幸せって、何?



 幸せって何だろう?
 おいしい物をいっぱい食べること?
 面白い漫画を読むこと?
 大切な人と一緒に居ること?
 幸せって、一体何処にあるの?


「はぁ…」
 結姫が溜息を漏らす。
「どうかしたんですか?」
 圭麻はそんな結姫を見て言う。地平線の少女と呼ばれる、世界を救うと言われる少女。
 まだ小さな、十歳の女の子。
 中つ国の圭麻も、皆も変わらない十歳の子供だけれど、今此処にいる高天原では違う。十四から十七歳までの高天原では大人と呼ばれる年齢。
 けれど、結姫だけは中つ国と同じ、十歳の女の子。
 彼女は何度かそれを口にしたけれど、その謎は解けないまま…。
「幸せって、なんだろう?」
「は?」
 突然の訳の解からない発言に圭麻は思わず間の抜けた声を出す。
「だって、人によって幸せって違うじゃない?なぜ、幸せって思うのかとか、そういうのって、なんか…」
 自分の言葉では表現しきれないと言うように、語尾が消えていく。
「幸せって言うのはつかみ所のない空気のようなものですからね」
 その結姫の言葉をなんとなく理解した圭麻が空を見上げながら言う。
「空気?」
「すぐ傍にあるのに、見えてない人が多いし、気づけば、こんな簡単なことが幸せだったんだと思う。すぐ傍に小さな幸せがあるし。それは、結局心のどこかで人が望んでいること。あって当たり前だと思うものだと思いますよ」
「あって、当たり前の物…」
 反復する結姫に圭麻は悲しそうな笑みを浮かべる。
「そういうものは、大抵、無くなってから気づくんですよね」
「うん…」
 無くなってから気づくもの。無くなって、不幸だと思う。だったら、それがあった時はきっと幸せだったんだ。
「そして、本当に人間が心から幸せを感じる時っていうのは、きっと、一番欲しいものを手に入れた時なんだ」
 圭麻は遠い瞳で空を見上げている。
 圭麻の赤い瞳は空と全く逆の色で、でも、どこか同じ懐かしさを持っていた。何処までも澄み切った青い空と同じ。
 それは、きっと夕焼けの色。
「一番、大切なもの…」
 結姫は考える。自分の一番大切なものはなんだろう?
 大切な、大切な物…。
 ふと、一人の人影が浮かんだ。けれど、それは手に入れるにはあまりにも大きすぎるんじゃないかとさえ思えてくる。
 何処を見ているのか解からない瞳で。
(あれ?)
 ふと思う。
 そして、そうかと思う。なぜか、圭麻の傍にいると安らげた。それはきっと…
「圭麻と隆臣って、似てるんだ」
「え?」
 圭麻は驚いたように結姫を見つめる。
「性格とかじゃなくて、でも、なんか似てるんだ…たぶん瞳がおんなじ感じがする…」
「そうですか?」
 圭麻は興味深そうに言う。
「でもオレはともかく、それ、隆臣はあんまり喜ばないでしょうね」
 圭麻はふっと笑みを浮かべる。その笑い方も何処か似ている気がする。
 根本的に違うのに、その奥に纏っている空気が似ている。
 でも、圭麻は………隆臣より掴みどころが無い。
 いつも何を考えているのか解からない笑顔で、それでも、必要なところに導いてくれる、不思議な人だった。
「そうかな?」
「隆臣が、他人に似てるって言われて、喜ぶと思いますか?」
「思わない」
 そう言って二人でくすくす笑う。
「でも、圭麻と似てるって言われても、きっと隆臣は怒らないと思うよ」
「え?」
「だって、隆臣は圭麻にはなんか全然態度が違うもん」
「それって、良い意味なんですか?」
 圭麻は苦笑する。結姫はにっこり笑う。
「良い意味だよ」
「態度、違いますか?」
「うん」
「そうですか…」
 圭麻はまたどこか遠い瞳をする。時々、そこから居なくなってしまいそうな錯覚さえ起きる。
「結姫の、幸せって何だと思いますか?」
「あたしの?」
 尋ねる結姫に圭麻は視線を向ける。無言で肯定している。
 目は口ほどに物を言うなんてよく言ったものだ。
 深い、深い瞳が結姫を捕らえる。なんだか耐えられなくなって結姫は視線を逸らす。
「あたしは、みんなとずっと一緒に居られたらいい」
「他に願いは?」
 まるで、審判を下す人のように圭麻は言う。
「隆臣と、一緒に居たい」
 何故だろう、圭麻の瞳には逆らえない。何故か、真実を全て見透かしていそうな気がするから。
 嘘は、通用しないのだと言われているのだと思った。
 すごく恥ずかしいことを言っているのだと思ったのだが、言葉に出てしまえばもう遅い。結姫は真っ赤になる。
 ふと自然を上げると、圭麻は優しく微笑んでいた。
 本当に、幸せそうに。
 ああ、そうなんだと思う。こんなに幸せはすぐ近くにある。
 だって、圭麻がこんなに優しく笑うのは今の幸せをちゃんと感じ取っているからだ。
 隆臣がいて、皆がいて、それが幸せだと思うからだ。
 きっと、同じ気持ちだから。些細なことだけど、きっと、それが一番の幸せ。
「圭麻、お腹空かない?」
 結姫は圭麻に笑って言う。
「そうですね、少し…」
「何か作るよ。他の皆には内緒だからね」
 これは、ちょっとしたお礼。
 本当の幸せって何なのか、気づかせてくれた御礼。
 明日も、そのあとも、みんなずぅっと一緒に居られると良いね。

 それが、きっと、一番の幸せ――…。



Fin





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