Crazy for you 前編



 眠たげにしている妹の横をすり抜けて、外に出て行こうとすると、声を掛けられた。
「キョンくん、何処行くの?こんな時間に。今は昼間だよぉ」
「別に良いだろ」
「こんな時間に出掛けても平気なの、キョンくんくらいだよ」
「ハルヒだって居るだろ」
「ハルヒちゃんは特別だもん。あたし達の長なんだから」
 それは規格外の理由にはならんと思うが。
 まあ、俺よりずっと長生きしているのは確かなようだし、別にどうだって良いんだが。規格外は俺も同じだしな。
「お前は寝てろよ。また夜に食事に出るんだろ」
「うん」
「じゃあな」
 頭を軽く撫でてから外に出る。
 外に出て、日差しの明るさに目を細めた。建物の中は完全に密閉して暗くしているから、外との明るさの差が激しい。普通の吸血鬼なら其処でもう既にダウンしているに違いないが、どうにも俺は他の吸血鬼と違い、昼間出歩いても平気な上に、教会何かにも平気で足を踏み入れたりする。
 まあ、気分が良い訳ではないんだが、あそこを見て回るのは中々に楽しい面もある。というよりは、聖職者を落とす楽しみ、と言えばいいか。
 普段取り澄ました顔をして、潔癖を装っている人間程、一度堕ちると落差が激しく、見てて小気味良い。だから俺は態とそういう場所を見に行ったりする訳だが。
 さて、今日はどうしようか、と考える。
 この辺は大概見て回ったし、山二つ程越えてみるか。
 そう決めれば早く、とっとと移動する。本気で走れば、俺のような吸血鬼なら二時間程度で越えられる道程だ。文明の利器を使って、電車やバスという事も考えない訳ではないが、まあ、自分の足で歩いた方が変わったものを見つけられる確率は高い。
 山の中を突っ切って走ると、ふと妙な引っ掛かりを感じて足を止めた。二つ目の山の中腹辺りで、余り好きじゃない、人間的に言えば清浄な空気の漂ってくる場所が近くにあるらしい。
 気になってその方向に行ってみれば、案の定、大きくは無いが小奇麗な教会が建っていた。
「こんな所に教会なんてあったのか」
 町からも随分離れている山の中腹だ。人なんて来ないようなこんな場所に教会なぞ作ってどうするんだ、と思う。しかし、荒れている様子も無いところを見ると、誰かが頻繁に手入れをしているのは間違いない。
 好奇心に駆られて教会に近づく。
 教会特有の清浄な空気が鼻につくが、それだけだ。普通の吸血鬼ならば、近づいただけで吐き気がしてくるような場所だが、俺は少し胸糞悪くなる程度でしかない。
 教会の入り口のドアを開けると、礼拝堂だ。矢張り小振りではあるが、清潔感が保たれている。そして、その中央、十字架とキリストの像が飾られているその前に、膝を折り、祈りを捧げている人間が居た。
 一瞬、その光景に見蕩れてしまう。
 吸血鬼が敬虔な気持ちになるなど有り得ない。だから、むしろ祈りを捧げている人物の、その空気に呑まれたのだろう。
 ふと、祈りを捧げていた人物が立ち上がり、俺の方を振り返った。
 まあ、ドアを開けて入って来たのだから、気付かない方がおかしいのだが。しかし、その人物の顔を見てまたもや目を見開く。
 若い。見た目の年齢なら俺と同じくらいだから、相当若い。まだ十代だろう。しかも容姿は極上で、柔らかい薄茶色の髪に白い肌、そして黒い神父服がストイックな空気を醸し出している。一目で純潔なのだと解かる。
 大体にして、吸血鬼は相手を見ればそれが経験がある者か無い者か解かる。この年まで何の経験も無さそうなところを見ると、余程熱心な信者なのだろう。
「珍しいですね、こんな所にお客様とは」
 思わずその神父の姿に見入って居た為に反応が遅れてしまう。
「あ、いや…ちょっと偶然通りかかって教会見つけたもんだから、気になって」
「あまり人が来るような場所ではありませんからね」
 にこり、と笑顔を見せる神父に、矢張りこれは極上の獲物だ、と思う。人の溢れる町でも、これ程整った顔立ちをしている者はそう居ない。
「なんで、こんな所に建ってるんだ?」
「此処は信者を招くための教会ではなく、聖職者にある者達が訪れ、祈りを捧げる為の教会です。僕はこの教会の管理を任されているので、此処で暮らしていますが」
「随分若いのに、偉いんだな」
「そんな事はありませんよ」
 笑顔を絶やさずに話す言葉は丁寧で、しかし一定の距離を保っている。まだ若いというのに精神的にかなり落ち着いているようで、感情の乱れも感じ取れない。そういう人間こそ、乱してやりたくなるものだが。
「神父様、名前何て言うんだ?」
「僕は古泉一樹と言います。貴方は…」
「神父様、遅くなってごめんなさいっ」
 古泉と名乗った少年が問い返そうとしたところで、急に後ろから声がした。振り返ると、一人のシスターが水桶を持って走ってくる。今時水桶に水を汲んでくるとは古風だな、とつい考えてしまうのも無理は無いと思いたい。
 此処に水道は通っていないのか。
 しかし、そんな事を考えたのも一瞬で、重い水桶を抱えていた所為か、シスターが転びそうになる。
「きゃっ」
「っと、危ない」
 慌てて支えてやると、ほっと溜息を吐いた。水も零れなかったようである。流石に水浸しは勘弁だしな。
「ご、御免なさい。お客様がいらっしゃってたんですね」
「いや、俺はただの通りすがりだから」
 しかし、こっちのシスターも極上だ。若いし少々童顔の感じもするが、それがまた可愛らしいし、むしろ体型は標準以上に思える。
「大丈夫ですか、朝比奈さん。矢張り水汲みは僕が…」
「いいえ、神父様はいつも大変なんですからこれくらいはあたしがしますっ」
「そうですか?しかし、力仕事は男がやるべきだと思うんですけどね」
「本当に大丈夫です、頑張りますから」
 にっこりと健気にも笑って見せる様子に、思わず感動を覚える。何なんだ、この二人は。青春ラブストーリーの一ページのようである。
「この教会に居るのって、あんたら二人だけなのか?」
「ええ、そうです。そして此処でいつ同志が来ても良いようにお迎えする準備をしているんですよ」
「ふーん」
 若い男女が二人、一緒に暮らしていて、何も無いのか。
 このシスターの方も明らかに純潔だし、敬虔で熱心な信徒と言えば聞こえは良いが、この年頃の男女が二人っきり、一つ屋根の下に暮らして何も無いって、ある意味異常じゃないのか。
 ちょっと心配だ。
「えーと、朝比奈さん、だっけ」
「は、はいっ」
「今度は転ばないように気をつけろよ。俺はもう帰るわ」
「はい、お気をつけて」
 ぺこりと頭を下げる。
 純真無垢を絵に描いたような少女だ。
 俺も軽く頭を下げて教会を出る。
 思わず口元がニヤついた。
 古泉という神父も、朝比奈というシスターも極上だ。他に邪魔する人間も居そうに無いし、今度はあいつらを狙うのも悪くない、と思う。
 吸血鬼の長い寿命の中での暇つぶしとしては、もってこいだ。


 家に戻ると、どうやらハルヒが訪ねて来ていたようだった。
「あんた、昼間っから何処出歩いてんのよ」
「何処だって良いだろ、別に」
「全く、あんたみたいに変な吸血鬼、他に居ないわよ。しかも何か匂うわね・・・まさか教会・・・?」
「お前にだけは変と言われたくないが、まあ教会に行ってたのは当たりだ。面白いところを見つけてな」
「面白いトコ…?」
 訝しげな顔をするハルヒに、今日会った二人の話をする。
 と、ハルヒも興味を抱いたようだった。何だかんだ言いつつ、ハルヒもそう俺と好みは変わらないから、乗ってくるだろうとは思ったが。
「でも教会でしょ?あたしは流石にあんたと違って、そんなトコ入りたくないわよ」
「大丈夫だって。シスターの方は外に水汲みに行くみたいだから、其処を狙っちまえば問題ないさ。神父の方は俺がやるから」
「そうね…確かに悪くないかもね。あ、でも決めるのはその二人の顔を見てからよ。実際あたしの目で見極めなきゃ納得なんてしないんだから」
 それでもほぼ答えは決まったようなものだ。
 翌日、俺がハルヒを其処に案内する事に決定した。二人とも美味しく頂くのも悪くないが、聖職者を二人も相手にするのは流石に分が悪い面がある。それならばこちらも二人で行くのが妥当だろう。

 森の中をやっぱり突っ切って、俺とハルヒは教会の前に着いた。取り敢えずは木陰に身を隠し、中の様子を伺う。
「此処から見てたって相手の顔見えないじゃない。窓から覗けないの?」
「出来るだろうけど、向こうに気付かれてかち合ったらどうするんだよ。シスターの方なら多分そのうち出てくるだろ」
「あたしはあんたみたいに気が長くないの。それは解かってるでしょ」
 それは確かに知っているが。
「お、出てきたぞ。良かったな、待たなくて済んで」
「あんたね…」
 ジト目で睨みつけられるが、気にしない事にする。
 水桶を持ったシスターが出てきて、見送る為か、神父の方も出てくる。
「へえ…あんたが言うだけはあるじゃない。どっちも極上ね」
「だろ?」
 こそこそとハルヒと話しているうちに、シスターの方は水桶を持って走って行った。神父の方はそれを見送り、また教会の中へと入っていく。
「じゃ、お前はシスターの方で」
「あんたは神父の方ね。解かったわ」
 そう言ったかと思うと、ハルヒはあのシスターを追いかけて行ってしまった。俺の方も木陰から出て教会を伺う。
 今は神父が一人の筈だ。
 俺は昨日と同じように扉を開ける。
 そして、昨日と同じように、神父は十字架の前で祈りを捧げていた。
 俺は何も言わず前へと進む。そうすると、神父は立ち上がり、俺を振り返った。
「またいらっしゃったんですか」
「まあな」
 昨日と同じ笑顔で出迎える神父に、適当に答える。
 目の前に飾られている十字架とキリストの像を見上げる。俺にはこんなものに真剣に祈れる奴の気持ちは理解出来ない。
「なあ、確か、古泉って言ったよな?」
「はい」
「あんたの神様は、あんたを救ってくれるのか?」
 自分でも、何を言っているんだろうと思うような言葉が漏れた。そもそも神様なんて居るのかと聞きたいところだが、俺みたいな吸血鬼が居るのなら、神様も何処かに居るのかも知れないな。
 だけど、その神様は、お前らを救ってくれるのか。
 古泉は一瞬目を見開き、それからキリストの像に目を向けて、自分の首に掛けているクロスを握りこむ。
「僕は、救われたくてこうしている訳ではありません。ただ、今穏やかな生活をしている事、それが出来る環境に居られる事に感謝をしているのです」
「叶えて欲しい願いとか、無いのか」
「有りませんね。僕は今のままで充分に幸せですから」
 そんなにあっさりと、「幸せ」だなんて言えるものだろうか。
 俺にはさっぱり理解出来ない。こんな、何も無い場所での単調な生活など、長い間生きてきた俺にとっては、退屈なものでしかない。いや、たった一月でさえこうして何も無い場所でただ神に祈りを捧げて過ごすなど、俺には出来そうも無い。
 そもそも、こいつの言う「幸せ」はあっさりと崩れる類のものだ。俺が、そうする事も出来る。
 至極簡単に。
 俺は古泉に手を伸ばす。その腕を掴み取って、無理矢理組み伏せれば良い。それだけでこいつの信じた世界はあっさり壊れるのだろう。
「貴方は」
 古泉の腕にもうすぐ触れそうになるところで、口が開かれた。表情を見てみれば、先程まで浮かべていた穏やかな笑顔とは全く違う。
「貴方は、何者です。人間では有りませんね」
「どうしてそう思う?」
「希薄ですが、貴方からは魔に属する者の気配がします」
「へえ…」
 成る程、こいつはエクソシストとしての素質があるらしい。だからこそ、この若さで神父としてこの教会を任されているのだろう。
「まあ、当たりだな。俺は吸血鬼だから」
「吸血鬼が、どうしてこんな昼間から出歩いているのです。しかも、この神聖な場所に平然と足を踏み入れて」
「さあ、解からん。俺は変わり者らしいからな」
「変わり者…?」
 訝しげな表情を浮かべる古泉との問答もそろそろ飽きてきた。
 にやりと口元に笑みを形作ると、一気に間合いを詰めて押し倒す。
「っく」
 背中を強かに打った為か、古泉は呻き声を漏らす。
 その声にぞくりと背筋から這い上がるものがあった。
「変わり者でも、やる事は他の吸血鬼と変わらないんだけどな」
「貴方は…っ」
 何をするつもりか悟ったのだろう。抵抗しようと動いた腕を押さえつける。身長は向こうの方がいくらか高いが、人間と吸血鬼の体力は比べるまでも無い。片腕で易々と古泉の腕を纏めて押さえつけるが、それでも抵抗しようとする意思は衰えない。
 睨み付けてくる視線は鋭く、其処からは恐怖の類は感じ取れない。
 随分肝の据わった奴だと笑みを浮かべる。
 服に手を掛けようとして、一瞬躊躇する。その胸に掛けられているクロスは、教会よりもずっと俺を制限する。何よりも、神を崇め、身も心も清浄な人間程、肌身離さず持っているその十字架は吸血鬼が嫌う清浄な力を宿している。
「邪魔だな」
 ちっ、と忌々しげに舌打ちをして、そのクロスを引き千切った。ジュッと音がして手が焼けるが、それを気にせず無造作にそれを放り投げた。
「…本来吸血鬼が苦手とするものが、全く効かないという訳では無いのですね」
「当たり前だ。多少変わっているが、俺は吸血鬼なんだから」
 俺の様子を何処か冷静な眼差しで見つめている古泉が苛立たしい。もっと慌てて泣き叫び、神に助けを求めればいいものを。
 こいつの、もっと慌てふためく顔が見たい。
 乱暴に唇を重ね合わせ、着ている服を肌蹴させる。顔を背けようとするので拘束していた手を外し、顎を掴んで固定させる。
「んぅ…っ…ん…」
 開放された手がまた俺を押し退け様とするが、人間の力でそれが敵う筈もない。
「キスも初めてか?」
「な…っ」
 揶揄するような問い掛けに、かっと頬を染める。
「ああ、そういう顔は良いな。結構好きだぜ?」
 そのまま肌蹴た衣服の隙間から首筋に舌を這わせる。相変わらず抵抗しているその腕の動きが、少し変わった。
「…っ」
 一瞬の判断で古泉から身を離す。
 何かが肌に振りかかり、肌が焼ける焦げ臭い匂いがした。まともにかかっていたら、それこそヤバかった。
「聖水か…」
「矢張り、これも効くようですね」
「全く、忌々しい物を持ってるな」
「仮にも聖職者であり、この教会を預かる者ですから」
 聖水の入った小瓶を、いつでも俺にかけられるように構えながら、じっとこちらを睨みつけている。仕方ない、この状態から古泉を落とすのはかなり骨が折れそうだ。
「今日はこの辺で退散するよ」
「…」
「ただ、もう一人の方はどうなってるか解からんがな」
「っ、朝比奈さん!?彼女に何を…」
「さあね」
 そう言いながらそのまま教会を出る。
 そのまま森に入り、木の上に昇って教会を見下ろせば、慌てた様子で古泉が走り出てくるのが見えた。
「あー、ハルヒの方終わってなかったら、後が怖そうだな」
 あいつは怒ると怖いからな。
 そう思って溜息を吐くが、別にどうでも良いとも思っていた。
 むしろ、あの神父に対する興味が増している。何としてでも落としたい。
 内心ほくそ笑みながら、次はどうするか、それを考えていたのだった。


 彼が言った「もう一人」という言葉に焦りが募る。
 僕を襲った吸血鬼は朝比奈さんの存在も知っている。そして、彼女は今近くの湖に水汲みに出ていた。しかし、彼が僕の所に現れたのは朝比奈さんが水汲みに出てすぐの事だ。
(昼間から出歩ける吸血鬼が、もう一人居る!?)
 湖までの道程を急ぎながら、彼女の無事を祈る。
「や、止めてくださいっ」
「抵抗しても無駄よ。本当に可愛い顔してるわね、胸も大きいし。えーと、みくるちゃん、だっけ」
「は、離して…っ」
 聞き慣れた朝比奈さんの声と、もう一人、知らない女性の声が聞こえた。
 その声の方角へと走れば、朝比奈さんが、恐らくは彼の仲間の吸血鬼であろう少女に押し倒されていた。
「彼女を放しなさい!」
 そう叫んで近づけば、少女は眉を寄せてこちらを見上げてくる。
「ああもう、折角良いトコなのに。何、キョンの奴ってば失敗したの?」
 キョン、というのは彼の名前だろうか。
 苛立たしげに呟く少女は一つ舌打ちをすると、朝比奈さんから離れた。
「流石に二人相手するのは分が悪いわね・・・後でキョンに文句言ってやらなきゃ」
 後半は殆ど聞き取れないほどの呟きで、すぐに少女はその場から離れて行った。それを見て僅かにほっとする。
「朝比奈さん、大丈夫ですか?」
「は、はい、神父様…。御免なさい」
「謝らなくても良いんですよ。怖かったでしょう」
 涙目になりながら謝る彼女の頭を優しく撫でる。無理矢理衣服を肌蹴させられた様子は流石に目の毒で、自分が纏っている服を着せ掛けてやる。
「有難う御座います」
「良いんです、それより教会に戻りましょう。此処に座っているよりは安全な筈です」
「は、はい」
 彼女を支えて立ち上がらせ、手を貸したまま教会に戻る。
 まだ相変わらず涙ぐんでいる朝比奈さんを労わりながら、落ち着かせ、今後どうするか対策を立てねばと考えていた。

 暖かい飲み物を淹れて朝比奈さんに渡すと、少し落ち着いたようだった。
 こういう物を淹れるのは彼女の方が得意なのだが、今回は仕方がない。
「落ち着きましたか?」
「はい、神父様。ご迷惑かけて、すみません」
「そんな事ありませんよ。それよりも、今後の事ですが…」
 それが何よりも重要だ。
「また彼らがいつ現れるとも限りません。貴女は、山を降りて教会の本部の方に避難してください」
「神父様は、どうするんですか?」
「この教会を空にする訳にはいきませんから。僕は此処に残ります」
「で、でも…っ」
 心配そうにこちらを見つめてくる朝比奈さんに、出来るだけ安心させるように笑いかける。
「僕は大丈夫ですよ。身を守る手段なら心得ているつもりです。けれど、朝比奈さんを守る事は出来ません、貴女は教会の本部に行って、現状を知らせてください」
「…神父様」
 尚も心配そうにしている彼女の手を取り、先程彼が引き千切った僕のクロスを握らせる。
「これは」
「僕のクロスです。僕は多少ですがエクソシストとしての力があるようですから、貴女の物よりも身を守るには適している筈です。それに、貴女の物はどうやら失くしてしまったようですしね」
 出掛ける時には掛かっていたクロスが、彼女の胸元から消えている。恐らくはあの少女が捨ててしまったのだろうという事は想像に難くない。
「でも、此処に残るのなら危険なのは神父様の筈です」
「大丈夫ですよ。山を降りるだけでも何があるか解かりませんから、貴女はこれを持っていてください」
「本当に、大丈夫ですか?」
「ええ」
 不安そうに見つめてくる彼女の肩を優しく叩いて、笑みを浮かべる。
 出来るだけ彼女から不安を取り除き、安全に山から降ろす事、それが最優先事項だ。現状を本部に知らせる事、そしてこの教会を守る事。
 それ以外に自分の成すべき事はない。
「絶対、絶対早く報せに行きますから、だから、無事で居てください」
「ええ、お願いします」
 決意に表情を引き締めた彼女の様子にほっとする。
 どうか、彼女に神の御加護があらん事を。
 無事に、山を降りられるように、自らの信じる神に祈った。


 ハルヒは不機嫌だった。
 そりゃあそうだろう、俺が失敗した所為で自分も食い損ねたのだから、まあ仕方ないと言えば仕方ない。
「全く、どーしてくれんのよ、久しぶりの極上の獲物だったのに、あんたの所為で逃がしちゃったじゃない!」
「それを教えたのも俺だろ。というか、大体にしてちゃっちゃか襲ってたら終わっててもおかしくないぐらいの時間はあったぞ。どうせ彼女が可愛いからって余計な事ばっかして時間くってたんだろ」
「うっ。…あんただって、無駄に焦らすの好きなクセに、人の事言えないでしょ!」
「別に良いだろ。それにしてもまあ、やっぱり面白いな、あの神父。落とし甲斐がある」
「あんた、まだやるつもり?」
 流石にハルヒが呆れたような表情を浮かべるが、俺はハルヒと違って気が長いからな。じわじわと落としていくのも悪くない。
「お前は良いのか?シスターの方は山を降りるらしいから、明日が最後のチャンスだぞ」
「良いわよ、もう。どうせ行ったって、あの神父がなんやかや仕込んでるに決まってるもの」
「まあ、だろうな」
「ていうか、あんた何処からそんな話聞いてきたのよ」
「こっそり屋根裏から」
 気配を消して忍び込み、話を聞いたのだ。
「あんたって、ほんっとーに、変よね。教会に忍び込むなんて」
「ほっとけ」
 相手の情報は多いに越した事はないのだ。
 シスターが居なくなるなら、それはそれでこちらとしては好都合だし、本部からあの山まで辿り着くにしても時間が掛かるだろう。その間に何とか古泉を落とせば問題無い。
「まあ、頑張って。あたしは絶対協力しないから」
「解かってるよ」
 ハルヒはまた呆れた顔をして帰って行ったが、ああいうのこそ落とし甲斐があるというのは事実だ。ただ、少し冷静過ぎて苛立つが、それこそ落とした後どうなるか楽しみだ。
 その時の事を考え、笑みを浮かべる。
 明日もまた、教会に行かなくては。


 翌日教会に来て見れば、既にシスターは居ないらしかった。
 朝早くに出て行ったのだろう。
 さて、流石に正面から行くのは向こうも警戒しているだろうから、厳しいか。気配を消して窓から中を覗き込めば、矢張りと言うか、十字架とキリスト像の前に跪き、祈りを捧げていた。
 音がしないように扉を開け、そっと締める。完全に気配を消しているから、古泉は未だに気付いていないようだった。気配と魔力を消す事は一時的にならそう難しい事でもない。そのまま後ろから近づき、不意をついて後ろから抱き締めた。
「っ」
「結構、無防備だな」
 驚きに体を竦ませた細身をしっかりと捕まえながら、耳元で囁く。気配がしなかったのに驚いたのだろう、驚愕でその双眸は見開かれている。
「気配を…」
「まあ、消すくらい訳無い事だな。何か罠でも仕掛けてあるかと思ったんだが…」
 抱き締めたまま、その体を探るが、昨日持っていた聖水の小瓶が一つ見つかっただけだった。それを無造作に放りなげると、高い音がして瓶が割れた。
「お前、馬鹿だろう」
「何がです」
「あのシスターのために、クロスだけじゃなく、吸血鬼対策万全にして、その上でお前は聖水だけで俺から身を守るつもりだったのか?」
 どう考えても無謀どうしか言いようがない。
 いくらエクソシストとしての才質があるからと言って、それを発揮できるかどうかと言えば話は別だ。恐らくは特別な訓練は受けていないのだろう。もし受けていたなら、昨日の時点でとっくにやられているに違いない。
「…離してください」
「嫌だね」
 例え既に勝ち目の無い事だと解かっていても、古泉の瞳には微塵も諦めの色が無い。それがやけに腹立たしく、無理矢理こちらに体を向けさせると、きっちりと整えられた服を引き裂き、首筋に歯を立てた。
「…っく」
「抵抗されると面倒だからな。それに、お前だって出来るなら楽しみたいだろ?」
「な…にを…っ」
 何をしたのか、と問いかけようとしたのだろうが、自分の体の異変に気付いたのだろう、言葉が続かない。吸血鬼が牙から出す体液には媚薬効果がある。それを直接体に流し込まれたのだから、当然既に殆ど体の自由は利かないだろう。
 神父の黒い服の隙間から見える白い肌に舌を這わせれば、びくりと身体が跳ね上がった。
「あ…っ」
「いい具合に体に回ってるな。それとも、元々感じやすいのか?」
 揶揄するように囁きながら、白い滑らかな肌に手を這わせていく。敏感になっている体は少しの刺激でもすぐに快楽に変換される。
 流石に、もう何をされたか理解しているのだろう、抵抗しようと弱弱しく俺の肩を押しているが、殆ど力が入っていない。そして、俺に触れられる度に漏れそうになる声を押し殺す姿は、堪らなくそそられるものがあった。
 首筋から鎖骨と順に口付けながら、無理矢理破いた衣服を更に肌蹴させていく。胸の突起に舌を這わせれば、丘に上がった魚のように身体が跳ねる。
「や…め…っ」
 搾り出すような声で止めろと言う声さえも、殆ど喘ぎのように聞こえる。執拗に其処に舌を這わせると、苦しげに声を殺しながら俺を引き剥がそうと髪を掴む。大した力では無いが、髪を引っ張られるのは流石に痛い。まあ、それぐらい気にしてもいられない。
 嘗め回して赤く立ち上がった其処に軽く歯を立てると、思わずという風に高い声が漏れた。
「あぁっ」
「良い声だ」
 そう囁くと、慌てたようにまた声を噛み殺す。強情というか、何と言うか。声を出した方が楽なのぐらい、解かるだろうに。それでも矜持がそれを許さないのだろう。
 強情さに笑みを浮かべながら、下肢に手を伸ばし、纏っているものを剥ぎ取ると、すっかり反り返っているそれに手を這わせた。
「うあ…っ」
「此処、自分で触った事ぐらいは、流石にあるだろ?」
 いくら聖職者でも、十代の健全な男なら、当然感じる欲求の筈だ。その問い掛けに、羞恥に顔を染めながらも、睨みつける瞳は衰えない。
「貴方には…関係無い、ことですっ」
「まあ、別に良いんだけどな、どっちでも。セックスは初めてなのは間違いないし」
 そう言って笑いながら、手に握ったそれを扱くと、古泉の口から押さえきれない喘ぎが漏れる。その声を殺すように、自分の手でその口を塞いだ。まあ、その方が無駄な抵抗をされずに済むから楽だろう。声なら、そのうち嫌でも出すようになる。
 体のあちこちを舐め回しながら、そこを扱いてやると快楽に全身が赤く染まっていく。じっとりと汗に濡れた肌と相俟ってかなりの色香を醸し出している。
 すっかりと勃ち上がり、先走りを溢れさせている其処は俺の右手をべとべとに濡らして開放を望むかのようにぴくぴくと震えている。それを見て、俺はごくりと唾を飲み込み、それを銜え込んだ。
「な、なに…っ」
 突然の事に、古泉は驚きの声を上げるが、そんなものは無視だ。
 それを銜え込み、舌を這わせると強すぎる刺激にか、古泉の身体がぶるぶると震える。剥き出しの太股に左手を這わせながら、口淫を続ける。当然古泉はそんな事をされた経験など全く無いのだろう、未知の快楽と羞恥に全身が真っ赤に染まっている。
「あ…や、め…もう…っやめて……くださ…っ」
 切れ切れに懇願する声を見て内心哂う。今止めて辛いのはお前の方だろうに。
 限界を迎えているそれを唇で扱き射精を促す。甘い精液が喉を潤し、もっと欲しくなって吸い上げると、古泉は体を痙攣させて射精した。
「う…あぁ……っ!」
 口の中に出されたそれを全て飲み込むと、ようやく顔を上げて古泉を見た。快楽と羞恥で顔を赤く染めたまま、射精の余韻でかぐったりとしている。
 しかし、これで終わる訳も無い。
「まだ、終わってないぜ?むしろ本番はこれからだ。まだ、効果も続いてるだろ?」
「…あ…」
 意識が朦朧としているらしい古泉だが、射精したばかりの其処はまた勃ち上がり始めている。
 古泉の体を反転させ、腰を掴んで持ち上げる。
 そして、尻の窄まりに舌を這わせた。
「ひ…あっ」
 快楽でというよりは、驚きで体を竦ませた様子を見ながら、そのまま唾液を奥へと流し込むように舌を使って其処を解していく。
「…い、や……そんな、こと…っ」
「痛い思いをするよりは良いだろ?それに、悪くは無い筈だ」
 何しろ未だに媚薬効果は衰えてはいない。どんな刺激でさえも快楽に挿げ替えてしまう強力なものなのだから、余計にだ。
 俺が与えるこのような刺激さえも、全て快楽に摩り替わる。そのように出来ている。
 舌に唾液をたっぷりと含ませ、奥へと押し入れるようにしながら解していく。元々媚薬の効果で体に力が入らない状態だ。充分に濡れたのを確認すると、指を一本中に入れる。
 古泉は這い蹲った格好のまま、懸命にその刺激に耐えて声を押し殺していた。
「う……く…っ」
 指を乱暴に動かしながら中を解して行き、すぐに二本目を追加する。それでも痛みは感じない筈だ。教会の広い空間に、ぐちゃぐちゃといやらしい水音が響き渡った。
「我慢せずに声を出したらどうだ?」
 そう囁きかけると、涙で潤んだ瞳が睨みつけてくる。体は快楽に何処までも従順だというのに、精神は未だに服従を良しとしないらしい。
 だからこそ、落とし甲斐もあるのだが。
 中に入れた指を、今度は目的をもって動かす。狙った場所を擦り付けると、古泉の口から悲鳴のような喘ぎがもれた。
「ぁああっ…な、に…っ」
 未知の感覚に、古泉が一瞬怯えたような視線を向けてくる。
 その様子に気を良くしながら、執拗に其処ばかりを刺激すると、堪えきれずに喘ぎが漏れ始める。
「ふぁ…あ…っ……やめ…そこ、は……ぁ…」
「良いんだろ?ほら、前もこんなに濡れてるぜ?」
 耳元に囁きかけながら、空いている方の手で前を握りこむ。すっかり勃ち上がり、蜜を溢れさせている其処をゆるく扱いてやりながら、同時に指を三本に増やす。
 ばらばらに指を動かし大きく広げるようにすると、体を震わせ、目に溜まった涙が零れた。
「は…ぁ……も…やめ、て……くださ…っ」
「止める?良いのか、止めても?今止めたら辛いままだぜ?」
 そう言いながらまた前立腺に指をこすりつける。
「あぁ…っ……ぅ、く……あ…」
 そうして中を弄るうちに、其処は柔らかく解れ、いつでも俺を受け入れられる状態になっている。けれど、すぐには入れない。古泉の口から懇願させなくては意味が無い。
 限界まで追い詰めながらも、射精は許さない。握りこんで刺激を与えていた其処を、今度は戒めるように指で輪を作った。そうしながらも、中を乱暴に掻き回す。どれだけ刺激を与えられても射精出来ない状況は苦痛でしか無い。
「ひ、ぁ…っ…いや……ぁ…」
「どうして欲しい?言ってみろよ」
 言わなきゃいけない言葉くらい解かるだろう?
 けれど、古泉はその双眸から涙を溢れさせ、過ぎた快楽に苦悶しながらも首を横に振る。
「う…く……も…やめ…っ」
「ふぅん…」
 完全に指を銜え込んだ其処はひくつき、更に求めているというのに、口を開けば全く素直じゃない言葉が漏れる。何処まで耐えられるか、試してみるのも良いだろう。
 俺は一旦指を引き抜いた。前は戒めたままだが。
 それに一瞬体を震わせ、俺を振り返る様子はかなりそそるのだが、其処で与えてしまっては意味がない。指を抜いた後でも相変わらず其処はひくひくと痙攣し、もっと強い刺激を望んでいるのだが。
「本当にいいのか?このまま止めて」
 耳元に囁きかけながら、ゆっくりとその肌を撫でる。
「…う…ぁ…」
「素直になれよ。なあ」
 もう少しだ。
 焦らすように体に触れながら、耳を甘噛みし、ひくつく其処にそっと指を這わせた。
 そうすれば、ぶるりと体を震わせ、涙を溢れさせながらも、声を絞り出した。
「もう…も…ねが…です」
「何だ?はっきり言えよ」
「おねが…です、から……ひぁ…っ」
 言葉を紡ぐ古泉の声を聞きながら、また指を一本だけ中に押し入れる。その刺激に目を見開き、そして俺から視線をそらせた。当然、もう指一本程度では全く足りないだろう。
「言えよ。どうして欲しい?」
「も……いれて…くださ…」
「よく出来ました」
 にやりと笑みを浮かべながら、自分のものを取り出す。
 ゆっくりと其処に押し当て、じわじわと中へと入れていく。
「うあっ…あ…ぁ…っ」
 最早声を殺す事も忘れて、声を上げる古泉の様子に笑みを浮かべる。
 其処は中へ中へと誘い込むように収縮し、俺を求めている。全てを収めると、ひくひくと中が蠢き、締め付けてくる。それだけでも結構気持ち良いのだが。
「…はっ…あ…ぅ…」
 苦しげな呻きにも聞こえるが、確実に甘さを含んだ喘ぎを聞いて、これ以上焦らす事も無いか、と思う。経験の無いこいつに、自分から求めさせられれば今回は充分だ。
 ゆっくりと引き抜くとまた奥に入れる。
 それを何度か繰り返すと、甘い喘ぎが教会の中に響き始める。最早殆ど理性を飛ばして快楽を貪っている姿は、かなりそそるものがあった。今まで見たストイックな雰囲気とは大違いの乱れようだ。媚薬の効果とはいえ、それだけ陥落させるという事が重要なのだ。
「ふ…っあ……ああ……あ……」
 俺が動くのに合わせて漏れる声に煽られ、段々動きを激しくしていく。ぎゅっと教会の板張りの床に爪を立て、涙を流しながら快感に絶えている。まあ、前は戒めたままであるから、快楽以上の焦燥が古泉の中に渦巻いているのだろう。
「…良いか?」
「……う…あ……は、い……んぁ……っ」
 おぼろげな様子で俺の言葉に答えを返し、そろそろ良いかと更に動きを増す。古泉の内壁を擦り上げ、最も感じる場所を何度も突く。
「あ…っ…ああ……あぁ…も…もう…っあぅ…あ…」
「ああ、良いぜ」
 最後に一番奥まで突き入れると、戒めていた手を解き、強くそこを扱き上げる。それと同時に後ろから白い項に噛み付いた。
「あぅ、あ…あ―――ッ」
 古泉が一際高い声を出して達する。俺もまた中にそのまま欲を放出し、その代わりに血を思う存分飲んだ。人間の、快楽に上り詰めた時の血が一番美味いのだ。そのために必要な方法なら、吸血鬼はいくらでも知っている。
 ある程度加減して血を飲むと、口を離した。思い切り飲めば古泉が干からびてしまう。
 甘美な血を味わうとそのまま自身を引き抜き、若干乱れた服を調える。
 古泉は慣れない快楽に疲れ切った上に血を吸われたからだろう、床に倒れたまま体を震わせ、しかしそれ以上動く事は出来ないようだった。
「なあ、どうだった。お前の大好きな神様の前で吸血鬼に抱かれた気分は」
「……」
 答えるだけの気力も無いのだろう、視線だけを俺に向けてくる。虚ろだが、それで居て何処か醒めた目が俺を射る。その目に俺は眉を顰めた。
 そして気付く。
 結局こいつは一度も、自分の信じる神に一度も、助けを求めては居ないという事に。
 今まで俺が襲った聖職者は、必ず神に助けを求め、俺に許しを請い、結局最後に絶望して快楽に堕ちるというのに、こいつの瞳には未だに絶望の色が見えない。
 何故だ。
 結局お前が信じたところで、神様なんてものは助けてくれやしないというのに。
 何故未だにそうしていられる。
 先程まで良かった気分が一気に低下し、俺は吐き捨てるように舌打ちすると、古泉を一瞥もせずにその場を後にした。



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