〜プロローグ〜



  エリヤ……エリヤ、奇跡の子・・・
  愛しい 聖なる子
  私の子
  愛しい奇跡の
  大切な子―――…


「逃げたぞ!そっちだ!!」
「捕まえろ!!」
 静かな筈の夜更けに大声が鳴り響く。
 暫く耳を傾けているとそのうち捕まったのが解かる。
「ばっかだなぁ。此処から出られる訳ないのに…」
「そうだよ。誰も此処から出られたためしはないしね。逆に酷い目に合うだけだよ」
 三人用の小部屋で二人が声を顰めながら話している。小部屋というよりは牢屋に近いかも知れない。
「十歳の子供ばかり集めて何をするつもりなんだろうな」
「俺達もどうなるか解かったもんじゃないよ」
「此処から出るんなら殺される覚悟ぐらいしないとな」
「それでも、皆母さん達に合いたいんだよ。そう思うだろ、エリヤ」
 少年の一人が窓際に座って空を眺めている少年に声をかける。少年の言葉にちらりと視線を送ったが、すぐにまた視線を空に戻す。
「おい、バカ。エリヤの母親は殺されたんだよ。それに、エリヤは一度もぶたれた事ないじゃないか。エリヤは教皇に贔屓されてるからな」
「エリヤっていい名前だよね。聖書にも出てた。キリストはエリヤと言われたこともあるんだ。俺なんて誕生日の名前でジュライだよ」
「お前はまだいいじゃないか。俺なんか良くある名前だからってサムだぜ」
「おい、静かにしろ」
 さっきまで黙り込んでいたエリヤが十歳の子供とは思えない落ち着き払った声で言う。さっきまで話していた二人はびくっと身体を震わせる。
 自分達の話の所為で機嫌を損ねたと思ったのだ。
「監視が来る」
「あ、ああ」
 もう消灯は過ぎている。それで起きているのがバレたらまずい。
 毛布に入って監視の足音が過ぎていくのを待つ。
 過ぎて足音が聞こえなくなると溜息を吐く。
「…お前達、此処から出たいか?」
 声を低くしてエリヤが聞いてくる。
「そりゃ、出られるもんなら出たいけどさ。無理に決ってるじゃないか」
 サムが言う。
「無理じゃないと言ったら?」
「出たい!此処から出られるの?」
「出られるさ。まぁ、此処から出たとしても親の所には戻れないぞ。もし戻ったら親子共々殺されるのがオチだからな。それでも出たいか?」
「此処に居るよりは何処でもマシさ」
「そうだ。此処に居たってろくなことがないんだから」
 サムとジュライは言う。
「だったら、三人で行動して此処から出る。此処に見張りが来る時間はお前たちも知っているだろう」
「ああ」
「夜の十二時から二時。この間に抜け出す。十二時になったらすぐに外に出ろ。そして一階の階段の傍にある窓から出るんだ。そのまま一気に走れ。途中に見張りの居る柵があるが、其処は一時に交代するから、木陰に隠れて時間まで待つんだ。其処からまた行くと門につく。其処の見張りは一時半に交代する。後は其処から出ればいい。とにかく走って見つからずに逃げるんだ」
「解かった」
「早速、明日決行する」


 翌日十二時。
 見張りが出て行った後、三人はすぐに階段まで行き、窓から外に出る。一気に走って柵の前まで来るとエリヤの言うとおり見張りが居た。
 三人は無言で時間が経つのを待つ。
 一時になって見張りがいなくなるのを待って駆け出す。
 サムとジュライの心臓は大きな音を立てている。
 柵と門の中間地のところで、いきなりジュライが声を上げる。
「うわぁっ!」
 後ろに兵が居たのだ。ジュライは兵に捕まってもがいている。
「ジュライ!!」
 サムが引き返そうとするのをエリヤが止める。
「走れ、捕まるぞ!!」
 エリヤの声にサムはジュライの叫ぶ声を振り切って走る。
 門が見えて来るとちょうど交代の時間らしく、人影は見えない。
 サムはエリヤより先に門を出ようと思い切り走る。
 走って門を出たと思った瞬間。
 ピシュンッ
 熱光線の放たれる音がしたかと思うとサムの身体は傾く。
 地面の冷たい感触がした。そう思うと倒れた自分の横を振り返りもせずにエリヤは走っていく。
 やっと解かった。
 どうしてエリヤが自分達と一緒に行こうとしたのか。
 始めから自分だけ出るつもりだったのだ。
 柵を抜けて、門へ行くまでの間にもう一人、解からない所に見張りが居たのだ。だけど柵と門の見張りの交代との時間が合わないためにジュライを犠牲にした。
 そして、門にはセンサー式の熱光線がつけられていた。だから自分を先に行かせたんだ。
 一人通った後はもう反応しないから。
 本当は一番此処を出たがっていたのはエリヤだったのだ。見張りの交代の時間まで調べて…。
 薄れ行く意識の中、走り去っていくエリヤの背中を見つめた。


  抜け出すために
  この戒めの場から
  何を犠牲にしても
  其処には居たくなかった
  たった一人のエリヤ―――…


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