伽耶さんを探しに旅立って数日が過ぎた。 あまり旅に慣れていない那智はすぐに難色を示し始めた。 いくら飛空船に乗っていて歩く必要はほとんど無いといっても、慣れない場所での生活はかなりのストレスになるだろう。それを配慮して颯太が、 「明日は一日ゆっくりしよう」 と言った。 みんなも飛空船の旅に飽きていたので、一日暇ができるのはみんな喜んでいた。 翌日。 その日は青く澄み渡った空が広がっていた。快晴だ。暑いと言ってもいいぐらいだった。 隆臣は那智に引っ張られて泰造と3人で近くの泉に出かけていった。颯太は木陰に腰を下ろして何か本を読んでいる。 圭麻はゴミを拾いに行くかと思ったが、木陰でただぼーっとしているだけだった。 「圭麻、みんなと一緒に泉に行かないの?」 圭麻に声をかけてみる。圭麻ははっと顔をあたしの方に向けてにっこり笑った。 「結姫こそ、良いんですか?隆臣ほっといて」 「え?うん、あたしも今日は隆臣や那智のこと気にしないでゆっくりしようかなと思って」 「そんなこと言っても気になるでしょう?」 「いいのっ」 からかってくる圭麻に反論する。 「圭麻、珍しいね、ぼおっとして…ゴミ拾いに行かないの?」 「オレがいつもゴミ拾いばかりしてると思ってるんですか、結姫は…」 ちょっと顔を顰めて圭麻がつぶやく。 「え、別にそういうことじゃないけど…」 そういうことだけど…あんまり機嫌は損ねたくない。 「おーい。お前らも一緒に泉に行こうぜ」 那智が一人帰ってきてあたし達を誘う。 「な、颯太も来いよ」 「そうだな」 颯太は読んでいた本を閉じて一緒に泉に行くことにした。 「お前らは?」 「オレはいいです。一人で何処かぶらぶらしてきますから」 そう言って圭麻は泉とは反対の方向へ歩いていく。 「あ、あたしも今日は一人でゆっくりしたいからいいよ」 「ふ〜ん、それじゃぁな」 那智はあっさり颯太と行ってしまった。 たぶん、本当に誘いたかったのは颯太であたし達はついでだろう。きっと颯太が断ったら引きずってでも連れて行くつもりだったのだろうから。 那智が行ってしまうのを見送って、あたしは森の空気をいっぱいに吸い込んだ。 「気持ち良いな」 この綺麗な森を守るために、あたし達は天照様を助けに行く。守らなくちゃいけない。 「あたしは、これからどうしようっかな」 そして澄み切った青空を見上げる。 そうすると、中つ国の太陽はもう出ていない…こうやってあたし達が見ていられるのは、中つ国の人ではあたし達しか見れない。青空の大切さを再確認させるように…。仲間がいるからがんばれる。 そういえば、少し、圭麻の様子が変だったような…。いつもみたいに元気が無かった、いつもの笑顔だったけれど、でもどこか、元気が無かった。ぼぉっとして…どうしたのだろう……?圭麻の歩いていった方向へ歩き出す。 しばらく歩いていくと、圭麻が木の根元に座っているのが見えた。少しずつ近づいていく、少しずつ、鼓動が高鳴っていく…圭麻は今、どんな顔をしているのだろう? 「結姫?」 振り向かずに圭麻が言う。 「え?うん」 「やっぱり、来ると思ってました」 「え!?」 圭麻の言葉に驚く。 「結姫は、優しいから」 圭麻が振り返る。やっぱり…どこかおかしい。どこがどうというんじゃない、雰囲気が、いつもと違う。何故だか弱々しげに見えた。 「どうしたの?」 「どうもしませんよ、別に…」 にっこり笑う圭麻の笑顔がどこか寂しい。 この人は、こっちが気づかなければ何も言わないのだ、絶対に。自分から助けを求めようとはしないのだ。 ゆっくり、圭麻の隣に腰を下ろす。 「話してよ。なにか…元気が無い…なんで?」 「本当に、別に何があったって言うわけじゃないんですけどね」 「どうして、一人になろうとするの?みんな一緒なのに」 どうして圭麻だけ、他のみんなのように自分の意思をあらわそうとしないのだろう。笑顔で誤魔化して。 「一緒にいるけど、みんな考えてることは違いますよ」 「そんなの当たり前じゃない。だから話して欲しいし、一緒に考えたいよ」 笑顔は変わらない。でも、雰囲気が違う。 「話して…」 「本当になんでも無いんですよ、ただ…」 「ただ?」 圭麻の顔を見る。なにか、話してくれる? 「いつもより、余計に思い出すから…」 「え?」 「大切な人…」 圭麻は俯いて話す。大切な人? 「もう、いないですけど」 寂しそうな笑顔が悲しかった。 「どうして?」 「殺されたんです……」 「え!?」 今にも泣き出しそうな笑顔が…とても悲しくて…言葉の意味がとても重くて。 「殺されたんです…二年前に」 「そんな…!なんで…」 「理由なんて無いんですよ…全然…」 圭麻の顔から完全に笑顔が消えた。 「好き…だったの?その人のこと…」 「好きだった…誰より、愛してた…彼女を……」 両手を握り締めて…とても辛そうに見えた。 「砂雪は、優しい子だったんだ。殺される理由なんて一つも無かった!」 圭麻の苦しい叫びが森の中に響く。あたしは何も言えなかった。 ただ辛そうにしている圭麻を見ているしかできなかったのだ。 「どうして…砂雪だったんだろう…どうして彼女じゃなければいけなかったんだろう…あいつは、誰でも良かったのに、なんで、それが砂雪だったんだ!!」 「あいつ?」 「砂雪を殺した男…名前も知らない。ただ、通りすがりだったんだ。砂雪は運が悪かったのかもしれない…でも、あの男はただのきまぐれで人を殺したんだ!オレの目の前で…砂雪を…っ!」 どれだけの憎しみや悲しみが圭麻の中にあるのだろう。 「オレは何もできなかった。目の前で砂雪が殺されているのに、助けてやれなかった。オレが、ちゃんと側にいれば、殺されずにすんだかもしれないのに」 「そんな、圭麻の所為じゃないよ!」 自分を責めているのか…圭麻は。 「前に言いましたよね?人は生きるために生まれてきたんだって…みんなしたいようにするために生まれてきたんだって」 「うん」 「あの男も…そうなんだ…自分のしたいようにして、人を殺した」 「…それは、その人がやったことはやっぱり酷いと思うよ」 あのときの悲しい表情は、砂雪さんを思い出していたからなのだろうか。 「彼女が死んで、オレも何度か死にたいと思ったことがあります。でも、死ねなかった。自分が生きるために生まれてきたのなら、自分の命を自分で絶つようなことはしちゃいけないと思ったんです」 「そうだよ、圭麻が死ぬなんてあたし、絶対に嫌だよ!」 そう言うと圭麻は本当に穏やかに笑ってくれた。 「ありがとうございます。オレも…今は絶対死にたいなんて思わない。砂雪の分まで生きていたい」 そう言うと圭麻はおもむろにポケットから何かを取り出した。 「それは?」 「砂雪に貰ったんです。二年前、オレの誕生日に。砂雪が殺された日…」 「え?」 圭麻の手に握られているのは銀の十字架のペンダントだった。 「薬の月七日。その日に、砂雪に貰ったんです。そしてその日、オレが少し砂雪から離れている間に…」 ペンダントを硬く握り締めて、圭麻はとても悔しそうな顔をする。 「これは…オレの一番大切なものなんです」 それからは、何も言えなくてそのまま日が暮れてしまった。 みんなの処に戻った後、圭麻は笑っていた。少し寂しそうな笑顔で。 「うまそーだな」 夕御飯を作っている私のところに、隆臣が話しかけてくる。 「もうすぐでできるよ」 「お前、昼間どうしてたんだ?圭麻も居なかったし」 「え?うん…圭麻とちょっと話してたんだ…」 「何を?」 「べ、別にっ。たいしたことじゃないよ」 こういうことは、きっとあまり話さないほうが良いんだろう。あんまり、人に聞かれたくないことかもしれない。 「ふ〜ん…」 「別に、圭麻とはなんでも無いからねっ」 あまりにもあからさまな態度だったと気づいて赤くなる。 「御飯出来たから、みんな呼んできて!」 あせったあたしは、できるだけ早く隆臣から離れたかった。 隆臣に誤解されたかもしれない…。 昼間遊んでいた所為か、みんな食欲が旺盛だった。 圭麻以外は…。圭麻はほとんど食べていなかった。いつもより、絶対的に食べた量が少なかった。 「なんだよ、圭麻いらないのか?オレが貰うぞ」 「え、ああ。良いですよ」 圭麻がにっこり笑う。笑顔はいつもの笑顔なのにやはり元気が無い。 「泰造、まだあるんだから人の分までとっちゃだめだよ」 「いいですよ、あんまり食欲が無いんです」 「圭麻もちゃんと食べなきゃだめだよ」 元気が無いときほどちゃんと食べなきゃいけないのに。食欲が無いのも解るけど…。 「すいません、ちょっと散歩してきます」 「圭麻!」 ほとんど食べていない…いつもなら盛った分はちゃんと全部食べるのに…。 「圭麻が残した分はオレが食ってやるよ」 「おい、こっちはオレが食うんだよ」 「なんだと、それはオレが食うんだ!」 圭麻の残り物を巡って隆臣と泰造が喧嘩をはじめる。 「おい那智。それ残すなよ」 「えー、これ嫌いなんだよなぁ」 「いいからっ、ちゃんと食べろよな!!」 「いーやーだ!!」 「いいかげんにしなさい!!みんな静かに、ちゃんと残さず食べなさいっ!!!」 いつものお説教をする。どうして誰も、圭麻の事を気にしないのだろう…。違う…圭麻が心配かけないようにしているんだ。気づかないように、普通しているから…。 なかなか戻ってこない…。 「遅いな、圭麻。どこ行ってんだ?」 「いいんじゃねぇの、ほっとけば。そのうち帰ってくるだろ、子供じゃないんだからさ」 「だよなぁ…圭麻、この中じゃ一番大人だもんな」 「オレの方が大人だぞ」 「中身が子供じみてんだよ、お前は。単純バカだもんな」 「んだと、てめぇ!!」 圭麻の話をしていたはずなのに、いつのまにかもう喧嘩をしている隆臣と泰造。 「やめなさい!!いちいち喧嘩するんじゃないの!子供じゃないんだから!!!」 「「………」」 一瞬で静まり返る。必殺技だ。 「あたしは、圭麻探してくるから、喧嘩しないでね、もう」 しばらく歩いていくと、人影が見えた。 (圭麻?) だんだんと人影のほうに近づいていく…。 だんだん、その人影がはっきりしていく。 圭麻だ。 声をかけようとしたら一瞬で息がつまった。声がかけられなくなってしまった。 みんなが行っていた泉で圭麻は一人たたずんで…泣いていた。愛しそうに砂雪さんからもらった十字架のペンダントに口付けながら…。 昼間は明るく輝いていただろう泉も、月にてらされて風に揺れ光る波と水面に移った月、そしてその泉のふもとにたたずむ人影がどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。変かもしれない…すごくそれが綺麗だと思った。 どれくらいしただろう…何も言えず、ただ見つめていた。 ふと圭麻がこちらに気づいたらしく近づいてくる。 「結姫…?」 「あ、圭麻、あの…」 おもわず顔が赤くなってしまった。 「え…と、いつから見てたんですか?」 「ずっと…」 あたしがそう言うと、そうですか。と言って苦笑いを浮かべた。 「あんまり、泣いてるところは人に見られたくなくて…」 「あの、泣いてたのって…」 そう聞くと、また悲しそうな瞳をする。 「砂雪のこと…考えてたから……」 愛しい人思う圭麻の瞳は、綺麗で…悲しい。 「一日だって、砂雪のことを忘れた日は無いけど…でも、なぜだか今日は特に…思い出すんですよね」 「どうして、あたしに話してくれるの?」 「え?」 「あんまり人に聞かれたくないんじゃないかって…」 「ああ、ずっと誰かに聞いて欲しかったんですよ…ちゃんと聞いてくれる人に」 あたしに、聞いて欲しかったの?あたしだから、話したの? 思っても言葉にはださなかった…別に話すほどのことじゃないと思ったから。 「今、あの男がオレの前に現れたら、オレは、どうするんだろうって、時々考えるんです。きっと平静じゃいられない、殺そうとするかもしれない…でも殺したらあの男と同じなんですよね。ちょっと理由が違うだけで」 砂雪さんを殺した人を、圭麻はきっとすごく憎んでる。 いつも笑顔でいるから気づかなかっただけで。 「だから、砂雪が殺されてしまったことは悲しいし、あの男は憎いけど…殺したりはしたくない。人は、自分のしたいように生きるけど、良心やそんなものがあるから、悪いと判断できることはしたくない。殺したいほど憎くても」 「うん」 圭麻は強い意思で言う。まるで、十字架のペンダントに誓う様に…。 「この、ペンダントは、貰ってすぐに形見になちゃったな…」 圭麻はペンダントを見つめながら言う。 「十字架ってあたりがまた、オレを戒めているみたいですね」 笑っているけど笑ってない。無理に笑おうとしているみたいだ…。 「砂雪を守れなかった自分を…」 「そんなこと無いよ、うまく言えないけど、砂雪さんは圭麻のこと、怨んだりしてないと思うし、自分のこと責めて欲しいなんて思ってないと思う」 「……ありがとうございます」 そのとき、今日はじめて、圭麻が本当に笑った気がした。 「砂雪のことは絶対に忘れない。このペンダントも…絶対に放さない。砂雪がくれた、大切なものだから…」 「うん」 いつもの圭麻だ…でも、前より意志が強くなっている感じがした。 「今日は、本当にありがとうございました。なんか、心配かけたみたいで…」 「ううん、いいよ別に。圭麻が元気になって良かった。みんなの所に戻ろう、心配してるだろうし」 「はい」 そうして二人でみんなのところに戻っていく。 この間話していたときに見せた悲しそうな顔は砂雪さんを思い出していたから…。 砂雪さんが圭麻を動かしてる…今でも…圭麻はそれだけ砂雪さんが好きだったんだ。ずっと、今でも。彼女の圭麻に贈ったペンダントがきっと、圭麻を支えている。強くもするけど弱くもする。 圭麻にとって、なにより大切な贈り物…。 圭麻のこれからを銀の十字架はずっと見つめていくんだろう…。 Fin |