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深々と、溜息を吐く。 最近は何故か調子が狂いっぱなしだ。 それもこれも、一人の少女が原因である。 「一体どうしたんだよ、最近溜息が多いな」 「隆臣…」 同じクラスである隆臣が、ひょいと顔を覗き込んで来る。しかし、今自分が悩んでいる事を話せばからかわれるのは目に見えているから、流石に言う事も出来ない。 普段結姫との仲をからかったりしているから、ここぞとばかりに仕返しされるのは明白だ。 「何でもありません。ちょっと考え事をしていただけですよ」 「ふーん。…そういえばお前、最近高原と仲が良いのか?」 「え?」 「よく話してるだろ?」 行き成り悩みの元凶である一人の少女の名前を出されてどきりとする。しかし、それを表に出さないようにしながら、隆臣の疑問に答えた。 「そうですか?まあ、確かに最近話す機会も増えましたけど」 「別に仲が良いって訳でも無いのか?」 「まあ、そうですね」 仲が良いとか悪いとかいう次元の話ではない。 圭麻を悩ませている高原瀬理という少女は、つい先日、圭麻に告白して来たのである。そして圭麻は何故か、彼女の告白を未だに断れないでいるのだった。 いつもだったら、そんな気はないとあっさり断れるのに。 そして、瀬理が圭麻に話しかけてくる機会は圧倒的に増えた。些細な事でも話しかけてきて、その度にどぎまぎしてしまう圭麻を、彼女は何処か楽しんでいるようだったが。 放課後、校内のゴミでも拾って回ろうかと歩いていると、圭麻を悩ませる張本人、瀬理が声を掛けて来た。 「圭麻くん、またゴミ拾い?」 「ええ、まあ」 どうしたことか、彼女の前では作り笑いすら浮かべる事が出来ずに、思わず顔が引き攣ってしまう。本当にどうかしている。 「高原さんは、テニス部は?」 確か、そろそろ三年生の入れ替わりの時期で、彼女は時期部長に決定している、という話を聞いた覚えがある。それだけ真面目な部員なのだろう。 「今は休憩中。圭麻くん見かけたから声掛けたんだけど、いけなかった?」 「そんな事はありませんよ」 小首を傾げるようにして問いかけられて、圭麻は慌てて首を振る。 そういえば、今の彼女は教室で見るのと随分印象が違う。何故かと思って考えてみれば、そうだ、少し長めに延びている髪をポニーテールにしているのだ。結姫とは大分長さが違うから、余り印象が被らない。それに何処か活発な雰囲気を漂わせて、成る程、運動部なのだな、と思う。 「部活に出ている時は、髪形を変えているんですね」 「え?…ああ、これ。まあ、動き回る時は流石に括らないと邪魔になるからね。体育の時も結んでるけどね、いっそ面倒にもなるし、切ろうかなとかも思うんだけど」 「そんな、勿体無いですよ。折角似合ってるんですし、綺麗な髪をしてるのに」 結姫とは随分印象の異なるポニーテールが揺れる。結姫の髪の色よりも随分薄めでけれどさらりと触り心地良さそうに風に揺れている。 普段の下ろしている髪も良いけれど、こういう髪型もいいのだな、と何とはなしに思う。 「そう?圭麻くんが言うなら、そうしよっかな」 にっこりと笑ってそう言われて、自分が先程何を言い、何を思ったのか自覚して、途端に顔が熱くなる。ああ、全く彼女と話していると、調子が狂いっぱなしだ。 「あ、それから、圭麻くん」 「な、何ですか?」 「どうせなら、高原さん、じゃなくて瀬理って名前で呼んで欲しいな。じゃ、休憩時間そろそろ終わるから、またね!」 そう言って笑って手を振りながら彼女は行ってしまったが、思わずどうしたものか、と考え込んでしまう。 名前、そう名前で呼ぶ、それだけの事だ。簡単な事だろう。 結姫だって隆臣だって名前で呼んでいるんだし、おかしな事じゃない。なのに何故だろう、そう言われて、そう呼ぼうと頭の中で想像するだけで、どうしてこう恥ずかしい気分になるのだろう。 本当に全く、最近の自分はどうかしている。 全ての原因は彼女だ。 そしてまた別の日。 休憩時間に図書室に足を向けると、彼女の姿が見えた。 そういえば、初めて彼女という存在をマトモに意識したのが図書室だったな、と改めて思い出す。 「あれ、圭麻くん」 「図書室、よく来るんですか?」 先に向こうが気づいて話しかけてくれば、無視をする訳にもいかない。 「まあね。本を読むのも結構好きだし。ああそうだ、話があるんだけど、ちょっと付き合ってくれる?流石に図書室じゃあんまり話し込む訳にもいかないし」 「あ、はい」 話、とはどんなものなのだろう。 咄嗟に頷いたものの、少しばかり逃げたい、などという考えが頭を過ぎる。何故か追い詰められた獲物のような気分になるのだ。 彼女は一冊の本を脇に抱えたまま、圭麻を裏庭まで導いた。 此処なら確かにあまり人も通らないし、話もし易いだろう。 「それで、話って何ですか?」 「うん、あのね……回りくどいのもどうかと思うからはっきり聞くけど、圭麻くん、あたしの事どう思ってるの?」 「どうって…」 言われても、解からないから困っているのだけど。 「まあ、ああいう状況ではあるけど、あたし一応、告白したのね?まあそれなりにアプローチもしたし、圭麻くんもそれを意識しているのは解かってるんだけど、流石にね、あんまり焦らされるのもどうかなあと思うのよ」 「別に、焦らしているつもりはないんですけど」 答えが出ないのだ。 「でも、私が問い詰めなければ、そのまま考えずに終わりたいなー、とか思ってない?」 「それは…」 少し考えてない事もなかった。このまま何も聞かれずに、そのまま終わってしまえれば、心情的には楽だった。それが逃げだという事も解かっていたけれど。 「すみません」 謝ると、彼女は苦笑いを浮かべてやっぱりね、と呟いた。 「だからね、今此処で聞かせて。あたしの事、どう思ってる?」 「どう…と言われましても」 「あたしの事、嫌い?」 「そんな事はありません」 その問い掛けにははっきり首を振る。嫌いだったらとうに、あっさり、断りを入れている。嫌いじゃないから悩んでいるのだ。 「じゃあ、好き?」 「…それは」 彼女の好きの意味は、それこそ恋愛対象としてだろう。けれど圭麻は未だにその感情がどういうものかよく解からない。結姫や隆臣達を見て良いな、と思ったりもするけれど、それを実感する至ったことは未だに無い。 「じゃあ、質問を変えるね。他の子の告白はあっさり断るのに、あたしの事は断らないのは、何で?」 「……それ、は…」 何故、と問われても、解からない。 自分で自分の感情が解からない。制御できない。一体どうして断れないのだろう。彼女と、他の子と、何が違うのか。 ああ、でも、もしかしたら、断った後の事が怖かったのかも知れない。 「多分…ですけど」 「うん?」 「断りたく、無かったからです」 彼女との関係が、元のただのクラスメートに戻るのが、嫌だったのかも知れない。 そう答えると、彼女は首を竦めて笑みを浮かべる。 「圭麻くん、一ついいかな?」 「はい?」 「あたしは今、貴方にあたしの事をどう思っているか問い詰めているけど、断られるなんて微塵も思っていませんでした、さて、何故でしょう?」 「…はい?」 ぴん、と指を立てて、そう問われても、はっきり言って疑問符が頭の中に浮かぶばかりだ。 だから、解からないと首を振ると、にっこりを笑みを浮かべて断言された。 「圭麻くんが、あたしの事を好きだからだよ」 「…え?」 はっきりきっぱりそう言われて、思考が停止する。 最早自分が考えるよりも彼女が考えた方が余程早いのではないかと思えた。 「何ていうかね。最初はあたしも、どうなのかなあとも思ったんだよ?でもあたしが話しかける度にどぎまぎするわ、赤くなるわ、これであたしの事を好きじゃないとかって考える方が難しくない?あ、客観的に見てだよ?」 「……そんなに、態度に出てましたか?」 「うん、解かりやすいぐらいに可愛く動揺してたよ」 ああ、本当に此処まで断言されてしまうと、どうしようもない。 にっこりと勝ち誇ったように笑う彼女を、やっぱりどう考えても嫌いにはなれなくて、むしろやっぱり好きなのだろうと思うし。 「ね?圭麻くん、あたしの事、好きでしょ?」 「…はい、もう、負けました。オレは貴女が好きですよ」 苦笑いを浮かべてそう言うと、それこそ彼女は朗らかに笑って言った。 「これから宜しくね、圭麻」 行き成り呼び捨てにされても不快感はない。それどころか、嬉しいと思う。だから、自分も恥ずかしいだの何だの思わずに、彼女が望むように呼ぶしかないだろう。 「こちらこそ、宜しくお願いします、瀬理」 だってもう、きっと、告白された時から彼女が好きだったのだから。 始めから負けていたのだ、自分は。 そう思って、圭麻は更に苦笑いを深めたのだった。 Fin |