守るべきもの



 生きることが、どんなに大切かなんて
 解かりたくはなかった

 失うことで、どれだけ大切か気づくなんて
 解かりたくはなかった

 いつも傍にあったものが永遠にこの手から離れることなど
 解かりたくはなかった

 母も友人も全てが失われていくことなど
 理解したくはなかった……


「劉鳳、寝ないの?」
 肌寒さにぶるっと身を震わせて、水守は劉鳳に尋ねる。
 もともと本土に居た人間が、今は此処にいる。
 この、小さな集落に。仲間と一緒に…。
「いつ敵が来るか解からないからな。見張りをしていなければ…」
 素っ気無く答える劉鳳に、水守は微かに溜息を吐いて、劉鳳の隣に腰を下ろした。
「劉鳳、私が変わるわ。ここ何日か、ずっとろくに寝ていないんでしょう?ダメよ、そんなんじゃ…身体を壊すわ」
「そんなにやわじゃない」
「そういう問題じゃないわ。睡眠は人間にとって…いいえ、全ての動物にとってとても大事なことなのよ。生活のサイクルを崩して徹夜するのなんて人間ぐらいだわ。それだけ重要なことなのよ、劉鳳。いざという時に、睡眠不足で力を出し切れなかったなんて、間抜けなだけよ?」
 水守の言葉に劉鳳は苦笑する。
 相変わらず有無を言わせない。さらりと人が言って欲しくないことを言って、強制させてしまう。
 それさえも、言われた本人のためを思って言っているのだから憎めない。
「解かった。もう休もう。ただ、君が見張ると言うのには頷けないな」
「どうして?」
「女性の君に見張りをやらせるなんて、それこそ情けないだろう?」
 劉鳳がそう言うと水守はくすくす笑う。
「結局、休む気なんてないのね。だって、他の皆はもうとっくに夢の中だもの」
「…明日は誰か…橘かクーガーに代わりを頼もう。それでいいだろう?」
「カズマさんは?」
 名前を出せば、劉鳳はむっと顔をしかめる。
「あの男は見張りの最中に眠り込むに決まっている」
「そう?」
「そうだ」
 むすっと言い放つその姿は、年相応の少年に見えて、水守は思わず微笑む。
「何だ?」
 その水守の様子に眉を顰めながら劉鳳は言う。
 水守は、なんでもないの、と首を横に振る。
「ねぇ、劉鳳。私も此処に居てもいいでしょう?少し話し相手になって欲しいの」
「…君も頑固だな」
「貴方に言われたくないわ」
 そうして二人で顔を見合わせふっと笑いあう。
 こういう些細なことが幸せだと思う。君と居ること。守りたいもの。
「ねぇ、劉鳳。星がまた近くなったわ…」
 水守が空を見上げて言う。劉鳳も視線を上げる。
「貴方にも解かるでしょう?」
「ああ、解かる…。空が、近い…」
 君と同じモノを感じられる…それだけで……。
 こんなにも優しい気分で居られるものなのだろうか。君だから、君が一緒に居るから感じられる。
「少し、肌寒いわね。何か毛布を取ってくるわ」
 水守がそう言って立ち上がろうとするのを、劉鳳は引止めで抱き寄せる。
 突然のことに水守は声も出ない。
「わざわざ取りに行かなくても、此処にあるだろう」
「え…?で、でもそれは貴方の……」
「二人で使えばいい」
 劉鳳はそう言って、ふわっと水守の上に毛布をかける。
「それから、誕生日おめでとう、水守。……かなり遅れてしまったがな」
 劉鳳が苦笑をもらしながら言うと、水守は微笑む。
「ありがとう、劉鳳」
「君が誕生日の日、俺は記憶を失っていて、憶えていられなかった」
 それが、どんなに悔しかったことか。
 会えなくても、それでもいつも君の誕生日を心の中で祝っていた。
「劉鳳、いいのよ、別に。嬉しいわ、そう言ってもらえるだけで…。だって、今、貴方は此処に居るんだもの……」
 劉鳳は強く、強く水守を抱きしめる。
 守りたいもの、今はこの手の中にある。守らなければいけないもの。
「劉鳳?」
「水守…君を……」
 その先の言葉がどうしても出ない。
 だから、その代わりに抱きしめる。抱きしめて、だから……気づいて、この想いに。
「劉鳳、私はね、貴方がいるから、此処にいるのよ」
 水守の言葉。
 それだけで、こんなにも嬉しくなるなんて、バカだろうか?
 けれど、仕方ない。だって、そうなってしまうのだから。どうしようもなく、嬉しくなってしまうのだ。
 だから変わりに紡ぐ。その後の言葉を。
「水守、君を守る。絶対に…命に代えても……」
「劉鳳…」
 水守は劉鳳を見上げる。そして、言う。
「命に代えてもなんて言わないで。悲しくなるわ。貴方に生きて欲しいの、ずっと、それだけを願ってきたのよ?この八ヶ月間…」
「ああ、そうだな…。でも、君を守るということは絶対に約束する」
 劉鳳は、水守を抱きしめる腕を緩めることなく言う。
 暖かい、このぬくもりを手放したくはないから。いつも想う。こうして、こうやって居られる間が一番幸せなのだと。失うまでの、この時が一番幸せなのだと。けれど、もう失いたくはない。
 失うことなど、許されない。
 言えない言葉も、全て君のもの。君以外の人間にこんなことを想ったりはないから。
 言えないけれど、だけど、いつかは言いたい。今は言えなくても、いつかは君と……。
 幸せになるために。幸せであるために。
 君が居なければ幸せなんて有り得ないから。
 しばらくすると、腕の中から微かな息遣いと寝息が聞こえる。
 何時の間にか眠ってしまったようだ。劉鳳はその寝顔を見て微笑む。
 君が安心して眠れる場所を。今、それが出来るのなら、それ以上いうことはない。
 君を守る。

 君が、俺が一番守らなければいけない人。



 俺の、守るべきもの……。



Fin





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