例えばそれは一瞬で 1



 バタバタと、自分でも大きな音だと思いながら、それでも廊下を走る。
 走っちゃいけません、なんていうのはよく解かってるけど、今日は四時間目の授業が押して、完全に出遅れた。
 早く行かなきゃカツサンドが売り切れちゃう。カツサンドどころか、他のパンだって危ない。
「先生、もっと早く終わってくれたらいいのにーっ」
 兎に角急がなきゃと、怒られるのも承知で廊下を走って購買に向かう。
 全力疾走、そうでなきゃ間に合わない。
 でも、やっぱりこういう時に走っちゃいけないんだ、と思う。
 T字になっている廊下から出てきた人影が目に入って、止まらなきゃと思って止まろうとしたけど、「人も急には止まれない」なんて言葉をほんのちょっと思い出している間にぶつかった。
「うわわわわ!」
「っ!」
 盛大に、思い切り。
 そしてバサバサバサッと、音がして、紙の束が当たりに散らばった。
 おれは思い切り尻餅をついて、おれがぶつかった人は隣に居た人が支えたようで倒れなかったけど、居なきゃ絶対倒れてた。
「ご、ごめんなさい!」
 おれが悪いのは間違いないから、咄嗟に謝って、散らばった紙を拾う。
 その紙に書いてあるのは、おれが見ても何がなんだかよく解からないグラフとか数字とか、堅苦しい感じの文章だった。拾うのはいいけど、どういう順番に並んでたのか、さっぱり解からない。
「大丈夫か、吉羅。火原、お前さんも怪我はないか?」
「おれは大丈夫………って」
 あれ、おれがぶつかったのって、ひょっとして吉羅さん?
 拾うので必死になって、ぶつかった相手は全然見てなかった。見た時には、金やんに支えられてた体を立て直したところのようで、お礼を言ってた。
 それからおれを見て、はあって溜息を吐いた。
 一瞬怒られるかな、と思って肩を竦める。怒ったら、担任の先生とかよりずっと恐そうだし。
 だけど、吉羅さんは何も言わずに屈み込んで散らばった紙を拾いだした。
 絶対おれが悪いから、すごく怒られると思ったのに。
「……怪我はないんだな?」
「あ…はい」
「だったらいい」
 いいの、かな。
 紙を拾ってるからか、目は合わないけど、でも怒ってる感じはしない。
 ていうか、心配してくれた…?
 意外、っていうか、もっと恐いイメージがあったから、ちょっと驚いた。
「何を呆けているんだ。その紙を渡しなさい」
「え、あっ、はい!」
 ついつい吉羅さんに見入っている間に、全部金やんと二人で拾ったみたいだ。おれ、殆ど拾ってない。
「あの、でも、順番とか全然わかんなくて…っ」
「いい、後で整理する」
 そう言いながら、吉羅さんは紙を数えて全部あるか確認する。
「ちゃんとあったか?」
「ええ、大丈夫のようですね」
 金やんの言葉に頷いて、吉羅さんはそのまま歩き出そうとする。
 あれ、このまま、で、いいのかな。
「あ、あの、吉羅さん!」
「なんだ?」
 振り返って、おれを見る。赤い色の瞳が真っ直ぐおれを見て、何だかすごく慌てる。
「ご、ごめんなさいっ!」
「…何が?」
「え、えと…ぶつかって」
「それは最初に聞いた。それとも他に何か謝ることがあるのか?」
「え、えーと、多分、ない、です」
「だったら別に良いだろう」
 そう、なのかな。
 確かに怒ってないみたいだけど。
 でも絶対おれが悪かったし、こんなあっさりしてていいのかな、紙も全然、ちゃんと拾えてなかったし。
 そんな風にぐるぐる考えてたら、金やんが言った。
「それより火原、お前さん、購買行くとこだったんじゃないのか?売り切れるぞ」
「え、あ、あーーーーっ!おれのカツサンド!!」
 言われて思い出した。
 ていうか多分、もう売り切れてる、よな。
 今から行っても、間に合わない。
「…カツサンド?」
「こいつの好物だよ。男子生徒に大人気。まあ、早々に売り切れるわな」
「ああ、それで走っていたのか」
 納得したように頷いてから、吉羅さんは少し考え込んだ後、
「ちょっと待っていなさい」
 そう言ってどこかへ、多分、理事長室に行ってしまった。
「金やん、おれ、どうしたらいいの?」
「待ってろって言われたんだから、待ってりゃいいだろ」
「でも、いいのかな。おれ、全然怒られて無いんだけど」
「何だお前さん、怒られたかったのか?」
 おれの言葉に、金やんがちょっとからかうような顔をして聞いてきた。それに慌てて首を横に振った。
「そういうわけじゃないよっ」
「吉羅があっさりしてて驚いた?」
「う、うん。おれ、廊下走ってたし、絶対怒られると思ったから」
 意外で、びっくりしたから、本当にそれでいいのかなって気がして。
「まあ、あいつも、昔自分が出来てなかったことでお前さんを怒ったりは出来ないだろ。まあ、俺は注意するけどな」
「昔?」
「ああ。結構廊下走り回ってたぞー、あいつも、俺も」
 昔を思い出したのか、金やんが楽しそうに笑う。金やんは兎も角、吉羅さんが廊下を走り回ってるのって、想像出来ないけど。
「それに、お前は真っ先にちゃんと謝ってたろ。それなのにそれ以上怒ったりはしないって」
「そ、そうなの?」
「ああ。まあ、ちゃんと謝罪も出来ないようなら、あいつも怒ってただろうけどな」
「そっか…」
 ちゃんと謝ったから許してくれたって事だよね。
 そう聞いたら何だか安心した。そんでお腹がすいてきた。
 ああ、おれのカツサンド…。
「待たせたね」
 思わずお腹を押さえたところで、吉羅さんが戻ってきた。
「これを持っていきなさい」
「え?これって…」
 吉羅さんが持ってきて、おれに渡してきたのは、購買のカツサンドだ。
「吉羅、何でお前がそんなもん持ってんだ?」
「今朝仕入れの時に偶然居合わせましてね。販売員に押し付けられたんです」
 押し付けられたって…良いなあ、タダで貰ったって事だよね?
 でも何でだろう。
 だけど金やんはそれで納得したのかニヤニヤ笑ってる。
「ははあ…、なるほどねえ。相変わらずだなあ、お前」
「何がですか」
 からかうような金やんの言葉に、吉羅さんはちょっと嫌そうな顔をしている。相変わらずって、どういう意味なのかな?
 そんなことを考えて二人のやり取りを見てたら、吉羅さんがおれの視線に気づいたのかこっちを見た。
「何だ、要らないのか?」
「え、い、要ります!あ、でも…おれがもらっちゃって、いいの?」
「別に良い。昼食は別にとるし、あっても困るだけだ。それに、こちらも話しながら歩いていてちゃんと前を見ていなかったからね、ぶつかったのはお互い様だ。それで君が昼食を取り損ねたのでは申し訳ない」
「そんなこと!おれが走ってたのが悪いんです」
「だから、お互い様だと言っただろう。これ以上気にしなくて良い」
「は、はい」
 吉羅さんがそう言ってるんだから、多分それで良いんだろうな。
 ほんとに良いのかなっていうのは今でも思うけど。
「ところで火原、お前なあ」
「何?金やん」
「何で吉羅にはちゃんと敬語で、俺にはタメ口なんだよ」
「…普段の行いの差じゃありませんか?」
「お前には聞いてねえよ!」
 むっとして怒る金やんに対して、吉羅さんがふっと笑った。
 すごく、優しい顔で。
 それを見た瞬間に、どきんって心臓が鳴って、同時にかあっと顔が熱くなる。
 あんな風に笑うなんて、意外で。
 びっくして。
 でも、だからって、何でこんなに心臓がドキドキするんだろう。
 金やんと楽しそうに話す吉羅さんから目が離せなくて、そんな顔で、こっちを見てくれたらいいのにって思う。
「おい、火原?」
「え?」
 金やんに声をかけられてはっとする。
「な、何、金やん」
「何って、カツサンドは良いにしても、お前それだけじゃ足りんだろ。ぐずぐずしてると昼休み終わっちまうぞ」
「あ、そっか、購買!急がなきゃ!」
 金やんの言葉にはっとする。そういえば、そうだ。
 すごくお腹がすいてたのに、すっかり忘れてた。
「じゃあ、おれ、もう行くねっ」
「火原君」
「は、はいっ」
「走るにしても、ちゃんと周りに気をつけて走りなさい」
「はい!」
 走るなって言わないんだな、って思ったらちょっとおかしくなって、走って購買に向かう。
 それから、始めて名前、呼ばれたなって思ったら、また心臓がドキドキして、でも何だかすごく嬉しくて。
 笑った顔を思い出して。
 顔が、熱くなる。
 何でだろうって考えて。
 こういう風になるのって、好き、ってことなのかな、って思って。
 でも、吉羅さんは男の人で。
 おれも男で。
 おかしいよなって思ったけど。
 でもやっぱり、ドキドキは全然、止まらなかった。




「はあ…」
 溜息。
 あの日からずっと、頭の中は吉羅さんのことばっかりで。
 笑った顔を思い出してはドキドキしたり、胸がぎゅうって痛くなったりして。
 どうしたらいいのか、解からない。
「どうしたの、火原」
「何が?」
 突然柚木に声を掛けられて、そっちを見る。
 ちょっと心配そうな顔してるけど。
「何がって…ここのところおかしいよ。溜息ばかりついて」
「そ、そうかな?」
 そんなに変だったかな。
「心此処にあらずって感じだね。まるで恋患いでもしているみたいだよ」
「え、えっ、こ、恋!?そ、そんなこと、無いよ!!」
「火原?」
 だって男同士だし、そんなこと、あるわけない。
 おかしいよね、そんなの。
 柚木はおれの反応が大袈裟に見えたのか、訝しそうな顔をしてくる。確かに、逆に何かあるって言ってるようなもんだよね。
「まさか、ほんとに恋患い?」
「だから、違うって!…そんな訳、ない」
「どうして?」
「どうしてって…」
 柚木が本当に心配してくれているのは解かるから、話そうかな、って思った。でも、ちょっと周りを見たら、あちこちでおれと柚木の様子を見てる人が居て、他の人に聞かれるのは嫌だな。そういえば此処、教室なんだよね。
 柚木もおれが周りを気にしているのが解かったのか、この場所ではそれ以上聞いてこなかった。
「火原、また後で話をしよう。放課後、屋上がいいかな。そんな調子じゃ、受験にもアンサンブルにも影響が出てしまうよ」
「うん…そうだよね」
 自分で考えて、考えて、それでも解からないなら、相談するしかないよね。柚木なら、他の人に言ったりはしないだろうし。
 それに、本当に最近ぼうっとしてばっかりで、勉強にも集中できないし、アンサンブルでもこんなんじゃ失敗するかも知れない。頑張ってる日野ちゃんの足を引っ張るようなことはしたくないし。
「柚木、放課後、話聞いてくれる?」
「勿論」
 にっこりと微笑んで頷いてくれる柚木にほっとする。
 でも、それだけだ。
 柚木は綺麗だと思うし、笑った顔も、優しくてほっとするけど。
 吉羅さんの時みたいにドキドキはしない。
 何で、かな。


 放課後、柚木と一緒に屋上に向かう。
 丁度誰も居なくて、ゆっくり話が出来そうだった。
「さて、誰も居ないし、話を聞くよ」
「うん…、って、でも、何処から話したらいいのかな?」
「そうだね…じゃあ、話も途中だったし。何で恋患いじゃないって思うのかな?違うなら違うで良いけど、『そんな訳ない』って思い込もうとしてるように見えたよ」
「だ、だって…」
 また、頭の中に吉羅さんの、笑った顔が浮かんで、ドキドキする。
 でも。
「男の人、だし」
「相手が男の人だから、違うって思うんだね?」
「うん」
「じゃあ、相手が女の人だったら、恋だって思う?」
「それは…」
 もし、吉羅さんが女の人だったら……って想像は出来ないけど。でも、こうしてドキドキする相手が、日野ちゃんや冬海ちゃんみたいな女の子だったら、やっぱり恋だって、思ったかも。
「うん、そう思う」
「じゃあ聞くけど、どうして男同士だったら駄目なの?」
「どうしてって…だって、変、だよね?」
 男の人に、こんな風にドキドキするなんて。
「変だって、言う人も居るかもしれないね。でも火原、もし僕が…誰か、まあ誰でもいいんだけど、男の人が好きなんだって言ったら、変だと思うかい?」
「そんなことっ!だって、柚木が好きになったんなら、相手が誰だって、変なんかじゃないよ!」
「まあ、そういうことだよね」
「……あ」
 同じ、ことなのかな。
 相手が男の人でも、こんな風にドキドキするのは。
「僕は、火原が誰を好きになっても、相手が男の人でも気にしないよ。大体同性愛者っていうのは、少なからず居るものなんだから、その人達をおかしいって差別することは出来ないよね」
「うん、そうだよね。…ありがと、柚木」
 男同士でも、良いのなら。
 やっぱりおれは、吉羅さんのこと、好きなんだって思う。
 あの笑った顔を思い出すだけでドキドキして、こっちを見て欲しくて、あんな風に話せる金やんが羨ましいって思うのは。
 やっぱり、吉羅さんに恋してるって、事なんだよね。
「まあ、火原がすっきりしたようで何よりだけど。これだけじゃ根本的な解決にはなってないよね」
「…え?」
「男の人が好きだって認めただけで、火原がぼうっとしているのが治るとは思えないんだけど?」
「それは……」
 どうかな、やっぱり吉羅さんのこと思い出したら、ぼうっとしちゃうかも。
 気がついたら、ずっとあの笑顔を思い返していたいって思っちゃうから。
「火原、今は大事な時期だからね。勿論恋するのがいけないとは言わないけど、そればかりじゃ駄目だよ。考えてぼうっとするだけなら、動いた方がいい」
「うん…そう、だよな」
「それで、相手は誰?僕でよければ協力するよ」
「だ、誰って…」
 言って、いいのかな。
 でも、確かに今のままじゃ、勉強にも集中できないし、何とかしなきゃ、って思うけど。
「柚木、誰にも、言わない…?」
「勿論」
 柚木が言わないって言ったら、きっと言わないんだろう。
 それは信じられるから、その人の名前を、口に出した。それだけで、凄くドキドキする。名前を口にするだけで、こんなに緊張するなんて、思わなかったけど。
「……吉羅、さん」
「えええええええええええええっ!!?」
「ちょ、馬鹿、お前!」
 おれが名前を言った瞬間に、凄い声が後ろから聞こえて思わず振り返る。
「え、加地くん…土浦!?」
 屋上の入り口のところで、まるで隠れるようにして二人が立っていた。
 あれ、まさか、話……聞いてた?
「二人とも、盗み聞きなんて関心できないな」
「…すみません」
「でも気になったんですよ、最近火原さん、様子が変だったし。柚木さんと二人で真面目な顔して屋上に行くのが見えたから、つい」
 加地くんの言葉に、やっぱり柚木以外にも心配かけてたんだなって思った。
 それだけおれの様子がおかしかったって事だよね。
「だからと言って…」
「もういいよ、柚木」
「火原」
「二人とも、おれのこと心配してくれたんだよね。ありがと」
 聞かれたのは恥ずかしいけど、心配してくれたのは嬉しいから。
「いや、まあ……」
「ところで、何で吉羅理事長なんですか?これがまだ柚木さんとか、土浦とか…先生でも金澤先生とかなら解かるんですけど」
「いや、むしろそういう相手だったら、急にあんなに様子がおかしくなるのは無いだろ」
「えー、そうかな?」
「二人とも、余り興味本位で言うものじゃないよ」
 勝手に話をする二人に、柚木が窘める。
 それにしたって、おれが吉羅さんを好きだって言うの、そんなに変…かな。
「で、結局どういう切欠で吉羅さんを好きになったんですか?立ち聞きしちゃったお詫びに、僕に協力できることだったら何でもしますよ。そのためにも、切欠を」
「お前、面白がってるだけだろ」
「えー、協力したいっていうのも、本当だよ?知りたいのも本当だけど」
 加地くんて、そういうとこ隠さないよね。
 でも、だから話しやすいのかも知れないけど。
 驚いてはいるけど、男同士だから、吉羅さんだから止めろって二人とも言わないし。
「まあ、面白がるのはどうかと思うけど、僕も気になるな。何か切欠はあったんだよね?」
「うん……こないだ、四時間目が終わるの遅くなってさ、走って急いで購買まで行こうとしたんだよね。その時に吉羅さんにぶつかって」
「…うわ、なんてベタな展開」
「お前、もう黙ってろよ」
「………えーと、それで、吉羅さんの持ってた紙バラまいちゃって、拾ったりしてたら、また遅くなっちゃって。もうカツサンド買えないなって言ったら、吉羅さんが、カツサンドくれて」
「餌付けだ」
「餌付けだな」
「違うよ!!ていうか二人とも茶化さないでよ!!」
 暗くなるよりは良いけど、ほんとにおれがカツサンドに釣られたみたいに思われるのは、何か凄く嫌だ。ていうか、そんなんで好きになったりしないよ。
「まあまあ、火原、落ち着いて」
「…うん」
「それで、どうしたの?」
 柚木が優しく先を促してくれる。
 やっぱり、柚木と話してるとほっとするなあ。
「どうしたって、言うか。その後、金やんと吉羅さんが話してて…それで、吉羅さんが……すごく、優しい顔で、笑ったの見たら、すごい、ドキドキして……あーもう、もういいよね、いいよね!?」
 これ以上、何て言っていいか解からないし。
 思い出したら、またドキドキしてきた。きっと今のおれの顔、すごい真っ赤だ。
「まあ、大体解かりました。でも、吉羅理事長の笑顔って想像出来ないなー」
「俺も出来ないな。つーか、殆ど話したことも無いだろ。それに今まで笑ってるって言ったって何か見下したみたいな感じの笑みだった気がするな」
「だからこそじゃない?意外性っていうのは、重要な恋のスパイスだよ」
 意外性…か。
 確かに、そうなのかも。
 ぶつかっても怒られなくて、それも意外だなって思ったし、カツサンドくれたのも、あんな笑った顔も、全部思ってたのと違って。
 思い返せば、そういうの一つ一つがすごく、好きだなあって思う。
 男同士とか、関係なくて、やっぱり、好きなんだなあ、吉羅さんのこと。
「そういえば、火原」
「うん」
「カツサンド貰ったんだよね?」
「うん」
「お礼はちゃんと言ったかい?」
「お礼って………。あ、ああーーーーっ!!」
 言ってない。
 そういえば、ぼうっとしちゃって、びっくりして、慌てて購買行ったから、お礼言ってない!
「言って無いんだね?」
「なるほど、じゃあ、それが話しかける良い切欠になりますね」
「ああ、確かに」
「へ?」
 柚木と加地くんと土浦が、何か三人とも納得したような顔で言う。
「火原は、想ってるだけより、動いた方がいいよ」
「あの時のお礼がしたいんだって言ったら理事長も無理に追い返したりはしないだろうし」
「あとは、火原先輩次第ですけどね」
 お礼しに行く。
 そっか、そうしたらまた、吉羅さんと話せるんだ。
 それから先のことは、解からないけど。
「うん、おれ、明日吉羅さんにお礼言いに行って来る!ありがと、みんな」
 多分、おれ一人だったらどうしていいか解からなくて、あのままだったと思う。だから、こうしてみんなが居てくれてよかったな。
 おれが笑ってお礼を言ったら、みんなも笑ってくれて、それが嬉しい。
 吉羅さんも、笑ってくれないかな。ほんのちょっとでも。
 そう思ったら、何だかすごく、明日が楽しみになった。



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小説 B-side   金色のコルダ