寂しさの先に 1



 屋上に出た途端に寒風が吹いて、ぶるりと身を震わせる。
 矢張りこの季節に屋上になんて来るものでは無いな、と思ったところで今更仕方が無い。どうしても練習室を使う気にはなれなかったし、森の広場はこの季節でも人が多い。
 だから屋上にしたのだし、予想通り誰も居ないが、予想以上に寒かった。
 かと言って今更別の場所を探す気にもなれず、ベンチにケースを置いてヴァイオリンを取り出した。
 暗譜している曲から一曲選んで弾き始める。
 だが、矢張り寒さのせいで指がかじかんで思うようには動かない。
 溜息を吐いて手を止める。
「冬場にこんな所で練習したところで、指が動かないだろう」
 不意に、そう声を掛けられて心臓が跳ねる。
 声のした方角を見れば、屋上の入り口に吉羅理事長が立っていた。
「…吉羅、理事長」
「ああ、突然声をかけて悪かったね。偶然ヴァイオリンの音が聞こえてね、こんな季節に屋上でヴァイオリンを弾く酔狂な人間は誰かと気になったんだ」
「酔狂、ですか」
 何だか、ものすごく酷い言われようをされている気がする。其処まで言わなくても良いと思うのだが。
「気を悪くしたか?まあ、何故こんな所で弾いているのか、単純に気になっただけだよ」
「…俺は、ただ一人になれる場所を探して、来ただけです」
「一人になれる場所、か。確かに此処は誰も居ないな」
 ともすれば嘲笑にすら見える苦笑を浮かべて、理事長はぽつりと言った。
「来なさい、良い場所を知っている」
「え…?」
 背を向けて、すぐに歩き出す理事長を見て、慌ててヴァイオリンを仕舞って後を追いかけた。
 解からない。
 何故突然理事長があんなことを言ったのか、何処に案内しようとしているのか。
 何故、俺もそれについて行っているのか。
 解からないまま、ただその背中を追いかける。
 校舎を出て、森の広場の、更に奥へ。獣道のような足の踏み場も怪しい木立を抜けて。
 ぽっかりと。
 小さな広場があった。
 木々に囲まれているせいか風もなく、日の出ている今は暖かい。
「こんな場所が…」
「此処は知っている者も殆ど居ない。風も無いからヴァイオリンの練習も出来るだろう」
 確かにそうだろう。こんな所にまで来る生徒なんてそうは居ない。理事長もよくこんな場所を知っているものだ。
「一人になるには、丁度良い場所だろう」
「どうして、俺に教えてくれたんですか?」
 一人になるのに適しているというのなら、吉羅理事長にとってもその筈だ。そんな場所をわざわざ教えてくれる理由が解からない。
 殆ど話をしたことも無いのに。
「随分寒そうに見えたから、だな。留学前に風邪をひいても困るだろう」
「それはそうですが…」
「ただの気紛れだ。あまり深く考える必要は無い。私も偶に来るし、本当に一人になれるかは保証出来ないからな」
 確かに、それはそうだろう。それでも屋上よりもはるかにマシなのに間違いないし、不思議とこの場所は落ち着く空気が流れているような気がする。
「本当に良いんですか?」
「息抜きに来た時に君の演奏が聴けるというのも悪くないだろう」
 笑みを浮かべて言う吉羅さんに、何と言って良いものかよく解からない。それでもこの場所に来ても良いというのはありがたかったから、教えてくれた事も含めて礼を言う。
「有難う御座います」
「…流石に、今からだと練習する時間も無いだろうが」
 腕時計を見ながら呟く吉羅理事長につられて、自分の腕時計を見る。もう昼休みが終わる時間だ。
 そろそろ戻らなければ午後の授業に間に合わない。
「俺はそろそろ教室に戻ります」
「ああ」
 頷いて、それから理事長は木に凭れ掛かって、促すように視線を元来た方向へと投げかけた。
 俺は理事長にぺこりと頭を下げて、森の広場の方へと戻る。その道を歩きながら、理事長はどうしてこんな場所を見つけたんだろうと思う。こんな歩き難い道をわざわざ通ったりなんて、普通はしないだろう。余程好奇心が旺盛でない限りは。
 首を傾げながら、機会があれば聞いてみようと考えて、少し、笑った。
 そんなくだらない、どうでも良い事を話す吉羅理事長と自分の姿が想像出来なかった。


 それから何度かその場所に足を運んだが、幸か不幸か吉羅理事長と会うことは無かった。
 ただ、本当に一人になるには丁度良い場所で、誰に会う事も無く一人でヴァイオリンを弾くにはこれ以上無い場所だった。
 周囲にあるのは木々だけで、校舎の喧騒も此処には届かない。ただ一人。
 一人でヴァイオリンを弾いて、考える。
 元々、人付き合いの得意な方ではない。
 けれど最近、クラスメイトや日野たちとの距離が遠くなった気がする。気のせい、思い込みなのかも知れない、ウィーンへ出発する日が近づいてきて、感傷的になっているだけなのかも知れない。
 それでも、「寂しくなるね」と言われるたびに、言葉にし難い感情が湧き上がる。
 叫び出したくなるような、気持ちが。
 それが何なのか解からなくて、ただみんなと居る事に耐えられなくなって、此処に逃げてきた。
 こんな事で良いのかと、思いはするのだが。
 溜息を吐いて手を止めると、拍手が聞こえて振り返る。小さな広場の入り口に、吉羅理事長が立っていた。
「流石の腕だ。ただ、どうにも頼りない音だったが」
「頼りない、ですか」
 確かにそうかも知れない、迷いが音に出ているのだろう。否定する言葉も無いまま黙り込むと、吉羅理事長が歩み寄ってくる。
 近くで立ち止まり、正面から見据えてくる。
「留学を前にしてナーバスにでもなっているのかね?」
「…そうかも知れません」
 自分の感情をどう言葉にして良いか解からない以上、そう言うのが一番正しいのかも知れない。
「去られる者は、去る者のほうが寂しいのだと意外と気づかないものだからな」
「寂しいなんて…」
「違ったか?」
「……」
 寂しい、なんて、考えなかった。考えようとはしなかった。考えたくは無かった。留学は自分の意志で決めた事なのに、それで寂しいだなどと言うなんて。
「たった一人、居なくなるのと、たった一人で知る者の居ない場所に行くのと比べるのはおかしいかも知れないが、寂しくない訳ではないだろう」
 そう、一人で。
 一人で、誰も知らない土地へ行くのだ。
 でも。
「自分で、決めた事ですから」
「だから、寂しいなんて言えないと?」
「……」
 まるで、見透かされているような気分になる。どうして、解かるんだろう。そんな事、俺だって気づかないようにしていたのに。
「寂しいと言ったって悪い事は無い。ちゃんと言えば良い、聞くだけではなくて。お互いにそう言って確認するのも悪くは無いだろう」
「ですが…」
「言わなければ多分、誰も気づかない。寂しいことも、不安に思うことも」
 気づかない、気づかれない。
 それこそが何より辛かったのかも知れない。
 一人此処を離れて、最初は寂しいと思ったところで、そのうち俺の事なんて忘れてしまうのでは無いかと。
 そんな風に考える自分が嫌で、気づかないふりをした。
「どうして、理事長は解かるんですか」
「見送られた事は無いが、見送った事は多いからな」
 ふと何かを懐かしむように笑みを浮かべる理事長を見て、何だか意外な気分になる。
 こんな顔もするのか。
「留学すると言って行く人間は、日が迫ってくると矢鱈と周囲の者に纏わり付きたがるか、距離を置こうとするか、どちらかが多い。君は後者だな」
「……」
「けれど、どちらも寂しいとは、口に出しては言わないんだ」
 言えないんだろうな、と呟く。それから、月森君、と俺を呼ぶ。
「私は随分後になってからその事に気づいて後悔したからね。余計な事かとは思うが、変に遠慮するよりも言った方が良い」
「はい」
 気づけば、自分でも不思議なほど素直に頷いていた。
 多分、俺自身のことを客観的に教えてくれたからなのだろう。指摘された事は、悉く事実で、けれど其処には、俺に対して感情的な事は一切無かったから。
 客観的で、感情的な事が無い分、素直に受け止められた。
 吉羅理事長の感情は、全て過去に向かっていたから、だからこその実感があった。


 放課後、日野のアンサンブルの練習をしていると、火原先輩が思い出したかのように言った。
「そうだ、月森くん、ウィーンに出発するの三月って本当?」
「はい」
 向こうは九月に学年が入れ替わるし、俺もそれに合わせて向こうの学校へ編入するが、早めに行って慣れておきたかった。だから三月、二年の終わりと共に留学する。
「そっか、月森くんが居なくなったら、寂しくなるなあ」
 その、火原先輩の呟きに、一瞬迷って、それでも口を開いた。
 吉羅理事長の言葉を、思い出して。
「はい、俺も…寂しいです」
 言った途端、しん、とみんなが静まりかえる。その反応を見て、矢張り言わなければ良かっただろうかと後悔しかけた時、日野が口を開いた。
「びっくしりたー。月森くんて思っててもそういうの言わないタイプかと思ってた」
「うん、おれも。でもそうだよね、おれだってもうすぐ卒業で、みんなになかなか会えなくなるの寂しいなって思ってたし、外国行っちゃう月森くんはもっと寂しいよね」
 日野に続いて火原先輩がそう言って、場の空気が和む。
 そのことにほっとして、そして、信じられないほど気持ちが軽くなっている自分に気づく。
 ただ、寂しいと伝えて、それを認めてもらっただけで。俺が留学して、此処から居なくなる事実は何も変わらないのに。
 それでも、それだけで良いのかと思うと、少しおかしくなる。たったこれだけのことが酷く難しかった、なんて。
 そして吉羅理事長のことを思い出して。
 後で、お礼を言いに行かなければ。
 此処に居る時間は残り僅かだけれど、あなたのおかげでその残りの時間を後悔せずに過ごせそうです、と。
 伝えたい。
 出来るならば、今すぐにでも。



 森の広場の木立の奥、ぽっかりと開いた場所は、知る者も殆ど居ない、一人になりたい時には丁度良い場所だった。
 木の根元に腰を下ろし、文庫本を開いて目を通す。実際は読んでいる訳ではなく、考え事をしているのだが、こうして本を読んでいるふりをしておけば、少なくともファータ共が五月蝿く話しかけてくることは無い。
 考え事をしていると言っても、大したことを考えている訳でも無い。ただ一人でゆっくり出来る時間が欲しいだけだ。
 だから、人にこの場所を教えることも滅多に無いのだが…。
 矢張り、あれは気紛れだな。
 何となく気が向いて、似合わないお節介などをして。
 それももう、無いだろう。
 先程見かけた彼は此処を教えた時のような途方に暮れたような顔はしていなかった。もう此処に来る必要も無いだろう。
 そう思っていたのだが…。
 再び彼はやってきた。
 木の根元に座る私の目の前までやってきて頭を下げる。
「有難う御座います」
「何だ、突然」
「吉羅理事長のおかげで、みんなとちゃんと話すことが出来ましたから」
「礼を言われる程の事じゃない。ただの気紛れだ」
「それでも、俺は嬉しかったんです」
 真っ直ぐにこちらを見てそう言う姿に、思わず口元に苦笑いが浮かぶ。
「それで、それを言うために此処に?」
「それもあります。でも、それよりも…」
「それよりも?」
「また、此処にきても良いでしょうか」
 正直意外な申し出だった。確かに此処は一人になるには良い場所だが、今の彼なら仲間との交流を優先すると思ったのだが…。
「駄目でしょうか」
「別に構いはしないが、良いのかね、友人と接する時間は限られているだろう」
「それはそうですが、俺は、あなたと話がしたいんです」
「私と?そのために此処に来たいと?」
「はい」
 尚更意外な理由だ。
 何が気に入ったのかは解からないが、月森君は私に関心があるということか。
「此処は別に私の場所という訳ではない。来たいのなら好きにしなさい。毎日居る訳でもなければ、相手をする保証も無いがね」
 無闇に人に教えたい場所でもないが、彼なら騒がしくすることも無いだろう。
 元々、嫌なら教えたりするはずも無い。
「有難う御座います」
 ほっとした顔で笑う彼を見て、まあ良いかと思う。こういうのも悪くないのかも知れない。


 それから、気が向けばこの場所に足を運ぶようになった。以前よりも頻度は増えているかも知れない。
 私自身も何故か彼のことは気にかかった。これも気紛れなのかも知れないが。
 話したい、と言った割りに、彼はあまり口数が多くない。ぽつりぽつりと二言三言言葉を交わすだけの事が多い。元々口下手なのか話したいことはあっても、それを言葉にするのは苦手なようだった。
 それはそれで別に良いかと思ったし、彼と居る時間はそう悪いものでも無かった。
 そして彼がヴァイオリンを弾く時間は尚更、悪くない。
 弾いた後は時折、感想を求められるが。
「私に聞かなくても、担当の教師が居るだろう」
「吉羅理事長の感想が聞きたいんです」
「悪くは無いと思うが…。それより、此処に居る時はその呼び方は止めてくれないか。プライベートのつもりなのでね」
 月森君は私の言葉に一瞬戸惑ったような顔をして、それから遠慮がちに口を開いた。
「では、吉羅さん、で良いでしょうか」
「ああ、それで良い」
「俺は、俺のヴァイオリンを聴いて、吉羅さんがどう思うのかが知りたいんです」
 どう思うのか、か。
「プライベートの時間にこうして君の演奏が聴けるのは悪くないと思っているよ。最近は特に良い音が出ているしな」
「良い音、ですか?」
「私が知っているのは此処数ヶ月の事だから断言はしかねるが…音が柔らかくなった気がするな」
 音は人の感情で大きく左右される。されてばかりでもいけないのだが、良い方向への変化ならば喜ぶべきところだろう。
 何が切欠になるかは人それぞれだ。
 月森君は暫く考え込んだ後、ぽつりと呟く。
「俺は感情で演奏が左右されるのは、あまり良くないと思っていました」
「確かに、その時々の気分で演奏の出来の上下が激しければ、プロとしては不合格だろうな」
「それでも、俺はそうして感情を乗せて弾く演奏が、嫌いじゃありません」
 結局人間が弾くのだから、どこかに感情が宿るのは当然だ。それとどう向き合うかは演奏者次第でしかない。
「君は、君が良いと思う演奏をすれば良い」
「…はい」
 頷きながら、それでも何か考え込むようにして私を見る。
「吉羅さんは…」
 良いかけて、言葉をとめる。何を気にしているのかは知らないが、変に遠慮されるよりははっきり言ってもらった方が良い。
「何だ、私に聞きたいことがあるんだろう」
「吉羅さんも、以前はヴァイオリンを弾いていたと聞きました」
「ああ、それで?」
「吉羅さんは、どんな演奏をしていたんですか?」
「もう随分昔の話だな」
「…すみません」
 ヴァイオリンを止めた私に気を遣っているのだろう。少し前なら兎も角、今はそれほど気にする事でもない。
「あまり気を遣わなくても良い。そうだな、君のように正確に弾こうとしていなかったのは確かだ」
「感情優先、ということですか?」
「意外そうだな」
 驚いた顔をしている彼に、苦笑が浮かぶ。
「あ、いえ…」
「誤魔化さなくても良い。私も昔とは変わったし、今だったらまた違うのかも知れないが…」
 それでも、もう一度ヴァイオリンを弾こうとは思わない。私は一度音楽を捨てたのだし、何の柵も無く弾く事はもう出来ないだろう。複雑な想いが完全に消えてなくなった訳でもない。
 それでも、今音楽と生きている彼らを否定する事は無い。そう思えるようにはなった。
「そうだな。私の場合、勿論演奏に見合った技術も必要だとは思うが、どちらかと言えば相手にどう聞かせるかを考えていた。聴いていた人間が良いと思う演奏をすることが目標だった」
 だから人に聴いてもらって感想を聞く事が多かった。自己満足ではなく、人を満足させなければ意味は無い、と。
「…聴いた人間が良いと思う演奏」
「あくまで私の話だ。君の演奏は君にしか出来ないし成功も失敗も、結果が出てからしか解からない」
 結局私は止めてしまったのだから、成功も失敗も無い。音楽にそれだけをかけることが出来なかったのだから。
「一番必要なのは自分自身を信じる事だ。自信の無い演奏はすぐに解かるからな」
 説教くさくなってしまったことに、内心苦笑いを浮かべる。こんな風に話すつもりは無かったのだが。
 それでも、彼が必要だと思うのなら、付き合うのも悪くはないかと思う。
「自分自身を信じる…」
「何を信じるかは人それぞれだろうがね。技術だったり、演奏スタイルだったり、自分の才能そのものだったり…君は何を信じる?」
「俺は…今までの自分の努力、でしょうか」
 月森君らしい答えではある。此処に居る時も、いつもヴァイオリンを持ってきているのだから。
「なら、それで良いだろう。別に私の演奏がどんなものだったか聴いたところで、参考にもならないだろう?」
「あ、いえ…そういうつもりではなくて…ただ、どんな風だったのか気になったんです」
 純粋に好奇心、ということだろうか。まあ、何でも構わないか、嫌という訳でもない。
 ただ、私も彼に一つ聞いてみたいことはあった。
「月森君」
「はい」
 しっかりとこちらの目を見てくる。その目を見返しながら、口を開く。
「君は、ヴァイオリン……音楽以外に大切なものはあるか?」
「大切なもの、ですか…?」
「そう、趣味だったり、物だったり、人だったり…音楽と比べて遜色無い程に大切なものは、君にはあるか?」
 月森君は私の問いかけに驚いて目を見開き、それから、視線を落として少し考え込む。
「解かりません。俺にはずっと、音楽しかなかったので…」
 音楽一家のサラブレッド。
 生まれた時から音楽が身近にあって、物心がついた頃にはヴァイオリンを弾いていたのだろう。何の疑問も無く、音楽と生きてきた。
 似ているのかも知れない。
 環境だとか、当たり前のように音楽に触れて、ヴァイオリンを弾いて。
 けれど私は彼のように、彼や姉さんのようにはなれなかった、音楽を全てだと思えなかった。だから疑問を持ってしまったところで弾けなくなった。
 恐らく、彼は姉さんと同じように音楽に全てをかけて生きていくのだろう。
 だからだろうか。
 似合いもしないお節介をしたのも。
 こうして、自分のテリトリーである場所に受け入れたのも。
 興味を引かれるのは全て、彼が姉さんと何処か似ているからなのかも知れない。
「…あの、吉羅さん?」
 月森君が訝しげな顔をして声を掛けてくる。つい考え込んでしまっていたらしい。
「どうかしたんですか?気分でも…」
「いや、何でも無い」
 考えていた事をそのまま口にする訳にもいかないし、似ているというのも環境や状況であって、彼と姉さんは同じでは無いのだから。
 性格だって、全然違う。
 ただ一つ、それでも言うとしたら。
「音楽しか無いと言うのなら、尚更体調管理はしっかりする事だな。寝込んで弾けなくなっては意味が無いだろう」
「……はい」
 納得した訳では無いのだろうが、それでも月森君は素直に頷く。
 その様子を見て、矢張り似ていないか、と思う。
 似ていると思う時点で彼に対して失礼だろう。
 そう考えて、自嘲した。
 誰かと姉さんを重ねて見ることほど、愚かしいことは無い、そう思って。



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