがオレの腹に蹴りを入れたのは、それなりに正当性があるってことだな」
 くすっと笑いながら言ってやると、強い視線で睨みつけられた。
 これがまた、可愛い。
「やっぱ、あんた、最高」
 そう言って段々と手の動きを早くしていってやる。段々と容積を増して、もう限界も近いだろう。
「あ、あ…ぁあっ…は…」
「声、押さえとかないと外に聞こえるぜ」
 耳元でそう囁くと、はっとしたように唇を噛み締めた。
 顔を真っ赤に染めて自分に縋りつく姿がかなりいい。
「んんっ…ぁ…ん…っ」
 必死で声を殺す水落にもう一度キスをしてやる。半分ぐらい流された状態でキスに応えてくる水落のそれを、最後に思い切り強く扱いてやると来栖の手に欲望を吐き出した。
「んんんっ…は…ぁ…」
 荒い呼吸を繰り返して、来栖を見上げる瞳は潤んでいる。
 これ見よがしに手についた精液を舐めとると、ただでさえ赤い顔がさらに赤くなる。
「結構濃いな。ひょっとして溜まってた?」
「クリストファーさまっ!!」
「学校じゃ逢坂くん、って呼ばないと駄目だろ、水落センセ」
「学校でこんなことをするものでもないでしょうっ」
「文句はランに言えよ」
 笑いながら立ち上がる。流しがすぐ外にあるのは丁度いい。
 其処でチャイムが鳴った。
「水落センセ、次、授業があるんじゃねえの?」
「あ…っ」
 来栖の言葉に、水落は慌てて服を調えて部屋を出て行った。
 その様子を見送って、今度は声を上げて笑った。
 何て可愛いんだろう。これじゃあ、嵌ってしまいそうだ。
 ふと、何かの視線を感じて窓の方を見た。窓の直ぐ近くの木に水落がいつも連れている青い鳥が見えた。
「チクんなよ、あの二人に。下手したら殺されっから」
 そう言って来栖も部屋を出た。水道で手を洗う。
 さて、これからどうしようか。思いの外可愛くてついつい手を出してしまったけれど。もしバレれば本当に翔と櫂に殺されかねない。特に櫂あたりは容赦しないだろう。
 まあ、だからと言ってそう簡単にやられる来栖でもないが。
 気に入っているのは事実。
 けれど、完全に嵌るのは、まだ早い。
「まあ、ゆっくり楽しませてもらおうか」
 そのためにも、とりあえずランは見張っておかなければならないだろうが。
 あれに手を出されると、困ったことになる。
 それでも、学園生活の楽しみが増えたのだから、良しとしよう。
「さあって、寮に帰ってもう一眠りすっか」
 ぐっと伸びをして、来栖は寮へと歩を進めた。



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