薄暗い中、触れてくる指にゆっくりと目を閉じた。 触れるだけの口付け。 いつも、それから始まる。別に好きな訳じゃない、愛している訳でもない、だけど、嫌いでもない。そんな人と触れ合うことに何の意味があるのか、自分でもよく解からない。 利用しているのだろう、と思う。 こうしている間は、何も考えずに居られるから。 向こうは多少の好意は持っていてくれるのだろうが、それも話しにならない程度のものだろうと思う。だから、彼が何を考えて自分を抱いているのか、それが解からない。 「何考えてるんだ?」 反応の薄いことに気がついたのだろう、遠山が声を掛けてくる。京介はただ首を横に振る。 彼のことは解からない。必要以上に構ってくるのは迷惑だとも思ったが、それは決して居心地の悪いものではなかった。無理強いはしなかったし、不思議と人に気を使わせない。 傲岸不遜、傍若無人のように見えて、実は繊細な人間なのだろうかと思ったこともあるが、実際はどうかよく解からない。結婚しているのに、彼はこの関係を受け入れた。 求めたのは京介だ。 けれど。 断ることは出来たのだ。結婚相手の朱鷺に対して、不義理を働いているという思いは彼の中にあるのだろうか。男相手にこんな事をしていることに、抵抗はないのだろうか。どちらとも知れないが、彼は嫌がるでもなく京介を抱く。何処か楽しんでいる風でもあった。 「桜井」 遠山は溜息を吐いて京介の名を呼ぶ。 「乗らないなら止めてもいいぜ?」 先刻から考え事をしている京介に、遠山は苦笑いを浮かべて言う。 「いえ…」 そう言って京介はまだ碌に乱れていない遠山の服に手を伸ばす。今度は自分から口付けた。それも遠山は拒絶せずに受け入れる。 彼は、何処まで受け入れるのだろうか。 傷つかない、と彼は言う。京介が何をしたところで、そんな物では傷つかないと言う。京介も、彼を傷つける術は思い浮かばない。傷つけたいとは思わないけれど。 遠山の穿いているスラックスに手を伸ばす。前を寛げ、服の奥から遠山のものを取り出した。 「桜井?」 少し戸惑ったような遠山の声が聞こえた。 今までしたことはなかったけれど、京介はそれを口に含んだ。拙い舌の動きで、刺激しようと努める。やる気になって貰わなくては困る。 快楽を。 世界が真っ白に変わってしまうほどの快楽を。 求めずには居られない。 その行為に抵抗を感じるよりも以前に、それを求めていた。多分、遠山でなければならないのだ。比べたことはないから解からないが、上手いのだと思う。京介がどうすれば乱れるのかをよく知っている。だから。 「桜井、もうやめろ」 頭上から冷静な声が聞こえる。 「気持ちよくありませんか?」 聞いてみる。その質問に遠山は苦笑した。 「気持ちよくない訳じゃないけどな」 遠山は京介の腕を掴んで引き寄せ、蕾の周辺を薄く撫でた。 「っ…」 「俺はこっちの方がいい」 遠山はニヤリ、と笑って見せた。普通の女性なら一目で落ちてしまいそうな、セクシュアルな笑み。そんな笑みを、遠山は時々浮かべる。 遠山はそのまま奥へ、と指を進めた。少しずつ、広げるようにして蠢く指に、京介は眉を寄せる。知り尽くしているであろう、京介の感じる場所へと進める。 「…ぅ…っ」 京介は小さく声を洩らした。今のこの行為に愛情は要らない。要るのは快楽だけだ。 それならば、誰でもいいのかも知れない。遠山ではなくとも。しかし、そうではない。苦手な人間相手は当然嫌だし、だからと言って、蒼や深春、神代とはこんな事は絶対に出来ない。そう思うと、矢張り遠山の位置は丁度いい。 そのまま、求めるものを与えてくれるのも。 十分に解した其処に、遠山は自分のものを宛がい、一息に貫いた。 「っく…ぁあ……っ」 その衝撃に、京介は遠山に縋りつく。 遠山は京介の腰をぐいっと引き寄せる。さらに深く、繋げる為に。そして、ゆっくりと動きながら、感じる場所を的確に刺激していく。京介の前を握って、そちらの手も休めることなく扱く。 「…んっ……ぅっ、あ…っ!」 頭の中が白く明滅する。一気に上り詰めようとする京介を、しかし遠山は許さず、それを戒める。 「……あっ…ゃ…」 足らないだろう、と言いたげに、京介の首筋に舌を這わせる。見えない場所に、吸い上げて痕を残す。それさえも快楽を高めるのには役に立つ。 それから今度は、口付ける。深く、貪るように。 舌を絡め、その中でも京介の感じる場所を常に刺激していく。 「ぅん…っ…んん…ぁ…」 遠山の動きがどんどんと激しくなるにつれて、京介の思考は鈍くなっていく。 「桜井…」 耳元で、遠山の低い、掠れた声が囁いた。その声にすら京介は震える。 「はぁ……ぁ、ぁっ……ゃ…あっ!」 強い、強い快楽に、段々耐えられなくなっていく。京介は必死に縋りながら、遠山の背に爪を立てた。もっと、もっとと欲張りながら、開放を求める。 「遠、山さっ…ん……ぁっ…ぅくっ…も…」 「ああ…俺もそろそろ…だな」 低く笑う気配がする。 後は上り詰めるだけ。遠山は一気に深く貫いて、戒めていた京介を解放し、遠山もその中で果てる。 乱れた息が静まる頃、遠山は立ち上がる。 どうしたのか、と一瞬考えたが、それよりも疲れ果て、眠りの淵に誘われていった。 目を醒ますと、遠山は部屋の中に居ない。何処に行ったのだろうか。 しかし、耳を清ませばシャワーの使う音が聞こえてくる。シャワーを浴びているのか、と思うとふと息を吐いた。 遠山は情事の後に寝ることはしない。京介も起きている事はあるが、疲れ果てて眠ってしまうことも度々あった。そんな時でも、遠山は起きたまま、部屋で時間を潰しているらしい。 勝手に帰ればいいものを。 何故、と訊こうとは思わなかった。訊いても無意味だ。ただ、京介が寝ている間遠山が何をしているのか、不思議に思う。下手をしたら数時間、たった一人で、部屋の中で。目を醒ませば必ず居る。それが当たり前になっている。 遠山が戻ってくると、起きている京介に気づいて笑った。 「起きたのか。お前もシャワー浴びてこいよ」 くしゃ、と京介の髪を撫でて、遠山は言う。京介も頷いてそれに従う。このままで居るのも気持ちが悪い。 ゆっくりと立ち上がり、浴室へと向かう。遠山は目を細めて京介を見送った。 彼は、何を考えているのだろう。 この関係に、どんな意味を見つけているのだろう。ただ、面白がっているだけなのだろうか。それもまた遠山らしい。 結局はいつも、こうやって過ぎていく。 後悔していないのか、と聞いてみても、彼はしているとは答えないだろうと知っていながら尋ねたこともある。その通りだったけれど、それ以上の答えをくれた。 京介の望むままに。京介の望む以上に。 彼は京介を受け入れる。 理由を問うだけ無意味。 そう、無意味なのだ。 喩え、京介がこの関係を止めたいと言えば、遠山は反論しないだろう。 そのまま、受け入れるのだろう。 穏やかに、微笑んで。 喩え、何処まで墜ちたとしても、彼は―――― 笑って、いるのだろう。 Fin |