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飛行機の乗客案内の放送が聞こえる。 まるで動物か何かのようにアルター能力者を「生息している」と表現するそのアナウンスに、桐生水守は眉を顰めた。 アルター能力者も人から生まれた一己の人間なのに、そう思わない人間が多く居る。 それは水守にとってとても不快なものだった。 水守は本土から来た人間でHOLYと呼ばれるアルター能力者だけで形成されている部隊に派遣されることになった。 半分以上無理を言って来たのでそれなりの覚悟もある。 それでも、またこの場所に来たいと思ったのだ。 此処には別れたきりの幼馴染がいる……。 HOLDの本部に着けば、青い髪の少女が挨拶をしてくる。 クーガーの運転に酔った水守は気分が悪いながらも視線を上げる。その青い髪の少女の隣には懐かしい幼馴染。 「あっ」 「水守!」 水守に気づいた少年は二階から飛び降りてくる。 「久しぶり」 「ええ、本当に」 二人はにこやかに挨拶する。 「なんだ、カズヤ、お前知り合いなのか?」 「カズマだっ!幼馴染なんだよ。な?」 「ええ」 水守は懐かしい幼馴染に会えた喜びを噛み締めるように微笑む。 「もう、カズマッ!連絡事項があるでしょ、何してんの!?」 二階に居るシェリスがカズマに文句を言う。 「お、わりぃわりぃ。三十分後に隊長と面会があるんだ。そういうことだから、またそん時にな」 そう言いながらカズマは手を振り去っていく。 カズマは言葉づかいこそ粗暴だが、このロストグラウンドにおいて四分の一を支配する家柄の跡取息子である。水守は本土側の最高顧問の娘で、七年前二人は知り合い仲良くなったのだ。 昔と変わらないカズマに水守はほっとする。 これからのHOLYで過ごす日々も、これなら遣っていけそうだと思う。 隊長との面会で、水守は勝手な行動は慎むようにとしっかりと隊長に釘を刺されてしまった。 勝手な行動…というのはつまり今現在水守が行っているようなことであろう。 水守はもう二度と乗りたくないと思ったクーガーの車で、それでも市外に来ていた。実際のアルター戦というものを始めて目撃した水守は多大なショックを受けたが、何よりも衝撃を受けたのは、そのアルター戦でカズマが負けてしまったことだ。 ぼろぼろに、完膚なきまでに叩きのめされるカズマを見るのは居た堪れなかった。 相手は自立型のアルター、触手のようなものを使い、カズマをなぎ払った。カズマのアルターシェルブリッドも、全く歯が立たなかったのだ。 水守はそれを緊張した面持ちで見つめ続けた。 こんな痛々しい光景が、此処では日常茶飯事で行われているのだろうか。そんな悲しいことが。カズマは喧嘩っ早くて、それでも誰よりもしっかりした持論の持ち主だ。水守はそのカズマを尊敬している。 けれど、相手はそのカズマをあっという間に叩きのめしてしまったのだ。 そう、名前すら知らぬ、たった一人のアルター使いが。 「劉くんっ」 仕事から戻ると、かなみは嬉しそうに劉鳳に駆け寄ってくる。 「かなみ、その呼び方はやめてくれないか?」 劉鳳は苦笑しながら言う。 「何で?」 そう言われるともう何も言えなくなる。 かなみと暮らすようになってどれくらい経つだろう。この幼い少女に劉鳳は心癒されてきた。かなみは劉鳳がアルター使いだとは露ほどにも思っていないだろう。 劉鳳もそれでいいと思っている。 「ね、早くお家に帰ろ」 「ああ」 手を掴んでくるかなみの手を、劉鳳は握り返した。 診療所に戻って暫くして君島が尋ねてくる。 かなみは人見知りが激しく、劉鳳以外の人間と接するのはあまり得意ではなかったので、すぐに引っ込んでしまう。 「あの、お茶持って来ましょうか?」 それでもドアの影から声を掛けてくるところはいじらしい。 君島は元気よく「いっただきま〜す」と声を返した。それに劉鳳は呆れて溜息を吐く。 「それで、今日は何のようだ?」 「ああ、そうそう。ヒデキ達の助っ人やって欲しいんだよ」 「助っ人?」 「ヒデキ達のチームに対抗しているチームの中にアルター使いが居るらしいんだよ。ヒデキが泣きついてきてさ、な、頼む!」 お願いされれば劉鳳は溜息と吐いて言う。 「報酬は?」 「三千」 「少ないな」 「今日のでたっぷりあるだろ!?」 「大きい声で言うな、かなみに聞こえる」 「な、いいだろ?」 「解かった」 結構簡単な君島の説明だが、劉鳳は大体の事情が飲み込めたし、君島もそれが解かっていて面倒くさい説明を省いている。 「早速今日頼むぜ」 「…早いな」 「やっぱり信用第一だからねぇ♪」 君島はふざけた様に言う。 この男との付き合いも長い。信用しているし、それだけに値する人間だ。 人を見る目があることは確かだろう。そしてそれ以上に人を操るのが上手い。 とりあえず、今夜の予定も埋まってしまったという訳だ。かなみにまた文句を言われるかもしれないが、それも仕方ないだろう。 今日はほとほと疲れる日だ、と劉鳳は思った。 君島に頼まれたアルター使いを早々に撃退したはいいが、そこに現れたのはHOLY。 他の連中を逃がして、劉鳳はHOLYの人間と対峙した。 車の中から出てきたのは青い髪の少女とえらく横柄な態度の男だった。 「何だ?お前一人かよ、仲間は逃がしたのか?」 そのHOLY隊員はつまらなそうに吐き捨てるように言う。 「俺が相手では不満か?」 「へん、アンタが俺とやろうってのか?いいぜ、やろうぜ!さぁ、アンタのアルター見せてみろよ!!」 「手が早いな」 「うるせぇよ、すかしてんなっ!!」 男は右腕にアルターを構築する。劉鳳も瞬時にアルターを呼び出す。 「絶影」 名前を呼び、そして、劉鳳はあっと言う間に男との決着をつけた。 どうしてあそこまでして向かってくるのか。劉鳳は溜息を吐いた。ただ喧嘩をしたいなら大義名分など振りかざす前にすればいい。 劉鳳は男を叩きのめし、家路に着いた。 水守は怪我をしたカズマを見舞う。 「大丈夫?」 声を掛ければカズマの不満そうな声が返ってくる。 「ちくしょうっ、あの野郎、次会ったら絶対に叩きのめしてやるっ!!」 「カズマ…」 怪我はしているがかなり元気が良さそうだ。 「でも今は怪我をしているんだからゆっくり休まないと。怪我をしたままじゃろくに戦えないでしょう?」 「ま、そりゃそうだな。でもじっとしてると身体がなまりそうでさ」 「貴方らしいわ」 水守は苦笑する。カズマは変わっていない。 いつも元気で前を向いている。カズマのそんな所を水守は気に入っていた。喩えアルター能力者であろうと、そうでなかろうと、そんな人間性は全く普通の人と変わらない。 「私、貴方にまた会えて嬉しいわ」 「そっか?俺も嬉しいぜ、七年ぶりだもんな」 「ええ。…あ、そろそろ行かないと。じゃぁ、またね、カズマ」 「ああ」 水守はカズマの部屋を後にする。不思議なものだ。またこうして話していても、やはりカズマは一人の男として成長して逞しくなっている。昔と変わった部分と変わらない部分が交錯する。 やはり、人は少しずつでも変わっていくものなのだろうか? しばらくHOLYで仕事をするうちに水守はHOLYの体制に疑問を持ち始めた。 アルター能力者に対する処遇はあまりにも単一すぎて、尋問の時もそれぞれの人間性を見ようとはしていないように思われた。 カズマはこのことをどう思っているのだろう?深く考えていないのかも知れない。それ以前にこの事実を受け止めて居るのかも知れない。 水守は疑問に思う。 何かが間違っている気がしてならない。本当にこんなことをしていて、アルター能力者に対する人々の差別はなくなるのだろうか?こんなことをして、アルター犯罪は減少するだろうか? アルター能力の研究は水守にとって大切なものの一つだけれど、やはり一番大事なのは、アルター能力者の人としてのあるべき姿自体だと思う。犯罪者とランク付けされている人達は、一体どういう経緯で今此処に居るのだろう。 それを知ることは水守には果てしなく難しいことだった。 どうすればアルター能力者のことが理解できるだろう。 ふと頭に浮かんだのは、カズマを倒したアルター能力者の事だった。 彼を見るのはあの時が初めてではなかった。緑がかった黒髪に、紅玉の瞳。水守がロストグラウンド行きの飛行機に乗っているときに見たアルター使いだった。 多大な力を秘めたアルター能力。 客観的な部分で彼は今のHOLYをどう見るだろう。けれど、彼と会うことは憚られた。 何故なら、彼はカズマを傷つけているし、市外の人間である。あれほどまでに冷酷にカズマを傷つける人に近づくことを躊躇わない筈が無い。 けれど、やはり思う。 知りたいと。知ることこそが、全ての始まりなのだから。知らなければ先へは進めない。 前に進むことをカズマは教えてくれた。前をしっかり見て、自らの足で戦うことを教えてくれたのはカズマだ。短い半年間のカズマとの交友関係。短かったけれど、それは水守にとってとても大切な思い出になった。 カズマに会うためにロストグラウンドに来た。 けれど今は。 ロストグラウンドを知るために、此処に居る。HOLYをロストグラウンドを知るためにはやはり市外に出なければ解からないだろう。 如何に隊長に釘を刺されたとはいえ、其処で諦めるほど水守はおしとやかでも何でもない。 お嬢様と言われても、そんなことは気にするつもりもない。 自分の選んだ道を突き進むだけだ。カズマなら解かってくれるだろう。 水守は、自分の足で市外を歩くことを決めた。出来るだけ人に見つからないようにしなければいけない。誰か他の人に迷惑をかけるわけにはいかないから。 そして、水守は市外に向かって一歩、歩を進めていった。 リンリンリン… 鈴が鳴る リンリンリンリン… 鳴り止むことのない鈴の音 それは命が吹きかける吐息で揺れる鈴 リンリンリン… 誰かと誰かが何処かで出会う 誰かの鈴と誰かの鈴の音が重なる リンリンリンリン リンリンリンリン 音が近くなればそれだけ傍に居ることがわかる まだまだ遠い音 近くなるのは何時だろう? |