自分でもどうしてだか解からない。 普段なら素知らぬ顔をして見ぬふりをして行ってしまっただろうに…。 雪の降る寒い日だった。 街の人々もみんな下を向いて白い息を吐きながら小走りに去っていく。もう日も暮れかけていた。暖かい家の中に早く入ろうとするのは冬の平和な光景。 けれど、この街…いやこの世界自体平和だとは言い切れない…。 戦争はあちこちで起こっているし、何処に誰が野垂れ死んでいてもおかしくは無い世の中だ。 其処の街に住む一人の少年は小走りに走っていく周りの姿をゆっくりと目で追いながら歩いていく。 雪が降っているのでみんな傘をさして、その分道も視界もせまくなる。 狭い視界の中でふとその少年の足が止まる。 赤いレンガの壁に一人の女の子が凭れていた。その肩には寄り添うように小さな鳥が一羽とまっている。 少女はさして厚着もしておらず、見るからに寒そうな格好だった。 けれどその少女はただ無表情に何処をともなく見ていた。正確には何も見ていないのだろう。 …そう、いつもならそれで終わりだった。あとはそのまま知らぬふりをして歩き出していただろう。 ただその時は違った。多分、それはその女の子の瞳が自分に似ていた気がしたから――――。 「君、一人なの?お母さんは?」 雪の積もった少女の頭。それをはらってやり、自分の傘を少女にさしてあげる。 「いない…お父さんもお母さんもいない。あたし、いらないんだって…捨てられたの……」 そう、珍しいことじゃない。子供が時々壁の傍で蹲っていても、それが捨てられたのだとはっきり解かるのは身に付けているものの少なさ。こと、冬に関してはあまりの解かりやすさに溜息すらでる。 大体の子供は一晩持たずに凍死するだろう。それ以外の子供もいずれ餓死することは当たり前だった。誰も、手を差し伸べたりしないのだから。 子供を売り買いしている大人はたくさんいる。そして売られた子供は大抵重労働を強いられるのだ。 街で死体が転がっていてもみんな避けて歩いていくだけ。いつの間にか役人が始末している。その死体は綺麗なものは医者や科学者に渡され解剖され、残りはみんな纏めて焼かれるだけ。 月に一度…新月の日に。 そう、日常茶飯事の出来事なのに、何故か声をかけずにいられなかった。 少女に自分のかけていた上着をかけて、自分はしゃがみ少女と視線を合わせる。 「じゃぁ、行くところが無いなら、オレのところにおいで……」 家に連れて行き、風呂に入れてやる。少女に合う服がなかったため自分の服を渡してやる。 「名前は?」 「結姫」 「年は?」 「十歳」 「それじゃぁ、君の肩にいるその鳥は?」 「知らない。いつの間にかいたの」 「あたしの名前は迦陵頻伽よ!!」 いきなり結姫の肩にいた鳥がしゃべった。 「ビンガ?よろしくね!!」 結姫はにっこり笑う。 「略すな!!」 「それ以前に、鳥がしゃべってることに驚かないのか…」 少年は呆れたように言う。 「あ、そっか」 ボケてた自分に対して照れ笑いを浮かべる結姫。 「まぁいい。オレは別に君を束縛するつもりも無いし、自由にしていいよ」 「あの、まだあなたの名前聞いてない」 「ああ、そうか。圭麻だよ」 「年は?」 「十五」 「どうしてあたしを拾ってくれたの?」 「……さぁね」 そうだ。別にどうするつもりも無いし、哀れんだつもりも無い。 自分に似ているような気がしたなんてもってのほかだろう。 「ありがとう」 結姫はにっこり笑っていった。 彼女は人見知りしないようだった。そうだというなら…尚更。 全然自分には似ていない。あんなふうに笑ったりしない。結姫に対して失礼だろう。 自分に似ていると思ったなんてどうしてだろう…あの瞳が……。 「ああ、夜は結姫がふとんを使うと良い。一つしかないからね。明日ちゃんと買いに行こう」 「でも、それじゃぁ、あなたが風邪ひいちゃうよ!」 慌てて拒む結姫。 「そうだ、今日は一緒に寝よう?あたし、一人じゃ心細いし……」 少し淋しそうな顔をしながら言う。 「解かった。それから、名前聞いたんだからオレは「あなた」じゃない。「圭麻」と呼んで」 「え、あ…うん。圭麻……さん」 少し照れくさそうに結姫が言う。 「呼び捨てで良い」 「あの、でも年上だし…」 「気にしなくて良い、これから一緒に住むんだ。遠慮されるのは嫌だ」 「うん…」 結姫の表情はどことなく嬉しそうだ。それだけ純粋な子なのだろう。親に捨てられてもまた人を信じられるのだから。 少し窮屈だったが、結姫を抱え込めば眠れないことも無かった。 誰かが隣にいるなんてどれくらいぶりだろう…。人のぬくもりを感じたのなんて…。どうして自分はこの子を拾ってしまったのだろう…。 明日はもう一組ふとんを買いに行こう。それから…服もだ…。 結姫が来てもう数日が過ぎた。二人と一羽。なんだか変な気分だった。 「圭麻ってどんな仕事してるの?あたしが此処に来てからほとんど何処にも出掛けてないよね?」 結姫はふと圭麻に訊ねる。 「そういえばそうよね、どうやって収入を得てるわけ?」 ビンガも興味津々と言った感じだった。圭麻としてはビンガがどうしてしゃべれるかの方が興味あるのだけれど…。 「何でも屋みたいなもの。依頼がきたら仕事をするだけ。落し物を探したり…いろいろね」 そういえば…と結姫は思う。 時々人が尋ねてくる。一回でも同じ人が来たためしは無いのだが。その後出掛けて暫くしたら帰ってくることもあるし、遅くなることもあった。 「そうなんだ…儲かるの?それ」 「場合による。高く払ってもらえる時もあるし、安い時もある。金額は依頼者との交渉によるし…全然仕事がこない事だってある」 「ふ〜ん…」 結姫は納得して頷く。 「結姫…君は学校に行ってたか?」 そう聞くと結姫は首を横にふる。 「字は読める?」 また同じ反応をする。 「じゃぁ教えるよ。きっとこの先役立つだろうから」 「ほんと!?」 結姫は目を輝かせる。圭麻は返事の代わりに結姫の頭を撫でてやる。 「お〜い。圭麻」 圭麻を呼ぶ声。玄関から男の人が入ってきた。 「泰造…」 「へぇ、お前が女の子拾ってきたっていうの、本当だったんだな。実際見るまでは信じらんなかったぜ」 泰造はからかって言う。圭麻は立ち上がって泰造のほうに行く。 「からかいに来たんですか。あなたは」 圭麻の態度からして随分顔見知りのようだった。結姫は今までこんなに圭麻と普通に話せる人を見たことがなかった。 「ちげーよ、仕事紹介しに来たんだよ」 泰造は何かのチラシを圭麻に見せる。圭麻はそれを手にとって読む。 「宮廷の姫様の護衛?」 「そ、姫様が何者かに命を狙われているらしい。時給五百ルク。悪い話じゃねーだろ。まぁ、お前が受けるとは最初から思ってねーけど。一応な」 「泊り込みですか?」 「賊が昼に来るわけねぇだろ」 圭麻は少し考えて言う。 「この子…結姫は連れて行けますか?」 「…………」 泰造が少し唖然とする。 「…泰造?」 「え、ああ。取り成してみよう。姫様の話し相手ぐらいにはなれるだろう」 「解かりました。この依頼受けましょう」 やはり泰造は驚いている。この遣り取りを見ていた結姫は何故かさっぱり解からなかった。 「どうしたんだ一体…宮廷嫌いのお前が…」 「兎に角今はお金が欲しい。二人分の食事がいりますからね」 「その子…お前の何なんだ?」 泰造は結姫を指差して言う。 「さぁ…ね」 結姫は泰造の驚き方が普通じゃないと思った。いくら宮廷嫌いでもお金が欲しいなら受けるだろうし、別段おかしなことも無いと思うのに…。 「…まぁ…明日から早速だ。用意しとけよ」 少し釈然としない様子で泰造は帰っていった。 「あの人…何であんなに驚いてたの?」 「泰造にしてみれば、オレが結姫を引き取った時点で信じられないだろうからね」 「どういう意味?」 圭麻が結姫を引き取ると言うのはそれほど可笑しいことなのだろうか?結姫にはさっぱり解からなかった。 「オレ自身、どうして結姫を拾ったか解かりかねてるからね」 無表情で言葉だけ紡ぐ圭麻。その意味も圭麻が何を考えているのかも、結姫には見当がつかない。 「取り敢えず、明日から泊りがけだから、自分の必要なものを纏めておいて」 「う、うん」 翌日、王宮にて 「皆、よく集まってくれた」 王宮の主月読が丁重に挨拶する。 「給料は働いて役に立ったものだけに与える。私の娘がもし賊にやられるようなことがあれば金は一切払わない、そのつもりで頑張ってくれ」 自分の前にひれ伏す数十人の人間にそれを伝える。 (時給五百ルクというのは働けばってことなんだ) 結姫は納得する。いくら月読でも此処にいる全員に何時来るか解からない人間のために時給を払えるわけがないのだ。 それだけの説明が終わった後、泰造と圭麻と結姫だけ奥に通された。王宮の姫様に挨拶するということだ。 泰造は王宮に仕える、護衛隊の隊長だった。まだ十七歳だと言うのにその重い職につくにはそれだけの力があるのだった。 泰造はそれだけ月読に近しくもあるため今回のような願いが聞き届けられたのだ。 結姫達は王宮の姫様の部屋に連れて行かれた。 「伽耶、入るぞ」 「はい」 月読がそういうと中から返事が聞こえた。そのまま部屋に通され、月読は部屋に入らずに何処かに行ってしまった。 部屋に入ると見るからに美しいお姫様がいた。結姫はどういう遺伝なんだろうと本気で考えたほどだった。月読は明らかに不細工なのにと。 「圭麻さん!?」 伽耶は明らかに驚いた様子を見せた。圭麻が此処にいるのが信じられないと。 「この度、姫様の護衛に付くことになりました圭麻と申します」 伽耶とは対照的に圭麻はよそよそしく挨拶をする。それを見ていた泰造はちょっと決まり悪そうに頭を掻く。 「あ、あの、そちらの方は?」 伽耶は少し落ち着きを取り戻し、結姫を見る。 「こちらは、圭麻の同居人の、結姫と言います。姫様の話し相手になればと思い、連れてまいりました」 泰造は圭麻に変わって結姫を紹介する。 「同居…人?圭麻さんが…?」 伽耶は目を丸くして圭麻を見る。泰造の時と同様かなり驚いているようだった。 「そりゃ驚くわな、オレも驚いたし」 取り敢えず挨拶は済ませたとでも言うように泰造の態度が変わる。 「どういう事なんですか?」 「……オレも知らねぇ……」 結姫はきょとんとした顔で見ている。何がなんだかさっぱりわからない。何をそんなに驚くのだろうか。大体伽耶と泰造って仲がいいのだろうか…。 圭麻は何も言わず黙っている。 「そ、それじゃぁ、オレ達はこれで…」 あんまり此処には長居したくないとでもいう風に泰造は圭麻を連れて出て行ってしまった。 結姫は何を言ったらいいか解からず戸惑ってしまう。伽耶は結姫のほうを見てにっこり笑う。 「その肩に止まっている小鳥はなんていうの?」 「え、あ、この子はビンガ……」 「迦陵頻伽!!」 ビンガは怒る。 「その鳥、しゃべるんですか?」 至極当然の質問だった。結姫ほどボケていないのだろう。 「いいのよ!あたしは特別なんだから!!」 伽耶の周りには?がいっぱい飛んでいた。 「……あの、どうして圭麻さんと一緒に住むようになったんですか?」 気を取り直して伽耶は結姫に訊ねる。 「え?あ…あたし、両親に捨てられちゃって、それで圭麻が拾ってくれたの」 「捨てられる…?」 少し気まずくなってしまった。捨てるだの拾うだの自分をただでさえ物扱いしているようで嫌だった。 「それに拾うって…圭麻さんが…まさか…………」 「え?どういうこと?」 先ほどからの伽耶の言葉に結姫は全然理解ができない。 「だって…圭麻さんは…絶対に自分から人と関わったりしない人なのに…それに……まさか、いくら仕事でも此処に来るなんて」 自分から人と関わったりしない人…結姫にも思い当たる節が無いわけではなかった、ただ結姫にだけはそれほど関わりを避けているようには思えなかった。 「そういえば、あたし、圭麻の笑った顔なんて、一度も見たこと無い…」 そうだ、確かに圭麻の笑った顔なんて一度も見てない。笑ったらどんなに素敵だろうと何回か思ったことがあった。 「わたしも、見たこと無いです」 伽耶は淋しそうに言う。 「伽耶さん、圭麻の事好きなんだ?」 「え!?あの、そんな…」 結姫の質問に伽耶は顔を赤くする。 「好き…ですけど…でも、あたしは圭麻さんには嫌われてますから…」 「え?」 「だから、結姫さんが羨ましいわ…だって、圭麻さんにとってあなたは特別ですもの…」 「え……特別?」 考えたこともない。あたしが圭麻にとって特別?まさか…。 「だって、圭麻さんが自分から人に話し掛けるなんて…あなたが特別だからよ。圭麻さんは、本当に人と関わるのが好きじゃないから…」 「そんな…こと……」 解からない。圭麻と知り合ってまだ数日しかたっていないのだから。結姫は圭麻のことを全然知らないのだ。まだ、何も……。 数日後。 暫く何事もなく過ぎていたことによって、みんな気が緩んでいた。そんな夜、侵入者は現れた。 警戒していなかった兵士や雇われたものたちは次々と切り捨てられていく。 恐怖して逃げ出すものもいる。それは、夜の闇に隠れて動く猛獣のようだった。 その侵入者はあっという間に伽耶の部屋まで辿り着く。扉の前にいた者もあっという間に切り捨てられた。 「宮廷の姫、伽耶。命貰い受けるために来た」 其処にいたのは伽耶と結姫の二人だけ。他に邪魔するものなどいなかった。 「此処の警備の連中など大した事もないな。月読も雑魚ばかり集めるものだ…」 静かに呟くその男は、瞳には殺気の炎が燃えていた。 そうすると圭麻や泰造はもうこの男のやられてしまったのだろうか?一抹の不安が二人の胸によぎる。 「覚悟してもらう」 男は素早く伽耶の元に走りより持っていた剣を振り上げる。 「だめ!!止めて!!!」 結姫が伽耶の前に飛び出してかばう。 「結姫…」 「どけ」 「嫌だ!人殺しなんてだめだもん!!」 「なら、一緒に殺すだけだ!」 男は剣を振り下ろす。結姫は目を瞑るが動こうとはしない。 キィイイイ…ィ…ン 静かな夜に高い金属音が当たりに響く。 結姫は閉じていた瞳を恐る恐る開く。そこには、振り下ろした剣を横から剣で受け止める圭麻がいた。 「あ…」 圭麻はやられていなかった。それだけで少し安心した。 「貴様…何者だ!!」 男は声を荒げる。普通、勢いよく振り下ろされた剣を横から受け止めることなど不可能に近いのだ。それがどれだけ大変なことか男には良く解かっていた。ただものではないと。 「何者って…そちらから名乗るのが礼儀でしょう」 圭麻は冷ややかに言葉を返す。男は少し癪に障ったようだが、冷静さを欠くわけにはいかない。 「隆臣だ。お前は?」 「圭麻」 「その手をどけてもらおうか…」 「断る」 その場には緊張した空気が流れている。 「ならば、貴様も殺すまでだ!!」 隆臣が圭麻に飛びかかる。圭麻はそれを避ける。 剣で何度か打ち合う。隆臣が仕掛ける剣を圭麻はすんなり受け流す。隆臣は必死になって攻めるが圭麻には通用しない。 圭麻は隆臣の隙を見て足を払う。隆臣は倒れそうになるが、なんとか持ちこたえた。 「ちっ!やるじゃねぇか」 「光栄ですね」 圭麻の使う敬語は隆臣には妙に癪に障る。それに合わせて無表情なのが余計にだ。 「で、誰に雇われたんです?」 「!」 隆臣は一瞬驚きを隠せなかった。雇われたなどと自分は言っていない、どうして気付いたのか…。 「え?雇われたって?」 結姫も疑問を投げかける。 「どうして解かった?」 「あなたが姫様を殺してもなんの利益もないでしょう。月読の失脚をはかる誰かが依頼したというのが筋だ。違いますか?殺し屋さん」 「確かにな。だったらオレも聞いたことがあるぜ。依頼されたことなら何でもこなす、何でも屋。依頼したことの成功率は百パーセントだってな」 「良くご存知ですね」 「なるほどな、成功率百パーセントってのは伊達じゃないか…今日の所は諦めてやるよ」 そう言って隆臣は剣をしまう。 「圭麻、今度来たときオレに勝てたら教えてやるよ。オレの雇い主」 そう言って隆臣は窓から出て行ってしまった。 「二人とも、怪我はありませんか?」 圭麻は結姫と伽耶の方を向いて問い掛ける。 「あ、大丈夫だよ。二人とも」 「おい!あいつは何処だ!?」 そう言って泰造が息を切らせながら入ってくる。 「もう帰りましたよ。随分遅かったですね」 圭麻が皮肉を言う。 「し、仕方ねぇだろ!そこら中人が倒れてて放っておく訳にもいかなかったんだから。お前それを無視してどんどん行きやがるし…」 泰造がぶつぶつと文句を言う。 「収入第一ですから」 「そういう奴だよな、お前…でも何で捕まえなかったんだよ」 「……さぁ?」 圭麻は無表情で何を考えてるのかさっぱり解からない。 「まぁ、伽耶さんは守れたんだからいいけどよ…」 そう、第一目的は伽耶の護衛だったわけで、犯人を捕まえることじゃない。 「とゆーわけで、月読にはオレから報告しとくから…」 「頼みます」 「んじゃな」 そう言って泰造は部屋を出て行く。 次に来たときには決着がつくだろう…そうしたらもう此処にいる必要もない。 報酬を貰ったらすぐに出て行く。出来るだけ遠くに…。 |