悲しみの音色 憎しみの言葉



 ただ自分の醜さを実感した。
 どうして自分はこんなにも情けなく醜い生き物なのだろうか…。


「暇だな…なんかねぇかなぁ…」
 泰造がつまらなそうな声を出す。
「なんか起こるのも嫌だな」
 颯太が泰造の言葉に言う。
「だってさ、ここんとこずっと歩きっぱなしだぜ!?退屈だし疲れるし、ろくなことないじゃん」
「仕方ないだろ、山奥までは飛空船ではいけないんだから」
「疲れたぁ、腹減ったぁ」
 那智が子供みたいに駄々をこねる。
「ずっと歩きどおしだし、そろそろ休みましょうか」
 圭麻が那智を宥めながら言う。
「そうだな」
 それにみんな同意して、暫く休むことになった。


「ん〜っ、いい天気だなぁ」
 那智が伸びをしながら言う。
「そうですねぇ…」
 穏やかというか、暢気な声で圭麻が言う。
「なぁ、今日も野宿になんのか?」
「たぶん…」
 那智の問いに颯太が答える。
「げぇ、ほんとに肌が荒れちまうじゃねぇか!どうしてくれんだよ!!」
 那智はだれともなしに怒鳴りつける。
「仕方ないだろ、諦めろ」
 泰造のぶっきらぼうな口調に那智はさらに憤慨する!
「なんだと!踊り子はなぁ綺麗じゃないといけないんだぞ!肌が荒れたらどう責任とってくれんだよ!!」
「そんなことオレが知るか!」
 泰造と那智の喧嘩はどんどんエスカレートしていく。
「いい加減にしなさいっ!!」
 結姫の一言に二人は一瞬で沈黙する。
「でもさぁ…お肌があれちゃったらさ…」
 それでもまだ那智はぐちぐち呟く。
「那智、これ要りませんか?」
「え?」
 圭麻に突然言われて那智が聞き返す。
「香りのいい花を集めて作ったコロンです。那智にぴったりだと思うんですけど?」
 那智はそれを手にとって香りを嗅いでみる。
「いい匂い…これ、くれんのか?」
「はい、那智の為に作ったんですから」
 そう言って圭麻はにっこり笑う。
「へへへ、そうか、照れるじゃねぇか」
 那智は豪快に笑う。
「いいなぁ、那智」
「これ、結姫にも」
 そう言って差し出すと、また那智とは違うがいい香りがした。
「ありがとう」
 結姫は嬉しそうに笑う。
「お前、よくそんなもの作れるな…」
 隆臣が少し嫌そうな顔をして言う。
「そろそろ那智の機嫌が悪くなるんじゃないかと思いまして、作っておいたんです。二つ分♪」
「よくやるな」
 呆れて溜息をつく隆臣。
「そんな誉めていただかなくても」
「誉めてないっての」
 圭麻の調子にさすがの隆臣もついていけない。

 ガサッ

 突然物音がしてみんなそちらを見る。
 そこには一人の男が立っていた。
「――――…」
「どうしてこんな所に人が…」

 ドカッ!

 颯太が言いかけたとき、突然圭麻がその男に殴りかかった。
 まだ殴りかかろうとする圭麻を泰造が止める。
「離せっ!」
 圭麻が泰造の腕を振り払おうともがく。
「おい、落ち着けよ圭麻、どうしたんだよ!」
「離せ、こいつはっ!!こんな男、とっとと死ねばいいんだっ!!」
 泰造が圭麻を宥めようとするが圭麻は聞かない。泰造は必死で圭麻を抑えるしかなかった。
 男はしばらく唖然とへたり込んでいたが、しばらくするとにやりといやみっぽく笑う。
「なんだ、お前……ああ、あの時の」
「?」
 みんなその男を見る。
「女一人殺したぐらいで、ばっかじゃねぇの?」
 クックックッといやらしく笑う。
「貴様っ!!」
 圭麻はさらに激怒して、さっきの男の言葉に呆然としていた泰造の手を振り払う。
 結姫ははっとして圭麻の腕を掴んで止める。
「ダメだよ、圭麻!!こんなことはしたくないって言ったじゃない!砂雪さんだってこんなことしても喜ばないよっ!!」
 結姫の言葉に圭麻の動きが止まる。
「ふ〜ん、あの女砂雪っていうんだ。あんな女に振り回されて、情けねぇの」
 男の言葉に圭麻の顔は怒りで紅潮する。
 しかし、圭麻は何も言わず向きを変えて走っていく。
「圭麻っ!」
 結姫の声も聞かず、そのまま圭麻は走っていってしまった。
「ふん。馬鹿みてぇ」
 男は鼻で笑ってどこかへ行ってしまった。
 暫く、みんな絶句していた。
「結姫は、何か知ってるのか?」
 最初に気を取り直した颯太が結姫に言う。
「え…うん…」
 結姫は話そうか少し迷ったがみんなに話すことにした。


 それから数時間たち日も暮れてきた。
 圭麻は岩にもたれかかりただうつむいて座り込んでいた。

 自己嫌悪…ただ自分の情けなさが身にしみた。
 自分の言葉に責任ももてないではないか。あの男を目の前にしてただ憎しみが、憎しみだけが心の中にあった。
『とっとと死ねばいいんだ!!』
 自分の言った言葉の意味…ただ憎しみだけ、でも本心だったのではないか…。
 情けない…こんな自分が一番厭らしい。


「圭麻!」
 突然声がして顔を上げる。
「探したんだぞ、結姫から聞いて…」
 那智が半泣き顔で怒っていた。
「っとに、心配させんなよっ!」
「すみません」
 圭麻は謝ったが何か間の抜けた感じがした。那智にはそれが余計に腹立たしかった。
「なんだよ、そんな間の抜けた顔してんじゃねぇよ!いつもみたいにオレのことからかってみろよ!!」
「そんな事…」
 いつになく弱気な圭麻に那智はさらに怒る。
「自分ひとりで悩んでんじゃねぇよ、オレ達にもなんか言ってくれればいいじゃねぇか!!!一人でうじうじ悩んだってしかたねぇだろ!?」
 怒っている那智を見上げていた圭麻は呆然と見つめて、そのあと俯いて話す。
「自分が…情けなくて、結姫にはあんなことを言っておいて結局は・・・あの男を、怒りや憎しみで行動して…ただ憎くて……自分がすごく…醜く思えて…」
 それは、圭麻の悲痛な本音だった。
 那智はそのとき圭麻がすごく脆く見えた。那智は身をかがめて圭麻と視点を合わせようとする。
「圭麻はいちいち難しく考えすぎなんだよ、だれだって怒ったり憎んだり嫉妬したりするじゃんか!誰だってそんな事当たり前なんだよ!醜いってそんなところ誰にだってあるじゃんか、圭麻だけじゃないだろ誰だって、オレだってそうだよ、怒ったり泣いたりするだろ、人間なんだからさ。それが嫌なんだったらオレ達がまた止めてやるよ、何度だって止めてやるからさ、そんな顔するなよ」
 そういうと那智はすっくり立ち上がる。
 そうして歌い、踊り始める。
 綺麗な声…悲しい音色。それが圭麻の心に染み込んできた。
 歌い終わると那智は圭麻に言った。
「今のお前にはぴったりの曲だろ、うじうじくだらねぇことで情けなく悩んでむかつくんだよ。話せよ、オレ達に。迷惑かけるなんて思うなよ、話してくれたほうがオレ達は嬉しいんだからな!」
「…はい」
 笑顔でそう答える。圭麻には那智のその言葉がとても嬉しかった、何より、ありがたかった。
 那智はその圭麻の様子を見てぱぁっと明るい顔になった。
「よぉっし、圭麻に特別とっておきの歌ってやる!本当なら金とるんだからな、ありがたく聞くんだぞ、特別なんだからな!コロンのお礼だ」
 そうしてまた那智は歌い始めた。

 でもそれはさっきとは全然違う、優しい音色だった。
 自分の憎しみの言葉もそれは本心なのだから、否定してはいけない。
 自分は完璧な神のような生き物ではないのだから、仕方ないのだ。
 那智の綺麗な声が舞が、夕日に映えて、さらに美しく光る。自分が癒されていくのがわかる。

 那智は歌い終わると圭麻ににっこり笑う。
 圭麻はそれを見て笑い返す。
「すごく綺麗でした。本当に…オレ一人が見るなんてもったいないくらい…」
「あったりまえだろ。このオレが歌うんだからな!オレが隆臣じゃなくてお前のために歌うなんてすっごく貴重なんだからなっ!」
 那智の言葉に圭麻の顔は綻ぶ。
 自分はなにをうじうじ悩んでいたのだろうと、馬鹿らしく思えてくる。
「オレも…いつか、砂雪以外に好きな人なんてできるんでしょうか……」
「あったりまえじゃん、人間恋なしには生きられないんだぞ!」
 圭麻の言葉に那智は自身満々で答える。
「それが那智だったら良いんですけどね」
 そう言って圭麻はくすくす笑う。
「何言ってんだよ!オレには隆臣がいるんだからな、隆臣が!」
 那智は真っ赤になって言う。
「颯太の間違いじゃないんですか?」
「な、なんで颯太なんだよ、からかうんじゃねぇよ!!」
 圭麻は那智の反応がとても可愛くて面白かった。
 那智は嬉しそうな顔をして言う。
「やっぱ圭麻はこうでないとな!」
 那智は圭麻の背中をバンッと叩く。
「本当に今日はすみませんでした、心配かけて…それからありがとうございます」
「よせよ、照れるじゃねーか」
 那智はがはははと豪快に笑う。
 圭麻はそれを見てにっこり微笑んだ。


 二人でみんなのところに戻る途中また夕焼けを見る。
 圭麻は夕焼けに讃えられ踊る自分の心を癒してくれた女神を思い出す。
「今日は、本当に綺麗でしたよ」
 そう圭麻は聞こえるか聞こえないかの声で言う。
 那智はそれをしっかり聞き取っていて耳まで真っ赤になっていた。その顔は夕焼けがごまかしていてくれたけどね…。



Fin





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