第六話



 いつもの如く、いつものように、翔、櫂、来栖、杏里、凪、直人の六人が寮監室に集まっている。当然のように水落にお茶を淹れてもらい、お茶会の体となっている。
 集まっても特に何をするでもなく雑談を繰り返しているだけなのだが。
「あと一ヶ月だよな、学園祭まで」
「最近じゃ何かもう、校内全体が学園祭一色に染まってる感じだもんな」
「結局のところ、お祭り騒ぎが好きなんだよな、この学校」
 翔と直人が話していると、来栖がにやっと笑いながら会話に入ってきた。
「な、お前らのクラス、女装コンテストの出場者、もう決まったか?」
「あー…あれ」
「なんであんなコンテストあるんすか?」
「知るかよ。男子校故の不毛な現象だろ?」
 直人の疑問に、来栖が何とも情けなくなる答えを返す。
 学園祭では何故か毎年、各クラス一名を選出して女装コンテストを開くらしい。そして、生徒の投票によって一位になる者を決めるのだ。
 一位になったクラスには、寮の食事で特別メニューが振舞われるため、結構目の色を変える生徒も多い。
「んで、羽村のクラスは誰になった?」
「杏里」
「…聞いたオレが馬鹿だったな。当然の成り行きだ」
「逢坂先輩、どういう意味ですかそれ」
 来栖の言葉に杏里がむっとして言うと、苦笑いを浮かべて誤魔化す。
「で…だ、青木のクラスは誰がやるんだ?」
「寝屋川先生…」
「え…教師もアリなの?」
「クラスに一人だから。担任の先生もクラスの一員に入るんだって」
 翔の疑問に直人が答える。
「寝屋川先生の立候補でさっさと決まったんだけどな。他に誰もやりたがんねぇし」
「あー、あの先生らしいな」
 直人の溜息に、来栖も同調する。
「な、凪のクラスは誰になったんだ?女装コンテスト」
 直人が尋ねると、凪がぱっと顔を輝かせてにっこりと笑った。その顔がまた可愛いのだが、次に出た言葉はかなりの爆弾だった。
「僕」
「は…?」
「だから、僕になったんだよ。僕がクラスで一番可愛いからとかって…」
「凪、お前、嫌じゃないのか?」
「うん、ちょっと嫌だけど…でもみんな、僕が女装したら直人が喜ぶからって…。直人、嬉しくない?」
「いや、そんなことはないぞ。ぜひ見てみたい。見てみたいが…」
 問題は其処ではない。とりあえず、凪のフォローをしながら、櫂の様子を伺う。
「御園生…」
「解かってるよ。取り敢えず、青木くん凪を最初に推薦したヤツ聞き出してね。凪を不埒な目で見た上によりにもよって青木くんなんかを餌にするなんて許せないから」
「…ある意味同意ではあるけど、凄い言われようだな、俺…」
「そう?」
 にっこり笑って言う櫂に、直人は溜息を吐く。
「けど、御園生も凪の女装は見たいだろ?」
「見たいよ。けどやっぱり推薦したヤツは許さないけどね」
「まぁ、一人でもライバルは減った方がありがたいけどな」
 凪に聞こえないように、櫂と直人がこそこそと会話をする。しかし、凪には聞こえなくとも翔や来栖にはばっちりと聞こえていた。
「凪のことに関するとこえーよな、こいつら」
「うん…」
 来栖の言葉に、翔が同意する。それから、はっと思いついたように来栖を見た。
「逢坂先輩のクラスは誰がやんの?まさか先輩…」
「…このオレを推薦する勇気のあるヤツがうちのクラスにいると思うか?」
「…思わない」
「だろ?大体ホームルーム出てねえから誰がやってるかなんて知らない」
「あ、そうなんだ」
 相変わらず水落の授業以外は出ていないらしい。取り敢えず、来栖でないことだけは確かなようだった。
「御園生のクラスは誰がやるんだ?御園生がやったらきっと似合うぞー」
「逢坂さんがさっき言ったのと同じ答えを返しますが、僕を推薦する勇気のある人間がうちのクラスに居ると思いますか?」
「…いねぇな」
「うん」
「推薦しただけで何されるか解かんねーしな」
 来栖、翔、直人がそれぞれの反応で納得する。
「じゃ、誰なんだよ?」
「水落先生」
「へ?」
「ええ!!?」
 櫂の言葉に、黙って成り行きを見守っていた水落の方を皆が振り返る。注目を浴びた瞬間に目を逸らしたところからしても、櫂の言っていることは事実らしい。らしいが…。
「マジで?」
「うん、クラス全員一致で決まったからね」
「ようするに…水落に反論の余地はなかった訳だな?」
「水落先生…可哀想」
 来栖と杏里が思わず同情の言葉を漏らす。水落はただただ苦笑いを浮かべているだけだった。というよりももう、他の反応のしようがないのだろうが。
「でもさ、幾らなんでも水落先生に女装は似合わないだろ?」
「だよな、身長だって百八十以上あるんだぜ?」
 直人の言葉に頷いて翔が言うと、ふふ、と櫂が不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ、その辺はちゃんと考えてるよ。それは当日のお楽しみってことでね」
「お前…一体水落に何する気だ?」
「…学園祭終わった頃に、無事でいるかな、先生…」
「お願いですから、それ以上怖ろしいことは言わないでください」
 来栖と翔の言葉に、心底嫌だと言う風に水落が言う。本当ならぎりぎりまで考えたくもないことなのだろう。むしろ、なかったことにしたいか。
「まぁでも、御園生がそう言うからにはちゃんと似合うように考えてんだろうな。どうせホームルーム始まる前にクラス全員丸め込んだんだろ?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?まぁ、どういう風になるかは秘密だけどね」
 直人の言葉に文句は言いつつも否定しない辺り図星なのだろう。しかし、全くもってどういう風にするのかは謎だが。
 そうして話している間黙っていた杏里が、翔の腕を引っ張る。
「そうえいば、翔くんの初恋っていつ?」
「へ?」
 杏里の言葉に、翔が驚いて問い返す。
「何だよ突然」
 本当に突然というしかない杏里の言葉に、翔は思わず身を引く。
「だってだってだって、みんな好きな人居るけど、初めて好きになったのはどんな人かな、と思って」
「みんなって…杏里も好きな人居るのか?」
「え…いない」
 翔の突っ込みに、杏里は苦笑いを浮かべる。
「千倉は初恋もまだなんじゃねーの?」
「そんなことないよっ」
「じゃ、誰だよ?」
「小学校の時の音楽の先生」
 杏里の答えに、みんな思わず笑みが零れた。
「杏里らしい答えだな」
「うん」
「なになになに?どういう意味?」
「そのままの意味だよ。別に悪いって訳じゃないから」
 みんなの反応に杏里が疑問を返すと、櫂が苦笑いを浮かべながら言う。
「それで、翔くんの初恋って誰なの?」
「うーん、オレは小学校の同級生かな。クラスで一番の人気者だった」
「へぇ。きっと可愛い子だったんだろうね」
「うん、すっげー可愛かった。何かふわふわした感じでさ」
 杏里が同調すると、翔が嬉しげに話す。きっといい思い出なのだろう。
「御園生くんの初恋は誰だったの?」
「凪」
「即答だな」
「いやもう、疑問の余地もねぇな」
 杏里の問いかけに櫂が即答すると、来栖と直人が何とも言えない顔をして言う。最早聞くだけ無駄である。まぁ、名前を言われた当の本人は驚いているようだが。
「そうだったの?」
「うん、そうなんだよ。あ、でも今は違うからね?凪は大切な親友だよ」
「当然だよ。櫂は僕にとって一番大切な友達だからね」
 櫂ご凪がにっこり笑い合って言う様は一見ほのぼのしているが、これは凪限定の態度である。他のものに対しては怖ろしいまでに冷徹で冷酷であるため、突っ込みたいことは多々あっても皆口を開かない。
「んじゃ、直人の初恋って誰?」
「うーん…幼稚園で一緒だった子だなぁ。いっつも男に混じって一緒に遊んでるような子でさ」
「一緒に遊べる子が良かったんだ」
「そうなんのかな」
 直人の答えに、翔が納得したように頷く。順番に尋ねていきながら、視線は凪に止まる。
「凪の初恋の相手は?」
「え?…えーと、直人…かな」
 凪が少し考えてそう言うと、直人ががばっと凪に抱きついた。
「俺の初恋も凪にするーーーっ!!」
「なる訳ないだろっ!」
「あはは…」
 抱きつく直人の頭をぼかっと翔が殴りつけるのを見て、凪が笑う。この際凪が楽しそうならなんでもいい櫂は敢えて突っ込みはしなかった。
 そうして騒いでいる時、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。そしてすぐ後、ドアが開かれて入ってきたのは紫苑だ。
「あ、東堂先生」
「お前ら、また此処に集まってたんだな…」
 杏里が紫苑に気づいて名前を呼ぶと、深々と溜息を吐いて呆れた声を出した。
「いいだろ、別に。水落が嫌がってる訳じゃねぇんだし」
「それはそうだがな…あまりお前たちが入り浸っていると、逆に他の生徒が此処に近づき難くなるんじゃないか?」
「そうか?」
「うーん…」
 紫苑の言葉にどうも解かっていない翔たちは考え込む。自分たちがどれだけ人目を引き、一目置かれているか全く解かっていない。
 何より下手に水落に近づけば何をされるか解かったものではない、と皆認識してしまっている。彼ら全員を敵に回そうなどと考える人間はそうそう居ないだろう。
「そういえば、東堂先生は凪の担任でしたよね?どうして凪が女装コンテストに出場させられそうになった時に止めなかったんです?」
「いや…それは生徒たちの自主性の問題だからな。何より上杉自身やる気になっていたし…こうして話す機会が多いからと言って生徒を差別する訳にもいかんだろう」
「逢坂先輩に関しては大いに差別していると思いますけどね」
 櫂が紫苑に冷ややかな視線を浴びせかけて言う。どうやら凪が女装コンテストに出場するのが決定してしまったことに相当怒っているらしい。
「櫂、あんまり責めたら東堂先生が可哀想だって」
「でも…」
「実際、本人がやる気なんだから、それを止めるのも変な話しだしな」
「それはそうなんだけど…」
 翔と来栖が宥めに入って、取り敢えず櫂の怒りが沈下する。それを見て水落は微笑を浮かべ、紫苑に話しかけた。
「東堂先生も、お茶を飲みませんか?今淹れてきますから」
「ああ、そうだな。貰おうか」
 紫苑が頷くと、水落は軽く頭を下げてキッチンに向かう。
「そうだ、そういえばさっきの話の続き。逢坂先輩の初恋の人って誰なんです?」
 翔が尋ねると、来栖がふふ、っと含み笑いを漏らした。
「先輩?」
「紫苑も同じだよなー、花の精」
「花の精?」
 翔が問い返すのと同時にガシャン、という音がキッチンの方からする。どうやら水落がカップを落としてしまったらしい。
 紫苑は心配そうにそちらに向かい、片付けるのを手伝う。
「花の精って何です?」
「ウィンフィールドでさ、七年に一度『春の大祭』があるんだ。毎年『春の祭典』って小規模な祭りは行われるんだけど、『春の大祭』はそれこそ大々的に盛り上がってさ。その大祭で十四、五歳の女の子を数人選んで花の精に扮した恰好をさせるんだ」
「へぇ…」
「オレが五歳ぐらいの時だったから、もう十五年前になるかな…その時に大祭があってさ、オレも紫苑や他の近衛と一緒にこっそり祭り見物してたんだけど、途中で逸れちまって…そん時にまた性質の悪い連中に見つかってさ、その時に花の精の一人が助けてくれたんだよ」
 遠い眼差しで過去を振り返り、如何にもうっとりしたようにその姿を思い出す。
「本来なら『花の精』ってのは祭の主役で、女の子の憧れの的だぜ?神輿の一番高いとこで手を振って、そんな路地の中で起こってる事なんか気にも留めない筈なのにさ、その花の精はオレを助けるためにこっそり其処から抜け出してきてさ」
 嬉々として思い出話を語る来栖に、他の皆も聞き入る。
「でもやっぱ、十四、五歳の女の子が大の大人に勝てる筈もねぇじゃん?それでも物怖じせずにオレを庇ってさ、まぁ危ないとこで紫苑が助けに来たんだけど」
「ふあ〜、そんなんだったら好きになってもおかしくないよなぁ」
 翔が感心したように呟く。
「そうなんだけどさぁ、その後紫苑がその子怒らせちまって名前も聞けないまんま。何とか探そうとしたんだけど、褒賞金与えるからってお触れ出してもからっきしでさ」
 横目で紫苑を睨みつけながら来栖は溜息を吐いた。
「じゃぁ、それっきり会えなかったんだ」
「そういうこと。今頃すっげぇ美人に育ってんだろうなぁ」
 惜しむように言う来栖にみんなが苦笑を浮かべる。
「どんな感じの女の子だったんです?」
「そうだなぁ、腰ぐらいまでの長いふわふわした赤い髪に、青い綺麗な目をした……」
 其処まで話して来栖はすっと考え込むような表情をする。
「逢坂さん?」
 櫂が問いかけると、ふっと顔を上げて来栖が手招きした。
「お前ら、ちょっとこっち来て耳貸せ」
「?」
 来栖の言われるままにみんながそちらに集まる。カップを片付けていた紫苑と水落はなにやら嫌な予感にとらわれる。彼らがこうしてこそこそ話し合っていているのがろくな内容とは思えないからだ。
 こそこそ話していることは気になるが、内容は聞き取れない。
「御園生、お前さ………………で、……………………………………だろ?だからさ………………」
 こそこそと話す来栖の言葉を真剣な表情でみんなが聞いている。
「…………と、いうことで、どうだ?」
「…へぇ、面白そうですね」
 最後に来栖が櫂に問いかけると、にやっという笑みが返って来た。
 何やら不穏な話し合いの中で何かが成立したらしく、ぞわっと水落の背に悪寒が走る。その悪寒に気づかない振りをして、カップを片付け終えて、お茶を淹れ直す。
「すみません、東堂先生。手伝っていただいて」
「気にするな」
 淹れ直したお茶を机の上に置くと、ほぼ同時にコンコン、とドアがノックされる音がした。
「今日は千客万来ですね」
 水落がそう呟いてから中に入るように促すと、ドアが開く。
「失礼します」
 そう言って入ってきたのは黒髪に黒い瞳をした純和風といった雰囲気の少年だった。
 少年は一瞬中を見て、目をぱちくりさせる。
「…やたらと人口密度が高いね…此処は」
「畔戸くん、何か私に用が?」
「ええ。確か明日、水落先生は出張でしたよね?明日の部活動の予定を聞くのを忘れていたので」
「そうですね…。明日はいつもの基礎練習だけでいいですよ」
「解かりました」
 以前少しばかり話題に出た畔戸弓弦…要注意人物と言われたが、見る限りでは全く危険性は感じられない。何となく翔たちは様子を伺って注視してしまう。
「それから、明日は何時に帰れるか解からないので、消灯の時間になったら戸締りをしてもらうよう、高遠くんに伝えてもらえますか?」
「はい、伝えておきます」
 一通りの伝達事項が終わり、それから、自分の方を伺っていた翔たちに畔戸が目を向ける。
「寮監室に逢坂先輩達がよく集まってるって話は本当だったんだね。まぁ、いい虫除けにはなるだろうけど…」
「虫除け…」
「蚊取り線香?」
「違うよ…」
 畔戸の言に来栖が呆れた声をだし、翔の見当違いの言葉に、櫂が脱力する。
「それにしても、今年の女装コンテストの優勝候補がまぁ、よくこれだけ集まってるものだね」
「ああ、そうか。畔戸先輩は生徒会の人だから、誰が出るかは全員知ってるんですね?」
「でも、優勝候補って?」
 直人が疑問を投げかけると、畔戸はにっこりと笑みを浮かべて言った。
「千倉くんに上杉。それから、水落先生」
「…杏里と凪までは兎も角、水落先生も…?」
「生徒会の中じゃ結構話題になってるよ。どんな風に変身するのか楽しみだって。御園生くんがそれこそ勝算もなしに水落先生を推薦するとは思えないからね」
「成る程…」
「なんか、納得」
 思わず納得してしまう面々に、水落はこっそりと溜息を吐いた。この話題は、出来るなら早く終わらせて欲しいものだ。
「折角僕が推薦したんだし、上杉にも頑張って欲しいけどね」
「うん、頑張るよ」
 にっこり笑いあう二人の表情は和やかに見えるのだが、言った言葉がかなり問題だった。
「…畔戸先輩が推薦したんですか?」
「そうだよ。うちのクラスで一番可愛いのは上杉だからね。何か問題でも?」
「い、いえ…」
 櫂の問いかけにも笑みを崩さずそう言う畔戸に、気勢が削がれてしまう。というか、畔戸に対して何かしようにも、絶対無理だろうなと思ってしまうのだった。
「そうそう、先生の人気投票もあるから、そっちも忘れずに、早めに投票してね」
「人気投票…?」
「って、それ、教師には内緒のイベントじゃなかったか?よくこの場で話題に出すよな…」
 疑問を浮かべる翔たちに対し、来栖が呆れた声をだす。水落も紫苑も居る場所で話題にするようなことではないだろう。
「別にいいんだよ。先生達に内緒って言ったって、既に暗黙の了解の上、上位の先生にはいつの間にか絶対バレてるんだから、今更今更」
「そういう問題かー?」
「ていうか、人気投票って何?」
 畔戸と来栖が二人で話しているの間を割って、翔が問いかける。
「毎年学園祭の裏イベントとして、生徒会が教師の人気投票をやるんだよ。『カッコいい先生』『教わりたい先生』『癒して欲しい先生』をそれぞれ一票ずつ。それから、それを合わせたした『総合結果』の順位を文化祭の二日目に発表するんだけど、その間教師は体育館から締め出し」
「締め出し!!?」
「恒例だからねぇ。先生達も諦めてる」
 締め出しとは穏やかではないが、ようするに、先生に聞かれないための配慮なのだろう。
「今までは大体それぞれ一位になる先生って決まってたんだけど、今年は水落先生や榊原先生なんかがいるから、楽しみだね」
「いつもはどんな結果なんです?」
「『カッコいい先生』に東堂先生、『教わりたい先生』に新島先生、『癒して欲しい先生』に永田先生。で、その三人のうちの誰かが、『総合結果』の一位っていうのがいつものパターンだね」
 畔戸の言葉に思わず成る程と頷いてしまう。けれど、確かに今年は水落やランが居るのだから、多少結果は変わってきそうだった。どのくらいの変動があるのかは解からないが、特に今は水落が人気があるし、上位にランクインすることは間違いないだろう。
「出来るだけ早めに投票してね。いつも遅れて投票してくる人が居るから、集計が遅れて困るんだ」
「解かりました」
「でも、先生の投票かー」
「結果を知るのが楽しみなような、怖いような…」
「お遊びなんだから、気楽に入れてくれればいいよ」
 畔戸の言葉は最もだが、本当に気楽に構えていいものか、と思う。何しろ翔や櫂にしてみれば、水落が人気がないのも嫌だが、あったらあったで問題がある。
 その時の反応如何では、他の面々にも被害が及ぶ可能性があるのだから。そんなそれぞれの想いを知ってか知らずか、畔戸は寮監室を出ようとする。
「じゃ、そろそろ失礼します」
「あ、畔戸先輩、ちょっと待って下さい」
 出て行く前に、櫂が呼び止めて、手招きする。
 それから、何やらこそこそと耳打ちをすると、畔戸の顔に笑みが浮かんだ。
「ふぅん、面白そうだね。解かった、高遠にも伝えておくよ」
「お願いします」
「それじゃ、失礼します」
 そう言って畔戸は寮監室を後にする。残された面子は何とも言えぬ表情を浮かべていた。
「櫂、お前、畔戸先輩に何言ったんだ?」
「後で話すよ」
 にっこりと笑ってそう言った表情が何だか怖い。一体何を企んでいるのかと、勘繰ってしまうような笑顔だった。
 嫌な予感がしながらも、みんな追求出来ずに居ると、不意に来栖が紫苑に話しかけた。
「そういや、おっさん、何の用で寮監室に来たんだ?」
 いつもは用がなければ大抵ロビーに居るのだが。
「ああ、そうだった。クリストファー様、俺は来週出張があるんですが…」
「出張……って、定例報告の方か」
「ええ、ですから…」
「わーったよ、そん時にワープゾーン作ればいいんだろ?」
「はい、お願いします」
 定例報告というのは、来栖の父であるウィンフィールド国王に、来栖の様子、学業の習得状況などを報告に行くことだ。しかし、大体はいつも来栖が授業をサボっているので、芳しい報告は出来ないのだが。
「今回はセナの事も報告しないとな。ダナイもずっと心配していたし…。そうだ、お前も一緒に来ないか?そうすればダナイにも会えるし」
「いえ、私は…」
 紫苑の思いつきの言葉に、水落が顔を曇らせる。
「来週が都合が悪いなら、また次の機会でも…」
「いえ、そういうことではなくて。…私はもう、ウィンフィールドに帰るつもりはありませんから」
「…セナ?」
 思いがけない水落の言葉に、その場に居た全員が驚く。ウィンフィールドは水落の故郷で、まさか帰りたくないなどと言うとは思わなかった。しかも、ずっと帰るに帰れなかった故郷の筈だ。
「一体何故だ?ダナイもお前に会えたら喜ぶだろうに…」
「…兎に角、私は戻るつもりはありません。折角の好意を無にしてしまうのは申し訳ありませんが」
 訳も話さず、ただ帰らないという水落に、紫苑が戸惑う。
 しかし、これだけきっぱり拒否している以上、無理矢理連れて行く訳にもいかない。
「…そうか。もし気が変わったら言ってくれ」
「…はい」
 最後の紫苑の言葉に、水落は頷きはしたものの、視線を合わせようとはしない。考えを変えるつもりもないのだろう。
 一体何故、という想いはあっても、無理に問いかけることも出来ず、妙な空気になったまま、その日は寮監室を後にした。



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