それは那智の一言から始まった。 「なぁ、今度の土曜、神社で夏祭りがあるんだってさ」 「夏祭り?」 「そ、だからさ、みんなで行かないか?露店とか出るらしいし」 那智は楽しそうに言った。 「夜店?」 「もちろん!」 「面白そうだな、行こうぜ、夏祭り」 泰造も乗り気のようだ。この二人が行くといったら、もう決まったも同然だった。 「ああ、そういえば、最後には花火とかもあるらしいですね」 「面白そうだね」 「そうだな、行ってみるか」 他の三人もあっさりOKした。 「なぁ、どうせだから浴衣着てこうぜ、浴衣!」 「お前、女物の浴衣着てくるんじゃねぇだろうな」 那智の言った一言に泰造が半分マジで言った。 「違うって、なんかさ、浴衣着たらなんか感じ良さそうだからさ」 「浴衣か、そういえば、全然着てないなぁ。家にあるかな?」 結姫も浴衣を着たいようだった。 「じゃぁさ、土曜の夜六時、神社の公孫樹の樹の前に集合な」 そういうことで、夏祭りに行く事が決定した。 夏祭り当日。 「ちょっと早く来ちゃったかな」 結姫は花柄の浴衣に、巾着をもって公孫樹の樹の前に行った。そこには、もう泰造と那智が来ていた。 「あ、二人とも早いね」 さすがに男の浴衣は地味だった。 「なんか楽しみでさ」 泰造は浮かれていった。 「あれ、もう来てたのか」 颯太も待ち合わせより少し早めに来た。 「後は圭麻だけだな」 圭麻は、待ち合わせ丁度に来た。 「おせーぞ、圭麻!!」 「遅いって、待ち合わせ時刻丁度じゃないですか」 「いいんだよ、お前が最後に変わりはねぇの」 泰造はちょっとからかい混じりに言った。 「あ、結姫の浴衣、可愛いですね。流石に男だけだったらむさ苦しいだけだったでしょうけど」 「なぁ圭麻、さり気に失礼なこと言ってないか?」 颯太は不満そうに言った。 「それにしてもさ、颯太に浴衣ってあんまりにあわねぇな」 那智は颯太をからかって言った。 「那智だってその髪の色に浴衣はあんまり似合わないじゃないか」 颯太は負けずに言い返した。 「泰造はなんか時代劇に出てくる遊び人みたいだよなぁ」 泰造は浴衣を着崩していて、見るからに当てはまりそうだった。 「圭麻はなんか違和感ねぇよな」 「そうだよな…それにさり気に色っぽくないか?」 「そうですか?」 「そうそう、江戸時代にいたら、男にでも女にでももててたぜ」 「それはどういう意味で取ったらいいんでしょうか?」 圭麻のちょっと嫌そうな言葉に、泰造は軽く笑った。 「とにかく似合うってことだよ、気にすんなって」 「それより、もう行こうよ」 「そうだな」 露店には焼きそばや、たこ焼き、射的はくじ引きなどいろいろな物があった。 「やっぱり、いろいろあるなぁ」 「あ、わたあめ!」 「なぁ、金魚すくいしようぜ、誰が一番たくさん取れるか勝負しよう、な?」 「面白そうだな、やろうぜ」 泰造と那智の言い出したことはもう誰にも止められない…。 「オレは別にいいですけどね」 「オレ、そういうのすっげぇ苦手なんだけど…」 颯太は弱音を吐いた。 「あたしは結構得意だよ!」 それで五人はお金を払って金魚すくいをした。 颯太は思ったとおり一匹もすくえなかった。那智は二匹とって、紙が破れてしまった。泰造は四匹だった。結姫は得意といっただけあって八匹すくった。 「あー、もう終わりかよ」 泰造はちょっと収穫が少なかったので面白くなさそうだった。 「おい、圭麻はまだやってるぜ」 「一体何匹取ってるんだ?」 圭麻は器用に何匹もすくって、いまだに紙は破れる気配がない。 金魚を入れていた入れ物にたくさんの金魚がいた。 「これ、もう入りませんねぇ」 圭麻は呑気にそんな事を行っていたが。周りの人間には凄く恐ろしい事だった。 (こいつ一体何者だ!?) そこにいた四人はそう思った。 店のオヤヂはつぎつぎと金魚がとられていくので焦っていた。 「お客さん、それ以上とられると商売上がったりなんだが…」 「あ、大丈夫ですよ、とった分、全部お返ししますから♪」 そうして圭麻は店にいた金魚をすくうだけすくってそのままとった分の金魚は全部返してしまった。そして、その店の前は人だかりでいっぱいになっていたのは言うまでもない…。 「ほんと、お前って怖いよな」 那智は圭麻に行った。 「え?」 「あそこにいた金魚ほとんどすくっちまったじゃねぇか、普通あんなの出来ないって」 「ああ、金魚すくいって初めてだったんですけど、結構面白かったですね♪」 「「「「は、初めて!?」」」」 其処にいた四人は声をそろえていった。 「初めてって、本当に一度もやった事ないのか?」 颯太は思い切っていってみた。 「はい、っていうか夏祭りもほとんど行った事ありませんからね、特にしたいことってなかったですから」 そのとき、四人は本当に圭麻の存在を恐ろしく思ったのであった。 「それより、次、何する?」 「射的しようぜ、射的!」 泰造と那智は競って射的の屋台の所に行ってしまった。 結姫と颯太と圭麻もそれについていった。 射的の的にはいろいろな物がおいてあった。那智と泰造はもう射的をやっていた。 「あ、あのぬいぐるみ可愛い、あたしもやってみよ」 結姫はネコのぬいぐるみを狙った。しかし、そう上手く当たるはずもなかった。 「全然取れない…」 結姫はちょっと落ち込み気味だった。 泰造や那智はなんとか一つだけ物が取れたようだった。颯太はあえてしようとはしなかった。 「一回分やらせてください」 圭麻はそう言うと一回三百円、玉五個の射的をした。 そして、あっという間に結姫の欲しがっていたぬいぐるみをとってしまった。 他にも二回に一つで三つも取ってしまった。 「はい、結姫」 圭麻は結姫にネコのぬいぐるみを渡した。 「あ、ありがとう、いいの?貰っちゃって」 「いいんですよ、ちょっとやってみたかっただけですから」 そう言ってにっこり笑った。やってみたかったで、すんなりとってしまう圭麻って凄い!ってか恐ろしい!! 「なぁ、お前の前じゃオレたちの努力なんて大したモンじゃないんだよな」 泰造と那智は不満そうに言った。 「いいじゃないですか、はい、これ颯太にも」 「え?オレにも?」 「ちょうどこれでみんな一個ずつでしょう?」 そこらへんは圭麻の性格を物語っているのだろうか、誰に対しても同じ態度な圭麻。結姫が女の子だから欲しがっていたから渡したわけではなかったようだ。 「あ、たこ焼き売ってる!食おうぜ!」 「お、うまそうだな」 泰造と那智は何かと趣味が合うらしい…。 「食欲旺盛ですね、二人とも」 「元気だよな」 「あたしも何か買おうかな」 結姫はあたりを見回して、なにかないか探していた。 「あ、りんご飴だ、買っちゃお♪」 そう言って一つ四百円のりんご飴を結姫は買った。 「お化け屋敷発見!行こうぜ、颯太!」 那智は嬉しそうに颯太に言った。 「え?嫌だよっ」 「へぇ、面白そうだな」 「オレはいいよっ!」 「だーめ!颯太は絶対参加!!」 那智と泰造は楽しそうに颯太を引っ張ってお化け屋敷に入っていった。 「オレたちも行きますか?」 「そうだね。なんか、颯太可哀想だったけど…」 「こういうの苦手ですからね、颯太は」 颯太を哀れみの目で見る二人であった。そして二人もお化け屋敷に入っていった。 「うぎゃぁああああああ!!!」 颯太の狂気の叫びにそのお化け屋敷に入っていったものはみんな恐怖を覚えたという…。 「そ、颯太、大丈夫ですか?」 「はい、ジュース飲む?」 圭麻と結姫は颯太を気づかって言った。 「だらしねぇぞ、アレぐらいで」 「そうそう」 颯太にはその二人の声が悪魔の囁きに聞こえた。 「泰造も那智もちょっと言いすぎだよ」 結姫は二人に対して怒った。 「颯太、もうちょっと強くなった方がいいですよ」 「そうだな…これ以上悪化したら、耐えられないな…」 落ち込み気味の颯太は…かなり暗かった。 その颯太を見た途端、そこにいた全員の空気が凍った! 「颯太、ほらなんか食おうぜ!」 「あっちにお好み焼き売ってるぜ」 泰造と那智も流石に責任を感じて、颯太を元気付けようとした。 「あ、あっちでおみくじやってる、やってみようぜ!」 那智はそう言ってみんなを誘った。出来るだけ颯太を元気付けようとしていた。 「そうですね、颯太も気分を変えたほうがいいですよ」 「そうだな」 さっきよりは元気になっているようだった。そうして、みんなおみくじを引きに行った。 「何が出た?オレ小吉!」 「げ、オレは凶だ」 ちょっと嬉しそうな那智とがっくり来ている泰造だった。 「颯太は?」 「吉」 「へぇ、よかったじゃん」 那智は心底嬉しそうに言った。とにかく颯太が元気になって嬉しかったらしい。 「圭麻は?」 「オレは大吉です」 「「そういう奴だよお前は」」 泰造と那智は声を揃えて言った。なんでもそつなく運良くこなす奴だよこいつは。 「結姫は…」 聞こうとした颯太が一瞬で固まるぐらい結姫の周りの空気は暗かった。 「大凶…」 「あ、あんまり気にする事ないって!」 「そうだよ、な?」 「う〜、でも…」 「オレのと換えますか?」 「え?」 圭麻の言葉にみんな驚いた。 「換えるって、自分で運を手放す気かよ」 「ってーか、そんなのありか?」 「問題は気の持ちようですよ」 圭麻はお気楽にそんな事を言った。 「大体、こういうのって木に結び付けておけばいいっていうから平気ですよ♪」 そういって圭麻は自分の引いた大吉のおみくじを結姫に渡した。 「あ、ありがとう」 そのあと圭麻は結姫の大凶のおみくじを木に結び付けた。 「あれ?圭麻、背が伸びだ?」 結姫はちょっと驚いたように言った。 「え?ああ、そうですね、皆さんに会ったときと比べて五センチぐらい…」 「やっぱり、みんな成長してるんだな」 「なに当たり前なこと言ってんだよ」 颯太の言葉に那智がつっこんだ。 「それにしては颯太全然背が伸びてねーよな」 「そういやそうだな、初めはオレと大して変わんなかったのに、オレのほうが背高いぜ」 泰造と那智はまた颯太を冷やかした。 「大丈夫ですって。みんな背が伸びる時期ってあるんですから。そんなくだらない事でからかっても仕方ないでしょう」 圭麻は颯太を慰めた。 「もうそろそろクライマックスだよな」 「最後はやっぱり花火だよな」 みんなは花火がよほど楽しみだったようだった。 「きゃ!」 「野良犬だ!」 祭りにいた人が急にざわめきたった。 「なんだなんだ?」 「野良犬だって?よし、オレがぶっ飛ばしてやる!」 「だめだよ、あぶないよ!」 那智と泰造は野良犬を見て言った。 その野良犬は今にも噛み付きそうなほど気が立っているようだった。 野良犬は唸って、すぐ近くにあったお好み焼きの屋台に飛びついた。 「なんだ、このやろう!」 店のおやじは怒って熱くなった鉄板ごと犬にぶつけた。 野良犬はそれでもまだ唸って飛びつこうとしていた。 「なんだ、畜生、まだやる気か!」 おやじは怒って犬を蹴飛ばそうとした。 「ダメだよ、可哀想だよ、そんなことしちゃ!」 結姫は慌てて犬を庇った。 「どきな、お嬢ちゃん、噛まれるぞ」 「お好み焼き一つください」 その場違いな行動にその場にいた全員が唖然とした。 「何言ってんだよ、圭麻!」 「お好み焼き一つください。おじさん、仕事でしょう?」 「う…ああ」 そうして買ったお好み焼きを圭麻は野良犬にあげた。野良犬はそれにがつがつと食いついた。 「ただ、お腹が減っていただけなんですよ、でなければ、わざわざ野良犬がこんな所に来るはずないですから」 「そ、そうか、でもこのままにしとくわけにもいかんし、保健所に連絡を…」 「あの、止めてください、保健所に行ったら、どうなるか解らないし…このコはオレが引き取りますから…」 浴衣姿の涙目の何故か色っぽい少年にその場の大人達が何も言えるはずはなかった。 しかし、そばにいた結姫は自分に向かって密にウィンクしているのを見逃さなかった。 (演技だ!!) 恐ろしき圭麻の演技力!! そうこうしているうちに花火が始まって、みんなそちらに注目してしまった。野良犬は圭麻になついて、一緒についていった。 「人がいっぱいいてあんまりよくみえねぇな」 那智が不満そうに言った。 「あ、いい場所知ってますよ。そっちの方が眺めがいいです」 「へぇ、行こうぜ、其処」 っという訳で、みんな圭麻の言う場所に行った。 「此処、鏡池?」 そう、祭りがあったのは鏡池の神社だったのだ。 「はい、此処から見える花火すごく綺麗なんですよ」 「本当だ、誰もいないし、なんか特別席みたいだな」 「綺麗…」 其処はまさに絶景だった。五人だけの特別席。 そうして夏祭りは終わったのだった。 そしてその祭りには一人でほとんど金魚をすくってしまった人がいたとか、お化け屋敷で世にも恐ろしい少年の叫び声がしたとか野良犬を一瞬で手懐けた、なんとも麗しい(誇張)少年がいたとかいう話が残ったらしい…。 後日談。 圭麻に引き取られた犬は快く相模家に歓迎され結姫と圭麻には懐き、泰造と那智には以前の「ぶっとばす」と言う言葉が聞こえていたらしく吠えまくり、颯太には無視を決め込んだ、なんともいい性格のする犬であった。 そして、今回最大の謎。圭麻って一体どういう人間だ!?四人にとっての最大の謎はやはり圭麻だったのだ。恐るべし、圭麻の謎…。 Fin |