第一話 〜目覚める時〜



 過ぎ去りし雲の幻影
 浮かぶ姿に瞳が映る

 波のハザマで過ぎ去り行く景色
 時が過ぎればそれを生まれ行く時まで誰が戻すことが出来るだろう
 きっと誰もが其処に漂う
 雲は人々の夢の固まり

 心に残る夢がその瞳をひきつけて
 君の心はそのままの夢
 いつか過ぎ去るその日のままに
 いつか君はその日の君へ



 目が醒めると其処はベッドの上だった。
 曖昧とした記憶と、目の前の景色が混乱を誘う。
 樹で作られた家。
 天上の木材に目をやり、それから身体を起こし辺りを見回す。
 身体に鈍い痛みが走った。
「っ」
 小さくうめき声を漏らし、それからまた辺りの様子を伺う。
 普通の人が住む民家だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただし、これは市外の家。
 そう、そういえば自分はあの男と戦って…それから…何か光に飲み込まれた。
 それから…………どうした?
 考えていると、不意にドアが開く。
 ばっと視線を移すと、其処には一人の少女が立っていた。
 何処かで見たことがあるような気がする。何処で…?インナーに知り合いなどいない。そう、居ない筈………。
「あ、気がついた?」
 少女が自分に近づいてくる。
「此処は…?」
 尋ねると少女は自分と視線を合わせる。
 逸らされない瞳。ああ、見たことがある。この瞳を。
「此処は私の家。崖の傍で倒れてるから落ちたんじゃないかってびっくりしたよ。それにしてもまぁ、もう目が醒めないんじゃないかって思ったけどね。二週間も眠り続けてたんだから」
 さばさばとした印象を与える言葉遣い。
 快活な雰囲気がある。
 黒い髪を後ろで束ね、身長も百六十以上あるだろう。
「目を覚まさないもんだからね、毎日栄養剤を注射してさぁ」
「あの…そういえば、俺と一緒にもう一人男が居なかったか?」
「ああ、それならね、君より傷が少なかったし、元気が有り余ってるようだから買い物に行って貰ってるわ」
「え…」
 あの男を顎で使うのか…この少女は。
 そこでいきなりガシャンっと音がする。
「げぇっ」
 扉の向こうで声が上がる。聞き覚えのある声に溜息を吐いた。
「こら、カズマ!!丁重に扱いなよ、そういうモンは!カズマ!!?」
 少女は扉を開け、相手に怒鳴る。
「こら、返事しろ、カズマ!!!NP3228って呼ばれたい!?」
「え?」
「わーーーったよ!!うるせぇな、もう」
 扉の向こうから声が返ってくる。
「それからね、カズマ、劉鳳目が醒めたよ」
「マジ!?」
 妙に嬉しそうな声が向こう側から聞こえてくるが、劉鳳はそれどころではなかった。
 どうして彼女が「NP3228」という識別番号を知っているのだろう。知っているのはHOLD、もしくはHOLYの人間だけ。
 カズマが自分から教えたと思えない。
 それに、さっきから彼女に会ったことがあるような気がしてならないのも…。
 考え込んでいると直にカズマが部屋に入ってくる。
「お、結構元気そーじゃん」
「ば〜か、怪我人なんだから元気な訳ないでしょ」
「思いっきり嫌味にバカって言うなよ!香奈!!」
「ちょっと待ってくれ!!」
 そのまま口げんかに発展しそうな二人を止めて今の状況判断をしたい、劉鳳は切実にそう願っていた。
「ん?何だよ?」
「そういや、HOLYの人も必死で二人を探してたねぇ」
 人の話を聞いているのかいないのか、この二人は…。それでも気になる言葉に、劉鳳は聞き返す。
「探していた?二人を??」
「憶えてない?貴方達二人が原因で再隆起現象が起こったの。それで、市外はほとんどめちゃくちゃ。んで、その原因となった二人をHOLYは探してる訳だ」
 香奈と呼ばれた少女は肩を竦めて見せる。
「もともと劉鳳はHOLYの人間だしね…カズマも一時期はHOLYに居た訳だし…。シェリスって子が今ごろ必死になって探してるね」
 まただ。またHOLDやHOLY隊員でしか知らないことを彼女は言う。
 さっきから気になっていたのだ。
「君は一体?」
「あ、ご紹介遅れました。私、柚木香奈。これでもHOLDのアルター研究班に居ましたぁ」
「HOLDの…?そうか、君はよく水守と一緒に居た…」
「へぇ〜、見てたんだ。よく水守は『嫌われてるみたい』とか言ってたけどねぇ」
「嫌ってるなんてことはっ!」
「あ、ようするに痴話なんだ」
 あははは、と香奈は楽しそうに笑う。
 劉鳳はからかわれて面白くない。なんとも調子が狂う相手だ。
「そういやさ、俺もまだ聞いてなかったけど、なんでアンタHOLD辞めた訳?」
 カズマが香奈に聞く。
 香奈は苦笑してカズマを見る。
「どうも合わないのね。あそこの研究班に集まってくる、市街の大学出身のお嬢様とは。水守は別だけどね。あ、そうだ劉鳳知らないでしょ?水守、HOLD辞めたよ」
「え?」
 初耳だ。劉鳳は目を見開く。
「うん、また何かやらかしたね。隊長に牢に閉じ込められてたんだけど、クーガーが助けて、本土に戻れって説得したみたいだけど、彼女の性格じゃまだこっちに残ってるだろうな」
「水守は…一体何を…?」
「さぁ…何も言ってくれなかったし。でも、たぶんアルター能力者のことについて何か知っちゃいけないこと知っちゃったんじゃないの?正義感強いしね」
 劉鳳は黙り込む。
 何があったのだろう。温室育ちの彼女が、崩壊地区で生きていけるとは思えない。
「私はね、水守が居たからあそこに残ってたようなもん、何かあったらフォローぐらいはできるしね。だけど水守も居なくなったし、すぐ私もあそこを出たって訳」
「……そうか」
 自分達のことをよく知っているのも水守が傍に居たから。
 彼女が今傍に居るのは心強い。
「とっころで、カズマ?さっきな〜に壊したのかなぁ?」
「え、あ〜…それは、その〜」
「聞くより見た方が早いね」
 カズマに詰め寄っていたのをくるり、と向きを変えて、ドアノブに手をかける。
「だぁ〜〜〜〜〜っ、待て、な?な?」
「往生際が悪い!!一体何壊したの!?」
 香奈はカズマが止めるのも聞かず、部屋を出て行く。そして次に上がるのは叫び声。
「カズマ!!」
 部屋に戻ってきて、香奈は叫ぶ。
「何でよりにもよってアレを壊すの!?高いんだよ、あれ!!!」
「だから、悪かったって。すまねぇ、ホント!!」
 カズマは顔の前で手を合わせて低姿勢で謝る。劉鳳は無論、何も言うことはない。自業自得というものだ。しかし、一体何を壊したのだろう。
「一体何を壊したんだ?」
「医療器具!せぇっかくHOLYから持ち出してきたのに。こっちじゃ買えないんだから!!!」
 香奈を聞いて今度は劉鳳が呆れる。
 それはまた、とんでもないものを壊してくれたものだ。
「注射器に消毒液…にまみれて包帯もおじゃん。ああ、これじゃぁ、劉鳳の包帯も変えれないじゃん。ちょっと、どっかで売ってないかなぁ。見てくるから、待っててよ。家、出ないでね!!」
 そう言って香奈はまた部屋を出ていく。
 劉鳳は溜息を吐いた。
「おい、怪我は治っているのか?」
 劉鳳はカズマに尋ねる。
「ああ、アンタより傷深くもねぇからな。やわじゃねぇし?案外打たれ弱いんじゃねぇの?」
「何!?」
「あんた達、喧嘩するのはいいけど、アルター使わないでよ!!家のモン壊したら許さないからね!もし壊したら、傷口抉るからね!!」
 玄関の方で香奈の声がする。そう言われて二人の行動はぴたっと止まる。
「え、抉るって…エグい…」
「それはやめて欲しいな。お前は良いかも知れんが」
「そして何気に肯定してなかったか?かえって喧嘩できねぇって」
 カズマははぁっと溜息を吐く。
「お前は解かり易いからな」
「人の事言えんのかよ!?」
「そんなことより、お前、アルター使えるか?」
「え?」
「今、使えるかと聞いてるんだ」
 劉鳳の質問に一瞬躊躇した後、カズマは答える。
「使えねぇよ。というより、コントロールできねぇ。前より力は増してる気がするんだけどな…その所為…なんかなぁ。香奈なら何か解かるかも…」
「そうか。俺も同じだ。使おうとする気すら起きないな。今は」
 劉鳳の言葉に、カズマはじぃっと劉鳳を見る。
「何だ?」
「俺は、使えるモンなら使いてぇ。気にいらねぇ。さっきアンタのことやわだって言ったけどな、違うな、それ。再隆起現象が起こったのは、俺達の喧嘩の所為だ、だけど、あの、光の中に入った後、お前……俺のこと見てなかっただろ?」
「え?」
「別の何かを見てた。あの瞬間…、俺の、後ろにあるものを……」
 カズマの言葉に思い出す。
 あの光の中。自分は何を見た?そうだ、あの、敵のアルター……。
 ぞくっと、背筋に冷たい何かが走る。追い求めていたもの。それが目の前にあって、倒すことすら出来なかった。
「何を、見てた?」
 カズマが真剣な瞳で聞いてくる。
 劉鳳は溜息を吐いた。
「アルターだ。母を…殺した」
「アルターって…あの、お前が言ってた雷アルター?」
「そうだ」
 カズマは少し目を見開いて尋ねる。あそこに、あのアルターが居た?二人だけの空間に、そいつが割って入って邪魔をしたのか。
「俺、あいつを見たぜ。ちょっと前に」
「何処で!?」
 劉鳳は見を乗り出して尋ねてくる。ベッドの住人のクセに、そのアルターの話をするとえらく元気になる。
 カズマは面白くない。自分でないものを見ている劉鳳。
 敵と認めた相手、敵と認められた自分。その筈なのに、結局、こいつの最終地点はそのアルターなのだ。
「アルターの森だよ。知ってるだろ?あそこで会ったんだよ。近くに能力者が居たのかどうかはしんねぇけど、其処に住むアルターを持った動物たちのアルターを吸い取ってるみたいだった。んで、そいつと戦って、背骨引っつかんでやったらアルターが進化した」
 適切なのかどうかは知れない説明に、一応どういうことかは解かる。
 劉鳳は溜息を吐いた。
 何故、今自分の前に現れない。来て欲しい時に来てくれない。来て欲しくない時にばかり来て。
 この男の前には必要な時に来るというのか?
 腹立たしくて仕方がない。自分が追い求めているものは、この男の前に現れたというのに…どうして、自分の前に現れない。
「アンタ、さ。どうして俺を助けたんだ?」
「え?」
「あの時…。急に光が消えて、俺達が落ちそうになった時だよ。あんた、俺をかばって下に落ちたんだぜ。だから、こんな大怪我して、俺だけ掠り傷なんだよ」
「…憶えてないな。どうせ咄嗟のことだろうし…」
「咄嗟で普通俺を庇うか!?」
「咄嗟だからだろう。相手を見る前に行動してる」
「目の前についさっきまで居た相手だろう!?」
「視界に入ってなかったな」
「あ〜〜〜、そうだろうな、ご執心のアルター目の前にしてたもんな!!」
「何だ、その言い草は」
 劉鳳とカズマはじっと睨みあう。喧嘩するな、否、アルターを使うなといわれているのでそもそも喧嘩にも発展しない。大体怪我人を倒したって面白くも何ともないのだし。しかし、ムカツクものはムカツク。
「怪我してても口の減らねぇ野郎だな」
「貴様に言われたくないな」
「何だと!?」
「貴様と喧嘩をしても始まらないな。大体、何で怪我が治っているのに此処に居座ってるんだ?」
「アンタに聞きたいことがあったからだよ、さっきの!!」
「そんな事のためにか」
「そうだよ、悪かったな、本当はとっととかなみんとこに戻って遣りたかったよ、本当ならな!!」
「かなみ?」
 カズマの出した名前に劉鳳はきょとんとする。
 聞いたことのない名前だ。
「一緒に暮らしてる子供だよ。アンタが脅した奴だ!!」
「…ああ」
 そういえば、そんな子も居た。小さな年端もいかぬ女の子。
「兄妹か?」
「ちげーよ。そんなんじゃねぇ」
「ロリコンか…」
 劉鳳が溜息を吐いて言うので、カズマは頭にくる。
「違う!!ってかなんでそうなんだよ!!」
「違うのか」
「違う!!!」
 カズマがムキになって言い返すとかえって信頼性にかけるのだが、劉鳳はそれをあえて言わない。
「もうそんなことはどうでもいい。これからお前はどうするつもりなんだ?」
「あ〜…どうすっかなぁ。この状況じゃ、あいつ何処に居るかも解かんねぇし……アンタはどうするつもりなんだよ?」
「俺は…今アルターの使えない状況でHOLYに戻っても本土に送られるか、家に閉じ込められるのがオチだからな………」
「んじゃ、二人とも此処に居れば?」
 行き成り声がして、二人はばっと振り返る。
「何時の間に居たんだよ!!」
「ついさっき」
「びびるだろうが、行き成り!!」
「肝っ玉小さいねぇ。劉鳳、包帯変えるから、上着脱いで」
 香奈の言葉に劉鳳は大人しく従う。あまり逆らいたくない人種だと判断したのだ。
 劉鳳が着ているのはシャツ一枚。そう言えば、HOLYの制服はどうなったのだろう?
「あ、制服はもうあちこち破れてて使い物にならないから捨てといた。勝手で怒るかもしれないけどね、アシがつくとヤバイのは私も同じでね」
「何やらかしたんだよ、一体?」
「ん?ちょっとね、本土に送られていったアルター能力者の資料の一部を勝手に持ち出して来ちゃったから」
「な!?正気か!!?」
 香奈の言葉に劉鳳は声を荒げる。
「そんなものを盗み出すなんて、どうかしてる!!」
「そうかもね、でも、きっと水守も同じ事やったよ」
「…水守も?」
「そういうこと。流石に水守ほど優秀じゃないから詳しいことは解からないけど、何人かのアルター能力者のデータが書きかえられてるみたい。水守だったら本土のホストコンピュータに侵入した可能性も…」
「…………どうしてそう問題ばかり浮き出てくるんだ?」
 劉鳳は頭を抱える。
 水守も、香奈も正気じゃない。そう思ってしまう。やっていることがいちいち無謀だ。
 HOLDを敵に回したらどんなことになるか…否、水守はまだいい。最高顧問のご令嬢という後ろ盾がある。しかし、香奈はどうなのだろう?
「香奈…君は、一体どうしてHOLDに入ったんだ?」
「基本的には、職が欲しかったから。それ以上でもそれ以下でもない。たまたま実力が認められてこっちの研究者として派遣されることになったんだけどね。だからお嬢様とは合わないって言ったでしょ?」
 香奈は悠然と微笑む。
 こんなことになっているのにどうして笑っていられるのか不思議でならない。
「よくやるなぁ、アンタ」
「カズマに言われたくないなぁ。HOLYに真っ向から喧嘩売ってたのは何処の誰?」
「う〜ん、それ言われるとなぁ」
「ね?お互い様でしょ?」
「いい根性してるよな、アンタ」
 カズマと香奈は笑い合うが、劉鳳はどうも楽観的になれない。
 損な性分なのだろうか?
 けれど、HOLDがそれを放っておくとも思えない。HOLDは徹底している。あそこに所属していたのだから香奈にもよく解かっているだろう。それでもこんな風に笑っていられるものなのだろうか?
「香奈、聞きたいことがある。俺とカズマは現在アルター能力が使えない状況にある。原因は解かるか?」
 香奈は劉鳳を見る。研究者の目だ。
「それは、どんな風に出来ないとするの?全くアルター能力が使えないのか、それとも…」
「アルター能力がコントロール出来ない。もし、解かるなら原因と、なんとかまたコントロールできるようになる方法を知りたい」
 香奈は劉鳳とカズマを交互に見て、それから少し考える。
 目を瞑り、頭の中で何かが整理されているようだった。そしてしばらくすると香奈はゆっくり目を開く。
「カズマと劉鳳が激しいアルター戦をした時、貴方達は光の中に飲み込まれた。間違いない?」
 二人はそろって頷く。
「たぶん、その光が原因だと思う。もともとアルター能力は別の次元から引き出しているものだと言われている。それがリンクしている度合いが大きければ大きいほど、強いアルター能力を得られる。そして、もし貴方達が入ったその光が、その別次元の空間だというのなら、其処に入って貴方達はさらに強い力を得た事になるわ。けれど、今まで自分が使っていたアルター能力と、更に加わっていた力が、特に精神的な部分でつながっている訳だから、アルター能力が強くなった分、精神面もそれに呼応して強くならなければいけない…と、いうのが私の結論」
 香奈はふぅっと溜息と吐く。
「よく、解かんねぇ…」
 カズマが呟く。劉鳳はしばらく考えて答えをまとめる。
「つまり、あの光の中に入ったことによって力が強くなったが、それに精神面が追いつけてないから上手くコントロールできないと?つまり、コントロールできるようにするには、精神面も強化しなければいけないということか?」
「ま、そういうこと」
「それは、今すぐにアルター能力を使うようにするには…」
「君達次第だねぇ」
 香奈は気楽に笑って言うが、こちらはそれどころじゃない。
 いつ何時何があるのか解からない。それは劉鳳が一番よく知っていた。最初から知っていたら、もし、本当に最初から知っていたら、母も愛犬も死ぬことはなかったのだから。
 今すぐにでも使えるようになりたい。それが正直な気持ちだが。精神面はというと、そう簡単にも行かないというのが実際のところだ。
 自分がどれだけ強くなったのかも解からない。結局何も進まないのだ。
「まぁ、しばらくとりあえず此処でゆっくりしてきなよ、二人とも。考えるのは後で出来る。カズマはきっちり働いてもらうし、劉鳳はきちんと怪我治す。考えるのはそれから。いいね?」
「ああ」
「りょ〜かい」
 二人は頷く。
 そして、三人の奇妙な共同生活が始まった…。



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