BackSeat Romance


近江恵様


それは非常に珍しい出来事だった。
普段、相馬の仕事にに瀬那が口を挟むこともないし、相馬も公私混同することはなかった。
だが今回、相馬のビジネスの相手が英語圏の人間ではなく、近くに通訳が出来るものが居なかった為に やむを得ず、瀬那にその役目が回ってきたのだった。瀬那自身、特別語学に堪能ではないが、 長い海外生活の中で、ある程度不自由はしない程度には話す事は出来るし、聞き取る事も可能だ。
そんな理由で相馬からこの話を聞いたとき、多少気が進まないながらも、相馬の役に立つならと 引き受ける事にしたのだった。
だが、それが今の沈黙を生む結果になっているのだった。

ビジネスの話が終わった後の事だった。自分の役目を終えた瀬那はそのまま帰る訳にも行かず、 その席から少し離れた場所で相馬を待っていた。すると、不意に後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこには先ほどまで同席していた相馬のビジネスの相手の一人が立っていた
(確か息子でしたね・・・)
絵に描いたような金持ちのドラ息子のような男はニコニコと瀬那に話しかける。
また、その内容も予想を裏切らないものだった。これが、相馬のビジネスに係わる人間でなければ かわしようもあるのだが、そうもいかず、日本人特有の曖昧な笑みを浮かべ、適当なあいずちを打つ。
少しでも勘のいい者なら瀬那が少しも自分に興味がない事に気づくような態度だったが、どうやら 勘も良い方ではないようだ。しかも、瀬那の曖昧な微笑を勘違いしたのか、瀬那の手を取り、 顔を近づける。いよいよ、どうしたものかと、憂鬱なな気分になりかけていた時だった
「瀬那!」
瀬那だからこそ分かるいつもよりもずっと低い声が時を止める。
「終わった。帰るぞ。」
一言言い放つと、その場に居たもう一人に必要最小限の挨拶をすると足早にその場をあとにした。
瀬那も何か言いたげなその人物に軽く一礼するとすぐに相馬のあとを追う。
駐車場に着く前に相馬に追いついた瀬那は特別何も言わず、すぐ後ろを歩く。だが、かつての習性か 無意識に周りの気配を気にしながらとなってしまう。
相馬自身はそんな事お構い無しに自分の車まで行くと、さっと乗り込み、瀬那がシートベルトをするのと 同時に車を発進させた。

車は二人の住むマンションとは違う方向に向っているの事に瀬那はすぐに気がついた。
それと同時にこの状況を喜んでいる自分に気がつく。
やがて車は人気のない場所に止まると、相馬はエンジンを止めた。
そして沈黙・・・・・


どれだけの時間が経ったのか、その間、相馬は煙草に火をつけることもなく、ただハンドルにその身を 預け、遠くを見ているようだった。
「・・・・・悪かった」
ようやく聞いた相馬の言葉は意外なもので、瀬那を驚かせた。
「俺の仕事に差しさわりがあると思って何も言わなかったんだろう」
そう言って身を起こし、瀬那を見る相馬は少し拗ねているようにも見える。そんな相馬に瀬那はそっと 自分の唇を重ねる。
「なんだよ、急に」
少し力の抜けた物言いに瀬那は軽く微笑むともう一度、相馬の唇に触れる。
すると今度は相馬が瀬那を捉え、身体ごと自分の上に重ねた。
そして少し無理な体制のまま、長い時間互いの口唇を楽しむと、瀬那が少し身体を上げ 相馬を見て微笑む。
「嬉しい、です。」
そう言って、相馬の胸に頭を預ける。小さな舌打ちの後、頭を抱えられると、瀬那はそっと瞳を閉じる。
ふいに、様々な思い出が頭を過ぎるがそれらは瀬那を傷つけるものではなく、今この瞬間の為に用意された ただのステップに過ぎないのだと思う。
迷い、苦しみ、選んだ先にあったものは、相馬への想いだった。そうして、相馬も瀬那を待っていてくれた。
長い年月をそっと自分だけを待っていてくれた、その事実は瀬那の迷いの全てを断ち切った。
だから相馬の仕事を手伝う事も、意に沿わない人物への相手もたいしたことではないのだ。
全てが愛する相馬へと繋がる、それだけで瀬那にとっては大きな喜びになる。
まして、自分の為にある感情を覗かせる相馬の姿を見られただけでも幸せ以外のなんでもないのだ。

「このままここでスるか?」
不意に下から聞こえた声は少しからかうような風にも、照れているようにも聞こえる。
「別に・・・それでもかまいませんが」
瀬那が笑顔でそう答えると、今度は少し眉を顰めた顔が瀬那を捉える
「サカりのついたガキじゃあるまい。帰るぞ、瀬那」
「はい」
さらに笑いながら身体を起こす瀬那がシートベルトをするのと同時に車は静かに滑り出す。
そして、今度は二人の住むマンションの方向へと向かい、夜の街へと消えていったのだった。


end




 近江様のサイトで800HITを踏んだ記念に頂きました。
 ラブラブで、とお願いして紛うことなくラブラブな相馬×瀬那を頂きました。
 相馬さんの言動に始終にやにやします。



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